娘は2期目の政権を維持したい
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──娘は2期目の政権を維持したい
春休みが終わり、新学期が始まり、暫く経てばまた選挙のシーズンだ。
クラリッサは2期目も生徒会長を務めるつもりである。
というのも、先に結果が出ている聖ルシファー学園の生徒会選挙では見事アガサが生徒会長に選出されているのだ。後はクラリッサが生徒会長になれば、またあの儲かりに儲かったビッグゲーム──合同体育祭が行えるのである。
合同体育祭ばかりではない。
合同水泳大会や合同マラソン大会など、ふたつの学園が雌雄を決するビッグゲームがいくつも開催できるのだ。これはやるしかない。
というわけで、クラリッサは2期目の政権を維持すべく生徒会選挙に立候補した。
「で、君が立候補したわけか」
「クリスティン嬢とも話し合ったが、ここは保守派の層の票をまとめるために私だけが立候補するべきだという考えに至ったからね」
今回のライバルはジョン王太子のみ。
前回の選挙ではクリスティンと票を分け合うことになり敗北したジョン王太子だが、その反省を活かして、今年はジョン王太子のみが立候補することにした。クリスティンには書記の地位が約束されている。
「無駄なあがきだね。私の支持層は今や学園の多数派。選挙で私に勝とうなどとは思わないことだね。まあ、副会長にはしてあげるよ」
「むむむ。いつまでその余裕が続くかな」
とは言ったものの、クラリッサの支持層は本当に盤石だった。
開放的な学園というジョン王太子のスローガンをさらに拡大して、自由と娯楽ある学園生活を掲げたクラリッサの支持層は、文化祭で楽しい思いをした文化委員会、カジノの常連客たちとその伝手のある人間、部費が上がったことで大会で活躍した部活動など。
そういう人間に加えてさらに盤石なのが、クラリッサを支持する赤シャツ隊である。クラリッサが生徒会長なら楽しい思いができると信じる支持層は選挙期間中は赤いシャツを身に着け、クラリッサへの投票を呼び掛けていた。
つまり、今のクラリッサの支持層はかなり分厚いのである。
「私の支持層もそれなり以上のものだからね。油断はしないでもらおう」
ジョン王太子を支持するのは学園生活があまり自由になりすぎると問題が発生するのではないだろうかと考える保守層であり、特に支持が厚いのがフローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』である。
とは言え、クラリッサの支持層からすると心もとないのが現状だ。
クラリッサは政権の座にいるときに新聞部にあれこれと忖度をし、新聞部と癒着しているので、ジョン王太子の支持基盤を崩すことも不可能ではない。
さらに権力の座についているときに成功を収めてきたものだから、中等部でのささやかな実績しかないジョン王太子より遥かに有利なのである。
「いいよ。正々堂々と雌雄を決しようじゃないか」
「怪文書を流すのはダメだよ」
「最初に怪文書を流したのは私じゃない」
怪文書攻撃を行ったのはフローレンスたちである。
「まあ、私の2期目の政権は揺るがないよ。ふふふ」
そう告げてクラリッサは不敵に笑ったのであった。
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生徒会選挙が布告され、クラリッサとジョン王太子が選挙戦を始めた──!
