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娘はキャンプか登山か迷いたい

……………………


 ──娘はキャンプか登山か迷いたい



 終業式終了。


 これで明日からは春休みである。


 春休みが終われば高等部2年に進級。学園生活も着々と終わりに近づいている。


 と、そんなときにクラリッサには悩みがあった。


「フェリクス、フェリクス」


「どうした?」


 終業式が終わって帰り支度を進めているときにフェリクスにクラリッサが接触した。


「春のキャンプってどうかな?」


「んー。素人にはやりやすい時期かもしれないな。夜は温度がグッと下がるが、日中はそこまででもない。下がると言っても冬と違って10度前後だろうし、ある程度防寒の準備をしていけば凍死する心配はない」


「なるほど。春のキャンプというのもよさそうだな……」


 クラリッサは春休みを利用してベニートおじさんの農園近くのキャンプ場でキャンプをすることを考えていた。


「まあ、俺は登山に行くつもりだけどな」


「登山?」


「そうだ。スノードン山に上るつもりだ。いい景色らしい」


 登山とは全く考えていなかったクラリッサだ。


「フェリクスは本当に山が好きだよね」


「体力は付くし、景色がよければリラックスできるし、達成感もある。悪くないぞ」


「そういわれると迷うな……」


 クラリッサは目の前に提示されたふたつの項目を前にうーんと唸る。


「よし。決めた。私たちも山に登るよ」


「一緒に登るか?」


「もち。ここであらかじめ待ち合わせ場所とか決めておこう。ところでスノードン山ってどこら辺にあるの?」


「地図のこの辺りだ。俺たちが中等部のときにキャンプしたところの上」


「なるほど、なるほど」


 クラリッサはうんうんと頷く。


「クラリッサちゃーん。そろそろ帰ろうぜ」


「クラリッサちゃん。フェリクス君とお喋り中?」


 そこでウィレミナとサンドラがやってきた。


「ウィレミナ、サンドラ。山に登ろう」


「唐突だね……」


 クラリッサが言い出すのに、サンドラが困った表情を浮かべる。


「世の中そういうものさ。他に誰を誘い──」


「ぶー! お姉ちゃんセンサーが反応しました!」


 突如として窓からトゥルーデが飛び込んできた。


「姉貴。文明人らしく扉を使え、扉を」


「居ても立っても居られなかったのよ!」


 フェリクスが扉を指さすが。トゥルーデがそう言い切った。


「それにしてもフェリちゃん! また女の子に囲まれるつもりなの? フェリちゃんの愛する人はお姉ちゃんでしょ? 他の女の子に浮気とは許せないわ!」


「あのな、姉貴。姉弟じゃそういう関係にはなれないんだ。分かってるよな?」


「世間様と法律が何と言おうと愛があれば無敵よ」


「はあ……」


 トゥルーデには言葉が通じません。


「トゥルーデも一緒にくればいいよ。どうせトゥルーデもフェリクスと山に登るつもりだったんでしょ?」


「そうね。フェリちゃんが不純異性交遊に走らないかしっかりと見張っておくわ」


 トゥルーデはそう告げてフェリクスに手を絡ませた。


「じゃあ、この5名?」


「そだね。今回は体力要るし、そう簡単には誘えないよ」


 この中で体力に不安があるのはサンドラだけだ。


「話は聞かせてもらいました!」


 と、そこで扉から乱入者が。


「クリスティン?」


「クラリッサさん。私も同行させてください。そ、その、私とフェリクス君は友達ですからね。何ら不自然なことではないはずですよ」


 クリスティンが視線を泳がせながらそう告げる。


「別にいいよ。けど、ちゃんと山に登るだけの体力はある?」


「こう見えて体育の成績は悪くないのですよ。……まあ、非戦闘科目ですが」


 非戦闘科目の体育も体育は体育だが、ちょっと不安になる。


「よし。じゃあ、クリスティンも加えて6名で。フェリクス。山登りに必要なものってある? あの岩に打ち込むピッケルとか?」


「どこに登るつもりだ、お前は。俺が調べた限り、スノードン山はゆるやかなハイキングコースができてる。春だから通気性がよくて動きやすい洋服と念のために上着。それから飲み物と何か弁当。登山シューズはあればいいってぐらいだ」


