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娘は家庭教師の無事を祈りたい

……………………


 ──娘は家庭教師の無事を祈りたい



 グレンダはいつも通りの時間帯に屋敷を訪れた。


「いらっしゃい、グレンダさん」


「こんばんは、クラリッサちゃん。じゃあ、今日も始めましょうか」


 クラリッサが玄関でグレンダを出迎え、グレンダとクラリッサは自室に向かった。


「今日も予習と復習から始めましょう」


「オーケー」


 最近ではクラリッサも勉強に前向きだった。


 小テストなどで成績が伸びているのが実感できるのだ。頑張れば頑張っただけ、ちゃんと成績が伸びている。これが何よりのモチベーションになった。


 クラリッサも最初から頭が悪いということはなく、きちんとした勉強方法を確立できれば、しっかりと成績を残せるというわけである。


 そんなわけでクラリッサは今度こそ期末テストで5位内に入って、新大陸に遊びに行くぞとやる気になっていた。目の前にニンジンがぶら下げてあるというのも、存外やる気に繋がるものなのである。


 それにグレンダの教え方もいい。


 彼女は生徒が自分からやる気を出して勉強をするという方法を理解している。あの勉強嫌いのクラリッサが自分から進んで勉強をしているのだから、それは分かるだろう。


 生徒の自主性を伸ばし、それを支える。それがきちんとできている教師というのは案外少ないものだ。グレンダは教師になったら、それなり以上の教師になることだろう。案外、王立ティアマト学園に雇用されるかもしれない。


「よし。これで予習と復習は完璧」


「よくできました」


 復習の結果はグレンダ製の小テストで確認し、クラリッサは自信を持った。


「じゃあ、少し休憩しましょうか」


「おう」


 グレンダがそう提案し、クラリッサが鉛筆を放り投げる。


「グレンダさん。実はね。今日は殺人事件の現場に行ってきたんだ」


「まあ。警察の人たちがいたんじゃないの?」


「いなかったよ。捜査はとっくに終わってた。けど、私は犯人が逃げた経路を見つけ出したんだよ。警察もまだ見つけてないのに」


 クラリッサはそう告げて自慢げに胸を張った。


「どうやって見つけたの?」


「……不思議な術を使って」


 自分の嗅覚で見つけたというと、怪しまれてしまう。


「なら、クラリッサちゃんが犯人を捕まえちゃったりするのかしら?」


「んー。血痕をたどったけど、犯人はいなかったよ。いくら探しても見つからないし、もう犯人を捜すのは諦めちゃった。きっと警察か賞金稼ぎが見つけてくれるよ。けど、プロの賞金稼ぎが返り討ちにあってるんだよな。大丈夫かな?」


「クラリッサちゃんはそういう情報をどこから仕入れているの?」


「知り合いから」


 レストレードのことはグレンダには内緒だ。レストレードは汚職警官なので、ばれてしまうと首になってしまう恐れがあるからね。


「クラリッサちゃんの交友網は広いのね」


「まあね。街のあちこちに知り合いがいるよ」


 クラリッサは自信満々だ。


「グレンダさんは今、大学何年生?」


「2年生。大学院にまで進むつもりだから、クラリッサちゃんの家庭教師は続けられると思うよ。大学院で教育論の研究をして、しっかりとした教育者になりたいの」


「大学院……。それって勉強するところ?」


「そうよ」


「そこに行かなくても学位は取れる?」


「ええ。大学院に進む人たちは修士号や博士号を取ろうとしている人たちだから」


「よかった……」


 クラリッサは大学のさらに先にまで勉強があるのではないということを知って安堵した。いくら勉強に前向きになっても、より以上の勉強はしたくないのだ。


「さて、休憩はお終い。大学入試の勉強をしましょう」


「おう」


 そして、再び机に向かうクラリッサ。


 クラリッサは国語の中でも古典について酷く苦戦しながら、コツコツと大学入試までの勉強を積み重ねていった。まあ、理系はさして問題にならないだけ、文系にリソースを割けるのが幸いだ。本当にクラリッサは数字にはとても強いのである。


