娘は期末テストの結果に期待したい
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──娘は期末テストの結果に期待したい
いよいよ期末テストの時間が訪れた。
クラリッサは万全の態勢で期末テストに臨む。
「クラリッサちゃん。テスト、どんな感じ?」
「自信はあるよ。とてもある。グレンダさんと一緒に勉強して、自信がついた。歴史も、国語も、第一外国語も、第二外国語も今回は足を引っ張らないよ」
ウィレミナが軽い調子で尋ね、クラリッサが自信満々に答える。
「凄い自信だ。……教師は買収してないよね」
「……そのための予算は下りなかった」
クラリッサは隙あらば教師を買収するつもりだったが、リーチオに却下された。
「でもね。今回のテストで5位以内に入ったら新大陸に旅行に行くんだ」
「すげー! 新大陸ってあの新大陸だよね? めっちゃホットな場所じゃん!」
ウィレミナはクラリッサの言葉に大興奮。
アルビオン王国でも新大陸の話は聞こえてきている。リバティ・シティのそびえたつ摩天楼。旧大陸では高価な自動車がぐんぐんと進む大通り。西部に眠る金鉱山によるゴールドラッシュ。チャンスと希望にあふれた夢の国。
「ふふふ。そのために私は今回は5位内に入るよ。ウィレミナも油断しないようにね」
「ふふふ。初等部から不動の1位だったあたしに勝てるかな?」
クラリッサとウィレミナは不敵に笑い合った。
「クラリッサちゃん、ウィレミナちゃん。何話してるの?」
「テストの話」
そんな話をしていたらサンドラがやってきた。
「クラリッサちゃん。今度のテストで5位内に入ったら新大陸旅行だって」
「ええー! いいなあ。私のところは何もご褒美はないです」
サンドラの家ではいい成績を取るのは当たり前のことと見なされていた。成績が落ちるのは勉強を怠けている証拠であると怒られるのだ。
なので、サンドラが5位内に入ってもご褒美はない。まあ、ご褒美はなくても、一応は褒めてくれて、誕生日プレゼントが少し豪華になったりするのだが。
「けど、クラリッサちゃん。5位内に入る自信はあるの?」
「今の私は自信に満ちている」
「また一夜漬け?」
「失礼な。一夜漬けからは卒業した」
今回のクラリッサはちゃんと勉強したクラリッサなのだ。
「私も負けてられないや。頑張らないと」
「サンドラは頑張らないで。私に順位を譲って」
「それはなしだよ、クラリッサちゃん」
「10万ドゥカートで……」
「買収は受けないよ、クラリッサちゃん」
サンドラが頑張るとクラリッサが5位内に入れる可能性が下がる。
ライバルは5名。
ウィレミナ。フィオナ。サンドラ。クリスティン。ヘザー。
この中の誰かを倒さなければならない。
「クラリッサ嬢!」
「……何?」
そこで息を切らせて駆け込んできたジョン王太子が。
「勝負だ、クラリッサ嬢! 今回の期末テストでは私が勝つ!」
「……昨日ちゃんと寝た?」
「うぐっ。じ、実をいうと寝ていない」
クラリッサがじーっとジト目でジョン王太子を見て、ジョン王太子がどこか気まずい表情を浮かべる。
「一夜漬けじゃあ、私には勝てないよ。悪いけど、今回のテストでは私は5位内を狙っているからね。君はせいぜい10位ってところだろう」
「甘いな、クラリッサ嬢! 私もここまで努力を重ねてきたのだ! 確かに一夜漬けもしたが、それは総仕上げとしてだ! 私の前に跪くといいだろう!」
「凄いこと言いだした」
徹夜のせいかジョン王太子のテンションはおかしかった。
「誰が勝利するか楽しみだね。ふはははは!」
「完全にぶっとんでる」
ジョン王太子はいけないお薬を使っているのではないだろうかと思ったクラリッサであった。だが、徹夜明けのテンションとはああいうものだ。
「クラリッサちゃん。勝ち目は?」
「もちろん。勝つのは私だよ」
ウィレミナが尋ねると、クラリッサが自慢げに返した。
「はーい。席についてー」
クラリッサたちがそんな会話をしていると担当教師が入ってきた。
「これから期末テストを行います。不正行為などを行わないように。それでは問題用紙を配りますので、合図があるまで伏せておいてください」
そして、期末テストが始まった!
クラリッサはこの間の合宿のテストでいい成績を収めている。その学力が維持できていれば、今回の期末テストでもいい点は約束されたも同然。
(お。ここはグレンダさんが話して聞かせてくれた部分だ。確かこの年は──)
クラリッサは苦手だった歴史の問題を比較的すらすらと解いていく。
(この公式は……確かこれで……計算はあっているか?)
