娘は合宿について考えたい
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──娘は合宿について考えたい
「ちーす、副会長」
「やあ、クラリッサ嬢。本当にカジノ法案は通ったようだね」
「私にかかればちょろいもんよ。パパたちは苦労してたみたいだけど」
リーチオたちはカジノ法案の通過に苦労したが、それはリーチオたちが無能だからというわけではなく、状況が異なるからだ。リーチオたちの場合は2、3人説得すればいいのではなく、金と権力を持った相手をダースで相手にしなければならなかったのだ。
クラリッサがファミリーの仕事をするようになればその大変さがすぐに分かるだろう。ファミリーの仕事は根回しがさらに必要になってくるのだ。
「……? クラリッサ嬢の父上がどうしてカジノ法案を? あれは……」
「言い間違い、言い間違い。過酸化水規制法案だった」
「そんな法案、聞いたことがないのだが……」
リベラトーレ・ファミリーというかマフィアががっちりカジノ法案に関わっているのは多くの人々の知ることである。少なくともジョン王太子はそのように把握していた。
「それはそうと合宿の準備、できた?」
「できた、ではないよ。私とクリスティン嬢だけで終わるはずがないだろう」
「役に立たないなー」
「罷免の運動を始めるよ?」
クラリッサが舌打ちするのにジョン王太子が笑顔でそう告げる。
「冗談だよ、冗談。君たちはよく頑張ってくれている、ジョン王太子」
「取ってつけたようなお世辞はいらないよ。必要なのはマンパワーだ」
クラリッサが慌ててぱちぱちと拍手するとジョン王太子がそう告げた。
「マンパワーか。文化委員会あたりから引っ張ってこようか。あるいは体育委員会から。合宿ではテントを張って野外活動もするみたいだし、体育委員会に仕事をさせるに相応しい案件だと思うけどどう思う?」
「自分たちでやり遂げるという選択肢はないのかな?」
「ないよ?」
クラリッサは業務の外部委託によって生徒会の負担を減らそうとしているのだ。
他の部署に丸投げともいう。
「とりあえず、体育委員会を呼ぼう。そして、仕事を任せよう」
「ううむ。本当にこれでいいのだろうか……」
ジョン王太子は釈然としないものを感じながらも体育委員会が来るのを待った。
「ヘイ、体育委員会!」
「あ、はい」
クラリッサがやってきた体育委員会のメンバーに軽く挨拶するのに体育委員が不思議そうな様子でぽかんと返した。
「今度、夏の合宿あるの知ってるよね?」
「ええ。知っていますよ」
体育委員会でも委員長は2年生だ。既に体験済みである。
「それはよかった。では、その合宿のしおり作りをジョン王太子たちと頑張って」
「え?」
「頑張って」
クラリッサは完全に仕事を押し付ける姿勢に入ったぞ。
「ほら。ジョン王太子も指揮を執って」
「え。あ、ああ。すまないが手を貸してもらえるだろうか。前年度の資料を参考にキャンプの際の注意点や自由行動時の制限などを確認してほしい。基準に沿っていないしおりはその班に返却して書き直しを求めることになる」
ジョン王太子はクラリッサに言われて生徒会横の会議室に集まった体育委員たちにそう告げていく。しおりの山がドンとテーブルに乗せられた。
「すみません。これは生徒会の仕事なのでは……?」
体育委員のひとりがそう告げる。
「いいや。体育委員の仕事でもあるよ。合宿は野外活動で、キャンプは体育だ。つまりこれは体育委員の仕事でもあるのだよ」
「は、はあ……」
クラリッサのよく分からない理屈で納得させられた体育委員である。
「というわけで、ジョン王太子と力を合わせて夏の合宿を楽しもう」
「お、おー?」
掛け声もあまりよくは響かなかった。
「ところでさ、私たちって合宿の自由時間でカレドニアン・ウィスキーの蒸留所とかも見学できるのかな?」
「む。あれは国際的に有名な場所だからね。もちろん、許可が下りれば見学できるだろう。蒸留所からの許可と学園からの許可が必要になるが」
「よし。任せた」
「任せた、じゃないよ。それぐらい自分でしたまえ」
「ちぇっ」
クラリッサは面倒くさがりなのだ。
「合宿はキャンプだけど、料理はどうするの?」
「全体としてはバーベキューをするそうだよ。希望する学生は自分たちで料理を作ってもいいそうだ。君はどちらにするのかね?」
「うーん。考えとく」
バーベキューを焼いてもらうのは楽ちんだが、何かキャンプをした気がしない。
キャンプと言えばやはりカレーを作ったり、マシュマロを焼いたりだろう。
けど、それも面倒くさいなあと思うクラリッサであった。
「ジョン王太子はキャンプの経験ある?」
「いや。ないよ。これが初めてだ」
「ふふふ……。勝った」
「君は何を勝負しているんだ?」
クラリッサは既にフェリクスたちとキャンプを経験しているのである。
「いいかい、ジョン王太子。焚火の燃やし方はよく乾燥した木々を準備し、松ぼっくりなどの燃えやすいもので着火するんだよ。乾燥した木々じゃないと火が飛び散ったり、煙たくなったりするからね。まあ、キャンプを経験したことがある人間なら常識だけど」
「むぐぐ。ここぞとばかりに経験者感をアピールしてくるね、君は」
ちなみにクラリッサは焚火に火をつけたりするのはシャロンとフェリクスに丸投げだったぞ。実務経験はないぞ。
「そうだ。お互いに料理作って勝負するってのはどう?」
「また唐突な……。私はバーベキューでいいよ」
「逃げるんだ」
「逃げてない!」
クラリッサは不敵に笑っている。
