娘は腕を振るいたい
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──娘は腕を振るいたい
いよいよ夕食の時間が訪れた。
クラリッサとジョン王太子の勝負の時である。
「具材はあらかじめ切ってきたから、焼いて煮込むだけだね」
「ここで隠し味のチョコレートを……」
「クラリッサちゃん?」
クラリッサは隠し味の投入を試みたが、サンドラたちに阻止された。
「まずは鉄鍋にオリーブオイルを……」
「その鉄鍋、重かったよー」
クラリッサたちは、以前クラリッサとリーチオが釣り具を買った店で、野外調理器具を購入していた。この鉄鍋もそのひとつだ。またテント用のランタンなども一緒に購入していた。まあ、買ったのはクラリッサだが。
「……そしてコンソメキューブを入れて煮込む、と。どれくらい煮込んだらいいの?」
「湯気が出始めるまでだ。時間は焚火の強さで変わってくるから目を離さないようにしろよ。うっかりすると焦げるぞ」
「じーっ」
クラリッサたちは鉄鍋を見つめる。
見つめること十数分。鉄鍋の蓋から湯気が出始めた。
「もういいぞ。気を付けて持ち上げろ。代わりに俺がやるか?」
「大丈夫。これぐらい余裕余裕」
クラリッサは鉄鍋を持ち上げて、折り畳み式のテーブルに乗せる。
「完成ー!」
「完成ー!」
そして、ついに鶏肉とトマト缶の煮込みが完成した。
「早速、味見してみよう」
「楽しみ、楽しみ」
クラリッサが鉄鍋の蓋を開くと、ほかほかの鶏肉とトマト缶、そして玉ねぎが煮込まれた料理が姿を見せた。漂ってくる香ばしい肉とトマトの香りからして期待できそうだ。
「では、いただきます」
「いただきまーす!」
クラリッサたちは鶏肉を切り分けて、皿に乗せると口に運んだ。
「おお。美味い。文句なしだ」
「うんうん。キャンプ場で作った料理とは思えないぐらいだ」
こういう熱々の料理を外で食べると美味しく感じることがあるぞ。
「では、ジョン王太子のところに殴り込みだ」
「おー!」
果たしてジョン王太子たちは何を作ったのだろうか?
「ははは! 来たね、クラリッサ嬢!」
「なんでそんなにテンション高いの?」
「いや。意外と美味くできたから」
ジョン王太子もキャンプのせいかテンションがおかしかった。
「さて、これが私たちが作った鶏肉とトマト缶の煮込みだよ。そっちは?」
「我々のはエビとマッシュルームのアヒージョだ」
ジョン王太子たちの鍋から漂ってくる香りはニンニクの香ばしい香り。
「アヒージョか。その手もあったな」
「でも、よくエビなんて生鮮食品を持ち込めましたね?」
クラリッサが唸り、ウィレミナがそう尋ねた。
「いや。まあ、バーベキューで使う食品の中に余計に準備してもらって……」
「ずるい」
クラリッサは冷やしながら背負ってきたと言うのに。
「まあ、勝負は味だよ。さて、お互いに試食しよう」
「フェリクスたちも審査員に加えていい?」
「ん。構わないよ。大勢で審査した方が適切だし、少し作りすぎてしまった……」
ジョン王太子のアヒージョはどれだけ食べるんだというぐらいいっぱいだった。
「それではお互いに交換して」
クラリッサたちは鶏肉のトマト缶煮込みを渡し、ジョン王太子はアヒージョを渡す。
「いただきます」
「いただきます」
お互いに神妙な表情で皿に料理を乗せる。
「エビが大きい」
「イカもいい感じ」
クラリッサとウィレミナがそう告げ合うとそれぞれ料理を口に運んだ。
「む。これはなかなか……」
アヒージョのオリーブオイルとニンニクの風味、そして唐辛子のピリ辛さ、魚介から出た旨味が口の中でまろやかに融和し、クラリッサは思わず唸った。
「これはなかなか……」
ジョン王太子の方もトマトと一緒にじっくり煮込まれて柔らかくなった鶏肉を味わって、クラリッサと同じように唸っていた。
「だが、私たちのアヒージョの方が美味しいだろう。バゲットもあるから使いたまえ」
