娘は友達とドライブしたい
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──娘は友達とドライブしたい
クラリッサは自動車の燃料を満タンにすると意気揚々とストーナー家のタウンハウスを目指して車を発進させた。
公道を法定速度を守って進み、クラリッサの自動車はサンドラの家の前についた。
そして、クラリッサがクラクションを鳴らす。
「クラリッサちゃん!?」
屋敷の扉が開いて、サンドラが驚いた表情を浮かべて現れた。
「ヘイ、そこの美少女。一緒にドライブしないかい?」
「うわー。本当に自動車、買ってもらったんだ。凄い!」
クラリッサが運転席から告げるのにサンドラが感嘆の声を漏らした。
「20馬力だよ。出そうと思えば時速50キロまで出せる。さあ、乗った乗った」
「うん!」
サンドラにとって自動車は初めての経験だ。楽しみである。
「では、郊外まで行ってみようか」
「おー!」
そして、クラリッサたちはドライブに出発。
「おー。確かに馬車よりも早いね。それになんというか迫力があるよ!」
馬車の客車は基本的に前は見えない。通り過ぎていく光景を横の窓から眺めることはできるが、自動車のように前がフロントガラスとなっており、進んでいる光景を正面から眺めることはできないのだ。
サンドラは時速20キロとは言えど馬車を追い越していく迫力ある光景におっかなびっくりしながらも見つめていた。このクラリッサの自動車は最新モデルでサスペンションも比較的しっかりとしている。揺れは少ない。
「どう? なかなかいいでしょ?」
「そうだね! こんな体験初めてだよ!」
クラリッサがどや顔で告げるのに、サンドラが頷いて返した。
「郊外に出たら飛ばすからね。街中は法定速度がうるさいから」
「まだ速度出るの?」
「もち」
今でもかなりの迫力なのにこれ以上速度がでるとはとサンドラは驚いた。
クラリッサとサンドラを乗せた自動車はロンディニウム市街地を抜け、郊外に出た。かつてロンディニウムには城壁があり、それが都市と郊外を隔てていたが、40年前の都市計画で城壁は治安の悪化と交通の障害となるということで取り除かれ、今ではかつての城壁のあった場所は道路になっていた。ロンディニウム環状線である。
市街地を出るとそこは田畑の広がる田園地区になっている。
郊外まで出ると道路の舗装はなく、がたごととした揺れが強まる。
だが、ここまで出れば法定速度の制限はない。法定速度が定められているのは、市街地の公道であり、郊外では今はまだ速度制限はない。郊外という名の田舎では、人通りも少なく、馬車もあまり走っていないため、制限する理由がないのだ。
「郊外まであっという間だったね」
「ここから飛ばすよ」
「おー!」
クラリッサはアクセルを踏み込み、速度を上げる。
「うわっ! 速いし、ゴトゴトする!」
「これはこれでいいものだ」
速度計がグーンと速度の上昇を示すのにサンドラとクラリッサがそれぞれ告げる。
「風が気持ちいね」
「うん。これはいい」
郊外はロンディニウム市街地の蒸気機関の煤や馬糞で汚染された空気と違って、空気が澄んでおり、そこを颯爽と走り抜ける自動車に乗っているサンドラに感じられる風はどこまでもさわやかなものであった。
「おっと。そろそろガス欠だ。ガソリンを補充して、街に戻ろう」
「もう終わりなの?」
「私ももっと走り回りたいけど、これってあんまり長距離は走れないんだ」
サンドラがちょっと不満そうに告げるのに、クラリッサは自動車を降りて、積み込んであった予備のガソリンを燃料タンクに補充し始めた。
「けど、ふたりしか乗れないなんてもったいないね」
「しょうがないよ。まだまだ自動車を大きくできるほど技術力がないもん」
車を大型化するとそれだけ重量が増えるし、そこに人間が乗るならばさらに重量が増える。そして、エンジンへの負担はそれだけ増すのだ。