ちなみにクラリッサの料理技術は家庭科室を料理しようとした時から数歩ぐらいしか前に進んでいない。それでこの自信なのだから、恐れ入るというかなんというか。
「いいだろう! 勝負だ! 私こそが素晴らしい料理を作って見せよう!」
「あのー……。どこから始めたらいいんでしょうか?」
「あ。申し訳ない。これはここから……」
頑張れ、ジョン王太子。クラリッサがマイナス点を稼ぐので勝てるかもしれないぞ。
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既に合宿の班分けは行われている。
クラリッサはサンドラとウィレミナが同じ班だ。
そして、ジョン王太子はフィオナとヘザーの班だ。
「というわけで、ジョン王太子と料理で勝負することになった」
「ことになったって、どうして?」
「流れで」
「流れ」
サンドラは思わず繰り返した。
「もー。そうやって勝手にそういう勝負を決めて来ないでよ。どうせクラリッサちゃんから仕掛けたんでしょ?」
「な、なんで分かった……」
「ジョン王太子はそういうことする人じゃないからだよ!」
クラリッサが衝撃を受け、サンドラがそう告げた。
「ジョン王太子も昔は私によくケンカ売ってきてたよ?」
「初等部の話でしょ。もう私たちは高等部にまで成長しました。クラリッサちゃんは全く成長していません」
「そんなことはない。このように背丈も」
「心は初等部のままでしょー?」
そうなのである。
昔はよくよくクラリッサをライバル視していたジョン王太子であるが、成長するごとにそのような無駄な争いは避けるようになり、立派な大人に成長していた。
クラリッサの方はと言うと、未だに初等部3年生辺りである。
「クラリッサちゃん。勝負するのはいいけど、何作るんだ? あたしは下手なもの作って不味い思いをするよりもバーベキューを満喫したいんだけど」
「決めてない。これから考える」
「それでよく勝負とか考えたな……」
ウィレミナはあきれ果てた。
「アイディアを出して」
「出してって言われてもキャンプ場での料理って難しいよ?」
クラリッサが告げ、サンドラが渋い顔をする。
「まずゴミは捨てたらダメだからゴミの出る料理は作れないし、水は汲んで持ってこなくちゃいけないから使える量は限られるし、火力についても調整が難しいし」
「それに夏場だから生鮮食品を運ぶのも無理だぞ」
キャンプの掟。
キャンプで出たゴミをそこら辺に捨ててはいけません。後の人のためにもキャンプ場は綺麗に保っておきましょう。
水は指定された場所のものを使用しましょう。そこら辺で適当に汲んだ水には何が混じっているか分かりません。
食料品は痛まないように気を付けましょう。
「むう。いろいろと制限が多すぎる。面倒くさくなってきた」
「だから、勝負なんてするものじゃないよ」
「今さら引き下がるわけにはいかない」
「クラリッサちゃんは何故にそんなに勝負にこだわっているの」
「勝負は楽しいからだよ」
クラリッサの頭の中では勝負事はエンターテイメントになっているのだ。
「とにかく、私たちじゃいいアイディアは浮かばないよ。前みたいにカレーにする?」
「あの時のカレールーはフェリクスのお手製だったからなあ」
「ああ。そうだった……」
あの時食べたカレーはとても美味しかったのだが、作ったのは実質フェリクスだ。
「そうだ。フェリクスにアイディアをもらおう。きっといい案を持っているはず」
「そうだね。フェリクス君、キャンプに慣れているみたいだし」
というわけで、クラリッサたちはフェリクスの下へ。
「ヘイ、フェリクス! 君たちは料理作る派? それともバーベキュー派?」
「ん。間食ぐらいなら作るつもりだ。本格的な料理はする気はない」
「そっか。ところで、キャンプ場で作るならどんな料理がいいかな?」
フェリクスが読んでいたキャンプの本を畳んで告げ、クラリッサがそう尋ねた。
「お前ら、自分たちで作るのか? 大人しくバーベキューにしておいた方がいいぞ」
「負けられない戦いに挑んでいるからそれはできないんだ」
「どんな戦いだよ……」
クラリッサの説明は意味不明だった。
「とにかく、私たちにも作れそうなお手軽レシピ教えて」
「あー。それならホットサンドとかはどうだ? 専用の機材は必要になるけど、やることはただ挟んで焼くだけだぞ。誰にだって簡単にできる。火加減を間違わなければ失敗することはない」
「ふむふむ。ホットサンドか。いいね。けど、ちょっと簡単すぎるな。もうちょっと凝ったレシピないかな?」
ホットサンドはまともに作れるという自信はあるらしい。
「うーん。他には鳥とトマト缶の煮物とか、アヒージョとか、そういうのだな」
「鳥とトマト缶の煮物?」
「ああ。鶏もも肉とトマト缶を使って作る料理だ。けど、夏場だからな。鶏肉が痛まないかが心配になるな」
「大丈夫。そういう時の魔術だ」
フェリクスが首をひねり、クラリッサがサムズアップした。
「魔術で冷やして運べば問題ないでしょ?」
「それはそうだが……。かなり、魔力を消費することになるぞ」
「私の魔力は底なしだ」
確かにクラリッサは家庭科室を料理するようなおっちょこちょいかもしれないが、魔術に関しては確かな信頼がある。
「じゃあ、早速だけどレシピ教えて」
「分かった。まず鶏もも肉と──」
かくして、クラリッサたちはキャンプで作る料理のレシピを手に入れた。
……のだが、実際に美味く作れるかどうかはクラリッサたち次第である。家庭科室を料理してしまうようなクラリッサに繊細な料理など作れるのだろうか?
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