娘はヘルヴェティア共和国を観光したい
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──娘はヘルヴェティア共和国を観光したい
「遊覧船は明日として、今日はどうする?」
「ゲンフって何があるの?」
「いろいろあるよ。ヘルヴェティア共和国の中でも中心的都市のひとつだから」
クラリッサたちはゲンフの何を見て回るのかを話し合っていた。
フェリクスはクリスティンと美術館に向かい、ヘザーとフィオナはシャロンの護衛で古い教会などを見に行った。
フェリクスの場合、並大抵の相手は叩きのめしてしまうので問題ないが、ヘザーたちの場合は怪しいのでシャロンが護衛である。ヘルヴェティア共和国では麻薬の話は一切聞こえてこないが、万が一という場合がある。
「ゲンフならではのことがしたいよね」
「んー。ツューリヒなら思い当たるものもあるんだけどね」
「と言いますと?」
「マネーロンダリング」
「マネーロンダリング」
思わず繰り返したウィレミナである。
「大陸の金融センターはロンディニウムだけど、プライベートバンクの数はツューリヒが多いんだ。このプライベートバンクで資金をごにょごにょすることによって、お金が綺麗になるというわけなんだよ」
「こら。余計なことを友達に言うな」
ぽかりと頭をリーチオに叩かれたクラリッサだ。
「ゲンフなら自然史博物館に行って来たらどうだ。入場料無料だぞ」
「ここ、フランク語圏でしょ? 説明読めない」
コロンビア自然史博物館はアルビオン王国と同じアルビオン語だったが、このヘルヴェティア共和国はフランク語とゲルマニア語が主体である。クラリッサはまだまだ辞書なしですらすらとフランク語を解読できるほどの能力はないと思われている。
「頑張ってみなさい。友達もいるだろう?」
「うーむ。みんな、自然史博物館に興味ある?」
クラリッサがサンドラたちに尋ねる。
「私はフェリちゃんにしか興味ないわ」
「あたしは興味あるよ。生物学好きだし」
「私もいいよー」
トゥルーデ以外は全員賛成。
「じゃあ、自然史博物館へ」
クラリッサたちはゲンフ自然史博物館に向かった。
「そういえば新大陸の自然史博物館はどうだったの?」
「凄いよ。竜の化石がいっぱい。とにかく、エキサイトできる場所だった。マンモスの化石もあったし、謎の巨顔像もあったし」
「謎の巨顔像……?」
あれはクラリッサが理解できなかったとかではなく本当に謎だった。
「ここの自然史博物館はどうかな?」
「まあ、期待してみよう」
クラリッサたちはそのまま自然史博物館に入る。
もともとは大学の資料を展示するための場所だったのが、博物館として整備され直していた。今でも大学の資料を展示しているように、学術的な展示が多い。生物の展示は細かく種ごとに分類され、剥製は自然界を生きている状態で展示されている。
「えーっと。このコウモリは……」
「1865年に生態系が判明しました、だね」
「ううむ。やっぱり説明文を読むのは苦労する」
クラリッサはフランク語に四苦八苦しながら、ひとつひとつの展示を見ていった。
コロンビア自然史博物館のようにダイナミックな展示はないが、ためになる学術的な展示が充実しており、無料でこれだけのものが見れるのはなかなか凄いと思う場所であった。クラリッサの好きな竜の化石はなかったが。
「なかなか面白かった」
「いい展示だったね!」
クラリッサと同じ生物学選択のウィレミナはホクホクの笑みで出てきた。
「ねえねえ。フェリクス君たちもそろそろ美術館出たと思うし、私たちも美術館に行ってみない? 私は美術品に興味があります」
「うーむ。クリスティンもせっかくの機会に頑張っているだろうと思うから、もうちょっと待ってあげたいな」
サンドラが告げ、クラリッサが唸る。
「はいはーい! すぐに美術館にいくべきだと思うわ! フェリちゃんが不純異性交遊に手を出さないか心配じゃない!」
「旧市街地を見学してから美術館に向かおう」
「わー! トゥルーデの話も聞いてー!」
今のフェリクスにトゥルーデを近づけてはならない。
「旧市街地は旧弾薬庫とかあるんだってさ」
「弾薬庫かー」
クラリッサがときめくのはそういうものなのだ。
