父は娘の家庭教師を選びたい
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──父は娘の家庭教師を選びたい
「──というわけで、マルセイユ・ギャングに侵入したうちの構成員からの報告とフランク王国の国家憲兵隊の報告によると、アナトリア帝国から流れ込むアヘンの量は増えているそうです。またマルセイユ・ギャングの拠点であるマルセイユとフランク王国の植民地であるチェニェスのふたつでアヘンをヘロインに精製する工場が稼働しているようです。工場の摘発はまだ行われていませんし、場所も不明なので不確かですが」
「アルビオン王国国内にヘロインが流入した形跡はありません。今のところ、末端の売人を締め上げたり、買収したりしていますが、ヘロインを取り扱ったという売人はひとりとしていません。まだヘロインはフランク王国からアルビオン王国には流入していないものと思われます」
そう報告するのはピエルトとファビオのふたりだ。
場所はリーチオの書斎。
この会合の参加者はリーチオ、ピエルト、ファビオ、そしてマックスの4名だ。
「ヘロインは毒性が高い。流入はなんとしても阻止したい。これからも売人を監視し、ヘロインに手を出すようならまずは左手首を切り落とし、次に手を出したら吊るせ。リベラトーレ・ファミリーはどうあろうとヤクは扱わないということを思い知らせろ」
「畏まりました、ボス」
ベニートおじさんという武闘派の中の武闘派が引退したのちも、リベラトーレ・ファミリーは薬物取引には攻撃的だった。
それもそうだろう。ここにいるマックスは明らかに政府情報機関の人間だとリーチオは目星をつけている。そして、その狙いはリベラトーレ・ファミリーを含めた七大ファミリーによる麻薬戦争の推進だ。
それが果たされなければ、マックスは最悪リーチオを魔族として告発するだろう。
「アルビオン王国へのヘロインの流入ルートで考えられるのは?」
「遠洋漁船への瀬取りでしょうか。カレーを押さえ、ドーバーを始めとする主要な港は我々の影響下にあるので、港で堂々とヘロインを扱ったりすることはできないはずです。となると、外洋で荷物を移し替えて、こっそり運び込むというところでしょう」
港から港に直接ヘロインは運べない。
となると、外洋で荷物を受け渡し、そしてアルビオン王国に密輸するということが考えられた。遠洋漁船にヘロインを隠してしまえば、誰にも気づかれることなく、ヘロインはアルビオン王国に入り、薬物取引組織は利益を上げるだろう。
「厄介だな。やはりどうあっても港の動きを監視するしかなさそうだ。不審な積み荷を扱っている連中がいたら、即座に我々が把握できるのが望ましい」
こういうことは本来警察の仕事である。だが、警察は当てにならない。警察は買収されていたり、給与不足で職務熱心ではなかったりするため、ヘロインがアルビオン王国に上陸しようとしまいとどうでもいいのだ。
それに警察の力では、アルビオン王国の主要な港に監視の目を張り巡らせることは不可能だったし、薬物密輸について予想を立てることもできなかった。
故にアルビオン王国への薬物流入を阻止するためには、暗黒街を取り仕切るリベラトーレ・ファミリーが動くよりほかなかった。蛇の道は蛇に。同じ暗黒街の住民と渡り合うのは、暗黒街の住民が戦うのがもっとも適切だった。
マックスも──マックスの本当の上司(アルビオン王国王立軍事情報部か北ゲルマニア連邦内務省国家保安本部か)も同じことを考えて、この魔王軍の影がちらつく麻薬戦争に七大ファミリーを参加させたのだろう。
意図がどうあれリーチオは少なくとも今は協力するつもりだった。
リーチオとクラリッサが平穏に暮らすためにはこれしか方法はないのだから。
「さて、薬物流入も問題だが、ロンディニウムの新規開発地区の方はどうなっている? 議員どもは法案にそろそろ賛同しそうか?」
「反対派の議員のうちの何名かはこっちのハニートラップに引っかかって、脅迫できるようになったんですけれど、他はガードが堅いですね。政治家なんて叩けば埃が出るものなはずなんですけれど、なかなか脅迫のネタに使えそうなものは」
ピエルトはリーチオの命令でカジノ法案に反対する議員のスキャンダル探しを行っていたが、なかなか使えそうなネタは見つからない。
地球ならば選挙資金などの点でいくらでもスキャンダルが見つかりそうなものだが、この世界の選挙は確かに当選を競うものであるものの、貴族たちがほぼ無償で引き受ける名誉職という側面があった。