「王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
「王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
そう声が響くのはいつのまにやら正門前に設置されたクラリッサの選挙集会の会場だった。クラリッサの背後にはドラゴンの紋章が翻り、ステージに立ったクラリッサに赤シャツ隊の面々が声を上げている。
「王立ティアマト学園での改革は始まった! だが、まだ道半ばだ! 本当の改革は行えていない! この学園の生活には未だに退屈という名の悪魔が住み着いている!」
「そうだ!」
クラリッサが告げるのに赤シャツ隊がこぶしを突き上げる。
「もっと大きな改革が必要だ! さもなければ、王立ティアマト学園は衰退していくばかりであろう! 断固として改革を実行し、王立ティアマト学園を盛り上げよう!」
「おう!」
「まずは聖ルシファー学園との交流からだ。あの輝かしいビッグゲームを覚えている生徒も多いだろう。再びあのビッグゲームをやろうではないか。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園が火花を散らす戦いをもう一度!」
「もう一度!」
赤シャツ隊はクラリッサに操られているかのようなタイミングで声を上げる。
「体育祭のみならず水泳大会でもマラソン大会でも戦おう! ビッグゲームは盛り上がる! 盛り上がるということは退屈とは無縁であることを意味する!」
「盛り上げろ!」
「そうだ! これからドンドンビッグゲームを催そう! ビッグゲームの醍醐味である賭けにも参加して、儲けに儲けよう! 我々の前途は祝福されている! この私が生徒会長である限りは!」
「クラリッサ・リベラトーレを生徒会長に!」
選挙集会は盛り上がりに盛り上がる。
「しかし、考えなければならない。この私が引退した後に誰が跡を継ぐのか。私が去って、それでまた退屈な学園生活に戻るのでは、革命に対する反動も同然。我々はこの革命を維持し続けなければならないのだ」
クラリッサは厳粛な雰囲気でそう告げる。
「よって、今ここに王立ティアマト学園自由行動党の立ち上げを宣言する! これより我々は政党を組織し、同じ志を持った生徒会役員を選出するのだ! 王立ティアマト学園が永遠に輝き続けるためにも!」
「おー!」
クラリッサは自分の支持基盤を政党にすることにした。
政党への在籍は無制限。学園を卒業した後でもOBとして出席できるし、高等部3年になって生徒会役員選挙に立候補できなくなっても、生徒会に対する影響力を残せる。まさに引退を来年度に控えたクラリッサには持ってこいの組織だ。
「王立ティアマト学園の威光を示し続けよう! 学園から退屈という悪魔を蹴り出そう! 王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
「王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!」
この後、グッズ販売会が行われ、リベラトーレのシマの店で作られたクラリッサ・カレンダーやMTGA(王立ティアマト学園を再び偉大な学園に)Tシャツなどが販売された。それを購入した生徒たちはそれらのグッズを学園内に広げ、確実にクラリッサの支持層を固めていっていた。
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そのころ、ジョン王太子は──。
「クリーンな選挙をしよう」
と、集まった選挙対策委員会のメンバーに告げていた。
「し、しかし、クラリッサ・リベラトーレは大金を使って、生徒たちを買収しにかかっているのですよ。このようなグッズまで販売して。それを指をくわえて見ていろとおっしゃるのですか? こちらもそれなりの対抗策を講じませんと!」
今回はフローレンスも正式な選挙対策委員会のメンバーだ。
それもそうだろう。
前回の選挙では彼女が暴走して怪文書騒ぎを起こしている。そういうことをする人間は手元に置いて監視しておく方が得策だ。また自分の関知しないところでよからぬ騒動を起こされてはたまったものではない。
「いいや。目指すのはクリーンな選挙だ。クラリッサ嬢が金権政治に走っているからこそ、ここは王立ティアマト学園生徒会の原点に立ち戻り、生徒たちがどのような環境にあろうとも自治を望むことができるということを思い出さなければならない」
ジョン王太子は気合を入れてそう告げた。
「ですが、どのようにして選挙戦を?」
「ここに目安箱というものを用意した」
ここに徳川将軍家はないので目安箱というジョン王太子の発言を“?”と思う人もいるかもしれないが、これはパブリックコメントというのを自動翻訳したものだと思っていただきたい。とにかく、そういうものです。
