娘は学園の真のボスの座を手に入れたい
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──娘は学園の真のボスの座を手に入れたい
季節は6月下旬。
王立ティアマト学園では生徒会選挙の季節である。
そう、ついにクラリッサが学園の真のボスの座を手にするときがきたのである。
「えー。皆さん、来週から生徒会選挙が始まります」
朝のホームルームの時間に担当教師がそう告げる。
「基本的に2年生が役員を担うことになるかとは思いますが、立候補者は明後日の放課後までに先生のところに申し出て、書類に記入してください。よろしいですね」
担当教師はそう告げると朝のホームルームを終わらせた。
「ついに、ついにこの時が来た」
クラリッサは拳を握り締める。
「学園の真のボスの座は私の物だ」
「クラリッサちゃん。生徒会長は別に学園のボスじゃないぜ?」
クラリッサが張り切るが、ウィレミナがそう突っ込んだ。
「いいや。間違いないね。生徒会長は学園の真のボスだよ。絶対的な権力。絶対的な支配力。絶対的な地位。間違いなく学園の真のボスだ」
「クラリッサちゃんがそう思うならそれでいいけどさ……」
もはやウィレミナも呆れて言葉がでない。
「クラリッサ嬢! 君の好き勝手にはさせないよ!」
「うわ……。出た……」
「汚物扱いはやめてくれないか!」
ジョン王太子はちょっと涙目で叫んだ。
「中等部は君が生徒会長やったでしょ。高等部は私の番だよ」
「いや、生徒会とはそういう順番でやるものではないからね? そもそも君に生徒会長を任せるというのは恐ろしく不安なんだよ!」
そうなのである。
副会長の時でさえ、様々な不正に加担したクラリッサが生徒会長をやるとかまるで安心できない話である。利己的な頭脳とお金への妄執に権力が加わってしまえば、王立ティアマト学園は腐敗に染まってしまうだろう。
そうはさせまいとジョン王太子が立ち上がったのだ!
「むう。私の何が不安だっていうんだ。むしろ、君のように権力の使い方を分かってない人間に権力の座を渡す方が不安だよ。私なら上手く権力を使いこなして見せる」
「どういう風に?」
「まず、校則でカジノを合法化する」
「やっぱりダメだ」
クラリッサは闇カジノを合法化しようと企んでいるぞ。
「文化祭でもカジノをするよ。それから体育祭はまた聖ルシファー学園と合同でやるよ。とにかく楽しいイベントを盛りだくさんにするよ。これで学園生活は楽しくなること間違いなしだね。それから学食のメニューも充実させて政権の長期化を図るよ」
「パンとサーカスかな?」
どこの衆愚政治だろうか。
「とにかく、君に生徒会長は任せられない。私が生徒会長になる!」
「まあ、頑張って」
「余裕の態度だね……」
「ふふふ。これを見るといいよ」
クラリッサはそこで1枚の紙をジョン王太子に見せた。
「こ、これは前任の生徒会長であるローズマリー・ラムリー先輩の推薦状!? ど、どうやってこれを!? 金? 暴力? それとも脅迫!?」
「失礼だね。普通に生徒会の仕事を手伝って手に入れたんだよ」
ジョン王太子が驚くのにクラリッサは頬を膨らませた。
「というわけで、私の方は既に根回しができてるんだよ。残念だったね」
「ま、まだ巻き返せる! クラリッサ嬢、君には負けないからな!」
「へっ」
クラリッサは軽薄な笑みを浮かべてジョン王太子の言葉を聞き流した。
「まあ、勝負になるといいね」
クラリッサはそう告げて担当教師のところに立候補を申し出に行った。
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立候補の手続きは完了。
いよいよ生徒会選挙が布告された!
