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娘は夏休みの旅行を楽しみたい

……………………


 ──娘は夏休みの旅行を楽しみたい



「サンドラ、ウィレミナ、フィオナ、ヘザー、フェリクス、トゥルーデ。集合」


「何々?」


 期末テストが無事終了し、夏休みを目前に控えた2年A組の教室でクラリッサが告げるのに、ウィレミナたちが集まってきた。


「今度の旅行でヘルヴェティア共和国に行こうと思う、そこで最高級ホテルに宿泊して、また私はホテル経営者としての道を一歩踏み出すのだ」


「ヘルヴェティア共和国。私、旅費払えないぜ?」


「ウィレミナには選挙で活躍してもらったお礼として旅費は私が負担するから」


「やりー!」


 ウィレミナは選挙でいろいろと頑張ってくれたので旅費はお給料代わりである。


「みんなは夏休みの予定どうなってる?」


「んー。スカンディナヴィア王国に何泊かする予定。高等部3年になると入試で忙しくなるし、今年が学園で送れる最後のゆっくりした時間ってことで、家族たちからは一緒に旅行に行こうって言われてる」


「私もですわ。ヒスパニア共和国に何泊か。学園生活最後の旅行ということで」


 高等部3年に入ると夏休みはもう遊んでいられない。


 入試が目前に迫り、補習が行われ、遊ぶ時間や部活動の時間はなくなっていく。受験はそれだけ大変なのだ。特に名門のオクサンフォード大学やセント・アンドリュー大学を目指すクラリッサたちにとっては。


「そういや、フェリクスは進路どうするの?」


「学園卒業したら、北ゲルマニア連邦の大学に通う。地質学について学んで、いずれは探検家を目指すつもりだ。北極か南極か。未知の場所を探索したい」


「学園卒業したらフェリクスともお別れかー」


 これまで仲良く儲け話で稼いできたフェリクスも学園を卒業したら、自立し、大学に通って、自分の夢に邁進するのだ。


 そう考えるとちょっぴり悲しくなるクラリッサだった。


「トゥルーデは?」


「フェリちゃんと同じよ! 私も南極? とかに行くわ!」


 トゥルーデはただフェリクスに合わせているだけだった。


「姉貴。女は探検には連れていけない。姉貴は親父の後を継いで外交官になれ」


「ぶー! いやよ! フェリちゃんとおそろがいいわ!」


「いつまでもおそろにできるわけないだろ。現実を見ろ」


「ぶー……。確かにそれもそうだけど……」


 相変わらず外見はそっくりなふたりだが、フェリクスの方は筋肉が付き始めているし、トゥルーデの方は女性的な柔らかさを持ち始めている。


 男女の身体的特徴の違いの他に、フェリクスととトゥルーデの望みも変わっている。


 フェリクスが未知の大地を夢見るのに対して、トゥルーデはただフェリクスとおそろにしたいだけ。探検家とはそれなり以上の覚悟がないとやっていけないものだ。トゥルーデにはその覚悟が欠如している。


 そうであるならば、トゥルーデは父の後を継いで外交官になった方がいい。トゥルーデは成績もそれなりにいいのだから。


「分かったわ。私はフェリちゃんが南極? にいけるように応援するわ!」


「はあ。勝手にしてくれ」


 トゥルーデにはしばらく手を焼きそうだ。


「それじゃあ、旅行だけど詳細を詰めよう。空いている日程を──」


「フェリクス君!」


 クラリッサが予定を決めようとしたとき、扉が開かれた。


 そして、入ってきたのはクリスティンだ。


「フェリクス君。今日は勉強会をすると言ったではないですか!」


「あー。悪い。ちょうど、今夏休みの旅行のことを話し合っててな」


「夏休みの旅行ですか?」


 クリスティンが首を傾げる。


「夏休みはどこに?」


「ヘルヴェティア共和国。最高級ホテルに宿泊するよ」


「さ、最高級ホテル……」


 これが夏休みにピクニックに行く程度の話だったならば、クリスティンも自分を加えてくれと言えただろうが、行先は海外。それも最高級ホテルだ。アルビオン国教会の教えに従い、質素な生活を心がけているクリスティンでは到底簡単には加われない。


