娘は無事に家に帰りたい
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──娘は無事に家に帰りたい
エディンバラでの買い物は万事問題なく終わった。
クラリッサはリーチオ、ベニート、ピエルト、ファビオ、パール、サファイア、マックスのためのウィスキーを買い、ウィレミナたちとお菓子を選んだ。ウィレミナとサンドラは手ごろなお菓子を買い、キルトの店を覗いてみて、ネタにするには些か値段が高すぎるということで諦めていた。
クラリッサは他にもバグパイプに興味を示していたが、音楽方面の才能が壊滅的な彼女にバグパイプのような難しい楽器が演奏できるはずもなく……。
というわけで、エディンバラでの観光は終わり、合宿2日目は終わった。
そして、今日は合宿最終日。
合宿最終日には合宿中に勉強した内容がきちんと頭に入っているか確認するために、テストが行われる。期末テストの前哨戦のようなもので、ここでの成績がよければ、期末テストでも期待できるというわけだ。
「むむ」
クラリッサはグレンダと一緒に勉強したことを思い返しながら解答用紙に答えを記入していく。やってみた実感としてはかなりいい感じであった。
結果が発表されるのは合宿明け。
クラリッサたちはテストを終えると鉄道で帰路についた。
「ただいま。パパ」
「おう。お帰り。キャンプは楽しかったか?」
「ペペロンチーノに敗北してしまった……」
「……いきなり意味の分からないことを言うんじゃない」
クラリッサ、途中の説明を省いては意味不明だぞ。
「とにかく、キャンプは楽しかったよ。大満足。今度の冬休みにもサンドラたちと一緒にベニートおじさんの農場の近くのキャンプ場に行こうって話してたんだ」
「あー。そういえばあったな、キャンプ場。結構キチンと整備されているって話だったか。しかし、冬のキャンプはいろいろと準備が必要だろう?」
「まあね。またアウトドアのお店に行ってみるよ」
「店員によく話を聞いて道具は選べよ。凍死したらシャレにならんからな」
冬のキャンプは過酷なのだ。
「それから、これお土産。ベニートおじさんたちにも配って」
「おいおい。カレドニアン・ウィスキーか? こりゃ相当な値段がしただろう」
「ふふふ。私の財布は分厚いのだ」
「あんまり無駄遣いするなよ」
リーチオは琥珀色の超高級ウィスキーを見つめてそう告げた。
「無駄じゃないよ。お土産は重要だもん」
「まあ、そうだな。だが、お菓子ぐらいでよかったんだぞ?」
「そこはせっかくカレドニアまで行ったんだし」
クラリッサからお土産がもらえればそれが何であろうとリーチオは喜んだだろう。
「それともキルトの方がよかった?」
「……こっちがいいな」
リーチオは一応は南部人のカテゴリーに入るのでカレドニアの奇妙なファッションに対する理解がないのだ。あれはあれで伝統的でいいものなのだが。
あの格好でバグパイプを鳴らしながら前進してくるアルビオン王国軍には魔王軍も苦しめられたものである。
「旦那様」
「どうした?」
「ピエルト様がいらっしゃいました」
「ピエルトが?」
意外な時間の訪問客にリーチオが眉を歪める。
「通してくれ」
「畏まりました」
リーチオが告げて、使用人が扉を離れる。
「ボス。この度は内密にお話が」
「どうした?」
ピエルトがやってくると、リーチオが尋ねる。
「ピエルトさん。合宿のお土産があるよ」
「あ。ありがとう、クラリッサちゃん」
「キルトだからね。毎日履いてきてね」
「え、ええ……。それはちょっと……」
クラリッサがにっこりと笑うのにピエルトが苦笑いを浮かべた。
「冗談、冗談。本当のお土産はこのカレドニアン・ウィスキー」
「おお。本当に!? もらっていいの!?」
クラリッサが本物のお土産であるカレドニアン・ウィスキーを手渡すのに、ピエルトのッ表情がパアッと明るくなった。
「その代わりお返しには期待しているからね……」
「う、うん」
超高級のカレドニアン・ウィスキーを受け取ったので、返しは相当なものを期待されることだろう。カレドニアン・ウィスキーは1本60万ドゥカートはするのだ。税込みで。
「それはそうと、ボス。ご報告したいことが」
「分かった。クラリッサ、自分の部屋に戻りなさい」
リーチオがそう告げ、クラリッサはトトトと自室に戻っていった。
「それで、報告と言うのは?」
「相談役についてです」
ピエルトはそう告げて椅子に座った。
「これを見てください」
「ふむ。ブラックサークル作戦?」
ピエルトから手渡された書類はほぼ黒塗りの報告書だった。
書体は政府公式文書のそれであるが、黒塗りが多すぎて何が書いてあるのか全く分からない。これがどうマックスに関係あるのだろうか?
