父はヘルヴェティア共和国で友人に接触したい
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──父はヘルヴェティア共和国で友人に接触したい
「今日は遊覧船に乗るぞー」
「おー!」
ヘルヴェティア共和国観光2日目。
今日は遊覧船でレマンヌス湖を巡る予定である。レマンヌス湖の美しい景色と観光名所の大噴水を眺めながら、街並みと清らかな湖を堪能するのだ。
「パパとフェリクスはどうする?」
「俺は釣りがしたいな。釣り具をレンタルしてくれる店があるんだろう? そこに行ってみることにする」
フェリクスは釣りをする気満々だ。
「俺も釣りだな。釣り具の店は俺が案内しよう、フェリクス君」
「お世話になります」
流石のフェリクスもリーチオを前には礼儀正しくなる。リーチオ自身が礼儀正しい大人だし、何しろマフィアのボスに相応しい容貌をしているのだから。
「それじゃあ、別行動だね。私たちは遊覧船にゴー」
「おー!」
クラリッサたちは遊覧船に乗りに向かった。
「さて、フェリクス君。釣り具屋はこっちだ」
「はい」
リーチオに続いてフェリクスが続く。
「クラリッサたちとはどうだ? 君は男ひとりだが、上手くやれているか?」
「ええ。こういっては悪いかもしれないですけど、クラリッサさんとは同性の友達のような関係で。あまり男女差を意識せずに済みます」
「それはよかった。こういう旅行についてきてくれる異性の友達がいるだけ、クラリッサは恵まれている。大抵はカップルぐらいだからな。おっと、フェリクス君はクリスティンちゃんと付き合ってるんだったか」
「い、いや、そういうわけでは……」
リーチオがにやりと笑うのに、フェリクスが頬を赤らめた。
「まあ、これからもクラリッサたちのことをよろしく頼む。あいつは無鉄砲だから、言って聞かせる人間がいないとな。クラリッサは君のことをビジネスパートナーとして認めているようだし、何かあったら叱ってやってくれ」
「はい」
学園でのクラリッサの暴走を止められるのはジョン王太子では不足で、フェリクスならなんとかという具合である。フェリクスも暴走に乗った時は止める人間がいない。
「ここが釣り具屋だ」
リーチオはレマンヌス湖に面する釣具店に入った。
「すまんが、釣り具のレンタルを頼めるか。ふたり分だ」
「畏まりました。しばらくお待ちください」
店員が釣り具の準備を始める。
「最近は釣れるかね?」
「ええ。前と変わりません。チーズを餌にしてよく釣れますよ」
リーチオが店の中に飾られた様々なルアーなどを見て尋ね、店員がそう告げる。
「それはよかった。クーラーボックスも頼めるか。釣った魚をレストランで料理してもらおうと思っている」
「分かりました。ボートで釣ります? それとも桟橋から?」
「桟橋だ」
「はいはい」
店員はリーチオが言った条件での釣り具をセットしていく。
「どうぞ。1200ドゥカートです」
「値下げしたのか?」
「以前もご利用に?」
「ああ。その時は2000ドゥカートだった」
「釣れるには釣れるんですが、釣りに行くお客さんが減ったもんでしてね。値引きしてチャレンジしてもらおうと思っているんです」
「そうか。頑張ってくれ」
リーチオは釣り具を抱えると、フェリクスと店を出た。
「ルアーの釣りがよかったかな?」
「いえ。餌釣りも好きですよ」
「だが、ルアーを眺めてただろう?」
「まあ、ルアー釣りも楽しいですからね」
リーチオとフェリクスはそんな会話をしながら釣り場に向かった。
「ここだ、ここだ。ここはよく釣れる場所だった。もう先客がいるな」
リーチオの案内した釣り場では既に釣りに興じている釣り人たちが3名ほどいた。
「釣れてるかね?」
「それなりだ」
釣り人は不愛想にそう返した。
