娘は芸術に華を咲かせたい
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──娘は芸術に華を咲かせたい
今回のクラリッサたちの出し物の目玉はアートである。
ジョン王太子たち音楽組は蓄音機でレコードを作り、それを流すことになっている。それぞれの得意な楽器でひとつの曲を演奏するプチオーケストラというところだ。
対するクラリッサたち美術組は美術作品を展示して、ムードを出すことになっていた。音楽組でも絵の描きたい人や彫刻が作りたい人はそっちに移っても構わなかった。
「さて、諸君。問題だ」
クラリッサが深刻そうな顔をして美術組を見渡す。
「正直に言って、私たちの作品を展示するとマイナスになる」
「何故に」
「下手すぎるから」
そうなのだ。
音楽から美術に移った生徒は美術が得意だから移ったわけではなく、音楽が苦手だから亡命したのである。
前にも説明したが、そのために美術組の作品はお察しの出来栄え。アルフィがまともに見えるクラスの名状しがたき外宇宙から電波を受信したような作品ができている。クラリッサは目玉が増えたり、他の使い魔を狙ったりするアルフィのことを可愛いと思っているが、アルフィよりおぞましい作品については閉口するしかなかった。
「諸君には文化祭が始まる15日後までにまともな作品を準備してもらわないといけない。まともな作品だよ? 分かってる?」
「あたしはブルーの粘土細工でいいと思うけどな」
「あのおぞましい謎の生き物の粘土細工は却下」
ブルーが見てもあの粘土細工には怒るだろう。
「クラリッサちゃんは農民が虐殺される絵じゃん」
「……? あれは普通の作品だよ?」
「普通じゃないよ」
クラリッサも人のことは言えない感性をしている。
「まあ、いざとなったら写生大会の絵を展示すればいいし」
「クラリッサちゃんは絵が上手だもんなー」
音楽から美術亡命組の中でもクラリッサはまともな技術の持ち主だった。少なくとも何を描いたのか分かるような絵を描いている。感性はともかくとして。
「というわけで、我々はこれから展示のための作品作りに取り掛かる。絵は何を描いたのか分かるものを。彫刻や粘土細工は何をモチーフにしたのか分かるものを。外宇宙からの物体Xなんてのは禁止だよ」
「外宇宙からの物体Xを使い魔にしている人に正論言われた」
アルフィは自分のことが話題になっていると感知してサイケデリックな色合いに発光していた。だが、何も起きなかった。
「さて、ではそれぞれの作品のモチーフを発表していってください」
クラリッサはそう告げて美術組5名の面子を見渡す。
「ブルー!」
「ええっと。校庭とか」
「植物園?」
「友人」
「サドとマゾな交わり」
おい。何か混じったぞ。
「ヘザー。公序良俗に反するものはダメ」
「ええー……。そんなの表現の自由に対する弾圧ですよう」
「表現の自由とか関係ない。ダメ」
文化祭でアダルトな作品を展示しようとするのはやめよう!