というわけで、クラリッサたちは旧市街地で念入りに時間を潰し、その後美術館に向かった。美術館には農民を虐殺している絵はなかったが、かつてこの地で繰り広げられた戦いの様子を描いた絵があり、クラリッサはそれに大興奮していた。
まあ、一応は芸術を楽しんだと言えるだろう。
そして、クラリッサたちはホテルに戻ったのだった。
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「今日は充実した時間が送れたね」
「いやはや。全く」
プレジデント・ウッドロウに戻ってきてからクラリッサたちはレマンヌス湖の見えるテラスでのんびりしていた。
「クリスティン。君のところも順調だった?」
「じゅ、順調と言いますか、楽しい時間は過ごせたです……はい」
クラリッサがにやにやしながら尋ね、クリスティンが顔を真っ赤にしてそう答えた。ウィレミナたちもにやにやしている。
「キスぐらいはした?」
「キ、キ、キスなんてまだ早すぎです! 実際のところ、お付き合いしているかどうかも微妙なのに!」
クラリッサが尋ね、クリスティンが悲鳴のようにそう告げる。
「ダメダメ。付き合っているかどうかなんて考えちゃ。既成事実を作っていけば、付き合っていることになるんだよ。何事も既成事実の積み重ねだよ。既成事実はいかなる理論にも勝るというではないか」
「誰がそんなこと言ったんです?」
「私」
既成事実だけで物事を進めるのは感心しないぞ、クラリッサ。
「それに急がないと学園を卒業したらフェリクスは北ゲルマニア連邦に帰っちゃうんだよ。次に会えるのはいつになるか分からないんだよ」
「その点は大丈夫です。私も北ゲルマニア連邦に留学しますから」
「え?」
クリスティンがさらりと告げたところで、場が静まり返る。
「そんなにおかしいことですか? 私、第三外国語の成績はいいですし、北ゲルマニア連邦の教育機関は優れていますし、何も問題はないように思えるんですけど」
「いや。クリスティンさんって意外と重い女だなと思って」
「だ、誰が重い女ですか!」
ウィレミナがやや引き気味にそう告げる。
「クリスティンは大学で何を専攻するの?」
「生物学です。鳥類に興味があるので、それについて調べてみようかと。なんでも南極には飛べない鳥がいるそうですし」
「……それもフェリクスについていくため?」
「そ、そんなことはないです。将来的には生物学者になるですよ」
クラリッサがジト目で見るのにクリスティンがぶんぶんと首を横に振った。
「それに南極に行くのは大変です。南極の周辺の気候は荒く、魔の海域と言われているです。今の船ではまだたどり着くこともできないでしょうし、非力な女性というお荷物を抱えていくことも不可能です。あそこは全てが凍り付いていて、全ての探索者に体力が求められる世界なのですから」
クリスティンはしみじみとそう語った。
「そっか。そこまで調べているんだ」
「まあ、それはですね。だから、私は大学でフェリクス君が無事に標本を採取して戻ってくるのを待っておくことにするです。これまで誰にも分からなかった南極の生態を明らかにするですよ」
クリスティンもフェリクスが北極や南極を目指していると聞いて、いろいろと調べたのである。未だに南極について書かれた書物は少なく、南極に恒久的な観測基地はないが、それでも調べられる限りのことを調べていた。
「それはそうとこの度はありがとうございました、クラリッサさん。こんな素敵な場所に招待していただき、そしてフェリクス君との時間も作ってくれて。美術館のときに気を使ってくれたってサンドラさんから聞きましたよ」
「まーね。フェリクスには君みたいな子が必要だと思うから。私はフェリクスとはビジネスパートナーだけど、フェリクスの夢は支えてあげられない。けど、君はフェリクスの夢を支えてあげている。勉強、見てあげてるんでしょ?」
「ええ! フェリクス君も進学を目指すなら今のままではいけませんからね。彼の場合はやりたいことがはっきりしているので、それについて調べ、必要となる知識を付けていけばいいのです。北ゲルマニア連邦の入試はアルビオン王国より柔軟だと聞いていますし、フェリクス君の熱意があれば、きっと合格できるはずです」
クラリッサは人に勉強を教えられるような立場にはないが、クリスティンにはある。クリスティンは自分の順位が下がるのも気にせず、フェリクスの勉強を見ていた。そのおかげでフェリクスの順位は徐々にだが上がっている。