今は内燃機関がまだまだ開発されたばかりで、そこまでの馬力は発揮できない。内燃機関が発達するには、この世界で主流と見なされている蒸気機関が見直され、さらに高精度の工作機械とその工作機械の普及を待たなくてはならないだろう。
つまり、4ドアの自動車で4人でドライブを楽しめるのはまだ先ということだ。
「クラリッサちゃんはもうお父さんとドライブしたの?」
「ううん。パパは自動車はあんまり乗りたくないって。馬車の方が何かと都合がいいから。それと私の運転は不安だっていうんだよ。酷くない?」
今はまだ馬車の時代なので、交通インフラの基本も馬車にとって理想的なように作られている。自動車にとっては舗装道路も、ガソリンスタンドも、駐車場も少ない時代だ。
「じゃあ、私がクラリッサちゃんの同乗者第一号?」
「そだね。自動車免許取得のための教官の同乗を除けば、サンドラが私の初めてのドライブ相手だよ」
サンドラが首を傾げると、クラリッサがそう告げて返した。
「ウィレミナちゃんでもフェリクス君でもなく私?」
「そだよ。サンドラは私の初めての友達だからね」
サンドラが首を傾げるのに、クラリッサが空になったガソリンタンクを荷台に放り込んでそう告げた。
「サンドラは嫌だった?」
「そんなことないよ! 嬉しいよ!」
「そう。それはよかった」
クラリッサはそう告げて運転席に戻った。
「さあ、帰り道と行こうぜ、美少女」
「もー。クラリッサちゃん、そういうところだよー」
サンドラは頬を赤くしながらも再び助手席に乗り込んだ。
クラリッサの初めてのドライブは大成功だ!
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春休み、終了。
春休みの間、クラリッサは自動車に夢中になっていた。
サンドラをよくよくドライブに誘ったし、そうでないときは郊外までドライブして車の速度を楽しんだ。春休みという短い時間の間、クラリッサは自動車を購入し、自動車免許を取り、そして自動車を堪能したのだった。
この世界の発展途上の自動車でもクラリッサには刺激的だった。
自分の手で運転できるという点が、その速度を感じるということが、とても楽しかった。この楽しみは何事にも代えられない、と思う。
というわけで、クラリッサは自動車への熱意に憑りつかれたまま新学年を迎えた。
今年は中等部最後の年度。この年度が終われば、いよいよ高等部へと進級である。
そして、クラリッサはその記念すべき最後の年度の初めに気合を入れた。
王立ティアマト学園正門。
いつものように馬車が正門に集まり、使用人や生徒が下りてくる。馬車はそのまま走り去ったり、学園の敷地内で待機したりする。
わいわいと賑やかに正門が生徒たちで溢れかえる中、そこに颯爽とやってくるものが。馬車がびっくりするのに、それは馬車を軽快にかわしながら進み、正門にぴったりと乗り付けた。それは──。
「うむ。絶好調」
クラリッサの自動車である。
「な、なんだあれ」
「自動車だ。初めてみた」
クラリッサの自動車を見た生徒たちは驚きの声を上げる。
「ふふふ。注目の的だね」
「あの、お嬢様? これからどうなさるのですか?」
「んー。このまま学園の馬車置き場に駐車しよう」
シャロンがおどおどと尋ねるのに、クラリッサがそう告げて正門に乗り込んだ。
「クラリッサ・リベラトーレさん! 学園に自動車で登校してはいけませんよ!」
「そんなこと校則に書いてないよ」
「うがーっ! 学園への通学は徒歩か馬車だと書いてあるでしょうがー!」
そして、正門で風紀委員として生徒たちの服装チェックをしているクリスティンがクラリッサに噛みついてきた。
「やだね。時代に乗り遅れた人は。これからの時代は自動車だよ。いつまでも馬糞を垂れ流す馬車に頼りっぱなしじゃあ、国は発展しないよ。リバティ・シティのようにモータリゼーションを推し進めていかないと」
