娘は中等部最後の生徒会解散を祝いたい
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──娘は中等部最後の生徒会解散を祝いたい
「パーティーするよ」
「唐突すぎないかい、クラリッサ嬢」
クラリッサがそう告げるのは生徒会室。
新入生歓迎パーティーが終わり、前期の予算編成も終わり、後は次の生徒会に仕事を引き継ぐだけになった生徒会で、クラリッサが唐突なことを言い出した。
もっとも、クラリッサは仕事のほとんどをさぼったものの。
「それでパーティーとは?」
「生徒会解散パーティーだよ。今回は私が主催する」
そうである。
中等部3年になり生徒会も解散。
全ての仕事は終わったので、後は引き継ぎをするだけである。それもジョン王太子とフィオナがやってくれるので、クラリッサにしてみれば、事実上生徒会の仕事は終わったも同然である。本当に仕事しないな、この娘。
まあ、そんなわけで今年で中等部におけるクラリッサたちの生徒会活動もお終い。中等部3年は生徒会選挙には立候補できないので、前回のなんちゃって解散と違って、正真正銘の解散だ。少なくとも高等部で同じ面子が立候補しない限り。
「ド派手な解散パーティーにしよう。各委員会の委員長や各部活動の部長を招いて、我々生徒会がいかに立派なものだったのかを知らしめよう」
「知らしめようって。クラリッサ嬢、君は現在進行形で何もしていないぞ」
クラリッサは知らしめられるような仕事をしていない。
「そんなことはない。学園におけるギャンブル合法化の功績や聖ルシファー学園との合同体育祭の開催など私のやってきたことは誇るべきものだ。全ての人々がこのことを知っておくべきであると思うな」
「……クラリッサ嬢。何を考えているのかな?」
クラリッサが得々と語るのに、ジョン王太子が訝しむような視線を向けた。
「……パーティーとはすなわち選挙活動なのだよ。パーティーを制するものが選挙を制する。各方面から来賓を招き、それを丁重にもてなすことによって、その支持基盤は固まるのだ。よって、私はパーティーを制して、高等部における生徒会選挙で優位に立つ」
確かに政治家とパーティーは切っても切れない関係だ。
選挙資金集めのパーティー。支持基盤を固めるためのパーティー。そういう様々なパーティーを政治家はこなし、当選して、政治の世界に踏み込んでいくのである。
クラリッサもリベラトーレ・ファミリーの支援を受けている政治家を大勢見てきたので、そういうことには詳しくなったぞ。もっとも、その政治家が実際にどのような政策を掲げているのかはさっぱりであったものの。
「クラリッサ嬢。そんなに大きなパーティーは開けないよ」
「そんなことはない。金と暴力があればできないことなんてないんだ」
「んんん。君は学園で何を学んだのかな?」
クラリッサ・リベラトーレ著『選挙で大切なことは全てベニートおじさんから教わった』。好評発売中、なわけがない。
「とにかく、委員会の委員長たちと部活動の部長たちを集めるよ。彼らの支持を取り付けておけば、高等部における私の選挙戦が優位に進む」
「あの、高等部の生徒会選挙には私も立候補するつもりなのだが」
「諦めて」
「諦めないよ」
無下に却下するクラリッサと徹底抗戦の構えに入ったジョン王太子。
「また流血沙汰になるよ?」
「脅しには屈しないよ、クラリッサ嬢。それに流血沙汰になるとまた君の得票率が下がるんだからね。前回の選挙で懲りたと思ったんだが」
確かに流血沙汰になると、クラリッサの責任が追及され、クラリッサの支持率が下がるのだ。ジョン王太子はどこまでもクリーンに選挙戦を進めているために。
クラリッサも見習おうね!
