娘はヘルヴェティア共和国を訪れたい
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──娘はヘルヴェティア共和国を訪れたい
ヘルヴェティア共和国。
ボナパルト戦争の終結から今に続くヴィーン体制下において永世中立国の地位が与えられた唯一の国家。永世中立国であるが、魔王軍との戦争には派兵しており、軍隊の規模もその中立を守る──中立とはみんなが友達ではなく、みんなが敵なのだ──ために無視できない規模を誇っている。
時計の生産で知られている他、魔道式小銃や各種マスケットなどの銃火器のメーカーも有する機械工業国家である。そして、同時にその国土全体広がる豊かな自然環境を活かした観光国家でもある。
標高の高い山岳地帯に囲まれた自然の要塞であり、同時に絶好のスキースポットでもある。冬には観光客が多く押し寄せ、スキーなどのウィンタースポーツを楽しむ。
そんなヘルヴェティア共和国にクラリッサたちがやってきた!
「へー。ここがヘルヴェティア共和国かー。景色がすげー綺麗」
「冬に来ると寒さが凄いけどスキーとかスケートが楽しめるよ」
「夏に来ちゃったからな―」
クラリッサたちは鉄道の一等車両からヘルヴェティア共和国の景色を眺めていた。
クラリッサはヘルヴェティア共和国に来るのは初めてではなく、リーチオとともに何度か訪れている。冬に訪れることの方が多かったが、夏に来ることも少なくない。ヘルヴェティア共和国は避暑地としても知られ、夏でも涼しい気候なのだ。
「あれがレマンヌス湖?」
「そだね。遊覧船が出るからそれでも楽しめるし、ボートを借りて釣りもできるよ」
サンドラが車窓を覗き込み、クラリッサがそう告げる。
「釣りか。あいにく釣り道具は持ってきてないな」
「レンタルできるお店があるよ。私はそこでレンタルして2匹釣った」
フェリクスが残念そうに告げたが、クラリッサが励ました。
「私たちは遊覧船で自然を楽しむよ。ここは空気もいいしね。フェリクスは釣りがしたかったら、パパに相談してみるといいよ」
「ああ。そうさせてもらう」
フェリクスはアウトドア派なのだ。冬だったらスキーを楽しんだだろう。
「さてと、そろそろ駅に到着だ。ここからは馬車だね」
「ホテル、楽しみだぜ」
ウィレミナは王族が泊まることもあるというプレジデント・ウッドロウのロイヤルペントハウススイートを楽しみにしている。
それからクラリッサたちは馬車に分乗し、プレジデント・ウッドロウを目指した。
「おおー。ここがプレジデント・ウッドロウかー」
プレジデント・ウッドロウはレマンヌス湖に面した立地に、現代建築の粋を凝らしてガラスがふんだんに使われた建物であった。燦々と降り注ぐほどよい温度の太陽の明かりを反射し、建物全体がきらめているかのようだった。
「ささっ。チェックインしよう」
「おー!」
クラリッサたちはフロントへ。
「クラリッサ・リベラトーレ様ご一行ですね。お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします。この度はプレジデント・ウッドロウをご利用いただき、誠にありがとうございます。ホテルスタッフ一同、歓迎させていただきます」
「おう。よろしくね」
ロイヤルペントハウススイートを利用するような客なので、ホテルスタッフの対応にも気合が入っている。最高級ホテルの最高級のおもてなしという具合だ。
クラリッサたちは荷物をスタッフに任せ、トテトテとエレベーターに向かう。
「ロイヤルペントハウススイートをご利用のお客様はこちらの専用エレベーターへどうぞ。このエレベーターは直通となっております」
「すげー」
専用のエレベーターまであるのにウィレミナが感嘆の息を漏らす。
「それでは客室まで」
エレベーターは閉まり、ガコンと音を立てて上に上がっていく。
「ここがロイヤルペントハウススイートとなります」
到着したロイヤルペントハウススイートは豪華という一言しかなかった。
