娘はサプライズパーティーを成功させたい
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──娘はサプライズパーティーを成功させたい
「準備はいいかい?」
「ばっちり」
プールから上がってきて、フィオナがシャワーを浴びている間に、クラリッサたちは小声で打ち合わせをしていた。
何の打ち合わせかと言えば、フィオナの誕生日パーティーの打ち合わせだ。
実をいうと、フィオナは今回の旅行でどのタイミングで自分の誕生日が祝われることをしらないのだ。クラリッサたちがこっそり立てていた計画であり、いわゆるサプライズパーティーなのだ。なのでクラリッサたちはフィオナがシャワーを浴びている間に打ち合わせをしている。
「プレゼント。あんまり大きなのは旅行中に目立っちゃうから小さいのにしたけど大丈夫かな?」
「フィオナはどんなプレゼントでも喜んでくれるよ」
「本来ならそれジョン王太子が言うセリフ……」
クラリッサはフィオナの彼氏気取りだ。
「ところでみんなどんなの用意した?」
「それは本番まで内緒にしておこう」
「でも、被ったら気まずくない?」
「確かに」
クラリッサが少し唸った末にそう告げる。
「私は懐中時計にした。ヘルヴェティア共和国製の奴。最新モデルだよ」
「流石はクラリッサちゃん。金遣いが凄いぜ」
ヘルヴェティア共和国はスキーの出来る山々でも有名だが、時計の生産でも有名で、そのヘルヴェティア共和国製の懐中時計となると最低でも100万ドゥカートはする。クラリッサはそれの最新モデルを買ったので500万ドゥカートは消費したぞ。
「ウィレミナは?」
「う、うん。クッキーの詰め合わせ……。時計に比べるとあれだけど……」
「大丈夫。フィオナは甘いもの好きだから」
ウィレミナは貧乏一家なのでプレゼントに500万ドゥカートも使えない。一箱5000ドゥカートのクッキーの詰め合わせが彼女のプレゼントだった。これでもウィレミナの財布は打撃を受けている。
だが、ウィレミナも自分の誕生日にフィオナからひとつ50万ドゥカートとかいう高級万年筆を送られたりしているので、何も返さないわけにはいかないのだ。ちなみに、その純金が使われた万年筆はもったいなくて、机に仕舞われているぞ。使ってあげよう。
「私は本。フィオナさんが好きそうなミステリー。けど、フィオナさん結構読書家だからもう読んじゃってるかも」
「それは困ったね」
サンドラは本を何冊かピックアップしてプレゼントする予定だった。フィオナは推理小説が好きなのは知っているので、ミステリーを選んである。
そう、フィオナはミステリーが好きなのだ。
アルビオン王国には著名なミステリー作家が何人もおり、世界的に評判が高かった。本来なら淑女のたしなみとして純文学作品を嗜むべきなのだろうが、フィオナはそういうものを読みながらも、あまり淑女としては相応しくないミステリーもこっそり読んでいた。この世界ではまだまだミステリーの価値がフィオナが所属するような上流階級に理解されておらず、人が殺されたりする作品があることから、教育に悪いと思われていた。
そんなわけなので、サンドラはフィオナがこっそりミステリーを楽しめるように、プレゼントにミステリー小説を選んだのだった。サンドラ自身も、この前の文化祭に推理喫茶で推理を楽しんでからミステリーに嵌り出した口で、こっそりと楽しんでいるのが現状だ。推理喫茶はよく許可が下りたものだと思う。
「でも、あらかじめフィオナに探りはいれたんでしょ?」
「うん。あれから新しく読んでないといいけれど」
この世界にはテレビもなければ、ラジオもなく、インターネットなど影も形も存在しないので、上流階級の子女たちの娯楽と言えば小説なのだ。フィオナも本を読むことを楽しんでいる。クラリッサも見習おうな。