「私たちの鶏肉のトマト缶煮込みの方がいいはずだよ」
クラリッサたちはわいわい言いながら互いの料理を食べ合う。
「フェリクスはどう思う?」
「まあ、どっちも美味いんじゃないのか」
「それじゃ審査にならないでしょ」
フェリクスとトゥルーデは両方味わってホクホクであった。
「分かった。どちらかひとつと言われたら……」
「言われたら?」
「鶏肉のトマト缶煮込みだろうな」
フェリクスはそう言いながらちゃかりバゲットでアヒージョを味わっていた。
「トゥルーデはどう思う?」
「私はフェリちゃんと一緒よ」
トゥルーデも同じようにバゲットでアヒージョを味わっていた。
「ふふふ。勝ったね」
「むぐ。ま、まだまだだ。このアヒージョには第二形態がある」
「なにそれ」
ジョン王太子が奇妙なことを言い出すのにクラリッサが首を傾げた。
「まあ、ちょっと待っていたまえよ。具体的には7分ぐらい」
「……?」
やけに具体的な数字が出るのにクラリッサたちはみんなして首を傾げた。
「さあ、見るがいい! これがアヒージョの第二形態!」
「おお。それは……!」
ジョン王太子が持って来たのは──。
「パスタだあ!」
クラリッサがその顔をほころばせる。
「このままアヒージョのオイルとともに茹でたパスタを炒めて──」
パスタにオリーブオイルが絡みついていく。
「さあ、ペペロンチーノだ! これがアヒージョの第二形態!」
ジョン王太子はペペロンチーノを繰り出した!
「こ、これは……」
クラリッサが恐る恐るパスタを自分の皿に取る。
「お、美味しい……」
効果は抜群だ!
「確かに美味いな、これは」
「ふふふ。どうやら私の勝ちのようだね、クラリッサ嬢」
フェリクスも頷くのに、ジョン王太子が堂々と宣言した。
「くっ……。おのれ、南部人のソウルフードであるパスタを使ってくるとは。負けた」
クラリッサはあっさりと負けを認めた。
「どっちも美味しかったけどなあ」
「私もどっちも美味しかったよ?」
サンドラとウィレミナはのんびり食事を楽しんでいる。
「私たちも今度はパスタに変形できる料理にしよう。オリーブオイルとトマト缶というのもなかなかパスタにはよさそうだ」
クラリッサはそう言いながらペペロンチーノを味わっていた。
「しかし、屋外で料理というのもいいものだね。手間はかかるものの、美味しさも際立つというものだよ。屋外で食べるというのは特別なのかもしれない」
「そうですわね。私も手伝った甲斐がありましたわ」
フィオナも下準備をしてくるのをしっかりと手伝っているぞ。
屋外で料理を食べるというのは何故だか美味しい。日本でも富士山の山頂で食べるカップヌードルは特別美味しいという話を聞く。それは運動によって空腹になったためなのか、あるいは非日常的なことに体が刺激を受けているのか。
いずれにせよ、クラリッサたちの鶏肉とトマト缶の煮込みもジョン王太子たちのアヒージョとペペロンチーノもどちらも美味しいものであった。
「しかし、8人で食べるとあれだけ準備してもあっという間だね……」
そして、あれだけたっぷりとあったはずの料理も、瞬く間になくなってしまった。
「バーベキューも食いに行こうぜ。まだたっぷり残っているはずだ」
「おう」
というわけで、クラリッサたちはたっぷりと運動して減ったおなかを満たすために、バーベキューが行われる場所に向かった。
バーベキューはフェリクスの言ったようにまだ残っていた。
どうもクラリッサたち以外にも自分たちで料理を作ろうとする班が多く、バーベキューの方はあまり繁盛しなかったらしい。
「今日はしっかり運動したし、たっぷり食べよう」
「うう。大丈夫かなあ……」
どうにもおなかの肉がつくのではないだろうかと心配なインドア系のサンドラだ。
それからクラリッサたちはバーベキューを楽しみ、果実飲料で喉を潤すと、寝る前にお風呂に入ろうと合宿所の方に戻っていった。