ジョン王太子は数学のテストを前に混乱していた。
歴史、現代文、古文、数学、物理、化学、生物、第一外国語、第二外国語のテストが2日がかりで行われ、クラリッサたちはようやくテストから解放された。
「クラリッサちゃん。実感はどうだった?」
「いけるね。これは5位内に入れるよ。かなりの手ごたえを感じた」
テストが終わりウィレミナが話しかけると、クラリッサがサムズアップした。
「おー。案外、自信あるね。いつものクラリッサちゃんとは違うぜ」
「ふふふ。私も日々、進歩しているということだよ」
クラリッサは不敵に笑った。
「新大陸旅行、いけるといいな」
「必ず行くよ。まあ、私の成績を見てなって」
というわけで、期末テストの終わった教室からクラリッサたちは帰っていった。
「これは、不味い……」
そして、教室には燃え尽きたジョン王太子だけが残っていた。
頑張れ、ジョン王太子。日頃の成果を見せるんだ。
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期末テストの結果発表。
この時期にはいつも憂鬱になっているクラリッサだったが、今回のクラリッサは自信に満ちている。それだけしっかり勉強してきたという自覚があるのだ。
「1位。ウィレミナ・ウォレス」
「いえい」
1位は不動のウィレミナだった。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
2位も不動のフィオナだった。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「わあ。やった!」
3位はサンドラ。
「4位。クリスティン・ケンワージー」
そこまで見てクラリッサはクリスティンの姿を探す。
「今度から勉強会をするですよ! 成績が悪くては探検家にはなれません!」
「ちょっと待て。どうしてお前が俺の将来の夢を知っているんだ?」
「乙女の秘密です!」
クリスティンはフェリクスに絡んでいた。
「5位。クラリッサ・リベラトーレ」
「おお。やったじゃん、クラリッサちゃん!」
クラリッサは初めて5位内にランクインした!
「ふふふ。グレンダさんには感謝してもしきれないや。これで新大陸旅行が決定だよ」
「ちなみにジョン王太子は……」
サンドラが掲示板に視線を走らせる。
「7位。ジョン王太子」
ジョン王太子は前回から順位を落とし、7位になっていた。
「あああああ! なんてことだ! 順位が落ちている!」
それを見たジョン王太子が狂ったような悲鳴を上げた。
「殿下。お気を確かに!」
「保健室! 保健室に!」
そして、ジョン王太子はそのまま気絶してしまった。気絶したジョン王太子をフィオナとフローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』のメンバーが担いで保健室に連れていった。
「……ショック受けすぎじゃない?」
「まあ、ジョン王太子もクラリッサちゃんに負けるとは思ってなかっただろうから」
ジョン王太子はこれでついにクラリッサに完敗となってしまった。
「日頃の勉強を怠って一夜漬けに賭けるからだよ。テストとは堅実な日々の学習の積み重ねなんだから。私が勝つのも当然というわけだ」
「これまで酷い成績だった人がそれいう?」
「なんのことやら」
クラリッサもこれまでは一夜漬けに頼っていたぞ。
「よし。これでパパに新大陸旅行をねだれる。サンドラたちにもお土産買ってくるね」
「あんまり気にしなくていいよー。クラリッサちゃんが楽しんでこられればなによりです。いろいろと気を付けてね。リバティ・シティには大きなマフィアがいるらしいし」
「ニーノおじさんなら私たちを歓迎してくれるって言ってたよ」
「まさかの知り合い」
クラリッサが軽く告げるのに、サンドラとウィレミナが戦慄した。
「ク、クラリッサちゃん? そのニーノおじさんっていうのは?」
「ヴィッツィーニ・ファミリーのボス。年末にファミリーが集まるときにはプレゼントをくれるんだ。いい人だよ」
「ヴィッツィーニ・ファミリーって凄い抗争起こして『血のバレンタイン』って事件の犯人として疑われていたマフィアじゃ……」
「ニーノおじさんはいい人だよ?」
ヴィッツィーニ・ファミリーは新大陸の暗黒街を支配するマフィアとして有名なのだ。アルビオン王国の新聞ロンディニウム・タイムスに名前が出るほどだぞ。
「クラリッサちゃん。本当に気を付けてね。物騒なことはしないでね」
「しないよ。するのは観光だけだよ」
どうにも不安がられてるクラリッサであった。
「リバティ・シティの摩天楼。是非とも拝みたい。私の経営するホテルとカジノも高層建築だから、どういうものか実感しておきたいものだ」
「本当に観光だけにしてね? 抗争に巻き込まれないようにね?」
「抗争には巻き込まれないと思うよ、多分」
「多分……」
クラリッサ、早速家に帰って勝利の美酒を味わおう。
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クラリッサは成績が発表された日に、生徒会の仕事もそこそこに急いで帰宅した。
「パパ。5位内に入ったよ」
「本当か? よくやったな」
クラリッサが嬉しそうに告げるとリーチオも笑顔になった。
「じゃあ、パパ。約束していたように新大陸旅行ね」
「別荘で我慢しないか?」
「しない」
クラリッサはどうあっても新大陸に行きたいのだ。
「分かった。俺からニーノに話を通しておく。しかし、向こうの情勢が極めて危険だったら諦めるんだぞ? いいな?」
「やだ」
「やだじゃありません」
クラリッサは遅れた反抗期がやってきたように頑なになっていた。
「パパも約束したでしょう。テストで5位内に入ったら、新大陸旅行に連れていってくれるって。約束はちゃんと守って」
「可能ならばと言ったんだ。絶対とは言ってない。新大陸は今、いろいろと問題を抱えているんだ。それを理解しなさい」
麻薬戦争の手は新大陸にまで伸び、新大陸でも薬物をめぐる殺し合いが起きている。特にヴィッツィーニ・ファミリーは流した血の量が多く、抗争は激化していた。ニーノも何度か暗殺されかかっている。
そんなわけなので、クラリッサがいくら新大陸旅行に行きたくとも情勢が許さなければそれはできないということであった。
「とにかく、ニーノに手紙を送るから、それが返ってくるまで待ちなさい」
「はーい」
クラリッサは渋々と言う具合に納得した。
果たして新大陸の情勢はどうなるのだろうか? 抗争が続き、渡航ができなくなるのか、それとも一時的にでも平和を手にして渡航できるのか。
クラリッサはただ新大陸からの知らせを待つしかない。
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