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娘は兵士たちを慰問したい

……………………


 ──娘は兵士たちを慰問したい



 修学旅行1日目の日程は聖バアル学園との交流で終わった。


 彼らが予算の許す限りのもてなしを行い、クラリッサたちはそれに預かった。


 もっとも王立ベルゼビュート学園のようなもてなしは期待できなかったが。聖バアル学園は予算は常にギリギリなのだ。


 それでもダンスと郷土料理を楽しみ、かつてのスカンディナヴィア王国とアルビオン王国の関係を振り返り、ちょっとは有意義な時間が過ごせた。


 その後、クラリッサたちはホテルへ。


「明日は東部戦線で戦っている兵士の人たちの慰問なんだよね」


「そ。アルビオン王国遠征軍将兵の慰問。慰問袋を手渡して、挨拶するだけのセレモニー。その後、30分間の談話の時間があるけど、適当に喋っておけばいいよ」


「凄いいい加減だ」


 クラリッサがシャワーから出てきて告げ、サンドラが渋い顔をした。


「いい加減も何も。こればかりは私たちの企画したことじゃないし。お国からやれって言われてやらされることだし。こういうことを強制するならお給料を払ってもらいたいよね。慰問費1000万ドゥカート辺りで」


「それはぼりすぎ」


 クラリッサが髪を拭いながらそう告げたが、ウィレミナに突っ込まれた。


「現役女子高生の慰問が受けられるんだよ。これぐらいは安いものだと思うな。というか2日目の日程は慰問でほぼ終わりなわけだし」


「そうだったね。今回は自由時間が短い」


「そうそう。自由を売り渡すのだからそれなりの対価を」


 今回の修学旅行では1日目聖バアル学園との交流、2日目アルビオン王国遠征軍の慰問、そして3日目にようやく自由時間だ。それも3日目は夕方には帰国の途に就くので、朝から昼ぐらいまでしか自由時間は存在しない。


「まあ、いいんじゃね。東部戦線の兵士の人たちは人類の生存圏を守っているわけだし、少しぐらい時間を割いてもいいと思うな」


「甘いね、ウィレミナ。人類の生存圏なんてとっくに確保されているんだよ。今の戦争は魔王軍支配領域の切り取り合戦。和平を申し出たっていいような頃合いなんだ」


 クラリッサもあれから魔王軍と連合軍との戦いの様子を調べてみた。


 危機的だったのは20年前で、その時は人類の生存圏は崩壊するかのように思われていた。だが、そこから人類は巻き返し、人類の生存圏を確保し、今は魔王軍支配領域での戦闘を続けていた。


 だからと言って即座に講和や停戦ができるわけではない。


 魔王軍支配領域は西はスカンディナヴィア王国とクラクス王国、東は東方の大地までつながっているのである。それを全て攻略することは不可能に近い。


 連合軍に魔王軍を完膚なきまでに叩きのめすのは不可能。だが、魔王軍も肥沃な土地を失って、追い詰められることは困る。


 両者の思惑が揺れ動き、今の泥沼の塹壕戦が続いているのである。


「なら、なんで講和しないんだ?」


「お互いを信じられないからじゃない? これまで半世紀以上も戦ってきた相手だし、そう簡単に講和ができるとはどっちも思ってないんだと思う。講和のための決定的な一撃を! ってやってる間にどんどん人間が死んで、月日が過ぎていく」


 確かに人類と魔族の間では相互不信という問題があった。


 相手は思考も慣習も全く異なる相手である。講和しましょう、そうしましょうと言って簡単に講和できる相手じゃない。相手が何を考えているのかある程度推測ができなければ、外交官たちも講和条約を定めることはできまい。