「でも、美術部は裸婦画とか描いてますよう?」
「それでもダメ。君のは邪な思いが入っている。純粋な美術じゃない」
「農民が虐殺される絵は?」
「あれは健全な笑いを起こす絵だよ」
農民が虐殺される絵で笑ってはいけないぞ。
「もっと自由にやるべきですよう。私はこのドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド侯爵の小説に感銘を受けまして、是非とも純粋な芸術の観点から縛ったり、痛めつけたり、あんなことをしたりする作品をですねえ……ふへっ」
「……絶対にダメ」
サド侯爵の著作はアルビオン王国では公序良俗に著しく反するとして発禁処分になっているぞ。ヘザーが持っているのはフランク語版で、それを翻訳しながら読んだのだ。その努力をもっと別のことに傾けた方が健全だぞ。
「ヘザーはこれ以上、公序良俗に反する絵を描こうというなら音楽組に追放するよ」
「農民が虐殺される絵は?」
「あれは健全な絵だよ」
農民が虐殺される絵も公序良俗に反しているぞ。グロだぞ。
「はあ。じゃあ、私も農民が虐殺される絵を描きますよう」
「ダメだぞ。クラリッサちゃんも農民が虐殺される絵は禁止」
渋々と言うようにヘザーが告げるが、ウィレミナが却下した。
「え……」
「え、じゃないよ。もっと華やかな作品にしないとお客さん来ないよ」
「華やかに虐殺する」
「虐殺からいったん離れよう」
クラリッサは何が何でも農民を虐殺したいようだった。もしや農民に何かうらみでもあるのだろうか……。
「そうだ。クラリッサちゃんは写生大会の時の絵にして、あたしたちに絵のコツを教えてよ。クラリッサちゃんならコツとか教えられるでしょ?」
「ううむ。私だけ写生大会の絵っていうのはな……」
クラリッサは新作が描きたいようだった。
「クラリッサちゃんが描きながら教えてくれるとかでもいいよ」
「分かった。そうしよう」
というわけで、クラリッサは自分の作品を作りながら、ウィレミナたちの指導に。
「それじゃあ、それぞれ道具を持って集合。基本的なことから教えるからね」
「はーい」
クラリッサはそれから美術組を集めて、遠近法の使い方、陰影のつけ方などなどの基本技術を教えていき、簡単なもの──机の上に置いたボールをスケッチさせた。
「線が綺麗に引けなーい」
「これ、難しくないですか?」
だが、この簡単なスケッチでも脱落する生徒多数。
「むー。分かった。それぞれの持ち味を活かす方向にしよう」
「クラリッサちゃん。指導するのが面倒くさくなったな?」
まあ、美術組の能力はお察しなので、クラリッサもさじを投げたくなる。
「だって、私だってこれぐらいはさらさらと描けるよ。ウィレミナたちはちゃんと美術の授業、受けてた?」
「今の美術の先生、堅苦しくて教わりにくくて。ちゃんと授業は聞いてるよ。美術史もきちんと暗記しているし」
「むぐ」
クラリッサは美術史はさっぱりなのだ。
「美術史なんてどうでもいいんだよ。大事なのは技術。みんな、それぞれのモチーフのラフを用意してきて。私も自分の作品を作りながら、見て回るから。ラフができたら持ってきて。私がそれを見てアドバイスする」
「了解!」
ウィレミナは魔術の時間に使う使い魔を収容している小屋に、他の生徒たちはそれぞれの描きたいものへと向かっていった。
「ヘザー。君も描きたいもののところに行って」
「うーん。何を描きましょうかあ?」
「裸婦画でも描けば? 美術室にデッサン用のモデルがあるでしょ?」
「もっとこうリアリティのあるエッチさを……」
「ダメ」
文化祭でアダルト作品の展示はダメです。初等部の子も来ます。
「はあ。なら、適当に風景画でも描いてきますよう」
ヘザーはトボトボと外に出ていった。
「風景に勝手に描き足したらダメだよ。何がとは言わないけれど」
「な、何も描き足しませんよう」
図星だったようである。
「全く。さて、私は何を描こうかな」
クラリッサはぐるりと教室を見渡す。
「アルフィの肖像画……。あの子、大人しくしててくれないからな。となると、じっとしているもので、私の技術力がいかんなく発揮できるもの……」
クラリッサは唸る。
「そうだ。あれにしよう」
そして、クラリッサは何やら思いついて教室を飛び出ていった。
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それから昼休みを経た放課後。
「クラリッサちゃーん。描けたぜー」
「おう。ウィレミナ。見せてみて」
「はい。どーぞ!」
ウィレミナは自信満々に絵を手渡した。
「……なにこれ?」
「ブルー」
「ウィレミナの目はおかしいの?」