ホテルの部屋とは思えないほどの部屋数。窓から一望できるレマンヌス湖。本当にあった図書室とジム。その他この部屋からでなくてもヘルヴェティア共和国が満喫できそうなほどの設備がたくさん。
「うへえ。こりゃ凄い」
「予想以上だね」
ウィレミナとサンドラは窓からレマンヌス湖を眺めてそう告げた。
「御用があればベルを鳴らしてください。専門のスタッフが参ります」
「うん」
スタッフは荷物をベッドルームまで運び、頭を下げて出ていった。
「クラリッサちゃん。これってもはやホテルの部屋じゃないよね?」
「ホテルの部屋だよ。ホテルだもん」
ウィレミナが告げ、クラリッサがそう返す。
「この部屋はおじい様の別荘を思い出させますわ」
「公爵家の別荘レベル……」
フィオナのつぶやきを聞いたサンドラが戦慄した。
「ところで部屋代、いくらだったの?」
「800万ドゥカート。1泊で」
「8、800万ドゥカート……?」
あの高級ホテルであったホテルプラザ・ポセイドンにおいても宿泊費は1泊450万ドゥカートだった。だが、今回はその2倍近い額である。800万ドゥカート×2で1600万ドゥカート。自動車の最新モデルが余裕で購入できる。
「王族が泊まるような部屋だからお高いとは思っていたけれど……」
「スカンディナヴィア王国国王一家が去年は泊まったらしいよ。それからアルビオン王国国王一家も一昨年には泊まったって」
「ジョン王太子も泊まってたのかー。あの人は庶民的だと思ってたのになー」
サンドラはジョン王太子への評価を変更した。
「私の家はまだ泊まったことがありませんでしたわ。今度はここにしてみるようにお父様に頼んでみましょうか」
「楽しめたらそうするといいよ」
公爵家とマフィアは金持ちだ。
「私たちには遠い世界だね」
「だね……」
サンドラとウィレミナは肩を寄せあった。
「さてと、それじゃあせっかくだし、ここにみんなを招待してわいわいしようか? お昼もまだだし、お昼の相談も兼ねて。ここのレストランで食べていくか、それとも外でいい場所を探すか」
「そうだね。そうしよう」
というわけで、クラリッサ一行全員集合!
「すげーな。ここがロイヤルペントハウススイートか」
「1泊800万ドゥカートのお部屋ですぜ、旦那」
フェリクスも部屋につくなり感嘆の息を漏らした。
「800万ドゥカート? どうかしてるんじゃないか?」
「素敵なお部屋がたくさんね! けど、ベッドルームの数、多すぎないかしら?」
トゥルーデはベッドルームが6部屋もあることに興味を持っていた。
「何か摘まむ?」
「昼飯がまだだしやめておこう」
「じゃあ、飲み物だけ。何がいい?」
「そうだな……」
クラリッサはフェリクスたちからオーダーを取ると、ベルを鳴らして飲み物のルームサービスを頼んだ。ロイヤルペントハウススイートの客のルームサービスは部屋代に含まれているので、どんな高級品を頼んでもただである。
「それで、お昼ご飯についての意見を聞こう。食べに行く? それとも今日はホテルに引きこもる?」
「ホテルに引きこもるのはもったいないな。2泊3日だし、遊べるだけ遊んでおきたいものだ。外でいい店を探さないか? 夕食はホテルで取ればいいとして」
「そだね。そうしよう。ここら辺なら少しは土地鑑があるし、テクテク歩きながらいいお店を探して、ついでに観光しよう。けど、遊覧船に乗ったりするのは明日でいいかな」
フェリクスが提案し、クラリッサが頷く。
というわけでお出かけ。
このクラリッサたちの訪れたプレジデント・ウッドロウのあるヘルヴェティア共和国の都市ゲンフには大学、自然公園、博物館、美術館など様々な施設が位置している。
そういう都市なだけあって、食事処も多い。
南部料理の店やゲルマニア地方の料理の店などが連なっている。フランク料理の店もある。実に多国籍な都市だ。
というのも、このヘルヴェティア共和国はゲルマニア地方、フランク王国、南部地域の3つの地域の狭間にあって、それぞれの地方の住民が入り交じっているのだ。主な住民はゲルマニア語を話す人種だが、フランク語や南部語を話す人種も少なくない。
そのような地理的要素が、このゲンフの街を多国籍風にしていたのだ。
