娘は合同水泳大会に向けて動きたい
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──娘は合同水泳大会に向けて動きたい
「合同水泳大会をやるよ」
「……またいきなりだね、クラリッサ嬢」
クラリッサが突然言い出し、ジョン王太子が渋い顔をした。
「私は選挙期間中からずっと主張してきたよ。この学園には娯楽が少なすぎるって」
確かにクラリッサは改革のひとつとして娯楽を増やすことを提案していた。
「合同というと聖ルシファー学園とですか?」
「そ。聖ルシファー学園とやるよ」
書記には相変わらずクリスティン。会計はウィレミナ。庶務はフィオナだ。
「それでは聖ルシファー学園と打ち合わせをしなければいけないよ」
「任せろ」
「……てっきり、任せたというかと思ったんだが」
「私をなんだと思ってるの?」
クラリッサ。そう思われるのは自業自得だ。
「向こうはアガサが生徒会長になったから話は通りやすくなったと思うよ。まあ、行ってみよう。レッツゴー」
「レッツゴーではないよ。向こうにアポを取らなければ」
「任せた」
「やっぱりそうじゃないか!」
面倒くさいことはしたくないクラリッサである。
「とりあえず手紙を書くです。それで打ち合わせの日程を決めてから向こうに伺うべきでしょう。便箋を今準備するです」
「書記なんだからクリスティンが書いてよ」
「うがーっ! 自分で言い出したことだろうがー!」
隙あらば他人任せにしようとするクラリッサであった。
「では、と。拝啓。合同水泳大会しようぜ。敬具」
「クラリッサ嬢。真面目にやる気はあるのかね?」
クラリッサの手紙は短かった。
「意図が伝わればいいんだよ。これで向こうがやる気があるなら返事を返してくるし、会合の日程も伝えてくれるはず。それで万事オーケー」
「本当にオーケーなのだろうか……」
クラリッサの余りに短くて用件が伝わるには伝わるギリギリのラインの手紙を見ながら、ジョン王太子はため息をついた。
「じゃあ。これ、投函しておいて」
「はいはい。それぐらいなら私がやっておくです」
クラリッサが手紙を封筒に収めて住所を書くのに、クリスティンが頷いた。
「ふふふ。今回もなかなかのビッグゲームになりそうだ。大きなシノギの匂いがする」
クラリッサはそう不敵に笑ったのであった。
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アガサからの返事は4日後にやってきた。
「アガサがこっちに来るって。今週末の金曜日」
「そうなのかね。それでは一応歓迎の準備をしておかなければならないね」
「大丈夫。私とアガサの仲だから」
「いつの間に君たちはそんなに仲良くなったのかな?」
中等部3年の夏休みにべったり癒着してましたとは言えない。
「とにかく、アガサにはそんなに気を使わなくていいよ。カジュアルにいこう」
「そういうわけにはいかないです。仮にも聖ルシファー学園の生徒会長を相手にするのですから。きちんとしたおもてなしをしなければ、王立ティアマト学園の品位が疑われてしまいます」
クラリッサがそう告げたが、クリスティンは首を横に振った。
「お茶ならいいものがありますよ。来客用の高級な茶葉です。お菓子は買ってこなくてはいけませんね。今度、一緒に選びに行きませんか、殿下?」
「ああ! そうだね!」
備品を確認していたフィオナが告げ、ジョン王太子がデートの機会に舞い上がった。
「クラリッサちゃんはアガサさんと仲いいもんなー。アガサさんってクラリッサちゃんの好みだったりする?」
「私が好きなのは男の子だよ。変なこと言わないの。仮に私が同性愛者ならウィレミナを食べちゃうぞー」
「ひゃー。あたしの貞操はフィリップ先輩に捧げるんだー」
そして、くだらない三文芝居をやっているクラリッサとウィレミナであった。
「けど、最近じゃ同性での恋愛もありっぽいよ。流石に貴族の家系は無理だけれど、聖ルシファー学園にいるようなお金持ちのお嬢様同士は付き合ったりするんだって。姉妹の契りを結ぶとかなんとか」
「へー。まあ、本人たちが幸せならそれでいいんじゃない?」
これから数年後同性愛は犯罪であり病気であるとの医学論が広まり、同性愛への締め付けが厳しくなる時代が訪れる。
だが、今は誰も同性愛のことをとやかくは言わない。ウィレミナが言ったように厳格な貴族の家庭では厳しくしつけられるが、聖ルシファー学園に通うようなお嬢様たちは同性でいちゃいちゃすることもあるそうだ。
まあ、思春期における一過性のものかもしれないが、クラリッサの言うように本人たちが幸せならそれでいいのだろう。
「それで、クラリッサ嬢。我々の水泳大会の日程は9月だが、聖ルシファー学園は7月だと聞く。この点は解決しなければならないよ」
「そうだね。こっちが合わせよう。7月上旬に開催ということで」
「高等部1年は夏の合宿があるから、それと被らないようにね」
「分かってる、分かってる。ちゃんと考えてあるよ」
「期末試験も忘れてはダメだよ」
「分かってるってば」
正直、クラリッサはどっちも忘れかけていたぞ。
「それじゃあ、アガサを出迎える準備をしようか。掃除くらいはしておいて損はない」
クラリッサはそう告げて生徒会室の掃除を始めた。
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「アガサ・アットウェルです。お見知りおきを!」
「……うん」
アガサは金曜日にやってきた。
「それで、それで、合同水泳大会がやりたいとか?」
「そうそう。ふたりとも生徒会長になったことだし、いろいろなイベントで競い合ってみない? なかなか盛り上がると思うよ」
クラリッサとアガサ。今ではふたりとも生徒会長。