「いいねー。ふたりとも青春してるって感じ」
「あたしもこの旅行が終わったらフィリップ先輩と遊ぶ約束を取り付けてるんだぜ。フィリップ先輩も来年にはいなくなっちゃうからなー」
サンドラがオレンジジュースでのどを潤して告げ、ウィレミナが続いてそう告げた。
「年上との恋愛は大変だね。フィリップ先輩にしっかりと記憶しておいてもらうか、既成事実を作っておかないと」
「毎月手紙を出し合うことにしたぜ。フィリップ先輩と両想いっぽい!」
「おおー。もうキスした?」
「そ、それはまだ……」
クラリッサの周りの女の子は奥手だった。
「……ひょっとして彼氏いないのって私とクラリッサちゃんだけ?」
「ヘザーとトゥルーデもいないと思うよ」
「そのふたりは参考にならない」
ドマゾとブラコンはお話にならない。
「まあ、そんなに急いで作るもんでもないし、大学に入ってからでもよくない?」
「青春したいじゃん?」
「したいじゃん? って言われても、これまで努力してこなかったサンドラが悪いよ」
「ぶー。クラリッサちゃんがハードル上げたせいだよ」
「何故私のせいに……?」
クラリッサは完璧な王子様を演じてしまったためにサンドラの異性に求めるハードルを爆上げしてしまったのである。
「これから1年とちょっとで恋愛できるかなー」
「それより大学入試の方が大変だよ」
「それもそうなんだよなー」
高等部3年になったら大学入試に専念しなければ。
あまり遊んでいる時間はないぞ。受験前の恋愛はご法度だ。
「夏休み終わったら模試だよね。自信ある?」
「それなりには。頑張ってきたからね」
クラリッサはグレンダのおかげで自信があるぞ。
「A判定取れるかなー」
「負けられない戦いだね」
ウィレミナが告げ、クラリッサが気合を入れる。
「皆さん、そろそろ夕食ですよ」
と、ここで図書館の本を眺めていたフィオナがやってきてそう告げた。
「おっと。最高級ホテルの食事も堪能しなきゃね。どんな料理だろ」
「楽しみ、楽しみ」
それからクラリッサたちはフランク料理を基本とするヘルヴェティア共和国料理のコースを楽しみ、クラリッサはレストランのサービスにも目を光らせた。あまりに目を光らせるので、ホテルスタッフはクラリッサのことをオーナーが送り込んできた監査役だと思ったほどである。
そして、おなか一杯になったらお風呂の時間。
「お風呂広ーい! しかも、ジャグジー! 10人くらいは入れそう!」
「マジで? なら、ヘザーたちも呼ぼうか」
「いいね!」
というわけで、女性陣全員集合。
「おお。本当に広いですね。しかし、このような贅沢をするのは……」
「気にしない、気にしない。せっかくの旅行なんだから楽しまないと」
クリスティンが躊躇うのにクラリッサがそう告げる。
その間、ウィレミナがじっと女性陣の胸部装甲を見つめて回っていた。
「同志クリスティン」
「へ?」
そして、クリスティンと握手を交わすウィレミナだった。
「ああ。これで私を縛り上げてくれるドサドの旦那様がいたら最高ですよう」
「……最高の基準がおかしい」
ヘザーは平常運転だった。
「皆さんでお風呂に入るというのもいいものですね」
「フィオナさん。肌綺麗! どんなお手入れしてるの?」
「これといったことは……。ただ、日焼けには気を付けています」
そして、戯れるフィオナとサンドラ。
「お嬢様。お背中、お流ししましょうか?」
「ぐぬぬ。私の胸部装甲はどうして平均値なのだろうか」
フィオナ、サンドラ、シャロンの胸は豊満であった。
対するクラリッサは平均値である。トゥルーデとヘザーもそれなりに大きく、ブラコンとドマゾの癖にスタイルがいい。
「まあ、ウィレミナよりは大きいからいいか」
「誰より大きいからいいって?」
クラリッサの肩をウィレミナがポンと叩いた。
そんなこんなでわいわいとお風呂の時間は過ぎていき、いざ寝るときがやってきた。
くたくたになったクラリッサたちは多くのベッドルームがある部屋でひとりひとつのベッドを独占し、もう二度とウィレミナの寝相の被害者を出すまいと誓ったのだが、朝起きたらサンドラとフィオナがクラリッサのベッドにもぐりこんでいた。
「何故に……?」
目覚めたクラリッサは首を傾げたのだった。
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