「ボスも相談役のことを不審に思われていたでしょう? こちらで独自に調べたのですが、王立軍事情報部第6課からこの文書が出てきました。どうもどういう形でかこのブラックサークル作戦に関わっているようなのです」
ブラックサークル作戦。
王立軍事情報部第6課の関与が窺える作戦。だが、それ以上のことは分からない。
「相談役は政府の人間です。本当に信頼して大丈夫なのですか?」
リーチオは何も言わなかった。
マックスが政府の人間なのは知っている。知っていて、敢えて使っているのだ。自分たちの身を守るため、政府とのコネクションを強めるため、将来のリベラトーレ・ファミリーの合法化のために。
だが、リーチオがそれで納得したからと言って、部下が納得するわけではない。
マフィアにとって政府とは癒着する対象ではあるが、信頼するべき相手ではない。まして、相手が軍情報部の人間であるならば、信頼どころか不審が生まれる。
だが、ピエルトたちには納得してもらうか、知らないでおいてもらうかしなければならない。下手に知られれば、それはリベラトーレ・ファミリーの瓦解を意味しかねない。
「ボス。何か弱みを握られているんですか?」
「違う。魔王軍の話は聞いているだろう?」
「ああ。魔王軍が薬物取引組織の背後にいるって話ですか?」
「そうだ。あれにはかなりの確証性がある」
この間の連続殺人事件。
犯人は吸血鬼で、それを制圧したのもクラリッサと人狼の男だった。それはロンディニウムに魔族が侵入している証拠に他ならなかった。
「マックスはその件について共同戦線を展開している。無論、奴の価値がそれだけだとは言わない。奴には様々な価値がある。こちらが麻薬戦争を継続している見返りに奴が何をしたかは、お前が良く知っているだろうピエルト」
「議員たちの説得ですね。なるほど、そういうわけだったのか……」
ピエルトはすぐに話を飲み込んだ。
ピエルトは本来知的なマフィアなのだ。ベニートに次ぐ武闘派でありながら、可能ならば暴力ではなく話し合いと根回しで問題を解決することを好む。その根回しもちゃんとしたもので、脅迫や暴力の恐怖を含めながらも、交渉の時には相手に首を縦に振らせる。
そのピエルトだからこそ、現状をいち早く飲み込めた。
「今はどうあってもマックスの協力は必要だ。この情報はここだけのものにしておけ」
「畏まりました、ボス」
ピエルトはことを完全に理解し、これ以上の追及を避けた。
「ピエルト。俺たちが上手くやっていくにはマックスの協力が必要なのだ」
リーチオは自分に言い聞かせるようにそう告げたのだった。
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クラリッサはファミリーの分のお土産の配布をリーチオに任せ、自分は宝石館へサファイアとパールにお土産を渡しに向かった。
本当なら軽快に自動車で行く道だが、今日は割れると困るものを持っているので馬車で移動である。馬車の揺れも自動車の揺れもさほど変わらないのだが、自分でハンドルを握って置かなければならない自動車と違って、馬車はシャロンに任せて、自分は荷物を抱えて置けるだけ、割れる可能性が低い。
そして、馬車にゴトゴト揺られること数十分で宝石館に到着した。
「それじゃ、待っててね、シャロン」
「はいであります」
クラリッサはシャロンにもウィレミナたちと選んだお菓子を送っている。
「こんちは、サファイア」
「あら。こんにちは、クラリッサちゃん」
いつものように最初の部屋でクラリッサがサファイアに挨拶する。
「この前、合宿でカレドニア地方に行ってきたんだよ。キャンプしたんだ」
「まあ、そうなの? 楽しめた?」
「とっても。自分たちで料理作ったりしたんだよ」