 講和を確実にするための決定的な勝利も互いの戦力が拮抗し合っていることで不可能に近く、勝利を得ようとした将軍はことごとく失敗している。


 無駄な血が流れ続け、時間だけが過ぎていく。


「私は政治家じゃないから分からないけど、戦争は早く終わった方がいいよね。税金は上がるばっかりだし……」


「全くだ。アルビオン王国政府には将来を見据えてもらいたい」


 そしてニュース番組の御意見番のような意見を述べるクラリッサであった。


「さて、そろそろ寝よう。明日の朝はウィレミナをうっかり踏まないように注意ね」


「なんであたしが床に落ちている前提なんだ?」


「絶対に落ちているし」


 実際のところ、ウィレミナは翌朝床で寝ているのが確認されたのだった。


……………………


……………………


 慰問は鉄道と船を使って前線近くの駐屯地まで行くことで行われた。


 スカンディナヴィア王国の東部戦線は別名スオミ前線と呼ばれ、常時40万の兵力が張り付いていた。それらは連合軍諸国から派遣された兵力も含まれており、アルビオン王国遠征軍はスオミ戦線に8万の兵力を派遣していた。


 今回はそのアルビオン王国遠征軍遠征軍の中でも第1歩兵連隊約3000名を慰問することになる。流石に8万人全てを慰問することはできない。


「気を付け!」


 寒々しい空の下で3000名の兵士たちが踵を揃えて直立する。


「この度は名誉あるアルビオン王国遠征軍に所属する諸君に王立ティアマト学園から生徒たちが慰問に訪れられた! これは大変名誉なことである! 慰問の時間と言えども、アルビオン王国陸軍兵士としての誇りと名誉を忘れずに接するように! 以上だ!」


 連隊長の大佐がそう告げると、次はクラリッサが壇上に上がった。


「アルビオン王国第1歩兵連隊の皆さん。私たちはあなた方の活躍のおかげで安定した暮らしが送れていることをとてもありがたく思っています。早く国に帰りたいという方もいるでしょうが、もう少し頑張ってください。今回は皆さんのために慰問袋を用意しました。これで皆さんの望郷の思いが少しでも晴れるなら幸いです」


 クラリッサは丁寧にそう告げるとペコリと頭を下げた。


 そして、慰問袋の配布が始まる。


 生徒会を始めとし、王立ティアマト学園の生徒たちから兵士たちに慰問袋が手渡されていく。兵士たちは無言でそれを受け取り、すぐさまそれを開いた。


「チョコレートだ!」


「飴もあるぞ! 紅茶もだ!」


 そして、歓声が響く。


「おい。マイケル。お前には貸しがあっただろう」


「ちっ。なら、この飴3つでどうだ?」


「いいぞ」


 兵士たちはこれまでの貸し借りに応じてお菓子を交換していく。常に物資不足にさらされ、現金の使い道などない前線では、このようにお菓子が現金として扱われることがあるのだ。配給の食事で提供されるお菓子などがこれまで通貨だったが、ここに来て慰問袋のお菓子というのが加わったのだった。


「喜んでもらえたかな?」


「ええ。兵士たちの士気は高まっている。これも慰問に来ていただいたおかげだ」


 連隊長は満足そうに兵士たちを眺めていた。


「……家族からの手紙だ」


「ああ……」


 だが、それも兵士たちが同封された家族からの手紙を見つけるまでだった。


「みんな元気でやってるかな」


「家族に会いたいな……」


 先ほどまでの活気が消え、兵士たちがどんよりと沈み込む。


「……なんか不味くない?」


「て、手紙は入れない方がよかったでしょうか?」


 クラリッサが場が落ち込んでいくのを感じながら告げ、フィオナが困った顔をした。


「諸君! その手紙は諸君が守っている者たちからの手紙だ。諸君が最前線で戦っているからこそ、彼らは安寧が得られているのである。これからも軍務に務め、彼らが安心して眠れる世界を作るのだ」


