娘は夏休み前の期末テストを頑張りたい
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──娘は夏休み前の期末テストを頑張りたい
楽しい楽しい夏休み。
今年は何をしようかな? 恐らく高等部3年では夏休みに遊んでいる暇もなく、補習授業が行われるので、楽しく遊べるのは今年ぐらいまでである。
だが、その前に。
「期末テスト……」
そう、期末テストが立ちふさがっているのである。
「クラリッサちゃん。今回は自信ないの?」
「歴史と外国語が急速に難しくなってる……。美術史まで絡んできたし……」
そうである。
高校で歴史を選択した方々なら分かると思うが、歴史はただ人類の歩みをなぞればいいというものではなく、この時代の人類が何を生み出したかも覚えなければならないのだ。芸術家の名前や作品当て。作品の年代やその時期の風潮。そういうものにうんざりとさせられた人々も少なくないのではないだろうか?
クラリッサも同じことで、人類の歩みについては物語方式で理解してきたが、美術史となるととんとダメ。ルネサンス期の作品とそれ以前の作品の区別もつかないし、それ以降のバロック様式や印象派の区別もとんとダメ。
そもそも美的観念のおかしな娘である。絵を見ても『なにこれ?』との意見しか出てこないのだ。それなのに美術史をやるというのは無理があった。
「うーん。美術史も流れというものがあるのだけれど、数人の天才が歴史を変えたりするからなかなか難しいのよね。世の中の流行り廃りって割と唐突でしょう?」
「だね。数人の天才は死ぬといいよ」
「そういうこと言わない」
クラリッサの憎悪は美術史をややこしくしている天才たちに向けられた。
「まあ、こればかりは地道に覚えていくしかないよ。予習復習の積み重ねを活かして、頑張ろう美術史! 逆に言えば美術史さえ制すれば、どうにかなるわけだからね」
「ううむ。頑張るしかないか」
それからクラリッサは期末テストに向けて歴史と第二、第三外国語を中心に勉強を行っていった。
相変わらずどれだけ授業が進んでも数学と物理、生物学は完璧なクラリッサだ。文系科目さえどうにかなれば、光明は見えてくるというもの。
文系科目さえ、文系科目さえ、どうにかなれば……。
「古典文学もつらい……。昔の人は頭おかしい……」
「今とは価値観が違うからね。けど、変わらない部分もあるよ?」
「どんな部分?」
「男と女は惹かれ合う。恋愛観はちょっと変わったかもしれないけれど、恋愛感情物には何も変化がないわ」
「確かに」
いつの時代も男と女は惹かれ合うものだ。
ロミオとジュリエットも、源氏物語も、ギリシャ神話の様々なエピソードも全て男女の関係である。それがバッドエンドになるかグッドエンドになるかの違いだけ。
「クラリッサちゃんは好きな人いる?」
「いないよ。今はまだ。理想の男性って奴はなかなか現れてくれないものだ」
クラリッサはそう告げて肩をすくめた。
「他の人の恋愛を見たことは?」
「ある。ジョン王太子とフィオナは熱々だし、フェリクスとクリスティンは距離を縮め合っている。けど、フェリクスは本当にクリスティンと付き合う気があるのかな?」
あの合同水泳大会後、フェリクスとクリスティンはたびたびふたりでお茶をしに離脱している。フェリクスもクリスティンのことを無下にはしていないようだが、どうも妹に近い存在として扱っている感もあった。
ついでにいうと、あれからフェリクスは何度かエロクスと呼ばれ、そう呼んだ男子の顔面に拳を叩き込んでいる。あだ名には気を付けよう。人の嫌がっている名前で呼んではいけないぞ。
「そういう思いで古典文学も読んでみて。恋愛が成立するのかしないのかをワクワクしながら読んでみるの。それからそうではない古典でもスリリングな展開というものはあるものから。何せ、古典文学と言っても、今のベストセラー小説のように世間に受けた作品が生き残っているのだからね」
「なるほど。古典を解読するのではなく、楽しむんだね?」
「そうそう。物語の中身が掴めて来たら、古典に使われている古典アルビオン語も理解できるようになるから。まずは物語を楽しみましょう」
「オーケー。頑張ってみる」
国語に関しては週1冊の習慣を続け、今も努力しているクラリッサだ。物語にまるで入り込めないということはない。クラリッサの心は週1冊の習慣を始める前から、大きく成長し、感性豊かになっている……はずである。
「ねえ、グレンダさん。古典はこれでいいとして、第二、第三外国語も問題だよ。覚える単語が滅茶苦茶増えたし、文法は難しくなるし……。どうしよう?」
「いつものようにヒアリングとリスニングで覚えていきましょう。クラリッサちゃんはヒアリングについてはとても才能があるから、演劇作品のレコードなどを借りてくるよ。きっとそれで楽しんでもらえると思うわ」
「オーケー。この調子で今回も5位内を目指そう!」
クラリッサのやる気はばっちりだ!