 そして、19時30分を回ったころに一通りの勉強が終わった。


「お疲れ様、クラリッサちゃん」


「ありがと、グレンダさん」


 クラリッサがフル回転した頭を机に押し付けるのに、グレンダが微笑んだ。


「そうだ。グレンダさん。今日もうちで食事していきなよ。グレンダさん、ひとり暮らしなんでしょ? ご飯はみんなで食べる方が美味しいよ」


「気持ちは嬉しいけれど……。お給料も信じられないほどもらってるし、そんなに厚意に甘えていいのかしら?」


「いいの、いいの。パパに聞いてくるから待ってて」


 クラリッサはそう告げると階段を駆け下りていった。


「パパ。グレンダさんを夕食に招待していい?」


「ん。構わんぞ。お前の勉強の進捗具合も聞きたいしな」


 リーチオは快諾した。


「グレンダさん。パパがいいって」


「それじゃあ、お邪魔しようかな」


 というわけで、その日の夕食はグレンダが加わった。


 リーチオはグレンダからクラリッサが熱心に勉強していることを聞いて満足し、クラリッサにこれからも頑張るようにと伝えた。


 そして、20時頃グレンダはシャロンの操る馬車で帰宅していった。


 しかし、ここで思わぬ展開が待ち構えていることになる。


……………………


……………………


「あ。グレンダさん。カバン忘れてる」


 クラリッサは自分の部屋にグレンダのカバンが置きっぱなしになっているのを見つけた。中には参考書などが詰まっている。


「パパ。グレンダさんが忘れ物してる」


「ん? また明日来るからいいんじゃないか?」


「うーん。どうだろう。グレンダさんが必要とするものが入っているかも」


 リーチオが告げるのにクラリッサが首をひねった。


「まだ出たばっかりだし、追いかけてくるよ」


「おいおい。もう20時だぞ」


「愛車があればあっという間だよ」


 クラリッサはそう告げるとトトトと玄関から外に出ていった。


「いくぜ、相棒」


 そして、クラリッサは車に飛び乗るとエンジンをかけ、正面入り口から出ていった。


 魔道灯の明かりがうっすらと周囲を照らす中、クラリッサはヘッドライトを付けて、その薄暗闇の中をグレンダの家の方向に向けて進んでいった。


「ん……?」


 だが、そこでクラリッサは気づいた。


 血の臭いがする。


 かすかだが、血の臭いが空気に交じり、クラリッサの下に漂ってきていた。


「不味いかも」


 クラリッサは法定速度を無視して車を飛ばすと、血の臭いのする方角──グレンダの家の方角に向けて突き進んでいった。


 カーブをドリフト染みた角度で曲がり、クラリッサはグレンダの乗った馬車を追う。


 そこでクラリッサは目にした。


 クラリッサの家の馬車が路肩に突っ込み、シャロンが何者かと戦闘を繰り広げている様子を。シャロンの手から炎が相手に向けて突き進み、相手は身をひるがえしてそれを回避し、霧のように消えたり現れたりしている。


「シャロン!」


「お嬢様!?」


 クラリッサはそのまま加速を続け、現れた人影に体当たりをかました。


 確かな衝突の感覚を覚え、クラリッサはギリギリにブレーキを踏む。


「一体全体どういうことに……」


 クラリッサは自分が引いたものを確認する。


 だが、そこには何もなかった。


「お嬢様! 後ろです!」


 シャロンのその声とクラリッサが背後の異臭に気づいたのは同時だった。


 クラリッサは素早く飛び上がり、敵対者の姿を見る。


 クラリッサのいた場所に腕をつき出していたのは、この闇夜の中でもはっきりとその姿が浮き上がるほどに真っ白な肌をし、真っ赤なドレスに身を包んだ妙齢の女性だった。そして、クラリッサの視界にはその血走った眼が映り込んでいた。


 クラリッサは空中でくるりと回転し、シャロンの傍に着地した。


「シャロン。あれは?」


「上級吸血鬼です。東部戦線で一度だけ見たことがあります。その時は部隊の大半が壊滅することになりました」


 クラリッサが尋ねるのに、シャロンが苦々しい表情でそう告げて返す。


 シャロンが上級吸血鬼と遭遇したのは東部戦線に加わって2年目のことで、部隊は突如として謎の奇襲を受けてバラバラになった。そのときにシャロンは上級吸血鬼の姿を見ている。後で知ったことだが、その日の上級吸血鬼の攻撃によって1個連隊が打撃を受けるような状況になっていたそうだ。


「面白い。グレンダさんは?」


「中に。気絶していらっしゃいます」


「オーケー。シャロンはグレンダさんを守って。あれは私が叩く」


「畏まりましたであります」


 そう告げてクラリッサは前方の怪物を見据える。


「血……。血……。ああ、のどが渇いた……」


 ゆらりと人影が動くと、その姿は霧のように消え去った。


「そこだ」


 クラリッサは感覚器を総動員して見えない敵の姿を追った。


 臭いと風の動き、そして音と景色から吸血鬼の姿を見つけ出した。


 クラリッサの手から鋼鉄の槍が放たれ、再び姿を見せた吸血鬼を貫く。


「ああ! ああ! 血が、血が、血が! 私の血が!」


 吸血鬼は狂ったように叫ぶと、槍を引き抜きクラリッサに向けて投げ返した。


「甘い」


 クラリッサは自分で生み出した槍を消滅させ、代わりに吸血鬼の頭上に巨大な氷の塊を生み出した。そして、それを吸血鬼に向けて叩き落とす。


「ああっ! ああっ! のどが、のどが渇く!」


 しかし、吸血鬼は再び霧になってそれを回避し、次に現れたときにはクラリッサの眼前に姿を現した。クラリッサの目の前に血走った眼と、口から流れる血が見え、クラリッサはこれをはねつけようと何かしらの呪文を発動させようとした。