「さて、フェリクス君。先に準備しててくれ。ちょっと野暮用がある」
「え。あ、はい」
だが、リーチオはすぐには釣りに向かわず、湖沿いに整備された公園のベンチに座った。そして、そこでただ待った。
「よう。リーチオ」
「よう。バジーリオ」
そして、リーチオの隣に男が座った。
「まだ帰ってはいないようだな」
「お前もそうだろう?」
「報告は上げている」
バジーリオからはリーチオと同じ臭いがする。人狼の臭いだ。
「状況が知りたい。魔王軍はどうなった?」
バジーリオはリーチオと同じく南部に侵入した魔王軍の潜入工作員であった。リーチオがヘルヴェティア共和国を訪れるのに際し、この中立地帯での話し合いを求める書状をバジーリオに送っていた。
1日目は観光を行ってバジーリオにこれが囮捜査ではないことを確認させ、2日目でバジーリオに接触した。
「俺はそこまで魔王に忠誠心を抱いていないと思って尋ねてきたな?」
「ああ。お前はどちらかと言えば人間社会の方に適応したタイプだ」
「言ってくれる。脱走兵にまでなったお前とは違うんだぞ」
バジーリオはそう告げて眉を歪めた。
「しかし、お前は破壊工作にはかかわっていないだろう。麻薬の密売とも」
「確かに。俺はそういう任務は避けてきた。というのも、なんだ。俺もお前と同じようにこっち側が気に入ってしまった。今では妻もいるし、子供もいる。妻子を犠牲にするような任務は拒否せざるを得ない」
「まあ、長らくこっちにいるとそうなっちまうもんさ」
「全くだ」
人狼ふたりは人間社会に適応し、そこに居場所を見つけた。
そして、そこで守らなければならないものを得た。
「それで、魔王軍について聞きたいんだったか」
「ああ。奴らは戦略を変えた。明白に。魔王にそんな能力があるとは思えない。あいつはとんだ間抜け野郎だった。何が起きた?」
魔王軍は戦略を明白に変更した。
東部戦線においては兵力を温存する方向にシフトし、連合軍に対して長期戦を強いてきている。その一方でアナトリア帝国を介して、人類の生存圏に麻薬をばらまくという間接的アプローチ戦略を取っている。
昔ならあり得なかった話だ。
魔王に軍事的才能は皆無であり、連合軍に無謀な攻勢を仕掛けたり、部隊をやたらと分けて各個撃破されたりしてばかりいた。それにうんざりしてリーチオは魔王軍から離反したのである。この魔王についても勝利は望めない、と。
それがこの変わりようである。
魔王軍には何かが起きたとみて間違いない。それが何かだ。
「俺も本国のことはあまり分からん。情報部は下っ端工作員には本国の様子が分かるような情報は渡さないようにしている。もし、俺が捕まって、それで魔王軍のことが人間たちに漏れたりしたら大失態だからな」
「分かる範囲でいい。お前なら推測できるだろう?」
「まあな。一時期本国との連絡が途絶えた。指示がなくなったんだ。それからしばらくして新任の情報省長官と名乗る人間から命令が来た。これまでの軍事情報取集を命じる任務ではなく、人間の生存圏の経済状況などを知らせろって命令だ」
バジーリオはそう告げてリーチオを見る。
「おそらくは本国でクーデターが起きた。魔王に不満を持っていたのは何もお前だけじゃない。俺だって不満だった。本国でも不満は蓄積されていたんだろう。そして、それが爆発した。ドカン。クーデターが起きて魔王は処刑されたか、幽閉され、新しい体制ができた。これまでの魔王軍のやり方を踏襲せず、新しい方法で活路を開こうとする体制だ」
「その体制が魔王軍の麻薬戦略も考えたと思うか?」
「間違いなく。新体制になってから魔王軍は人間の経済活動や政治活動に注目するようになった。それは攻撃対象をそういうものにシフトさせたということだ。人間の軍隊は強い。魔王軍は無能な魔王のせいで大きく疲弊している。勝つためには人間社会を崩壊させるしか方法はないという結論に至るまで、連中は数時間もかけなかっただろう」
