娘は家庭教師と頑張りたい
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──娘は家庭教師と頑張りたい
ピエルトが候補者を集め、マックスがある程度経歴から篩にかけると、リーチオによるクラリッサの家庭教師選び、面接試験が始まった。
「ふむ。優秀な成績で聖ルシファー学園を卒業。オクサンフォード大学に奨学金を得て入学。その後も大学での成績は非常に良好、と」
リーチオが面接会場になるホテルの会議室でそう告げる。
「では、これまでどのような勉強をして、オクサンフォード大学に入学したか教えてもらえるか?」
「はい。大学入試は日々の勉強の積み重ねですので、毎日の授業で予習復習を怠らず、規律を持って勉学に励んできました。大学でも同じように講義の際には予習復習を欠かさず、また分からないところはまずは自分で調べ、それから教授に確認しています。聖ルシファー学園でも同じような形で勉強してきました」
応募者は50名を超えている。
何と言っても報酬が凄いのだ。
この世界の大卒で法律関係の職業を選んだ人間の初任給は18万ドゥカートだ。医者になると16万ドゥカートほどとやや見劣りし、その他の職業を全て合わせて平均で言うと12万ドゥカートほどになる。
対してリーチオは家庭教師の給料に時給35万ドゥカートを提示している。一般的な家庭教師が時給で得られるのは1500ドゥカートほどである。その差が段違いであるということはわざわざ言うまでもないだろいう。
その高額な報酬に惹かれて、苦学生から遊ぶ金が欲しい学生、果ては副業を考えている卒業者まであらゆる人材が集まった。
後はリーチオのお眼鏡にかなうかどうかである。
「教育方針としては自分と同じように?」
「基本的には、ですが、予習復習にもコツがありますし、分からないところはこちからからヒントを与えて考えてもらうようにするつもりです。とにかく毎日毎日しっかり決まった分量の勉強をして、勉強の習慣をつけることが大事です」
あまりクラリッサ向きの家庭教師ではないなとリーチオは面接用紙に印をつける。
「ありがとう。では、次を呼んでくれ」
リーチオはそれから面接を続けた。
「規律です! 食生活から睡眠時間まで規律を持って生活すれば勉学は成就します!」
「大事なのは目標を持つことではないかと。目標を達成したときの達成感は勉強に置いて大きな喜びとなってくれるはずです」
「教育は量より質という言葉が唱えられていますが、私はどちらも大事だと思っています。これは最近の研究でも分かっていることなのですが、人の記憶力は反復──」
面接を続けたのだが、どうもクラリッサに合いそうな家庭教師が見当たらない。
規律とかクラリッサには無理難題だし、目標はクラリッサは既に持っているし、クラリッサは勉強がとても嫌いなので量で勝負するのも向いていない。
「なかなかいい人間がいないな」
「ボスは厳しいですね」
「当たり前だ。大事なクラリッサのためだぞ。これであいつの将来が決まるかもしれないんだ。それは厳しくもなる」
面接に同席しているピエルトが告げるのに、リーチオが鼻息を荒くした。
「でも、残りひとりですよ。そろそろ決めませんと」
「ううむ。最後にいい奴が残っているかもしれない」
リーチオはそう告げて扉がノックされるのに返事した。
「失礼します」
次に現れたのは女子学生だった。
履歴書には現役のオクサンフォード大学教育学部の学生とある。ただ、苦学生なのか、あまり立派なスーツは持っていないようだった。
「グレンダ・ガードナーです。よろしくお願いします」
「ああ。座って」
グレンダが挨拶するのにリーチオが席を勧めた。
「それではグレンダさん。オクサンフォード大学に進学するまではどのような勉強を? またオクサンフォード大学教育学部の成績は良好ですが、どのような勉強方法を実践しておられますか?」
リーチオが酷く真面目にそう告げる。
