娘は余裕で勝利したい
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──娘は余裕で勝利したい
「じゃあ、この議員への援助は続けろ。綺麗な金でな。ブルジョワ層の出身で、カジノに理解があり、特区法案にも賛成票を投じた。カジノ法案を通すためにも、このような議員を支援していかなければならない」
「畏まりました、ボス」
クラリッサが生徒会選挙を戦っているころ、リーチオたちも選挙戦に臨んでいた。
任期満了に伴う、ロンディニウム市議会選挙だ。
既にマックスがカジノ法案通過までの道筋を立ててはいるが、それをより盤石なものとするためにリーチオたちは議員たちの選挙活動に手を入れていた。
「この議員には引退してもらうべきだろう。保守派の貴族議員。特区法案にも反対で、カジノ法案にも反対。選挙期間中にあることないこと新聞社に書かせろ。この議員が怒り狂って新聞社を訴えようとしたところで、訴訟手続きに入る前に選挙戦は終わる」
選挙戦の主軸は特区法案の成立に伴う、カジノ法案の可否であった。
先ほど述べたようにカジノ法案そのものはマックスとピエルトの工作によって、可決される可能性が極めて高い状況にある。だが、この手の議題は流動しやすいもので、リベラルなブルジョワ層がカジノ法案に賛成しているのに対して、保守派の貴族層は未だにカジノ法案に反対するものが少なくない。
何かの間違いで、カジノ法案が否決されては困る。
リーチオたちはカジノ法案可決を完璧なものとするために、市議会選挙への介入を試みていた。なおこの仕事は、カジノ法案が成立した暁にはリベートを受け取ることになっているブルジョワ層の議員たちからの依頼を受けてのものでもある。
そう、ブルジョワ層の議員たちは領地を治め、そこから上がる収益だけで遊んで暮らせる貴族たちとは違い、仕事を抱え、その仕事をよりよいものにするために議員を務めている。商会の会長や工場のオーナーなどがブルジョワ層の議員の筆頭である。
彼らはカジノ法案が成立すればリベラトーレ・ファミリーから少なくない分け前をいただくことになっている。もちろん秘密裏に。
それと同時に特区法案とカジノ法案の成立でロンディニウムに巨大カジノが出現すれば、ロンディニウムにおけるあらゆるものの需要は大きく伸びる。観光客が落とす金やカジノで生まれる雇用や需要を考えればそれは魅力的だ。
故にブルジョワ層の議員たちはカジノ法案を熱烈に支援し、このロンディニウムにカジノが生まれるためには何だろうとするつもりであった。
一方の保守派の貴族議員にとってはカジノは依然としてロンディニウムの治安を乱す恐れのある劇薬だ。そのような劇薬を使用せずともロンディニウムは金融の中心地として整備されており、このままロンディニウムを世界的な金融センターへとすることの方が重要であると考えていた。
両者の意見が分かれる中、迎えた市議会選挙。
ロンディニウム・タイムスの世論調査によれば優勢なのはカジノ賛成派の議員たちだった。民衆は娯楽を求め、カジノによってロンディニウムに新しい需要が生まれることを期待していた。保守派の貴族議員たちが主張した世界的な金融センターへ、という提案には、あまり雇用が生まれないのではないだろうかと疑問視する声が多い。
「ロンディニウム・タイムスの記者にブレンダン・バーンスタインというのがいる。こちらの息のかかった記者だ。あそこの記者にしては無防備で、こっちが奴の醜聞をがっちりと握っている。そいつにカジノ法案の素晴らしい点を書かせろ。雇用が生まれる。需要が生まれる。観光客が増える。そういうことを書かせろ。それで勢いをつけるぞ」
リベラトーレ・ファミリーの手は超高級紙であるロンディニウム・タイムスにまで及んでいた。記者たちが醜聞を探すように、リベラトーレ・ファミリーも記者たちの醜聞を探しているのである。
「畏まりました、ボス。このまま勢いに乗って成立させてしまいましょう」
「ああ。今年度中には仕留めるぞ」
ピエルトが告げるのにリーチオが頷いて返した。
「パパ? お仕事中?」
「ん。ああ。そうだ。しばらく待っていなさい」
書斎をノックする音が聞こえ、クラリッサが顔を出した。
「ボス。クラリッサちゃんも生徒会選挙中なんですよね?」
「そうだな。あいつも選挙中だ。どこかの誰かが碌でもないことを教え込んだせいで、学生のやる選挙じゃなくなっている感じはするが……」
リーチオは夕食の席でクラリッサの選挙について聞いているが、汚職と癒着が蔓延るとんでもない選挙戦になっているのが分かった。こんな選挙方法を教えたのはどこのベニートおじさんだろうか!