「ふむ。みんなで一度アウトドア用品店に行ってみる?」


「そうだな。地元の人間のアドバイスを聞いておいた方がいいだろう」


「決まりだね」


 というわけで、今年の春休みは山登りに。


 クラリッサたちはこの後、アウトドア用品店に向かい、話を聞いたがスノードン山は山頂が僅かに気温が下がるだけで、気軽に登れる山だということだった。


 クラリッサは情報のお礼に登山靴を買い、家に帰ったのだった。


……………………


……………………


「それでね、ベニートおじさん。今度、スノードン山に登るんだよ」


「おお。あの山か。俺も若いころは何度か登ったな」


 クラリッサは登山を選択したものの、ベニートおじさんにも顔を見せておこうと思い、春休み初日にベニートおじさんの農場を訪れていた。


「不便はないか、ベニート」


「ありません、ボス。お心遣いありがとうございます」


 リーチオも引退したベニートおじさんがちょっと心配だったので顔を見せていた。


「クラリッサちゃん。スノードン山のドラゴンの話は知ってるかい?」


「スノードン山にドラゴンがいるの?」


「昔はいたんだよ。大昔ね。そいつはいいドラゴンで国を守っていたんだ。だが、アルビオン王国がアルビオン島統一を目指して攻め込んできたときに、戦って死んだ。ドラゴンの亡骸はスノードン山の地下に丁重に葬られ、今も墓石が残っている」


「へえ。知らなかった」


 この世界はドラゴンが実在する世界である。


 ドラゴンは実在するのだ。伝説ではないのだ。


 ドラゴンは誇り高い種族で魔王軍に入るものもいれば、人間の側につくものもいる。それぞれがそれぞれの信念をもって、行動しているのである。そして、その信念を揺るがすことは決して不可能だと言われている。


 著名なドラゴン学者たちが言葉を揃えて言うように『ドラゴンは騎士道を人間よりも早く発明し、長年それに従って生きてきた。この惑星上でもっとも高貴な生き物である』というわけである。


 そんなドラゴンがいたのがスノードン山である。


 スノードン山のドラゴンはアルビオン王国軍によって討ち取られたが、アルビオン王国国王はそれに敬意を示し、墓所を建て、このドラゴンのように強く、賢く、高貴な存在が生まれるようにと、王立ティアマト学園の前身である王立第二士官学校のエンブレムにこのドラゴンの紋章を用意したのだった。


 それが歴史のお話。


「なら、スノードン山に行ったときはドラゴンのお墓を見て来ないとね」


「ああ。土産物屋でドラゴンのお守りとかも売っているから買っておくといい。あのお守りは効果があるぞ。俺があれを付けてからというもの、こうして年老いてよぼよぼになるまで殺されなかったんだからな」


「分かった。お守りもね」


 ベニートおじさんが告げ、クラリッサがうんうんと頷く。


「それじゃあ、ベニートおじさんの牧場で遊んできていい?」


「もちろんだ。構わないよ」


 クラリッサがぴょんとソファーから飛び上がり、ベニートおじさんがそう告げた


 そして、クラリッサはトトトと玄関の方に走っていく。


「ベニート。引退っていうのは退屈か?」


「それは、まあ。仕事も部下もいないってのは退屈ですよ。それに我々の仕事は刺激的な仕事でした。命の危険ってのもありましたが、それもいいスパイスになった。老後ってのは得てして退屈なものなんでしょうな」


「そうか」


 リーチオもクラリッサにカジノとホテルの経営を任せたら、政界とのパイプ役として残るだけで、実質引退だ。かつてのように、王様のようには振る舞えない。これからのボスはクラリッサになるのだ。


 長命な人狼種は老いるということをほとんど知らないが、それは人間社会においては不自然だ。そういう点からもリーチオは引退する必要があった。


 その引退後の生活がどのようなものになるのか、リーチオはまだ分かっていない。


 ベニートおじさんのいうように退屈なものなのか、それとももっと別の生活があるのか。ベニートおじさんとリーチオの境遇の違いからしても、一概にこうだとは言うことはできないだろう。