今回は事前に暴力で脅して回るのはなしである。クラリッサは前回の反省点を活かして、民衆に愛される権力者を目指している。そう、リーチオが暴力性を秘めながらも、街の住民たちに愛されているように、そんな指導者になろうとしているのだ。
本来ならば立候補するのはクラリッサとジョン王太子ぐらいであった。
それもそうである。まだ生徒たちは暴力の嵐が吹き荒れた中等部の生徒会選挙のことを覚えているのだ。迂闊に危険なことに首を突っ込むことは避けるべきと生徒たちは立候補を控えていた。
……はずなのだが。
「君も立候補したの、クリスティン」
「そうです。あなたの好き勝手にはさせませんよ、クラリッサさん!」
今年はクリスティンが立候補。
中等部では庶務を勤めていた彼女が生徒会選挙に躍り出るのに、誰が勝利するのか分からなくなってきた。
「まあ、頑張って。私の当選は確実だから」
「うがーっ! そんな余裕でいられるのも今のうちだけですよ!」
クラリッサが『へっ』と笑って告げると、クリスティンが噛みついた。
「ところで、フェリクスとは上手くいっている?」
「ど、どうしてそういうことを聞くのです? その、彼とはまだ友達のままでして、やましいことはなにもないですよ」
クラリッサの問いにクリスティンが顔を真っ赤にした。分かりやすい。
「フェリクスの好みの料理とか教えてあげよっか? 男の子を射止めるには胃袋を掴むのが一番なんだよ。男の子はとにかく食べるからね。食事を一緒に楽しめば、ふたりの距離も急接近するんじゃないかな?」
「なっ……! そ、そうなのですか? ところで、フェリクス君の好みの──」
そこでクリスティンがはっとした。
「その手には乗らないですよ! 立候補を辞退させるつもりでしたね! 私は色恋沙汰と学園生活はきっちり分けて考えているのです! 混同はしません!」
「でも、いいのかなー? フェリクスと仲良くなるチャンスなのにさー?」
クラリッサはにやにや笑っている!
「ええい! 悪魔よ、去れ! 私は誘惑には屈しません!」
「仕方ない。君も頑張るといいよ」
クラリッサは肩をすくめると唸るクリスティンから去っていった。
そして、向かった先は選挙対策本部。
「集まったね」
クラリッサは選挙対策本部に揃った面子を見渡す。
サンドラ、ウィレミナ、フェリクス、そしてトゥルーデ。
フィオナは『クラリッサさんを応援したい気持ちはありますけど……』と告げてジョン王太子陣営についた。ヘザーはどっちでもよかったが、フローレンスの『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』に引っ張られてジョン王太子陣営に。クリスティンには同じクラスの仲良しふたり組が付いている。
「クラリッサちゃん……。今回は選挙管理委員会じゃないから何も言わないけど、なるべくなら暴力とお金で殴るのはやめようね」
「もちろんだとも。今回の選挙はクリーンに進めるよ。暴力は目の前の出来事を解決するのには役立つけど長期的にみるとマイナスだから」
「お金は?」
「資金力は武器だよ」
クラリッサはリーチオから選挙資金として500万ドゥカートを渡されているぞ。
そして、クラリッサが生徒会長になれば合法化されることから、闇カジノの資金も容赦なく投入し、ブックメーカーの資金も加え、総計1200万ドゥカートの選挙資金が準備されたのだった。
自動車が1台買えるレベルの選挙資金。これを活かさない手はない。
「まずは新聞部を制圧する。続いて部活動を体育会系から。公約としては『愉快で楽しい学園生活を目指します』とする。合同体育祭の再実施とカジノ解禁。それから学食のメニューの充実。人間、娯楽と美味しい食い物が手に入るならいうことを聞く」
「すげー理論だな」
クラリッサが選挙方針を告げるのに、フェリクスが呆れたような顔をした。
「古代ロムルス帝国の偉い人も同じ考えだったんだよ。民衆にパンとサーカスを」
「それってダメな統治の例として教えられてなかった?」
「統治できていればダメとかいいとかないんだよ。政権が維持できればそれでよし」
「凄いこと言いだした」
クラリッサが断言し、ウィレミナがため息をついた。