「じゃあ、私が勝手に生徒会解散パーティーを開く。ウィレミナは来てくれるよね?」
「んー。いいのかなー?」
「私が生徒会長になったら陸上部の予算は2倍」
「よし。出席しよう」
ウィレミナもかなりお金にはよわよわだぞ。
「フィオナも来てくれる?」
「はい。パーティーは楽しいですからね」
フィオナは状況をよく分かっていないぞ。
「クリスティンは……来なくてもいいよ」
「うがーっ! 私をはぶろうとするな!」
クラリッサはクリスティンの方を向き、視線を逸らした。
「クリスティンもパーティーに参加したいの?」
「そうですね。選挙云々は置いておいて、この5人で生徒会を頑張ってきたわけですから、お祝いぐらいはしたいですよね。会費はいくらぐらいからにしますか?」
「会費はいらないよ。私の奢り」
「そういうわけにはいきません。こういうのは貸し借りなしにしなければ。お金関係のやり取りは人間関係のトラブルになりがちです。そうですね。ケータリングのパーティーセットが2500ドゥカートで飲み物が5人で1000ドゥカートと考えると、ひとり700ドゥカートの会費でいいかと思うです」
どこまでも真面目なクリスティンであった。クラリッサも見習おう。
「ちっちっちっ。そんなちゃちなパーティーにはしないよ。プラムウッドホテルのレセプションホールを貸切って、盛大にやるんだ」
「な、なんですか、それは! 生徒会の予算からはお金を出しませんよ!」
「うん。私が出すし」
クリスティンが驚くのに、クラリッサがさらっとそう告げた。
「そのようなものは認められません! アルビオン王国貴族たるもの質素堅実に生きるべきです! そうですよね、会長!」
クリスティンがそう告げてジョン王太子の方を見ると、ジョン王太子はそっと視線を逸らしていた。
「会長?」
「前年度の生徒会でも解散パーティーはプラムウッドホテルでやったんだよ。そのときはジョン王太子の奢りだったけど」
「なっ……」
クラリッサが説明し、クリスティンはジョン王太子を見つめた。
「軽蔑しました。クラリッサさんならともかく、会長がそんな方だったなんて」
「い、いや。せっかくの解散パーティーだし、思い出に残るようにしたいじゃないか」
そして、ジョン王太子は支持者をひとり失った。
「それでは決まりだね。プラムウッドホテルで解散パーティー。今から招待状作るから手伝って、ウィレミナ」
「ほいほい。その代わり予算の方、頼みますよ?」
「任せろ」
クラリッサとウィレミナは悪い笑みを浮かべていた。
「政治的癒着の空気を感じるのです……」
頑張れ、クリスティン。将来は汚職を裁く裁判官を目指すんだ。
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生徒会解散パーティーはクラリッサの予定通り、委員会の委員長と部活動の部長たちを招いたものになった。
場所はプラムウッドホテルのロイヤルレセプションホール。プラムウッドホテルでももっとも優雅なレセプションホールである。
「招待状をご確認いたします」
招待客には招待状が配られ、それがホテルのスタッフによって確認される。
「この角度でいいですか?」
「うん。ばっちり」
そして、招待客がホールに入る前に、クラリッサたちは飾りつけを行っていた。行っていたといっても実際に作業するのはホテルのスタッフで、クラリッサたちはその出来栄えを確認するだけなのであるが。
「しかし、豪勢なパーティーなのです……。よくこんな場所を貸切るだけのお金がひとりで出せましたね……」
「パパに頼めば余裕だよ」
訝しむクリスティンにクラリッサがそう告げて返した。
今回もパーティーの予算を出したのはリーチオである。
彼は娘が生徒会を頑張ったようだから、解散パーティーのためのお金を出してくれたぞ。プラムウッドホテルとはもともと癒着関係にあるし、割引も効くので、ポンと700万ドゥカート出してくれたのだ。
そのおかげでクラリッサは最高級の会場を選べ、そして楽団付きで生徒会解散パーティーを執り行うことができたのである。
「しかし、贅沢はよくありません。今後こういうことは控えるべきです」
「そんなこと言わないの。持ってる人がお金を使わないと、経済は回らないんだよ?」
「む。確かにそうですが……」
アルビオン王国貴族はアルビオン国教会の教えである清貧に生きるべきという信条に従っているものが少なくないため、あまり贅沢をしない。クリスティンの家も、派手なパーティーや高額な贈り物は避けるようにしている。
だが、全ての貴族がそうあるわけではない。
中にはその収入から自動車を購入するような貴族もいるし、プラムウッドホテルでド派手なパーティーを行う貴族もいるし、競馬の馬の育成に大金を注ぎ込む貴族もいる。