描かれていたものは確かに4つの足を持ち、尻尾を持ち、頭のある生き物だったが、足は遠近感もなく横一列に並んでおり、尻尾はただの線であり、その顔は人面犬かというほどの平坦だった。これを犬と呼ぶのには無理がある。
「ウィレミナ。真面目にやって」
「大まじめだよ」
本人は至って真面目にブルーをスケッチしたつもりなのだから手に負えない。これが真面目にやってないとかであれば、もっと改善の余地はあっただろうに。
「色塗ればブルーっぽく見えるよ」
「絶対に見えない」
これに色を塗ったところでカオスな作品が出来上がるだけだ。
「ウィレミナ。ブルーの足にも手前と奥があるでしょ。尻尾だってこんな線じゃないし、顔だってこんなにひらぺったくなくて、マズルがあって耳ももっと立体感があって」
「おお。すげー。クラリッサちゃんがあたしの分まで描いてよ」
「やだよ。ちゃんとウィレミナが描いて」
クラリッサがすらすらとブルーのスケッチを描いていくが、それで終わりにするわけではなかった。あくまでウィレミナがスケッチしなくてはいけないのだ。
「クラリッサさーん」
「できましたー」
そして、ウィレミナの帰還からしばらくして、風景画を描きにいったヘザー以外のメンバーが帰ってきた。
「どれどれ。見せてみて」
クラリッサがふたりからスケッチを受け取る。
「……君たちは異界にでも行ってきたの?」
「え? 私は植物園のスケッチですけど」
描かれていたのはミミズが這いまわったような線で描かれた地獄のごとき景色だった。植物園を描いたとする作品は軟体動物の触手がはい回っているようにしか見えず、今にも人が襲われそうであった。校庭を描いた方はまっさらだ。大地と空が広がり、地上の構造物と思しき奇妙な物体が鎮座している。
「……まあ、いいか。これは個性ということで」
クラリッサはさじを思いっきり投擲した。
「クラリッサちゃん。あたしのも個性!」
「ウィレミナはへたくそなだけだよ」
友達には厳しいクラリッサだ。
「できましたー」
「はい」
クラリッサはちょっとうんざりした気分になりながらも、友達をモチーフにすると言っていた生徒の作品を見た。
「おお。よく描けている」
少なくともそれは人間の顔だと識別できた。別にシミュラクラ現象でそう見えているわけではなく、立体的な出来栄えで、生き物らしい生気のあるものだった。ウィレミナのブルーとは大違いだ。
「これなら問題なし。色を塗り始めて」
「はいっ!」
クラリッサのお墨付きをもらった生徒はとりあえず今日の作業はここまでとした。
「後はヘザーか……」
「ヘザーさんか……」
クラリッサもウィレミナもヘザーがとんでもない作品をお出ししないか心配している。何せ、あのヘザーなのであるから。
「できましたよう!」
そして、その問題のヘザーが戻ってきた。
「……嫌な予感はするけど見せて」
「はいですよう」
ヘザーは自信満々にスケッチをクラリッサに手渡した。
「……? 普通だ」
「本当だ。というか、上手いね」
ヘザーの絵は校舎を描いたもので、線もしっかりと直線ならば、建物も立体的だった。構図としても不味くない。ヘザーは意外と絵が上手だったようである。
「……何か隠してないよね?」
「実をいうと、校舎のこの付近の窓はトイレの窓でして……ふへっ」
「変態」
「ああん! もっと罵って下さあい!」
ヘザーにまともな感性を期待する方が無理な話だったわけである。
「まあ、別にトイレが写っていても文句は言われないだろう。これでよしとする」
「ところで、クラリッサちゃんは何を描いたの?」
「これ」
ウィレミナが尋ね、クラリッサが自分のスケッチを見せる。
「おお。すげー。車の絵じゃん。よくそんな難しいもの描こうと思ったね」
「しかも、かなり上手いですよう」
クラリッサの絵は愛車の絵だった。
立体感があり、陰影があり、細かな部分も正確にスケッチされていた絵であった。これに文句を言う人間はひとりとしていないだろう。いや、あの高等部の美術教師ならばメッセージ性のない退屈な絵だと評するかもしれないが。
「しかし、フロントの部分についてる模様ってなに?」
「人の血痕。正確には吸血鬼の血痕。この自動車で吸血鬼を轢いたんだよ」
「ええー……」
しかし、やっぱりクラリッサはクラリッサであった。
「バイオレンスなのはダメ。血痕はなしの方向で」
「ちぇっ。絶対に血痕があった方がインパクトがあると思うのに」
クラリッサはがっかりした。
「それよりクラリッサちゃん。あたしにブルーの描き方教えてよ」
「分かった。今日の放課後はウィレミナの美術指導だね」
そういうわけで、クラリッサはウィレミナがブルーをブルーらしき物体に描けるまで根気強くアドバイスを重ねていったのだった。
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