中流階級まではまだ識字率も高いので小説は娯楽になりえるが、それ以下となると識字率が怪しくなり小説は娯楽として成立しなくなる。そういう層が楽しむのは、庶民向けの演劇といったところだ。『パンとサーカス』というように食と娯楽がなければ、庶民は最近危険視されている社会主義者たちの扇動を受けるかもしれない。
「大丈夫だよ。気持ちはちゃんと伝わるはず」
「うん。そうだよね」
クラリッサがサンドラを安心させる。
「クラリッサちゃん。レストランの方は?」
「パパがしっかり手を回してくれてる。ケーキもばっちりだよ」
「楽しみ、楽しみ」
クラリッサはリーチオに頼んで、ホテルのレストランで誕生日パーティーができるようにセッティングしてもらっていた。ホテルもグランドロイヤルスイートに宿泊するような客を無下にすることなく、快くパーティーの申し出を引き受けてくれた。
「あ。フィオナさん、戻ってくるよ」
「直前まで内緒だからね」
クラリッサたちはわたわたと散らばる。
「あら? 皆さん、どうなされたのですか?」
不自然に散らばった荷物のせいでフィオナが首を傾げる。
サンドラはベッドわきのテーブルの下を覗き込んでおり、ウィレミナはテラスの方を覗き込んでおり、クラリッサはミニバーを物色している。不自然すぎる。
「ちょっと部屋の中に変わったものが置いてないか調べようと思って」
「そうなのですか。何かありましたか?」
「今はまだ見つからない」
クラリッサはミニバーのお酒を眺め、この銘柄ならストレートでもいけそうだななどと思っていた。クラリッサは酒を飲んだことはないのだが。
アルビオン王国においてお酒は高価な贅沢品。
高価というのは以前にも述べたが酒税が酷く高いのだ。
アルビオン王国で酒税が高いのは様々な理由がある。
ひとつは王国の財政を支えるため。
アルビオン王国は決して貧乏な国家ではないが、魔王軍との戦争が半世紀近く続き、軍事費の出費が続くと財政について考えなければならないというのは当然のことだ。アルビオン王国政府は贅沢品に高い税金をかけて、財政を立て直そうとした。いくら税金が高くても、貴族のパーティーなどで酒はつきものだ。自然と税収は入る。
もうひとつはアルコールが産業効率を下げるという学者の提言だった。アルコールは人を酩酊させ、治安を乱し、さらには労働者たちの労働意欲を奪う。ある学者はそう政府に提言したのである。
魔王軍との戦いが続き、ただでさえ労働力が貴重なのに、その労働力がアルコールによって減少するのは望ましくないと政府は庶民に酒がいきわたらないように酒税を高くした。もっとも、そのような労働者たちはマフィアから安価に酒を買い、結局は酔っ払っているのであるが。意味がないものである。
だが、ここ最近、政府はあまりこの酒税制度が上手くいっているように思っておらず、むしろカレドニアン・ウィスキーのような伝統ある産業を抑圧していると思い始めていた。酒類メーカーからの嘆願もあり、そう遠くないうちに酒税は下がるだろう。
そうなると密輸・密造酒で利益を上げてきたマフィアが打撃を受ける。
そのためリーチオは一刻も早く、ロンディニウム新規開発地区のギャンブル特区化によるカジノ産業へのかかわりを持てるように焦っているのである。
まあ、それはともかく、ミニバーとは言え、それなりにお酒の揃っているグランドロイヤルスイートというのは流石と言えるだろう。もっとも、クラリッサたちがそのミニバーを堪能することはないものの。
「みんな、何か軽くつまんで、何か飲む?」
「お酒はダメだぞ」
「知ってるよ」
ミニバーからそう告げるクラリッサが眉を歪めた。場所が悪い。
「夕食も近いですし、飲み物だけにしておきましょう」
「そだね」
クラリッサはベルを鳴らして、スタッフを呼ぶ。
それからクラリッサたちはテラスでデッキチェアに腰かけ、海を眺めながらのんびりと飲み物を味わった。この時間帯でもまだ砂浜にはリゾート客がいる。
そして、ついに夕食の──パーティーの時間がやってきた。