「なあ、クラリッサ。クリスティンも加えてやってくれないか? ここ最近、勉強とか見てもらって世話になっているんだ」


「いいよ。お安い御用」


 だが、フェリクスが勝手にクリスティンも加えてしまった。


「フェリクス君! 私は最高級ホテルに泊まれるようなお金はないですよ!」


「気にするな。クラリッサの奢りだ。この前の夏休みでもそうだった」


 そう告げて、フェリクスがクラリッサを見る。


「そ。私の奢りだから気にするな。私が将来のホテル業に備えて、各地の高級ホテルを見学して回ってるんだ。みんなを招待するのは多角的な意見が聞きたいのと、私ひとりじゃ寂しいからだから。だから、気にせず参加してくれていいよ」


 クラリッサはそう告げてクリスティンにサムズアップする。


「そ、そういうことでしたら、お世話になります……」


「うん。じゃあ、それぞれの夏休みの予定を聞こうか。それを聞いたうえで、空いている日程でヘルヴェティア共和国に向かうよ。予定は2泊3日。問題は?」


「ないよ」


 というわけで、クラリッサたちは8月4日から8月7日までの間、ヘルヴェティア共和国で遊ぶことになったのだった。


……………………


……………………


「パパ。おすすめのホテルってどんな場所?」


「ああ。プレジデント・ウッドロウっていうホテルだ。世界中の大金持ちが別荘代わりにしているホテルだ。そこのロイヤルペントハウススイートは凄いって噂だ。ジムから図書館まで揃っているような外に遊びに出なくてもいいような場所らしい」


「へー。うちのホテルにもそういうの作る?」


「お前が作りたいかどうかだ。だから、見てきなさい。見てきて取り入れたいと思ったら、取り入れればいい。それにニーノも言っていただろう。カジノでの成功を目に見える形で示すのはいいことだってな」


「そだね。考えてみる」


 今回の旅行はただの旅行ではないのだ。クラリッサが将来、ホテルとカジノを経営するうえで必要になってくる知識を仕入れるためのものなのだ。


「で、部屋割りは決まったのか? ロイヤルペントハウススイートは4名。ロイヤルスイーツは2名で4部屋だぞ」


「私、ウィレミナ、サンドラ、フィオナがロイヤルペントハウススイート。ヘザー、フェリクス、トゥルーデ、クリスティン、パパ、シャロンがロイヤルスイーツ」


「オーケー。部屋の予約は既に取ってある。この時期は予約を取るのも一苦労だ。だが、お前のいい思い出になればなによりだ」


「満喫するよ」


 リーチオの言葉にクラリッサがサムズアップして返した。


「ここは前に宿泊したホテルプラザ・ポセイドンよりさらに豪華だからな。何せ世界各国の王族が泊まりに来るぐらいだ。しっかりとサービスについて勉強しておけよ。一流のサービスというものを覚えておけば、ホテル経営にも役立つだろう」


「アメニティとかね」


 クラリッサはこれまで宿泊したホテルのアメニティの会社を覚えているぞ。


「まあ、カジノに併設するホテルとは違った趣だろうが、勉強にはなるだろう。それから大学に入って、ニーノのカジノが本格的に始動したら見せてもらうといい。そっちもためになると思うぞ。そのころにはホテルも設計図ができるころだが」


「ニーノおじさんのカジノで一儲けしてくるぜ」


 リバティ・シティを始めとする新大陸各地の都市を縄張りとするヴィッツィーニ・ファミリーのニーノが計画している西部のカジノとホテルはクラリッサが大学生になるころに軌道に乗る。カジノ計画を最初に持ち出したのはリベラトーレ・ファミリーだが、ヴィッツィーニの方が完成は早い。


 そのニーノたちから学ぶことも多いだろう。


 同じマフィアであり、ホテルとカジノのエンターテイメントコンプレックスを運営するのだから。


「しかし、景観が問題だな。この前のホテルプラザ・ポセイドンもそうだが、今度のプレジデント・ウッドロウも周辺の景観がいい。ホテルプラザ・ポセイドンは美しい海に面していたし、プレジデント・ウッドロウは世界的な自然遺産であるレマンヌス湖を収めている。対して、こっちの立地じゃあ、見えるのは薄汚れたテムズ川だけだ」


