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娘は山頂でお昼が食べたい

……………………


 ──娘は山頂でお昼が食べたい



 クラリッサたちが山頂にたどり着いたのは13時頃だった。


「おう。遅かったな」


「まあ、こういうのが得意じゃない子もいるから」


 クラリッサはバテバテのサンドラをわきにそう告げる。


「じゃあ、一息ついたら昼飯にするか」


「おう」


 このスノードン山の山頂にもお店がある。というのも、スノードン山の山頂までは登山鉄道が走っており、物流の面では問題ないからだ。体力に自信のなかったサンドラなどは鉄道で登るべきだったかもしれない。


「はい、サンドラ。紅茶」


「ありがとう、クラリッサちゃん」


 クラリッサがお店から紅茶を買ってきてサンドラに手渡すのにサンドラが温かい紅茶をゆっくりとのどに流し込み、ふうと息を吐いた。


「景色いいね」


「だね」


 山頂からは下界を僅かに漂う雲海と湖のきらめきが見えていた。お昼ということもあって、何もかもが輝いているかのように見える。


「達成感の方はいかが?」


「ひたすらに疲れた……。けど、やり遂げた感があるよ!」


 クラリッサもサンドラもこのドラゴンの眠る山を征服した気分だ。


「おーい。一段落したか?」


「オーケー。休憩して回復したよ」


 砂糖多めの甘めの紅茶で疲労感は僅かながらに和らいだ。


「なら、昼飯にするか。あっちにいいところを見つけたからそこで食おう」


「おう」


 クラリッサたちは展望台をトテトテと移動してフェリクスおすすめの場所へ。


「しかし、このシーズンでもやっぱり人が多いな」


「確かに。観光名所なのかな?」


「観光名所みたいだぞ。さっき、ヒスパニア語でしゃべっているカップルを見た」


 遥々ヒスパニア共和国からお客が来るということは、観光名所である証だ。


「やっぱりみんなドラゴン目当てなのかな?」


「さてな。ここはアルビオン王国でも高い山のひとつに入るらしいからそのせいかもしれん。このぐらいの高さなら、ゲルマニア地方にはごろごろしているんだが」


「ゲルマニア地方ってそんなに山が多いの?」


「エステライヒ帝国とかヘルヴェティア共和国とか山だらけだぞ」


「ってことはスキーが楽しめるね?」


「もちろんだ。冬ときたらスキーだな」


 クラリッサは冬休みにスカンディナヴィア王国などでスキーを楽しんだ思い出がある。スキーはなかなかに楽しいものであった。


「スキーもいいけど、狩りはどうかな?」


「狩りの経験は少ないな。秋の連休に親父に連れられて、何度か鹿を狩りに行ったぐらいだ。狩りはいろいろと大変だ。使用人を山ほど連れていかないと肉にはありつけない。それに肉も狩ってすぐに食べられるわけじゃないしな」


「そうなの?」


「ああ。死後硬直ってやつがあって、死んですぐの肉は固くなる。肉を食うには熟成させないといけない、と聞いた。俺は適当に狩るのを楽しんだだけだが、使用人の方はいろいろと忙しかったみたいだぞ」