確かにアルビオン国教会は清貧に生きることをよしとしているが、倹約に倹約を重ねてお金を貯め込んでしまっては、経済は回らない。ここはアルビオン国教会が推奨するように額に汗を流してお金を稼ぎ、そしてそれを使って経済を回さなければ。
ロマルア教皇国のロマルア正教の教えと違って、アルビオン国教会は働いて稼ぐことを罪とはしていない。むしろ勤勉に働くことをよしとしている。ならば、稼いだお金を使うというのもよしとされるべきだろう。
宗教は次第に影響力を失っているが、文化と精神に確かに根付いている。だが、いつまでも大昔に定められた教えに従っていては、現代の経済は回らないのである。
さあ、腹いっぱいたべようではないか。
「クラリッサちゃーん。こっちの準備はオーケーだぜー」
「クラリッサさん。もう招待客の方々がいらっしゃっていますわ」
そして、それぞれの担当を果たしていたウィレミナとフィオナが戻ってきた。
「よし。それでは始めようか。……ジョン王太子は?」
「あれ? さっきまでそこにいたのに?」
レセプションホールから忽然とジョン王太子が姿を消していた。
「殿下でしたら招待客の方々に挨拶していましたわ」
「む。あれだけパーティーに反対していながら勝手に政治利用するなど」
「い、いえ。ただ挨拶をされているだけですわ」
挨拶も政治活動だぞ。
「ウィレミナ。招待客の人たちを中に案内して。パーティーを始めるよ」
「オーケー!」
ウィレミナは元気よくレセプションホールの扉を開く。
「お待たせしましたー! 今から生徒会解散パーティーを始めます!」
ざわざわと廊下が騒がしくなり、招待客が一組ずつ入ってくる。
クラリッサは彼氏彼女同伴可としたので、お相手がいる招待客はパートナーを連れてレセプションホールに入ってくる。
「サンドラちゃん! ようこそ!」
「また豪勢なパーティーだね、ウィレミナちゃん」
サンドラも魔術部部長として招待されていた。
「では、生徒会副会長より解散に当たっての挨拶があります」
クリスティンがそうアナウンスし、クラリッサが壇上に上がる。
「この度は生徒会解散パーティーにいらしていただき、誠にありがとうございます。我々が生徒会になってからギャンブルは合法化され、また聖ルシファー学園との合同体育祭が行われるなど様々な行事があったことは記憶に新しいかと思います」
本来、ここでこういう挨拶するべきジョン王太子は今回はパーティーの主催者ではないので引っ込められている。もう抵抗するのも諦めたのか、フィオナの隣で彼女と小声でお喋りをしていた。
「部活動の活躍も目立ってきており、魔術部の大会優勝はロンディニウム・タイムスにまで記事が掲載されました。我々王立ティアマト学園の活躍は外に広がり、王立ティアマト学園の名誉は高まることでしょう」
クラリッサは挨拶を続ける。
「このまま勝ち続けるなら高等部の生徒会選挙ではこの私に清き一票をお願いします。この私が王立ティアマト学園をさらに活躍させましょう。王立ティアマト学園の未来を思うのであれば、高等部の生徒会選挙でクラリッサ・リベラトーレとお書きください」
こうなると完全に選挙活動である。
「それでは皆さん。パーティーを楽しんでいってください」
そう告げてクラリッサはにこりと笑った。
「王立ティアマト学園に乾杯!」
「王立ティアマト学園に乾杯!」
盛大な乾杯の音頭が取られ、会場は一気ににぎやかになった。
楽団が音楽を奏で始め、音楽に合わせて男女が踊る。
食事を楽しむこともできる。このプラムウッドホテルの料理は一流であり、視覚から嗅覚、そしてもちろん味も楽しませてくれる。
フィオナはジョン王太子とダンスを行い、ウィレミナはここぞとばかりに美味しそうな料理に舌鼓を打っていた。
「あれ? クリスティン、パーティー楽しんでない?」
「そんなことはないです。楽しんでるですよ」
クラリッサがひとりでぼーっとしているクリスティンを見かけて声をかけるのに、クリスティンはそう告げて返した。
「今日はフェリクスはいないからね。一緒には踊れないね」
「べ、別にだからといって寂しく思っているとかそういうことは……」
クラリッサの言葉にクリスティンは頬を赤くする。
「なら、私と踊ろっか?」
「え? あなたとですか?」
クラリッサが提案するのにクリスティンが首を傾げた。
「私とフェリクスって背丈同じくらいでしょ? フェリクスと踊るときの練習だと思って一緒に踊ってみない?」
「それもそうですね……。いいかもしれません!」
クリスティンはそう告げて立ち上がった。
「それでは踊りましょう、お嬢様」
「どうしてそんなにきざな態度を取るんです?」
そういいながらもクリスティンはクラリッサとのダンスを楽しんだ。
頑張れ、クリスティン。いつかフェリクスと踊れる日が来るぞ。
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