誰もまさかこれがマフィアの面接だと思いもしまい。ここにいて真面目に面接官をやっている男がアルビオン王国を影から支配する七大ファミリーのボスだとは思いもしないだろう。それほどまでにリーチオは真面目だった。
「これと言って目立った勉強方法はないんです。自由にやってきたので。興味を持ったものはとことん調べる。その過程で様々な物事に触れて、さらに疑問が生まれるのを解消していく。基本的にそんな自由な勉強方法です」
グレンダは少しばつが悪そうにそう告げた。
「ふむ。それでオクサンフォード大学にも合格を?」
「はい。私の場合はいい先生がいましたから。興味を持たせてくれる先生です。先生がきっかけを与えて、私はそのきっかけから勉強を進めていく。1日で全部調べるのは無理だから、結果として毎日毎日の勉強になりますけれど、勉強をしない日もありました。私はその先生のようになりたくて、教育学部を目指したんです」
なるほど。そうリーチオは思う。
この女子学生──グレンダの言っていることはマックスが理想とした勉強方法によく似ている。子供が自分から興味を持ち、他人に縛られることなく、自由気ままに勉強する。教師はきっかけを与え、それを助ける。
「それでは家庭教師としてもそのような勉強方法を推奨しますか?」
「はい。教師は子供を無理やり机につかせ、上から課題を与えてやらせるのではなく、子供とともに、同じ目線で勉強するのが理想です。子供と言うのは自由を好みます。応募にあった中等部3年生ともなれば、自主性が芽生え、なんでも自分でやってみたくなる年齢です。なので、家庭教師としては勉強に興味を持ってもらえるように小説や演劇などのエンターテイメントも利用し、ゲーム感覚で勉強をしてもらえればと思います。子供ってゲームが好きじゃないですか。あれは上から強制されるわけではなく、自分の意志で自由にやれるから好きなんだと思うんですよね。勉強にもそんな風に接してもらえるようになれば、自然と学ぶことが楽しくなってくるはずです」
そこまで告げて、グレンダは少し喋りすぎたと思ったのか言葉を切った。
「ありがとう。とても興味深い話だった」
「では、失礼します」
リーチオが手を振って退室を許可し、グレンダは出ていった。
「今のはなかなかいい感じだったな。クラリッサは目標はあるが、勉強そのものを嫌っている。目標と言うよりも将来の夢だろうが、夢のために勉強を押し付けられていると感じているんだろう。勉強に興味を持つようになれば大きな前進だ」
「でも、大丈夫ですかね。なんだかふわっとした感じでしたけど。自由にやらせてクラリッサちゃんは本当に勉強するようになるんでしょうか?」
「既にクラリッサは自分から勉強がしたいから家庭教師を付けてくれと言ってきてるんだ。そう考えれば最初のステップはクリアしているだろう」
クラリッサは驚くべきことに自分から勉強がしたいと言い出したのだ。まるで天変地異の前触れのようなことである。あの勉強が嫌いで、嫌いで仕方なかったクラリッサが、自分から進んで勉強をしたいと言い出したのだから。
となると、親としては後はその熱意が冷めないように手助けしてやるだけである。家庭卿にしても、無理やり課題を押し付けて、クラリッサの勉強への熱意を冷ましてしまうような人間は避けるべきだろう。
「さて、これからどの家庭教師がいいか。面接の結果を吟味するぞ」
「本当にボスはクラリッサちゃんのことが大事なんですね。当然ですけど」
それからリーチオとピエルトはどの人物がクラリッサの家庭教師に相応しいのか議論を重ねた。途中からマックスも参加し、マフィアどもは家庭教師選びを、どの人間を吊るすか話し合った場所で話し合った。
結果として──。
「決まりだ。このグレンダ・ガードナーにしよう」
選ばれたのはグレンダだった。
「ふう。ようやく決まりましたね。後は実際にクラリッサちゃんに会ってもらわないと。人間って相性がありますからね」
「そうだな。クラリッサに会わせよう。気が合うといいんだが」
そういうわけで、グレンダとクラリッサを会わせることになった。
果たしてふたりは気が合うのだろうか?