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「パパ。キャンプ道具一式か別荘買って」
「また唐突な。別荘はともかく、キャンプ道具くらいはお小遣いで買えるだろう?」
「お小遣いは取っておきたい」
「……そういえば期末テストの時期だな」
「……5位内だったら別荘買って」
「ダメ」
別荘は固定資産税とかいろいろかかるのだ。
「またホテルにしなさい。今度は山間のホテルだな。ヘルヴェティア共和国なんかはどうだ? お前、あそこで遊ぶのは冬のシーズンばかりだろう。あそこは夏に行ってもいいものだぞ。レマンヌス湖を眺めながら過ごすというのも乙なものだ」
「ほうほう。いいね。友達も誘ってみる」
「ただし、5位内に入ったらだぞ?」
「分かってる、分かってる」
クラリッサは言うなとばかりに肩をすくめた。
「しかし、美術史と古典が苦手で四苦八苦していると聞いたが、大丈夫なのか?」
「大丈夫なような、そうでもないような……」
「おい」
クラリッサは視線を泳がせた。
「まあ……。古典はディーナも俺も苦手だったしな……」
「そうなの?」
「ああ。ふたりでしゃれた演劇でも見ようって話になって、古典演劇をやっている劇場に入ったんだが、出たときはチンプンカンプンで、ふたりして爆笑していた。ディーナは学生時代も古典の成績が悪かったらしくてな。それからは一緒に勉強したな」
リーチオはその時の様子を思い出したように小さく笑った。
「そうだったんだ。ママも古典苦手だったんだ」
「だからと言って、克服しなかったわけじゃないぞ。一緒に古典演劇を見に行って、いろいろと勉強していったんだ。それにママは古典が苦手だったとしても首席で士官学校を卒業しているからな」
「むう」
クラリッサはディーナを理由に古典が苦手なことを正当化しようとしたが、敢え無くそれは阻止されてしまった。
「パパとママはどんな演劇を見に行ったの?」
「古典と名のつくものは片っ端からだ。現代風にアレンジしてある奴の方が俺は好きだったが、ディーナは古典を理解してから古めかしいのが好きになった。だから、うちのシマの劇場では時折古めかしい古典演劇をやらせていた」
「私も演劇を見たら、古典に強くなれるかな?」
「まあ、古典の楽しみ方は分かるんじゃないか? だが、古典アルビオン語なんかは教科書読まないと分からないだろ。俺たちも本屋で教材を買って勉強したぞ」
「ううむ。世の中そう簡単にはいかないか」
お父さんたちも苦労したのだ。
「まあ、頑張りなさい。美術史の方は本場のエステライヒ帝国まで行ってみてきたんだ。それなり以上に学習しているだろう?」
「農民が虐殺される絵しか覚えてない……」
「お前という奴はなあ……」
頑張れ、クラリッサ。今回も5位内に入ったら夏はヘルヴェティア共和国だぞ。
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期末テストまであと1日。
「では、よろしいですね、殿下」
「ああ。始めてくれ」
テストに気合を入れているのはクラリッサだけではない。
ここのところクラリッサに負けっぱなしのジョン王太子も気合を入れていた。
「それでは1606年に生まれ、バロック芸術の巨匠として知られる芸術家の名は?」
「え、えーと。レンブラント・ファン・レイン!」
「正解です。ですが時間がかかりすぎですな。これぐらいはすぐに出るようでなければ困りますぞ。それでは次に行きます」
ジョン王太子の家庭教師はクラリッサのグレンダと違って、個人の学び方を尊重する方ではない。家庭教師はこれまで成果を上げてきた方法で、それを変えることなく、ジョンにも他の王族たちと同じように学ばせていた。
その方法はスパルタである。
立ったまま家庭教師の質問に答え続け、間違えば鞭で打たれる。全て正解するまで席に座ることは許されず、質問には即座に答えなければならない。
クラリッサにこんな勉強方法をやらせたら1日も経たずに逃げ出すだろう。
それでもジョン王太子は王太子だ。王室の名にかけて、いつまでも敗北しているわけにはいかないのだ。父親であるジョージ2世からも厳しい目で見られている中、ここで成績を上げないわけにはいかないのだ。
だが、いくら頑張ってもジョン王太子にご褒美はない。
ただ、王室の一員として認められるだけである。それだけでも名誉なことなのであるが、クラリッサのようにバカンスに出かけたり、自動車を買ってもらったりということはない。ただただ、地位を維持するために勉強するのみである。
しかしながら、ジョン王太子はそれを疑問に感じたり、失意を抱いたりすることはない。彼にとって王室とは守らなければならないものであり、自分が引き継いでいかなければならないものなのだ。
それにバカンスなら一応いろいろな場所に行っている。半ば公務だが、アルビオン王国の臣民たちと触れ合い、王族として敬意を払われるのは、ジョン王太子にとって名誉なことなのである。
とは言えど、父親から次代の国王としてかけられているプレッシャーは並大抵のものではない。ジョージ2世は名君として知られ、これまでアルビオン王国を導いてきた。ジョン王太子にも同じことができなければならない。
「それではボナパルト戦争中に大陸封鎖令に異を唱えた宰相の名は?」
「タレーラン……?」
「疑問形ではなく、率直にお答えください。テスト用紙には疑問形を書く場所などないのです。何事も率直に。それが王族ですぞ」
「すまない……」
流石のジョン王太子も心が折れそうだったが、またしてもクラリッサにテストで負けて、どや顔されるのは我慢ならない! 何が何でも今回はクラリッサを上回る!