「ベニート。クラリッサたちは冬にキャンプをしたいと言っていた。もしかすると、お前のところのキャンプ場を借りるかもしれない。その時はよろしく頼むぞ」


「分かりました、ボス」


 その後、ベニートおじさんの牧場の家畜と戯れたクラリッサが帰ってきて、リーチオたちはベニートおじさんの家を去ったのだった。


……………………


……………………


「グレンダさん。テスト5位だったよ」


「よかったね、クラリッサちゃん。クラリッサちゃんが頑張ったおかげよ」


 クラリッサが鼻高々で告げるのをグレンダが頷きながら聞いていた。


 春休み中もグレンダには家庭教師に来てもらうことになっていた。高等部2年に備えた準備だ。高等部2年ともなるといよいよ大学受験が迫ってくる。遊んでいるような余裕はなくなっていく……はずである。


「最近は滅茶苦茶勉強ができるようになった気がする。いい傾向かな?」


「とてもいい傾向よ。自分から勉強ができるようになったと実感できるのは、それだけ積み重ねてきたものがあるということを俯瞰できるから。つまり、これまで学んできたことをしっかり覚えている証拠ね」


「照れる」


 クラリッサはテレテレと頭を掻いた。


「それからね、グレンダさん。今度、スノードン山に登山に行くんだ。スノードン山のドラゴンの話は知ってる?」


「もちろん。クラリッサちゃんの王立ティアマト学園の紋章のそれはそのドラゴンをかたどったものなのよ」


「そうだったの?」


 流石のベニートおじさんも王立ティアマト学園の紋章のことまでは知らなかった。


「昔、王立ティアマト学園は王立第二士官学校って呼ばれていたの。元は軍人さんを育成するための学校だったのね。だから、校則とかも昔は本当に厳しかったのよ。今は普通の学校になっているから、生徒に配慮したりして、校則も緩くなったみたいだけど」


「今でも校則は厳しいよ」


 自動車で学園に乗りつけたり、学園でカジノを合法化したり、ブックメーカーの設立を認めさせたりした人間がよく言ったものである。


「ドラゴンのお墓があるっていうのは本当?」


「本当。記録も残っている。昔、興味があるから調べたことがあるの。アルビオン王国軍はドラゴンを大型バリスタで撃ち落として、それから投石器で石を浴びせかけたそうよ。それでもドラゴンは倒れず、死ぬまでアルビオン王国軍と戦ったの」


「凄い」


 クラリッサのワクワクするような話である。


「当時のアルビオン王国国王エドワード1世はドラゴンのその誇りと勇気に敬意を示し、スノードン山の地下に墓所を作らせたの。1802年には発掘隊がドラゴンの亡骸を確認しているわ。伝説ではなく、実話であったという証拠よ」


「おおー。けど、人のお墓に勝手に入るのはよくないと思う」


 グレンダの話に興味を示していたクラリッサが渋い顔をした。


「そうね。あまり褒められたことではないかもしれない。けど、ミスライムのピラミッドも発掘調査が行われたからこそ歴史の謎が解けたの。調査というのはそこに眠る死者に敬意を払って、慎重に行われるものであるべきだと思うわ」


 アルビオン王国が行ったピラミッドの調査ではピラミッドの破損や埋葬品の窃盗が相次ぎ、国際的な非難を浴びることになってしまっていた。


「うーん。私が代わりにドラゴンに謝っておいてあげよう。お墓を荒らしてごめんねって。勇敢に戦って死んだのにお墓を荒らされるのはやっぱり可哀そうだよ」


「クラリッサちゃんは優しいのね」


「まーね」


 クラリッサは当たり前のように賞賛を受け取った。


「それじゃあ、期末テストの復習をしようか。間違った場所は分かる?」


「うーん。ここの問題が難しかった」


 そんなこんなでクラリッサは着実に勉強を進めていっていた。


 明日は楽しい登山の日だ。


……………………

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