クラリッサが副会長であったときから、ふたりは合同体育祭を成功させている。ふたりとも生徒会長になれば、やれることの幅はもっと広がるはずだ。
「場所についてはどこで?」
「ハディッド・センター。あそこはプールは広いし、観客席も空いてるし、スケジュールをねじ込もうとするならばあそこしかない」
ハディッド・センターは国際的な水泳大会に備えてロンディニウムに建設された巨大水泳施設で、グレイシティ・スタジアム並みの観客収容数と50メートルプールを備えている。これまで5回、国際大会に使用された。
だが、普段から使用される施設でもなく、クラリッサはこの時期でもスケジュールがねじ込める施設としてマークしていた。
「悪くないですね。では、では、会場はハディッド・センターにするとして、競技内容について話し合いましょう」
「こちらとしては──」
「そうですね。こちらとしても──」
クラリッサたちは水泳大会で実施する競技内容を話し合う。
ちなみに王立ティアマト学園の水泳部は陸上部に次いで大会出場率の高い部活動だ。とは言え、大会ではなかなか聖ルシファー学園には勝てていない。今度の水泳大会でリベンジできれば、士気は大きく向上するだろう。
「うーん。無難な競技ばかりになってしまいましたね。水泳部はこちらの方が優秀ですし、これでは些か盛り上がりに欠けるでしょう」
「分からないよ? 常に弱いと思われていた側が強いと思われている側に逆襲するストーリーは受けているわけだからね」
「それでも賭け金は盛り上がらないのでは? どちらか一方に偏ると、賭けが盛り上がらないでしょう。今年からはうちのブックメーカーもこうしたイベントにガンガン参加していきますからね。お互いに儲けるためにはいろいろと不確定要素を叩き込みましょう」
「アガサ。君はよく分かってる」
にやりと笑うアガサに笑い返すクラリッサ。
「でも、不確定要素となるとな。ちょっとアイディアがない」
「水着コンテストというのはどうです?」
「……!? 詳しく」
アガサの言葉にクラリッサが目の色を変えた。
「これはうちのアパレルメーカーの宣伝にもなるのですが、我が社の作った新作水着を着ていただき、その着こなしやスタイル、顔立ちを審査するのです。なかなか面白い試みだとは思いませんか」
「いいね」
クラリッサはグッとサムズアップして見せた。
「美しい女子生徒たちがうちの水着を着て、ファッションショーの会場となったプールサイドを歩いて回る。素敵ですよね。プールだけにカップールも生まれたりして」
「……そうだね」
クラリッサは真顔になった。
「男子ももちろんやるよね」
「当然です。これからの時代、女子だけを美醜で判断するのはご法度。男子にもいろいろな水着を着てもらい、その鍛え上げられた肉体を披露してもらおうではないですか。女子生徒も一部を除いては喜ぶと思いますよ」
「一部を除いて?」
「まあ、お聞きかもしれませんが、今聖ルシファー学園では姉妹の契りとかいうのが流行っていて。女の子同士で可愛らしくいちゃいちゃするというのが楽しまれているのです。私としては文句はないのですが、誘われるとなるとちょっと困るというか」
「アガサはそう言う方面の人じゃないんだ」
「ええ。男子も女子も両方食べちゃう方ですから」
「…………」
クラリッサはアガサの凄い告白に沈黙した。
「女の子同士でいちゃいちゃしているのも可愛らしくていいんですが、私は男の人の筋肉にも惹かれるタイプでして。実をいうとファッションデザイナーには多いんですよ。両方いけちゃう人。私の知り合いだけでも5人はいます。やはり、ファッションの道を究めるには男性と女性の両方に通じておくのがお得なのでしょうね」
「ちなみにアガサの女の子のタイプは?」
「あのスマートで才女なウィレミナさんもいいですけど、なかなか腹黒いクラリッサさんも好きですよ。いちゃいちゃします?」
「しないよ」
クラリッサは男の人と恋愛したいタイプなのだ。
「けど、噂によればクラリッサさんの女性人気もなかなかだとか」
「まあ、そうみたいだね。何か女の子に好かれるようなことしたかな?」
「クラリッサさんは男性的な即断即決の行動力と男気あるワイルドさをお持ちですからそこに惹かれるのではないでしょうか? クラリッサさん、これまで女の子を守ってあげたりとかしてません?」
「守ったかは微妙だけど、友達を助けに行ったことはある」
「きっとその女の子にも惚れられてますよ」
「ないない」
クラリッサはサンドラが自分に惚れてるはずがないと思っているぞ。
「まあ、それはさておき。今度の合同水泳大会では水着コンテストをやろう。きっと盛り上がるぞ。水着の準備はそっちに任せてもいいかい?」
「お任せあれ。我が社の宣伝も兼ねてのことですからね。これで新しくカップル誕生とかになったら、我が社の株も上がりますよ」
「株だけにがぶがぶと上がりたいものだね」
「それジョークです?」
アガサは真顔になった。
理不尽……。
「ごほん。日程は7月上旬を予定しているけど、大丈夫かな?」
「ええ。高等部でも7月のイベントと言えば、期末テストと水泳大会ぐらいです。うちの合宿は秋ですからね」
「秋の合宿もよさそうだなー」
「私たちとしては夏の合宿が羨ましいですよ。夏って行動的になるじゃないですか。夏の熱気、浮かぶ汗、虫の鳴き声、ひと夏の過ち。いい感じです」
「ちょっと待って。今、不味いのが混じった」
学生の身分の間は過ちを犯してはダメです。
「さて、では予定を詰めていきましょう。予定だけに余計なことは考えず」
「……そうだね」
このクラリッサが突っ込みに回らないといけないアガサは聖ルシファー学園でどのような立場にあるのだろうかと疑問が生まれたのであった。
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