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グレンダは面接の次の週の初めにリーチオの屋敷を訪れた。
「おお。立派なお屋敷」
グレンダはこの土地の高いロンディニウムにおいてこんなに広い屋敷が持てるものなのかと思いながら、屋敷前の警備員──リベラトーレ・ファミリーの構成員に用件を伝え、正門が開かれると屋敷の中に進んだ。
「よく来てくれた」
屋敷の中ではリーチオが出迎えてくれた。
「こちらこそありがとうございます。ところで、何とお呼びすれば?」
「好きなように呼んでくれ。娘に会う前に聞いておきたいことは?」
「それではリーチオ様。お嬢様の苦手な分野についてお聞きしていませんでしたが」
「ああ。外国語と歴史、それから国語が苦手だ。文系はあまり得意じゃない。逆に数学と理科は驚くほど成績がいい」
グレンダが尋ねるのに、リーチオがそう告げて返した。
「なるほど。私も文系科目は苦手だったので上手く教えてあげられると思います」
「それは心強い。だが、娘はちょっと気難しくてな。まずは気が合うか確かめてもらえるか。特別無口というわけじゃないんだが、家庭教師に苦手意識があるみたいでな」
「分かりました」
そして、リーチオとグレンダはクラリッサの部屋に向かう。
「クラリッサ。家庭教師が来たぞ」
「はーい」
リーチオが扉をノックして告げると、クラリッサが姿を見せた。
「女の人?」
「そうだ。オクサンフォード大学教育学部の学生さんだ。まずは話してみなさい」
てっきり男の人が来ると思っていたクラリッサが首を傾げる。
「それじゃあ、入って、入って」
「失礼します」
クラリッサは自室にグレンダを案内する。
クラリッサの自室は広い。
クイーンサイズのベッドが置かれ、窓際には椅子とテーブルが置かれ、すっかりインテリアの一部になったピアノが置かれている。本棚は一応あるものの、どの本も埃を被っている。まるで読んだ形跡がない。
それから勉強机と思しき机。教科書やノートが散乱している。
「そこに座って」
「はい」
クラリッサが窓際の椅子を指し示すのに、グレンダが腰かけた。
「私はクラリッサ・リベラトーレ。あなたは?」
「グレンダ・ガードナーです。さて、何から話しましょうか」
自己紹介を終えるのに、グレンダが部屋の中を見渡した。
「立派なお部屋ですね」
「ん。普通じゃない? そんなに珍しいものはないよ。本当は私も鹿の剥製とか飾りたいんだけどな。パパがそういうのは早いっていうんだ」
この土地が馬鹿みたいに高いロンディニウムにおいてこのサイズの子供部屋はそれだけで珍しいということをクラリッサは認識していない。このぐらいは普通のことだと思っている。クラリッサはこの街の他の子供部屋を見たことがないのだ。
「鹿の剥製と言えば、面白い話がありますよ。はるか17世紀のこと。ジェームズ1世がカレドニア国王としてアルビオン王国のノルマン宮殿に運ばせた最初の品が鹿の剥製だったんです。けど、輸送途中で剥製は行方不明に。それから100年後の18世紀に何とその鹿の剥製がフランク王国で見つかったんです。フランク王国はその当時、共和派と王党派で争っていて、鹿の剥製を見つけたのは王党派だったんだけれど、それから共和派に奪われ、また奪還しての繰り返し。結局、ノルマン宮殿にジェームズ1世の鹿の剥製が届いたのは、ジェームズ1世がアルビオン王国国王になってから120年後のことになってしまったのです。今でもどうしてアルビオン王国国王の鹿の剥製がフランク王国に渡ったのかは分かっていません」
「へえ。その話の教訓は引っ越しの時は大事な品は自分で運ぼうってことだね」
グレンダが話し聞かせるのをクラリッサは興味深そうに聞いていた。
「そうだね。大事な品は人任せにしない。このような引っ越しにまつわる珍事件は他にもあってね。聞いてみたい?」
「是非」
クラリッサが興味を示すのに、グレンダは教科書には乗っていない歴史上の珍事件をいろいろと紹介していった。それからさらりと歴史的背景を語るのも忘れずに。
「歴史って面白いでしょ?」
「うん。面白い。今までもパールさんたちに歴史の小説を読んでもらったりしたときは楽しかったけれど、教科書はつまんないもんね」
グレンダが尋ねると、クラリッサは頷いた。
「教科書は必要最小限のことしか書いてないから。教科書だけじゃ、歴史は理解できないし、面白いとも思えない。確かに教科書の内容を全部覚えればテストではいい成績が取れるだろうけれど、そんな勉強は退屈だって思うでしょ?」
「そうだね。教科書を丸暗記なんてぞっとするよ」
クラリッサは机の上に広げられている教科書を見て身震いした。
「じゃあ、今日からは変わった勉強方法を試してみよう。クラリッサちゃんって呼んでもいい? それともお嬢様がいい?」
「クラリッサちゃんでいいよ。私もグレンダさんって呼ぶから」
「それじゃあ、今はどこら辺を勉強しているのかな?」
「ルネサンス時期の歴史」
「そうか。それじゃあ──」
その日からグレンダとクラリッサの勉強が始まった。
クラリッサの希望で基本は予習復習。文系科目を重点的に。
グレンダはクラリッサに様々な小話を交えて歴史や外国語について教え、クラリッサは段々勉強に興味を抱くようになっていった。
それからクラリッサは小テストでもいい成績を出すようになり、順調に苦手教科を克服し始めた。これならば期末テストの成績も期待できるだろう。
よかったね、リーチオ。家庭教師選びは大正解だよ。
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