「まずは政権の樹立。新聞部を買収しあることないこと書かせる。そして、部活動を中心に組織票を集めていき、公約で一気に支持を取り付ける。なお、部活動の組織票集めには選挙資金を思う存分使ってよい」
「クリーンな選挙はどうしたの?」
「血は流れてない」
前回の選挙では血が流れたぞ。流血沙汰だったぞ。
「はいはーい! 陸上部の予算を増額してくれるなら陸上部の票をまとめるよー!」
「よろしい。私が生徒会長になった暁には一番最初に忠誠を誓った陸上部の予算を増額しよう。他の部活動も早い者勝ちで予算を増やすよ」
「いえいっ!」
ウィレミナは呆れておきながら、しっかりとクラリッサの策に乗った。
現金な人間である。
「魔術部も票をまとめたら予算増やしてくれる?」
「魔術部、今部員何人いるの?」
「……6人」
陸上部が20名近くいるのに対して、魔術部はたったの6名だった。
「まあ、努力は認めよう。6名なりの予算が配分されるようにするよ」
「ありがとう、クラリッサちゃん!」
高等部における魔術部の実績はゼロだったので予算も厳しかったのだ。
「では、早速新聞部を買収しに行こう。250万ドゥカートもあれば十分だろう」
「クラリッサちゃんと生活していると金銭感覚がおかしくなる」
250万ドゥカートは大金だぞ。
「フェリクス、トゥルーデ。相手が交渉に応じないときは頼むよ」
「任せておけ」
トゥルーデも誰が生徒会長になろうと気にしないタイプだったのだが、フェリクスがクラリッサを応援するので無理やりついてきた。
「では、我々の選挙を始めよう」
クラリッサは堂々とそう宣言した。
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クラリッサ一同は新聞部に突撃を敢行。
だが、行く手を阻むものが!
「クラリッサ・リベラトーレ! ここで何をしているのですか?」
「あ。誰だっけ?」
「フローレンスです! フローレンス・フィールディング!」
「あー。はいはい。それで、そこ退いてくれる?」
新聞部の前にはフローレンスが陣取っていた。
「そういうわけにはいきませんわ。選挙管理委員会として選挙中に候補者と新聞部員が接触することは禁止するということを履行しなければいけませんの。新聞部を買収するつもりでしたら、当てが外れましたわね」
「分かった。いくらで退く?」
「堂々と選挙管理委員会を買収しようとしないでくださいまし!」
クラリッサ、流石にそれは無理があるぞ。
「新聞部員には選挙期間中は公平な記事を書いてもらわなければなりません。特定の候補者に利するような動きには選挙管理委員会の立場から断固として反対します」
「その選挙管理委員会がジョン王太子に味方するのはいいの?」
「み、味方はしていないですわ。ただ、お茶を入れたりしているだけですわ」
「不正だ」
不正に関してはフローレンスも他人のことを言えない。
そもそも彼女が選挙管理委員会に立候補したのは、ジョン王太子陣営に有利に選挙戦が進むようにクラリッサを監視するためだったのだから。
「とにかく! 新聞部員との接触は禁止です。近いうちに各候補者の公約を発表する場を設けますので、それまでは記事を書かせようとしたりしないでくださいまし」
「仕方ない。帰ろう」
クラリッサは意外なほどあっさりと引き上げた。
「どうするんだ、クラリッサ?」
「新聞部員も学園の生徒である以上は、無防備な瞬間ができる。そこですかさず買収する。新聞部部長を押さえれば勝ったも同然だ」
クラリッサは新聞部を買収するということを諦めてなどいなかった。
「一番目立たないサンドラとトゥルーデが買収を担当して。これが書かせる原稿。首を縦に振らないようなら、後日報いがあるって脅していいよ」
「クリーンな選挙、クリーンな選挙とはいったい……」
クラリッサの要求にサンドラは頭を抱えた。
「勝者が正義だ。そして正義はクリーンである。問題ないね。なら、作戦開始」
「ううむ……」
頑張れ、サンドラ。クラリッサが勝てば魔術部の予算は増えるぞ。
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