「ここはアルビオン王国です! そんなにリバティ・シティがお好きなら、コロンビア合衆国に引っ越してください!」
「やれやれ」
クラリッサはクリスティンの言葉に耳を貸さず、正門を車で通過する。
「話を聞くです!」
「また今度」
そして、クラリッサは車を駐車させた。
「おお。おはよ、クラリッサちゃん。本当に自動車買ってもらったんだ」
「そだよ。もう免許も持ってる。今度はウィレミナをドライブに招待するね」
「いえいっ!」
クラリッサがウィレミナに告げるのに、ウィレミナがガッツポーズを決めた。
「ところで乗り心地ってどんな感じ?」
「市街地では退屈かもしれない。けど、郊外に出ると凄いよ」
郊外は速度制限がないので飛ばせるのだ。それはとても楽しい。
「うー。気になるなー。今度、絶対に乗せてくれよ?」
「もち。サンドラはもう乗ったから、感想を聞いてみるといいよ」
「オーケー!」
クラリッサが頷くのに、ウィレミナがサムズアップして返した。
「クラリッサ。それ、お前の自動車か?」
クラリッサとウィレミナが話していたとき、フェリクスが姿を見せた。
「そ。なかなかカッコいいでしょ?」
「確かに。こいつはいいものだ。けど、アルビオン王国製か? 自動車なら北ゲルマニア連邦製のがいいぞ。馬力はあるし、スピードもよく出る」
「私は愛国者なんでね」
愛国者は脱税したり、闇カジノを経営したりしない。
「もうかなり走ったのか?」
「春休みは走りっぱなしだったよ。郊外までドライブ。最高の気分になれるね」
「羨ましい。俺も自分の自動車が欲しいぜ」
クラリッサが『へへん』と笑うのに、フェリクスが羨ましそうに自動車を見つめた。
「フェリクスも今度ドライブに誘うよ。運転は私がするけど」
「ああ。楽しそうだな。乗れる日を楽しみにしてる」
クラリッサがそう告げ、フェリクスが頷いた。
「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。いつ頃、ドライブには行けそう? というか、3人一緒に行ける? この車、座席ふたつしかないけど」
「残念ながらふたり乗り。ウィレミナとフェリクスは別々の日に招待するね」
クラリッサの自動車は残念ながらふたり乗りなのだ。
「今週末とかは?」
「いいよ。楽しみにしててね」
「やったー!」
ウィレミナは初めての自動車にテンションマックスだ。
もともとスピードに憧れのある子である。スピードを目指して陸上部に入り、1秒でも速いタイムを追い求めている。そんな彼女がスピードの象徴である自動車に興味を持つのは当然のことと言えるかもしれない。
「やっぱり、自動車はいいな。それも蒸気機関じゃなくて、ガソリン燃料で動く奴だろ。これは誰だって憧れるってもんだ」
フェリクスはクラリッサの自動車をまじまじと眺めながらそう告げる。
男の子はいつだってメカニックなことに憧れる。男の子は機械が大好きなのだ。今は変形合体するロボットはないが、その代わりに自動車がある。最先端の機械の塊に男の子であるフェリクスが興味を示さないはずがない。
「何馬力でるんだ?」
「20馬力」
「なかなかだな」
この時代に20馬力の自動車と言うのは結構凄いのだ。
「そろそろ教室に行こうぜ。遅刻すると怒られるよ」
「そだね。自動車はカギがかけてあるから盗まれる心配はない」
イグニッションキーはシャロンが持っている。クラリッサに持たせておくとかなりの確率でなくしかねないからだ。
クラリッサはこれまで教科書2冊、ノート4冊、筆箱2個、カバン1個を紛失しているぞ。何かの呪いがかかっているとしか思えないな。
「では、教室にレッツゴー」
「おー」
そんなわけで中等部3年の生活が始まる。
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