バジーリオは眉を歪めてそう告げた。
「そうか。そういうことがあったか」
「おそらくはな。推測だ。証拠は何もない」
リーチオがリベラトーレ・ファミリーを切り盛りしている間に、魔王軍はその姿を一変させていたようである。強大な連合軍と戦うことが可能な組織へと。
「連中がどういう風に戦争を終わらせるつもりなのかについて情報はあるか」
「ない。俺にそんな情報は流れてきていない。しかし、どうしてそんな情報を?」
「連中が賢くなったなら、終戦のビジョンも持っているはずだ。戦争の終わらせ方も考えず戦争をする馬鹿はいない。その終戦の条件によっては俺も協力していいと思っている。今の状況なら戦況は五分五分で、どちらも長期戦で疲弊している。どちらも対等な立場で戦争を終わらせることができるだろう」
「なるほどな。だが、あいにく下っ端工作員にそんな情報は回ってこない」
リーチオが告げるように、戦争の終わらせ方を考えずに戦争だけを続けるのは馬鹿のやることだ。そんな戦争は長引くだけ長引き、そして何も得られないという終わりとなる。戦争を始める、または続けるなら、終わらせ方を考えなければ。
そして、リーチオは魔王軍が人類に不利にならない戦争の終わらせ方を提案するなら、それを手助けしていいとも考えていた。
というのも、麻薬戦争がリベラトーレ・ファミリーにとって大きな負担になっているからだ。いくら資金面でマックスとその背後にいるだろう情報機関の支援を受けていたとしても、警察の目や人手の問題がある。そして、非合法な麻薬戦争はリベラトーレ・ファミリーの合法化においても問題になってくる。
故にこの半世紀以上続く戦争を早期に終結させたい。
それがリーチオの望みであった。
「最後にひとつ。ブラッドはどうしてる?」
「あいつか。あいつも人間の生存圏に入ったぞ。俺が侵入の手引きをした。あいつがどうかしたのか?」
「あいつが麻薬の密売に関わっている可能性がある」
「そうか。ブラッドはお前の元部下だったな」
「そうだ。あいつは正々堂々とした戦いを好む奴だとばかり思っていた」
「裏切られた気分か? だが、忘れるな。最初に裏切ったのはお前だ」
「分かっている」
ブラッドは今も魔王軍に忠誠を誓っているのだろう。魔王軍を裏切ったリーチオとは違って。そう、最初に裏切ったのはリーチオだ。
「これからどうする」
「どうするもなにも、今まで通りだ。魔王軍の望む情報を集めて報告する。あくまで情報収集のみ。何かしらの破壊活動などには従事しない。お前さんたち七大ファミリーを敵に回すこともしないつもりだ」
「それが賢明だ」
そう告げてリーチオがベンチから立ち上がる。
「報酬だ。静かに暮らせることを祈っている」
「ありがとよ」
バジーリオはリーチオから紙封筒を受けとると、立ち去っていった。
「せめて戦争を終わらせるつもりがあるのかぐらいは分かればな……」
リーチオはそう言いながら桟橋に向かう。
「誰なら戦争を終わらせる条件を知っている? やはり、ブラッドか?」
元部下のブラッドは四天王の直属の部下なだけあって地位は高かった。バジーリオのような末端の工作員とは異なる存在だろう。
「戦争が本当に終わればいいのだが……」
戦争が終われば麻薬戦争の必要はなくなり、リベラトーレ・ファミリーも暗黒街から手を引くことができる。合法化できるのだ。
「フェリクス君。釣れたか?」
「いえ。まだです。先ほどの人はお知り合いで?」
「ああ。古い友人だ」
そう言ってリーチオは釣り針にチーズを付けて池に投げ入れた。
少なくとも戦争の影響はヘルヴェティア共和国には及んでいない。
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