 フェリクスも狩りについてはいまいちわかっていなかった。


「でもさ、今度の冬にキャンプを兼ねて狩りをしようと思うんだ」


「狩りねえ。狩りもいろいろと種類があるし、準備も必要だが、何を狩るつもりだ?」


「……クマとか?」


「クマ」


 思わず繰り返したフェリクスである。


「いや。クマは仕留めるのも大変だし、仕留めてから食うのも大変だぞ。どうしてクマを狩ろうと思った」


「霊長類が最強であることを示すため」


「…………」


 フェリクスは無言で頭を押さえた。


「お前、馬鹿だろ」


「何を。失礼な。霊長類こそ食物連鎖の頂点であることを示すのは有意義じゃないか」


「その理屈だと魔族はどうなる。ドラゴンは?」


「ドラゴンも狩るよ。ドラゴン狩りのクラリッサと呼んでくれたまえ」


「馬鹿だ。お前は馬鹿だ」


 フェリクスはクラリッサの相手をするのに疲れてきた。


「あのな。狩りで狩る獲物と言えばイノシシ、シカ、ウサギ、カモとかだ。クマはクマの被害が出たときしか狩らないし、そんな被害は滅多に出ない」


「そうなのか。じゃあ、イノシシ、シカ、ウサギ、カモの中で一番美味しいのは?」


「個人的にはウサギだな」


「うーん。大物狙いとはいかないな」


 クラリッサ的には大物を仕留めたいところだ。クマとか。


「それから狩りには猟犬がいた方がいいぞ。獲物を探すのを手伝ってくれるし、仕留めた獲物を確保してくれる。俺の使い魔も猟犬として訓練を施そうかと思っている」


「猟犬か……。アルフィじゃダメ?」


「絶対にダメ」


 アルフィは獲物を謎の電波で探し、仕留めた獲物を確保するだろうが、そのまま食べてしまう可能性があった。


「ウィレミナのブルーは?」


「ん? あたしの使い魔がどうかした?」


 クラリッサの言葉に反応して、ウィレミナが顔を突っ込んできた。


「狩りに行くのに猟犬が必要だねって話をしてたの。ウィレミナのブルーは猟犬になれそうかな?」


「んー。ブルーは人間と遊ぶのを楽しむけど、狩りにはついてこれるかなー?」


 ウィレミナは首を傾げた。


「ゴールデンレトリバーは元々猟犬だ。訓練すれば猟犬になるだろう。ゴールデンレトリバーは忍耐強い猟犬だと聞いている」


「そうそう。ブルーは我慢できるんだよ。静かにしなさいっていうとちゃんと静かにするもん。その代わり遊ぶときは凄いやんちゃだけどね」


 そして始まるうちの子自慢。


「アルフィも待てができるよ。食べるときは一瞬だけどね」


「恐怖しか感じない」


 クラリッサのうちの子自慢は失敗!


「うちのアンバーも賢いぞ。どんな障害物も適切に乗り越えるし、芸もする。それでいて、不審な人間がいると唸って知らせてくれるから役に立つ」


「この間、フェリちゃんのアンバーに唸られたんですけど。トゥルーデは知っている人よね? よね?」


「姉貴には唸るようにしつけてある」


 フェリクスはあっさりとそう告げた。


「酷い! 酷いわ、フェリちゃん! 私のシロはフェリちゃんをなるべく襲わないようにしつけてあるのに!」


「この間、襲われたぞ」


 シロは傍若無人であった。


「私のアルフィも賢いよ。この間はドアノブをカギごと破壊して、食卓まで来たもん。パパは驚いていたけれど、きっとアルフィが賢かったからだよね」


「カギは5重にしておいた方がいいぞ」


 好き勝手に歩き回るアルフィには恐怖しか感じない。


「やっぱり犬はいいよねー。飼い主に敬意を払ってくれるというか弟分なんだよ」


「分かる。連中は賢いし、教えたことを覚える。猫とかじゃこうはいかない」


 その言葉を聞いて反応した人物が。


「猫もいいものですよ。気まぐれではありますが、人間に寄り添ってくれます。飼い主、飼い猫の関係ではなく、友達という感覚で接せるのです。うちのラリーなどは私が落ち込んでいると、そばに来て一緒にいてくれるのですよ」


「なんだ。クリスティンは猫派か」


 クリスティンの使い魔はトラ猫のラリーだ。


「今度、ラリーに会わせてあげますよ。そうすれば猫もいいものだということが分かるはずですよ。ラリーは人懐こい子ですしね」


「そうか。楽しみにしておこうか」


「そ、その、覚悟してやがれです!」


 クリスティンはそう告げるとさっさーと後方に消えた。


「なんだったんだ?」


「照れてるんだよ」


 首を傾げるフェリクスにクラリッサがそう告げた。


「さて、そろそろ目的地だ」


「おー。ここかー」


 フェリクスおすすめの場所は特に見晴らしがよかった。麓の街や湖がはっきりと見える。それでいて人で混雑していない完璧な環境だった。


「さあ、飯にしようぜ」


「おー!」


 クラリッサたちはフェリクスの持って来たシートの上に座り、それぞれのお弁当を広げる。おにぎりは流石にないのでサンドイッチが主体だ。サンドイッチに、茹で卵、ホウレンソウなどのサラダに果物という組み合わせがほとんどだ。