貴族ではないブルジョワ層の議員は当選して、自分たちのさらなる金儲けのために有利な法案を通そうとするが、貴族はアルビオン王国の名誉のために政治を行う。そして、貴族に取って議員職は無報酬であったとしても、別に収入があるので困るわけでもなく、無理をして選挙資金を集める必要もない。
そして、カジノ法案に反対しているのは、そういう貴族の議員であった。貴族の議員というのは決まって保守派で、新しいことには慎重になる。そんな彼らにカジノ法案などという刺激物が受け入れられるかというと、それは全くあり得ない話だった。
醜聞を探そうにもカジノ法案に意欲的に反対している貴族議員たちは、アルビオン国教会の教えを守って清貧に暮らしており、金銭関係のスキャンダルもなければ、女性関係のスキャンダルもない。
ピエルトは強引にスキャンダルを生み出そうと、娼婦を使ってハニートラップを仕掛けたが、引っかかったのは僅かな数の議員に過ぎなかった。
このままでは長期戦となり、逆にマスコミがカジノ法案賛成派の議員とマフィアの癒着を暴きかねない。その前に法案を通し、決着をつける必要がある。
「ロンディニウムの新規開発地区の開発開始は6年後だ。その前に市議会で法案を通過させ、その後の審査を通過しなければならない。法案を通すだけで終わりじゃない。法案通過後に行われるカジノ事業者の許可証を得るための審査も通過しなければならん。6年というのは長いようで短いぞ」
リーチオはため息混じりにそう告げる。
カジノ法案はカジノを合法化するためのものであるが、誰でもカジノ事業に参入していいわけではなかった。カジノ法案ではカジノ事業者への許可証の配布について定められており、それを得なければカジノはできない。
審査は特別に編成される委員会──市議会と国会の議員たちからなる合同委員会が行い、カジノ法案が定めた基準をクリアしているかどうかが審議される。
もちろん、リベラトーレ・ファミリーはカジノ法案を立案時から手助けしている。カジノ法案が通過すれば、ほぼ確実に審査は通過するだろう。だが、ここでも保守派の議員たちが問題になってくる。彼らが委員会に加わるならば、犯罪組織であるリベラトーレ・ファミリーについて調べ、許可を与えないということも考えられた。
もちろん、リーチオはリベラトーレ・ファミリーの名前を掲げて、カジノ事業者の許可証を得ようなどと言う馬鹿なことは考えていなかった。彼はダミー会社を準備し、その会社が許可証を得ることによって、リベラトーレ・ファミリーのカジノ事業参入を目指していた。ちなみにそのダミー会社の準備をしているのが、ピエルトとベニートおじさんの息子だ。ベニートおじさんの息子は弁護士として、ダミー会社を法的に掃除していた。
「マックス。国会にギャンブル禁止法案が提出されるのは阻止できたか?」
ここでリーチオはマックスにそう尋ねた。
「はい。ギャンブル禁止法案が通過すれば、競馬などの分野においても支障が生じます。そのことを周知して、法案が提出されないように圧力をかけました。それから法案提出の動きはありません。もし、仮に法案が提出されたとしても否決されるでしょう」
「それは結構だ」
マックスが味方であってよかったと思えるのは、この政界への強力なコネだ。
恐らくはマックスが本当に所属している組織のコネなのだろうが、国会にまで確かなコネがあるというのは心強い。リベラトーレ・ファミリーとしても、マックスの目的に沿って動いているのだから、これぐらいの見返りはあっても悪くはないだろう。
「次は市議会を動かすぞ。反対派をどうにかして押さえ込み、カジノ法案を成立させる。ピエルトは引き続き、スキャンダルの側面から当たれ。マックス、お前はうちとコネのある新聞社を使ってスキャンダルを周知させろ。反対派のスキャンダルが大きく取り上げられれば、反対派も勢いを失う」
「畏まりました、ボス」
リベラトーレ・ファミリーの利用できる新聞社は4社ほどある。タブロイド紙から一流紙まで。報道の自由を金で売り渡した連中だ。利用しなければ損だろう。
「ファビオ。お前はヘロインの密輸について専念しろ。カジノ法案もリベラトーレ・ファミリーのこれからにとっては大事だが、アルビオン王国がヤクにまみれたら何の意味もない。カレー支部を有効活用し、ヘロインに手を出した奴には思い知らせろ」
「はい、ボス」
リーチオはファビオたちに命令を出し終える。