「この目安箱に入れられた意見を通じて、我々は生徒会による改革を行うのだとする。目安箱の意見を毎日選挙期間中に取り上げ、改善策を提示することで、クラリッサ嬢のような派手なパフォーマンスに金をかけなくても、生徒会は自治が行えるのだということをしっかりと示していきたいと思う」
ジョン王太子は自信満々だ。
「なるほど。それでしたら、早速目安箱を設置しましょう」
「ああ。そうしよう」
というわけで、ジョン王太子たちはお金のかからず、地道で、それでいて生徒たちに寄り添ったクリーンな選挙戦を始めた。
……のだが。
「なんだこれは」
「パ、パンツ……」
目安箱には女性もののパンツが突っ込まれていた。
「スクープ!」
そして、そこを新聞部が見事に撮影して去っていく。
「あ! こら、待て! 嵌めたな!」
「待ちなさい! 自作自演でしょうが!」
そして、翌日の新聞部の記事には『ジョン王太子、欲求不満? 選挙対策委員会で女物のパンツを観察か?』という記事が見事に乗った。
それからも──。
「ま、魔術部の部費を36兆5000億ドゥカートにしてほしい?」
「陸上部に屋内練習場を……」
次から次に放り込まれるのは碌でもない要求ばかり。
「もっとこう、身近な悩みはないのかね? どれもスケールが大きすぎるよ」
「身近なものはなかなかありませんわね……」
フィオナも碌でもない要求が書かれたものを見ながらそう告げる。
「きっとクラリッサ・リベラトーレの仕業ですわ。ここはやり返してやらなければ! 奴の選挙集会に爆竹を放り込んでやりましょう!」
「クリーンな選挙戦! クリーンな選挙戦だ!」
フローレンスは目を離すと本当にやりそうなのが怖いところだ。
「しかし、困ったな。これでは当初の計画はダメになってしまう。別の方法を考えるしかなさそうだ。何か案はあるかね?」
「クラリッサ・リベラトーレの醜聞を新聞部に書かせましょう。今こそ、アルビオン王国王室の威光を輝かせるときです、殿下」
「いや、フローレンス嬢。クリーンな選挙戦だよ? 分かってる?」
今回フローレンスを手元に置いておかなかったら、今頃流血沙汰だっただろう。
「クリーンと言っても限度があります。相手が強硬手段に打って出るなら迎え撃つのみです。この選挙で勝たなければ何が失われるか考えてみてください」
「私が勝たなければ失われるもの……」
ジョン王太子はそう呟いて考え込む。
カジノによる無秩序な学園生活? あれはもうクラリッサ嬢が完璧に固めてしまったために、今からどうこうするのは無理だと思われる。
合同体育祭による風紀の乱れ? 前回の合同体育祭では特に問題は起きなかった。風紀の乱れを心配する必要はないだろう。
クラリッサ嬢による独裁政治? 彼女は独裁者には向いていない。何事も他人に投げるのでどうとでも修正できるのだ。
つまり──。
「私は生徒会長にならなくてもいいんじゃないかな?」
「何をおっしゃるんですか、殿下!?」
完全に自分を見失ったジョン王太子であった。
「あ。自分、そろそろ部活なんで失礼しまーす」
「ちょっと! この時期は殿下の選挙戦が優先でしょう!」
「いや。大会が近いんで。内申点にも響きますし。いいですか、殿下?」
ひとりの女子生徒が手を挙げて告げる。
「構わないよ。また明日」
「はい。では、また明日」
女子生徒は荷物をまとめて出ていった。
そして、きょろきょろと周囲を見渡すと校舎裏に向かう。
「来たな」
そこではフェリクスが待ち構えていた。
「向こうの状況は?」
「四苦八苦。まともに選挙戦は進められていないよ。そっちの妨害工作はかなり効いているみたい。新しい手を考えようとしているけど、それも考えに詰まっている」
「上出来だな」
クラリッサはジョン王太子陣営の出方を知るためにスパイを忍び込ませていたのである。目安箱を設置するというジョン王太子の戦略も設置する前からとっくにばれており、そのために間髪入れずに妨害工作が行えたのだ。
そして、仮にジョン王太子が新しい戦略を見出しても、このスパイが報告し、進展状況と弱点を報告するだろう。
それから、ジョン王太子に関する醜聞を集めるのもスパイの役目だ。このスパイがジョン王太子の周りをさりげなく嗅ぎまわり、新聞部に報告するのである。
実によくできているというか、生徒会選挙ごときにここまでやるかというか。
「よくやった。報酬だ。受け取れ」
「サンキュー!」
フェリクスはクラリッサが選挙資金としてリーチオにねだった500万ドゥカートの中から10万ドゥカートを女子生徒に渡す。
「これからも期待しているぞ」
「任せといて」
こうして選挙戦は暗闘が行われながらも、進んでいった。
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