「さて、今日はこれでお終いだ。狙った議員を当選させ、狙った議員を落選させる。保守派の議席を削れば、こちらにも光明が見えてくる」
「畏まりました、ボス」
リーチオの合図でピエルトたちがテーブルの上に散らばった議員たちの資料を片づけていく。これは極めて重要な資料だ。厳格に管理しなければならない。
個人資産や交友関係などが記され、その議員を強請るネタも乗っている。保守派の議員のみならず、ブルジョワ層の議員についても醜聞は集めてある。ブルジョワ層の議員が必ずしも裏切らないとは限らないのだ。
「よし。片付いたな。クラリッサ、入ってきていいぞ」
重要な書類をカギのかかった金庫に仕舞ったリーチオがそう告げる。
「パパ。選挙活動費をもうちょっと増やして」
「……既に500万ドゥカートやったはずだぞ」
クラリッサがてへっと告げるが、リーチオは渋い顔をしただけだった。
「ちょっと予算が不足してきた。グッズとか作ってたら凄いことに」
「グッズ」
思わず繰り返したリーチオである。
「でも、クラリッサちゃん。選挙は勝てそうなんでしょ? もう大丈夫じゃないの?」
「ちっちっちっ。甘いよ、ピエルトさん。今回の選挙戦は私の生徒会長への当選のみならず、私を支えてくれた支持母体の勝利も達成しなければならないんだから。私が卒業した後も王立ティアマト学園に影響力を残すためにね」
クラリッサは学園を自分のシマにする気満々だ。
「卒業したら大人しく関係は断ちなさい」
「ええー……。私がブックメーカーとかカジノとか整備したのに?」
「それでもだ」
リーチオは厳しい構えにでたぞ。
「ぶー……。ピエルトさんは学園がファミリーのシマになったらいいと思うよね?」
「ええーっと。流石に学生を相手に商売をするというのは躊躇われるかなー」
ピエルトも子供を騙して儲けようとは思っていない。
「でも、儲かるよ? バリバリ儲かるよ? 大会によっては600万ドゥカートは動くよ」
「お前がカジノ経営者になったらもっと多くの金を扱うことになる。600万ドゥカートなんて小銭に思えるぐらいにな。だから、要らないことを考えてないで、生徒会長になることを考えるか、それか大学に入るために勉強しなさい」
「はあい」
クラリッサは渋々と言うようにリーチオの書斎から出ていった。
「全く。誰に似たのやら」
「だ、誰でしょうね」
ベニートおじさんに次ぐ悪い大人2号であるピエルトは視線を逸らした。
「シャロンを呼んでくれ」
「畏まりました」
そして、リーチオが告げるのに暫くしてシャロンが現れた。
「お呼びでしょうか、ボス」
「シャロン。クラリッサが学園で何をしているか知っているか?」
「選挙であります」
「具体的に頼む」
選挙が行われていることは既にリーチオも知っている。
「お嬢様は自由行動党という政党を組織され、その政党を支持母体に選挙での勝利を目指しているようであります。自分もグッズ販売をお手伝いしました。これからは自由行動党が王立ティアマト学園の自治を担っていくとかで」
「…………」
リーチオとピエルトは何とも言えない表情をした。
生徒会選挙で政党を組織したのはクラリッサが初めてだろう。確かに卒業後も影響力を残せそうではある。だが、いくら何でもやりすぎだ。
「シャロン。その手伝いはしなくていい。俺からも一言言っておくから、その政党はやめさせなさい。どうりで選挙資金が足りないとか言い出すはずだ。全く」
リーチオは深々とため息をついた。
「畏まりましたであります。しかし、お嬢様は楽しそうでありましたよ?」
「そうだろうな」
思えば。