 連隊長も兵士たちの気分の落ち込みを感じたのかそう告げる。


「……なあ、あんた」


「なに?」


 そんな中で兵士のひとりがクラリッサに声をかけた。


「その、抱きしめさせてくれないか。娘にそっくりなんだ。俺にもあんたぐらいの娘がいて、もう2年も顔を見てない」


「いいよ」


 兵士の申し出にクラリッサはふたつの返事で返した。


「いいのか?」


「もちろん。慰問に来たんだから」


 クラリッサはそう告げて両腕を開いた。


 兵士はそっとクラリッサを抱きしめる。慰問が来るということもあって身ぎれいにするようにとの命令も出ていただろうが、クラリッサの嗅覚は長年の塹壕戦で染みついた泥の臭いを感じ取っていた。


「ああ。メアリー。もうすぐだ。もうすぐ家に帰るからな……」


 クラリッサを抱きしめた兵士は嗚咽を漏らしながら呟く。


「そうだね。戦争ももうすぐ終わりにしないと。みんなもう限界だ」


「ああ。限界だ……」


 クラリッサは兵士の背中をさすりながらそう告げる。


「ありがとう。もう少しぐらいは頑張れそうだ」


「頑張って。他にハグの必要な人は?」


 クラリッサはそう告げて兵士たちを見渡す。


「俺も……」


「俺も頼む!」


 精神的に限界だったのだろう。


 ここにいる第1歩兵連隊の兵士たちは少なくとも1年はアルビオン王国に帰っていないし、これから帰る予定もない。いつ死んでもおかしくないような戦況で、家族の下ではなく、無数に構築された塹壕陣地の中で死ぬというのは精神的なストレスだ。


 これまでは戦争に専念することでそのようなストレスを回避してきたが、ここに家族からの手紙が来る。これでどうあっても家族のことを思い出さざる得なくなった兵士たちはクラリッサに家族の姿を見たのだ。


 クラリッサは兵士ひとりひとりを抱きしめ、励ましの声をかけた。娘や妹の名前を出す兵士たちをクラリッサは抱きしめた。


 それによって兵士の士気は再び上昇した。


「整列! 気を付け!」


 そして、連隊長の号令が響く。


「今回の慰問に感謝し、それぞれの義務を果たすように。以上だ」


 そして、兵士たちは一斉に敬礼をクラリッサたちに送る。


「なんとかなったようで助かった」


「クラリッサさんは天使のようでしたわ」


「フィオナ。君の方が天使に相応しいよ」


「もう。クラリッサさんったら。見てください。あの兵士の人たちの生き生きとした表情。クラリッサさんが励まされたおかげですよ」


「む。そうかな?」


「そうですわ」


 クラリッサが首を傾げるが、フィオナはそう告げる。


「感謝する、王立ティアマト学園の方々。我々も終わりの見えない戦争で精神的にも、肉体的にも疲弊していた。これを機に、兵士たちが再び戦意を取り戻してくれ、勝利を手に入れてくれることを祈るばかりだ。本当にありがとう」


 連隊長はクラリッサの手を固く握りしめてそう告げた。


「お役に立てたようならなによりだよ。戦争は必ず終わるからそれまで頑張って」


「ああ。頑張ろう」


 こうしてクラリッサたちの慰問は終わった。


 その後、クラリッサの下には『あの時励ましてくれてありがとう。おかげで戦争を生き残ることができた』という旨のファンレター? が届くことになる。


 そんなクラリッサからすれば、前線の兵士たちももう限界なんだから、そろそろ戦争を終わりにしようよと思うところであった。


 あの慰問のときも兵士たちは魔族に対して何かしらの憎悪を持ってはいなかった。ならば、和平は可能なのではないかというのがクラリッサの考えだった。


 だが、現実は未だに続く戦争と、届かなかった家族の手紙──該当する兵士が慰問前に戦死していた──が小さく積み重なるというもの。


 戦争を終わらせるための条件はまだ揃っていない。


 人類側は決定的な勝利を得ていないし、魔王軍側も決定的な敗北を避けている。


 この戦争はいつまで続くのか。


 クラリッサはそんなことをぼんやりと考えながら、船と鉄道で再びクリスチャニアの街まで戻ったのであった。


……………………

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[一言] いい加減手打ちにしないと、戦後復興する国力が亡くなりますね。 感染収束後の復興国力残っているのですかね?我が国?
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