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クラリッサたちは夕食の時間帯になると行動を始めた。
「フィオナ。ちょっと着替えないといけないから先に行ってて」
「待ちますよ?」
「いいの、いいの。パパが先に来てると思うから合流して、ちょっと遅れるって伝えておいてくれないかな」
「それでしたら」
フィオナをひとりで部屋から出す。
「プレゼント準備」
「準備良しです、隊長」
クラリッサたちはフィオナへのプレゼントを取り出す。
「それでは行こうか、諸君。フィオナをびっくりさせよう」
「おー!」
クラリッサたちは扉を開けて廊下を覗き込むと、既にフィオナが1階に下りたことを確認した。エレベーターは1階を指している。
「よし。ゴーゴー」
「騒がないようにしなくちゃ」
クラリッサたちは抜き足差し足でエレベーターに向かった。
そして、1階。
レストランは海に面した側にある。今は丁度、夕日が沈み始めている時間帯で、シャンデリアが魔道灯の明かりを提供し、テーブルにはムードある蝋燭の火が灯されている。フィオナはリーチオと一緒にテーブルを囲んでいた。
「どのタイミングで渡すの?」
「ケーキが出てきたタイミングで」
ケーキはクラリッサたちが全員席についたら出てくる手はずになっている。
「では、自然にね」
「自然に、自然に」
クラリッサたちはちょっと挙動不審気味にレストランに入る。
「おーい。クラリッサ」
そこで後ろからフェリクスとトゥルーデ、ヘザーが近づいてきた。
「なあ、プレゼントっていつ渡す──」
「しーっ」
うっかりネタバレしそうになるフェリクスをクラリッサたちが制した。
「まだだよ。タイミングは指示するから。フィオナをびっくりさせよう」
「悪い。分かった」
フェリクスはコクコクと頷くと、手に持っていたプレゼントを隠した。
「クラリッサさん。皆さん、どうされたのですか?」
「なんでもないよ、フィオナ。君が美しくて見とれたのさ」
「まあ、クラリッサさんったら……」
クラリッサがさらりと告げるのにフィオナが頬を赤くする。
「では、夕食にしよう」
そして、全員が席についた。
それを合図にレストランのスタッフがカートを押してやってきた。
「今日のスペシャルメニューとなります」
「何かしら?」
フィオナは首を傾げているが、フィオナ以外は目配せしている。
「お誕生日おめでとうございます、フィオナ・フィッツロイ様」
「誕生日おめでとー!」
ドームカバーが外されると、誕生日ケーキが姿を見せた。
“ハッピーバースデー”と書かれたチョコレート細工の乗せられたイチゴと生クリームのケーキである。15本の小さな蝋燭が立っている。
「まあ! これは私のために……?」
「そうだよ。誕生日おめでとう、フィオナ」
クラリッサたちはそう告げて一斉にプレゼントを取り出した。
「ふあああ……。皆さん、もうずるいですわ、こんなサプライズ!」
フィオナはそう言いながらも満面の笑みを浮かべていた。
「さあ、まずは蝋燭の火を消して」
「はい!」
クラリッサが促すのに、フィオナがふうっと蝋燭に息を吹きかける。
縁起がいいことに蝋燭の炎は一斉に消えた。
「誕生日パーティーが2日連続でうんざりしてない?」
「そんなことはありませんわ。父たちとの誕生日パーティーもよかったのですが、やはり友達に祝われる方が嬉しいものですから」
クラリッサが尋ねるのにフィオナが微笑んだ。
「よかった。それじゃあ、みんなからプレゼントだよ」
「どうぞ、フィオナさん!」
クラリッサがそう告げて、サンドラたちがフィオナにプレゼントを渡す。
「本当に嬉しいですわ。本当に……」
フィオナは感動のあまりに流した涙を拭うと、サンドラたちからプレゼントを受け取った。当然クラリッサもプレゼントを渡す。
そして、その日の夕方は過ぎていったのだった。
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