サファイアがそう尋ね、クラリッサが自信満々にそう答える。
「クラリッサちゃんが料理できたなんて意外ね」
「失礼な。私の料理スキルはなかなかのものだよ。私の作った料理は評判良かったんだから。流石にペペロンチーノには負けたけれどね……」
「ペペロンチーノに?」
クラリッサは途中の説明を省くから意味不明になる。
「そう、ペペロンチーノに。アヒージョからペペロンチーノに推移するのは予想外だった。私たちの鶏肉とトマト缶の煮込みもなかなかの出来だったんだけれど、南部人としてはパスタを評価せざるを得ない」
「ああ。アヒージョのニンニクと唐辛子の風味を吸ったペペロンチーノは美味しいものね。実はこの娼館でも娼婦風パスタを提供しているのよ。もっとも、ここは体を売る子はほとんどいないから、ニンニクは控えめだけれど」
「おお。初めて知った。今、食べられる?」
「もちろん。クラリッサちゃんのためならいつでも出してあげるわ」
サファイアはそう告げて、まだ見習いの娼婦たちにパスタの準備を始めさせた。
「ああ。それから、これ、お土産」
「まあ、カレドニアン・ウィスキー! 高かったでしょう?」
「今までのサファイアたちに対するお礼としては安すぎるくらいだよ」
ピエルトにはしっかりとお返しをもらうことにしたが、サファイアたちには無料のクラリッサである。これまで散々お世話になったからね。
「あら。クラリッサちゃん?」
「こんにちは、パールさん」
そうこうしている間にパールが2階から降りてきた。
「パールさん。これお土産。カレドニア地方に合宿で行ったから」
「あら。カレドニアン・ウィスキー?」
クラリッサがボトルを渡すのにパールがしげしげとボトルを眺めた。
「それも有名な蒸留所のものね。水は上質、樽の香りは香ばしくありながら自己主張せず、ウィスキー本来の味わいが楽しめるもの。ありがとう、クラリッサちゃん」
「どういたしまして」
どうやらパールはウィスキーに詳しいようである。
「クラリッサちゃん。合宿でカレドニア地方に行ったって聞いたけど、キャンプなどは楽しめた? カレドニア地方の合宿はキャンプでしょう?」
「とっても楽しめた。一緒に料理を作って、一緒に寝袋で寝て。まさにキャンプって感じだった。それでね。今度、ベニートおじさんの農場の近くのキャンプ場に行かないかって話をしてたんだ。冬休みを利用してね」
「冬のキャンプはいろいろと大変よ?」
「うむ。備えなくちゃいけないものがいろいろあるのは分かっている」
パールの言葉にクラリッサがうんうんと頷く。
「シャロンさんにも意見を聞いてみるといいわよ。東部戦線の冬を経験した彼女なら、適切な装備品について知識があるでしょうから」
「そうか。シャロンは東部戦線に行っていたんだった」
シャロンはアルビオン王国より冬が凍てつく東部戦線で4年近くを過ごしているのだ。
「東部戦線帰りから教われば、凍死するって危険性は減ると思うわ」
「うん。後でシャロンに聞いてみる」
何事も経験者から話を聞くのが一番だ。
「それから合宿での勉強の方はどうだったのかしら?」
「ばっちり。グレンダと一緒に頑張ってきたからいい点数が期待できるよ」
「それはよかったわね。私たちも安心できるわ」
「今まではパールさんたちに迷惑かけてたからね」
クラリッサはしみじみとそう語った。
「それじゃあ、クラリッサちゃん。パスタを食べたら、またおうちで勉強よ?」
「どんとこい」
クラリッサは宝石館の娼婦風パスタを味わうと、今後の参考のためにレシピを聞いてからまた自宅への帰路についたのだった。
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