「死ね」


 だが、遅い。


 吸血鬼はクラリッサの腹部に向けて手をつき出し──。


 吸血鬼の体が突如としてはじけ飛んだ。


「そこまでだ、メアリー。お前は少しばかり軍規から逸脱したな。その過ちの代償はもはや死を以て償うしかあるまい」


 現れたのはクラリッサが昼に出会った青年──ブラッドだった。


「ああ。血が……。血が足りぬ……。喉が渇くのだ……」


「無残な姿だ。誇り高き上級吸血鬼がそのような有様とは。それ以上、己の名誉を汚す前に大人しく死を選ぶがいい」


 石畳を掻きむしりながらメアリーと呼ばれた吸血鬼が告げるのに、ブラッドは憐みの眼差しをメアリーに向けていた。


「よう。お兄さん。あれが連続殺人鬼?」


「ああ。君は……。まあ、そんなところだ。君たちには迷惑をかけたね」


 クラリッサは空気を読まずに平然と尋ねると、ブラッドが頷いて返した。


「だったら、私も手伝うよ。魔術なら任せて」


「やれやれ。君はお父さんに似たのかな? まあ、手伝ってくれるというなら喜んで手を貸してもらおう。奴の弱点は心臓だ。そこに杭を打ち込めばいい。ただし、完全に心臓を破壊する形で叩き込まなくてはダメだ」


「任された」


 クラリッサはグッとサムズアップする。


「では、俺はあいつの動きを止める。動きが止まったら叩き込んでくれ」


「了解っ」


 ブラッドが人間とは思えぬ速度でメアリーに突進し、メアリーはその鋭い牙をむき出しにしてブラッドに襲い掛かる。


 メアリーの牙はブラッドの皮膚を貫いたが、ブラッドはまるで気にせず、メアリーの体を掴んでそのまま羽交い絞めにしようとする。


 メアリーはそうはさせるかと霧になって消え、ブラッドの背後に姿を現した。


「それは予想できる動きだよ、メアリー」


 だが、本来なら見失ったはずのメアリーの側頭部にブラッドの回し蹴りが叩き込まれた。メアリーの体が大きく揺さぶられ、脳震盪に近い症状を起こして、メアリーの体がよろめく。それが攻撃のチャンスだった。


「今だ!」


「おうともよ」


 ブラッドが叫びクラリッサが巨大な金属の杭を射出した。


 杭はメアリーの胸を貫き、心臓を完全に破壊。メアリーが両ひざを地面につく。


「のどが、のどが渇くのだ……」


 メアリーは最後にそう告げるとさらさらと灰になって消えていった。


「哀れな最後だ。こうはなりたくないものだな……」


 その様子を眺めてブラッドがそう告げた。


「これで連続殺人事件は解決?」


「ああ。そうだ。もう被害者はでない。約束するよ」


「けど、これじゃ懸賞金はもらえないね」


「はは。それは申し訳ない」


 クラリッサが肩をすくめるのにブラッドが微笑んだ。


「だが、警察はこれが吸血鬼の灰だと鑑定できるだろう。後は警察に任せるといい。私はそろそろ失礼させてもらうよ」


 ブラッドはそう告げて踵を返した。


「ああ。そうだ。お父さんによろしくと伝えておいてくれ。我々は今もあなたの帰りを待っているということも伝えておいてほしいな」


「うむ?」


 ブラッドは最後にそう告げると、静かに立ち去っていった。


「シャロン。グレンダさんは大丈夫?」


「大丈夫です。命に別状はありません」


「そっか。一応病院に連絡して、警察にことを伝えてくるから待ってて」


「はいであります」


 クラリッサはそう告げると車で病院と警察に向かった。


 病院からは救急車が出動し、警察からは鑑識の警察官たちが現場に向かった。


 鑑識の結果、灰は確かに上級吸血鬼のものであると判明し、この連続殺人事件の容疑者は死亡という形で幕を下ろしたのだった。


……………………

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘シーンは、この小説では、本質ではないのでしょう。 [気になる点] 人狼にとっては、いまだ四天王の一人? [一言] 大陸の組織に比べれば、援軍があった分あっさりと終わりましたね。
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