「ううむ。南部料理のいい香りが……」
「クラリッサちゃん。南部料理はロンディニウムでも食べれるでしょ」
「でも、この街の方が南部に近いから本格的な南部料理かも」
クラリッサの南部料理好きは既に皆さんご存じだろう。
マフィアの娘ということでクラリッサは南部料理を食べて育ってきた。体はオリーブオイルでできているというわけだ。
まあ、クラリッサは厳密にいえば南部人でもなんでもないのだが、育った環境は完璧に南部だった。南部の男たちに囲まれ、南部の言葉を覚え、南部料理を食べ、南部の風習に従う。ドン・アルバーノに会う時には南部に行くが、そこでもクラリッサは完璧な南部人だ。シチリー王国という独特の価値観とマフィアの黒い影が落ちる国においても、クラリッサは何ひとつとして南部人らしからぬことはしなかった。
「けど、ここら辺の料理で有名なのってなんだ?」
「レマンヌス湖でとれる白身魚を使った料理が有名かな。ちょっとフランク料理っぽい感じ。そっちにする?」
「そうだな。俺の親父が何かの会議でここに来た時も白身魚を食ったな。美味かった記憶がある。それにしよう」
フェリクスとクラリッサはテキパキと決めていく。
「ぐぬぬ……」
その様子を見て唸っているのがクリスティンだ。
未婚の男女が同じ部屋で寝ることは避けるということは理解した彼女だが、フェリクスは姉弟であるトゥルーデと同じ部屋。このゲルフに到着するまでも、カードゲームなどで距離を縮めようとしたが、なかなかフェリクスとの距離は縮まらない。
せめて自分がこの都市について詳しかったらと思う。そうすればまだ話もできただろうにと。だが、質素なことをよしとするアルビオン国教会の熱心な信徒であるクリスティンの家庭は無駄な海外旅行に行くこともなく、旅行における経験値はゼロに等しい。
故にクリスティンはフェリクスとの旅行だと言うのに、フェリクスがクラリッサと軽快なやり取りをしているのを見ているだけという立場になっていた。
これはフラストレーションがたまる。
「クリスティン。お前、魚は平気か?」
「へ? あ、はい。平気です。基本的に何でも食べます」
「その割にチビだな」
「うがーっ! いずれ育ちますー!」
フェリクスがけらけらと笑うのにクリスティンが唸った。
「けど、心配してくれたんですね」
「そりゃそうだろ。旅行はみんなで楽しむものだ。仲間外れはよくない。そういうのは空気が悪くなる」
「フェリクス君はなんだかんだで優しいですね」
ここで初めてフェリクスとの距離が縮まったと思ったクリスティンであった。
「よかったら、この後ふたりで美術館にでも──」
「ぶー! お姉ちゃんセンサーが不純異性交遊を検知しました! フェリちゃんはなんなの。女の子を見たら口説かずにはいられないの?」
さりげなくふたりきりになろうとするクリスティンにトゥルーデが乱入した。
「姉貴……。あんまりうるさいと今からでも実家に送り返すぞ」
「酷い! 旅行はみんなで楽しむんじゃなかったの!」
「姉貴がみんなで楽しめないようにしてるんだろうが」
そろそろ弟離れしてほしいフェリクスである。
「それで、美術館か? 別に構わないぞ」
「トゥルーデも行く!」
「姉貴は面倒だからクラリッサたちといろ」
「やだー! 絶対にやだー!」
6歳児辺りにまで幼児退行するトゥルーデであった。
「クラリッサ。姉貴を頼むぞ」
「任せろ。デート、楽しんできなよ」
「誰がデートだ」
「へへっ」
クラリッサはにやりと笑っている。
「さて、お昼、お昼。ちょっと周りを見て回りながらお店を探そう」
「おー!」
最終的にクラリッサたちは大学に近い場所でいい店を見つけ、そこで白身魚の様々な料理を楽しむと、フェリクスはクリスティンと、ヘザーはフィオナとシャロンと、クラリッサたちはウィレミナ、サンドラ、トゥルーデ、リーチオでそれぞれ分かれて観光を始めた。果たしてゲンフの街でクラリッサたちは何を見つけるだろうか。
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