「話題は変わるが、ピエルト、お前に前、オクサンフォード大学を卒業したうちの傘下にある人間のリストを作らせたよな?」
「ええ。作りましたよ。それがどうしたんです?」
「クラリッサがまた家庭教師を頼みたいと言った。自分からだ。自分から勉強がしたいとあいつが言ったんだ。だから、俺としては優秀な人材を家庭教師につけてやりたいと思っている。父親としては当然のことだろう?」
「おお。クラリッサちゃんが自分から勉強を?」
クラリッサの勉強嫌いはピエルトも知るところだった。
期末テストの時期になると唸りながら屋敷の中をうろうろしているクラリッサを見かけたし、宝石館でも教科書を前にでろんと伸びているクラリッサの姿が見かけられた。最近では成績も上がって、なんと自動車を買ってもらったというから、勉強は嫌いでも成績はそこまで悪くないのだろうとピエルトは思っていた。
しかし、自動車は羨ましいピエルトだ。自動車があれば意中の女性をドライブに誘える。結婚願望を未だに捨てきれないピエルトには魅力的なのだ。
まあ、それは置いておいて、クラリッサの家庭教師だ。
「どんな人間が家庭教師には向いていると思う? クラリッサはよくよく宝石館で勉強を教えてもらっているから女の家庭教師の方が気が合うのかもしれん」
「うーん。どうでしょうね。学歴だけだと男の方がいいのが多いんですが。クラリッサちゃんの向き不向きを考えると、確かに女性の方がいいかもしれませんね」
クラリッサは夏休みの宿題も、期末テストの勉強も、宝石館でサファイアやパールに見てもらっている。クラリッサは男性の家庭教師に教わるよりも、女性の家庭教師に教わる方がいいのかもしれない。
「家庭教師は教えるが、勉強をする意欲を持つのはクラリッサ自身だ。クラリッサ自身がもっと勉強したいと思えるような家庭教師にしなければならない。スパルタな家庭教師は向いてないだろう。子供の好奇心を引き出せるような人材がいいな」
「そうですね。クラリッサちゃんが勉強に興味を持てば、勉強の効率も上がるし、何より勉強を嫌いにならないはずです」
リーチオとピエルトが真剣に家庭教師について語るのに、先ほどまでヤクの売人の腕を切り落としたり、議員の醜聞を集めたりする話をしていたファビオとマックスが何とも言えない表情をしていた。ギャップが大きすぎる。
「マックス。この中ではお前が一番学がある。どういう人間が家庭教師に向いているとお前は考えている?」
リーチオは大学になど行っていないし、ピエルトは大学を中退しているし、ファビオはスラム街の育ちである。ミュンヘンで大学を卒業して、検事にまでなったマックスがこの中ではもっとも教育を受けている。
「おっしゃるように子供の好奇心を引き出すような家庭教師がもっとも適切でしょう。子供が勉強を嫌うのは興味がないからです。面白くない、堅苦しい、宿題と言うノルマがある。そういうものが子供から勉強への興味を奪います。逆に子供が興味を持って楽しむのはゲームです。子供は様々なゲームに興味を示し、勝とうとします。ゲームは面白いという印象があり、自由にやれて、ノルマはありません。そう考えるならばまるでゲームのように勉強を表現できる家庭教師ほど優れているのではないでしょうか」
マックスはそう彼の教育論を語った。
「マックスさんも好奇心で勉強を?」
「私の場合は将来の夢のためでしたね。検事になって悪い連中を取り締まる。そういう夢があったから勉強は苦ではありませんでした。ですが、クラリッサさんは既に夢はお持ちでしょう。それでも勉強が苦だとおっしゃるなら、家庭教師の手で勉強に興味を抱かせるしかありませんね」
ピエルトが尋ねるのに、マックスがそう返した。
「貴重な意見に感謝する、マックス。確かにそういう家庭教師がいいだろう。ピエルト、もう一度リストを作って、俺のところに持ってこい。俺が面接をして、どの家庭教師がいいかを判断する。報酬は普通の家庭教師の100倍は払うと言っておけ」
「クラリッサちゃんのために頑張りますよ」
というわけで、リーチオとピエルトの家庭教師探しが始まった。
ピエルトはクラリッサの志望校であるオクサンフォード大学を中心に家庭教師を募集した。ケンブリッジ大学やセント・アンドリュー大学、ロンディニウム大学などの在校生や卒業者を集めて、家庭教師を選ぶことになった。
果たして選ばれるのはどのような家庭教師なのだろうか?
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