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合宿所。
カレドニア地方の合宿所は海辺の合宿所とはまた異なり、冬季の使用も考えられていた。今は必要ないが暖房器具なども準備されており、冬にスキーや登山などの練習に来る生徒たちが使用できるようになっている。
そんな合宿所のお風呂の温度は高めで、クラリッサたちは今日一日の疲れをそこで発散させていた。ゆっくりと手足を伸ばし、肩までお湯につかれば、その日の疲れもどこへやらという話である。
「それにしても美味しかったね、今日の料理」
「うむ。我々の料理も素晴らしかったが、南部人としてはパスタに票を入れざるを得なかった。あれはずるいよ」
サンドラが湯船につかったまま告げるのに、クラリッサがのんびりした様子でそう返した。クラリッサは厳密には南部人ではないが、南部人として育てられている。
そして、南部人の大好物はパスタ。パスタがあって、オリーブオイルがあって、トマトがあれば南部人はなんだって作ってしまうだろう。トマトが新大陸からもたらされて以降、南部の料理は大きく変わったのだ。
「しかし、パスタは水をいっぱい使うから難しいと思ってた」
「私も。ジョン王太子は気合を入れていたようだ」
パスタは茹でるのにたくさんの水がいる。
幸いにして茹でた水を捨てられないという環境ではなかったので、その点は問題にならなかったが、ジョン王太子は人数分のパスタを茹でるための水を運ぶのに苦労したことだろう。フィオナとヘザーはその点においては手伝っていないし。
また、使った水が捨てられないという環境でパスタを作ることも不可能ではない。ギリギリの水分でスープパスタにしてしまえばいいのだ。
「今度はスープパスタにしてみようか」
「いいね。具沢山にしたいところだ」
「うんうん。クリームでも、トマトでもいいね」
クラリッサたちは早くも次のキャンプについて考え始めていた。
「そうだ。今年の冬休み、キャンプしない?」
「冬休み? 寒くない?」
「寒いと暖かい食べ物が美味しいよ」
確かに寒いところで食べる暖かな料理──鍋や麺類は美味しいものだ。
「けど、寝袋とかテントとかも冬用のにしなくちゃ」
「うーん。金策を考えないといけないね」
夏用の寝袋を冬に使ったら最悪死ぬぞ。
「しかし、キャンプをするならどこでする?」
「ベニートおじさんの農場の傍にキャンプ場があったよ。ベニートおじさんの家から徒歩で30分くらいの距離かな。ベニートおじさんの農場の近くなら、パパも許可してくれると思う。いざとなったらベニートおじさんの農場にお世話になればいいし」
あのベニートおじさんの恐怖の農場から徒歩30分の場所にキャンプ場があるのだ。お化けはいないと分かっていても、死体のひとつふたつは埋まっていそうで恐ろしい。
「気温はどんな感じ?」
「そこまで高地じゃないから12月でも少し雪が降る程度だよ。けど、確かに冬用の寝袋は準備した方がいいね。凍死したらシャレにならない」
「いくらぐらいかかるんだろ」
「お店でちらっと見た感じだと5万ドゥカートぐらいかな」
「結構する……」
クラリッサが告げ、ウィレミナが渋い顔をする。
ウィレミナのお小遣いの額は月に1000ドゥカートである。
「あーあ。バイトしようかな。けど、時期が時期だし、勉強もしなくちゃいけないし」
「みんなもう進路を意識しているよね」
クラリッサたちの1年A組は進学コースなので、もう多くの生徒が志望校を目指して勉強中だ。高等部に入るとどうしても受験を意識しなくてはいけない。
「まあ、ぼちぼちやっていこう。いざという場合は私が払うよ」
「お世話になります、クラリッサさん」
そんなこんなで合宿1日目は終わったのだった。
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