「続けてくれ」
「そのつもりです。では──」
家庭教師による試験は3時間に渡り、ジョン王太子は3時間立ちっぱなしだった。
果たして、それだけ努力した結果は出るのだろうか?
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期末テスト当日。
「ううむ。いい試験日和だ」
「外、滅茶苦茶雨降ってるけど」
「テストは外でするわけじゃないからいいでしょ」
テスト当日は土砂降りだった。
アルビオン王国は雨がよく降ることで知られているが、ここまでの大雨は珍しい。しかし、この天候のどこがテスト日和なのかは謎である。
「クラリッサちゃん。今回のテストの自信は?」
「打倒、クリスティン」
ウィレミナが尋ね、クラリッサがこぶしを握り締めてそう答えた。
クリスティンは常に4位をキープし、クラリッサがそれ以上に上がることを阻止し続けてきたぞ。だが、今回は倒せるのだろうか?
「クラリッサ嬢!」
「うわ……。出た……」
「汚物扱いはやめてくれないかな!」
そんなクラリッサの前にジョン王太子が。
「今回のテストこそは君に勝つよ! 覚悟しているがいい!」
「はいはい」
「ぐぬぬ。そうやって聞き流していられるのも今のうちだぞ!」
クラリッサにとってもはやジョン王太子は敵ではない。
「まあ、10位内には入れるといいね」
「ぐぬー! 今度は君を越えてやると言っているのだ! 覚悟しておきたまえ!」
そう言いながらジョン王太子は自分の席に戻っていった。
「ジョン王太子はああ言ってるけど、負けそう?」
「まさか。それはあり得ない。この間の小テストでも私が勝ったし」
ここ最近のクラリッサの成績向上には目を見張るものがあり、苦手なはずの第二、第三外国語でも歴史でも国語でも実力を見せつつあった。
それもこれもグレンダのおかげ。クラリッサは彼女にとても感謝していた。
「では、いざテストへ!」
そして、その結果。
「1位。ウィレミナ・ウォレス」
「いえいっ!」
ウィレミナは不動の1位。
「ウィレミナ。何かいかさましてない? 成績良すぎるんだけど」
「してないよ」
友人の不正を疑う不正を試みてきたクラリッサであった。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
「フィオナさんも安定してるね」
フィオナも不動の2位。
「フィオナ。君って本当に頭がいいよね。嫉妬してしまいそうだ」
「私もなんとかという具合でして……。決して楽観視はできないのです」
フィオナは謙虚であった。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「はあ。クラリッサちゃんには負けずに済んだ」
「何が言いたい」
サンドラが安堵の息をつくのにクラリッサがジト目で睨んだ。
「だって、クラリッサちゃん。最近とっても成績上がってきてるじゃん。私もジョン殿下みたいにクラリッサちゃんに負けるかもしれないって戦々恐々だったんだよ」
「次はサンドラを追い抜いて見せるよ」
そんなこんな言い合いながら次の順位を見る。
「4位。クラリッサ・リベラトーレ」
「おー! やったじゃん、クラリッサちゃん!」
ウィレミナがクラリッサを抱きしめる。
「ううむ。やってやったぜ」
「打倒、クリスティンさん、達成だね」
サンドラもクラリッサを抱きしめるのに、クラリッサは満足した表情を浮かべた。
「で、5位。ジョン王太子」
「おー。ジョン王太子も頑張ったじゃん」
5位はクリスティンではなく、ジョン王太子であった。
「けど、私の勝ちだね」
「クラリッサちゃん。本当に成績上がったよなー」
クラリッサが不敵な笑みを浮かべ、ウィレミナが頷く。
「フェリクス君! 9位じゃないですか! やりましたね!」
「ん。お前に勉強を手伝ってもらったおかげだな」
「き、気にすることはないですよ」
順位が4位から6位に下がったクリスティンだが幸せそうだ。
「あー! また負けたー! また負けたのか、私はー!」
「殿下、お気を確かに!」
一方のジョン王太子は再びクラリッサに敗北したことにショックを受けて失神し、そのまま『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』によって保健室へと連れられて行った。
「……何はともあれ、テストは終わりだ」
頑張ったな、クラリッサ。ヘルヴェティア共和国旅行が待っているぞ。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