「フェリクスとトゥルーデのお弁当って同じだね。どっちが作ったの?」


「ふたりで作ったのよ! このお弁当はフェリちゃんとの愛の結晶なの!」


 こう見えてトゥルーデは料理ができる。フェリクスも料理は得意だ。


 しかし、内容そのものは凝ったものでもない。ソーセージが入っているぐらいの差だ。それでも美味しそうな雰囲気は伝わってくる。


「その、フェリクス君。男の子なのでそれだけでは足りなくないですか?」


「ん。いざとなれば店で何か買って食うから問題ないぞ」


「いけません! お昼はお昼に食べないと太ります! と、というわけで、私がサンドイッチをわけてあげますよ」


 クリスティンはそう告げて、フェリクスのお弁当箱に自分のサンドイッチを入れた。


 このサンドイッチはクリスティンが朝から頑張って作った品だ。クリスティンはさほど器用なほうでもなく、これを作るのには苦労していた。


「悪いな。もらっておくぜ」


「お構いなくです」


 そう言いながらもクリスティンはじーっとフェリクスの様子を見ている。


「……返してほしいのか?」


「ち、違います! お味はどうかなと思いまして……」


「そうか」


 フェリクスはそう告げるとバクリとクリスティンのサンドイッチに噛みついた。


「美味いぞ」


「そ、それはなによりです……」


 クリスティンの顔は真っ赤だ!


「下山はどうする? 鉄道があるみたいだけど」


「やっぱり歩いて下りた方が健康にもいいし、思い出にもなるぞ」


「だってさ、サンドラ」


 そう告げてクラリッサがサンドラの方を見る。


「私は鉄道で降りるよ……。流石に疲れた……」


 サンドラはバテバテだ。


「じゃあ、私はサンドラちゃんに付き添うよ。どこで落ち合う?」


「麓の定期馬車乗り場で。駅もそのそばでしょ?」


「オーケー。じゃあ、多分私たちの方が早いから待ってるね」


 ウィレミナが了解と言うように敬礼を送る。


「クラリッサちゃん。サンドイッチ要る? 私、ちょっと多く作りすぎちゃった」


「喜んでもらっておこう」


 サンドラは純粋に疲れすぎで食欲ダウン。


「うん。美味いね。流石はサンドラ」


「もー。褒めても何も出ないよー」


 クラリッサが告げ、サンドラが小さく笑った。


「じゃあ、まだ時間もあるし、もうちょっと景色を楽しんでから下山しようか」


「おー!」


 クラリッサたちはお弁当を畳むと、展望台からの眺めを楽しんだ。


 山々の緑。湖のきらめき。麓の街のにぎやかさ。ドラゴンの墓を参る人々の列。


 観光地なだけあってとにかく人が多いが、マナーをわきまえた観光客ばかりで不快感はなかった。というのも、この世界で海外旅行に行ける人間は上流階級と決まっているのだ。まだ一般庶民に海外旅行は解禁されていない。


 クラリッサたちはスノードン山の山頂からの景色を思う存分堪能すると、ウィレミナとサンドラは鉄道に乗り、クラリッサたちは徒歩で下山を開始した。


「ふうふう」


 クリスティンは辛そうだったが、フェリクスの隣をキープ。


「フェリちゃん! 見て! 鳥が飛んでるわ!」


「鳥が落ちてたら大変だな」


 トゥルーデも負けじと存在感をアピールし、フェリクスは疲れていた。


「おいっちに、おいっちに」


 クラリッサはひょいひょいと登山道を駆け下り、あっという間に麓に到達した。


「フェリクス、トゥルーデ、クリスティン。早く早く」


「待て待て。そう急かすな。クリスティンがばてかかってる」


 その後フェリクスたちが合流し、クラリッサたちは定期馬車で山を下る。


「よ! 鉄道からの眺めも良かったぜ」


「今度は鉄道も試してみよう」


 ウィレミナたちも合流し、クラリッサたちは無事登山を終えた。


 いい思い出になった登山であった。


……………………

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[一言] うん。高尾山ピクニックだ。
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