 ロンディニウム新規開発地区はテムズ川に面しているが、これまで散々死体が浮かんできたようにあまり綺麗な川とは言えない。生活排水も流れ込んでいるし、テムズ川で漁をする漁師の数も激減している。


 かといって、他に見るものがあるのかと言えば、ロンディニウムの街並みぐらいだ。世界的金融センターの役割を担っているだけあって、再開発が進み、リバティ・シティのような高層ビルも多く計画されてるが、自然的な美しさはない。


 まあ、ニーノの計画している西部のカジノも周りは砂漠だが。


「都市圏のホテルならではの目玉が必要だね。私としては観光客にお金を落としてもらえるようにブティックなんかを充実させていきたいと思う。それから夜景が楽しめるプール。こういうものがあれば、ロンディニウムに来てよかったって思うんじゃないかな」


「よく考えてるな」


「アガサとも意見を交換し合ったからね。新規開発地区にブティックを入れるなら、アガサのところから出してもらう。あそこのブランド戦略は非常に上手い。私たちも真似できるところは真似ておきたい」


 アガサの会社は流石はアルビオン王国最大のアパレルメーカーなだけあって、ブランド戦略は素晴らしいものだった。持っているだけで上流階級の人間と思われるほどのブランド。贈り物として最高のブランド。高品質とイコールになったブランド。


 あの手のこの手でアガサの会社はブランドイメージを作り上げ、政治家や貴族、そしてセレブリティな俳優たちに実際に身に着けてもらうことによって知名度を急上昇させた。


 今では高級ビーチリゾートに展開しているアイランド・ブリッジを始めとし、4つの高級ブランドを従えているアガサの会社は見事なものだ。


 スポーツ用品から紳士服まで。その企業イメージ戦略によって、アガサの会社は急成長を遂げ、いずれは大陸のファッション業界を支配するに至るだろうと予想されている。


 そんな確かなイメージ戦略を有しているアガサの会社だからこそ、提携先として選ぶべきであるし、そのノウハウは学び取るべきである。クラリッサのカジノも粗野な荒くれ者の集まる場所ではなく、紳士淑女の社交場としてのイメージや、成功者が生まれるチャンスをつかみ取れる場所などのイメージを大衆に植え付けるべきだ。


「お前がやっていくことだ。お前の好きにしなさい。ただし、実際に経営を任せるのはオクサンフォード大学で経営学の学位を取得してからだからな。経営学を理論的に学べば、パパたちよりも優れた経営手腕を発揮してくれることだろうと祈っているぞ」


「アガサが言うには実地で働くことも大事だって。アガサは大学を卒業したら、暫くの間はお父さんの下で働くって言ってるよ」


「お前はそうする必要はない。パパは相談役としてお前についておく。どうにもおかしいと思ったら指摘するが、基本的にお前の学んできたようにやりなさい。ただし、お前の選択によってはリベラトーレ・ファミリーの構成員が路頭に迷うことになることを忘れないでおけよ」


「分かってる。任せて」


 カジノ・ホテル事業はリベラトーレ・ファミリーの合法化のための手段だ。雇われるのはリベラトーレ・ファミリーの構成員たちであり、それに加えて専門のスタッフたちが雇われる。


 リベラトーレ・ファミリーの合法化については意見は微妙に割れていた。


 今の美味しい立場を捨てて、堅気と同じことをするのか? これまで敵対組織の人間をミンチにして豚の餌にしてきた人間がお上品なお客たちの警備員をやると?


 だが、リーチオは押し切った。


 麻薬戦争を早急に終わらせ、リベラトーレ・ファミリーを合法化する。


 マフィアの繁栄は約束されたものではない。既に酒税の引き下げが議論されているのに、いつまでも密造酒で稼ぐことはできないのだ。


「任せたぞ、クラリッサ」


「任せて」


 リベラトーレ・ファミリーは合法化し、クラリッサに託される。


 それが明るい未来というものだ。


……………………

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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!

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