思えばディーナもこういうバカ騒ぎが好きだった。馬鹿げたことを馬鹿みたいに騒いでやるのが大好きだった。マフィアを乗っ取るという計画を立てたときも彼女は大いに乗り気だった。一見して馬鹿げた計画であっても、彼女にとっては楽しんで全力を尽くすべきものだったのだ。その姿勢にリーチオも随分と助けられた。
「まあ、何はともあれクラリッサのやっていることはダメだ。よからぬ問題しか生まない。中止するように言い聞かせておこう」
リーチオはそう告げて、ピエルトたちを帰した。
クラリッサは大きくなるにつれて、ディーナそっくりになっていく。そうなるほどにリーチオにとってもディーナが恋しくなってきていた。
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リーチオの圧力により、自由行動党の活動はクラリッサの代のみとなってしまった。まあ、活動そのものは中止にせず、選挙期間中や生徒会役員中は支持母体となり、様々な政策を実行するのを手助けすることになっているのだが。
「自由行動党の諸君! いよいよ投票日だ!」
クラリッサが選挙集会の会場で告げる。
ジョン王太子などはあのような身勝手なステージの設営を許すべきではないと選挙管理委員会に抗議したのだが、クラリッサから袖の下を受け取っている選挙管理委員会はあれも選挙活動のひとつとして相手にしなかった。
相変わらず癒着が酷い。
「必ず投票に行こう! そして、己の意志を表明しよう! 自分たちは改革を求めているのだということを高らかと示そうではないか!」
「示そう!」
クラリッサの言葉に合わせて赤シャツ隊が声を上げる。
「学園に改革を! 王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
「王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
そして、ついに投票日が訪れた。
「やっぱりクラリッサさんかな? あの人なら学園を楽しくしてくれそうじゃない?」
「ジョン王太子もいいよ。誠実な人だろうし、公平に物事を進めてくれそう」
生徒たちは直前まで選挙の話を繰り広げ、一時は乱闘騒ぎまで起きた。
それでもついに民意が示されるときが来たのである──!
「えー。では、選挙管理委員会より今年度の生徒会長を発表します」
高等部1年から3年までの全生徒が集まった体育館で選挙管理委員会のメンバーが告げる。選挙管理委員会はクラリッサから袖の下こそ受け取れど、選挙結果の改変までは行っていない。クラリッサとジョン王太子のどちらが生徒会長になるのかは完全に民意にゆだねられている。
「今年度の生徒会長は──」
クラリッサとジョン王太子に緊張が走る。
「クラリッサ・リベラトーレさんです」
そして、大歓声が響き渡った。
赤シャツ隊が赤いシャツを振り、自由行動党の党員が腕を振り上げる。
「静粛に、静粛に! では、クラリッサ・リベラトーレさんから挨拶を」
大歓声の中でクラリッサは演台に上っていく。
「諸君。勝利だ! 民意はやはり学園の改革を求めている。思い切った改革を求めている。私は前年度からさらに大きな改革を断行するつもりだ。それが生徒ひとりひとりの幸福につながるだろう。今こそ改革を!」
「改革を!」
相変わらず赤シャツ隊は訓練されている。イタリアが統一できそうなほどだ。
「ということで、今年度の生徒会長はクラリッサ・リベラトーレさんとなります」
選挙管理委員会はそう繰り返して集会を終わらせた。
「今年度も副会長を頼むよ、ジョン王太子」
「はあ。仕方ない。これも民意だ」
というわけでクラリッサ政権2期目が始まった。
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