娘は体育祭の準備をしたい
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──娘は体育祭の準備をしたい
時は10月。アルビオン王国にも秋が訪れた。
秋とくれば運動の季節。
王立ティアマト学園でも運動関係の行事として体育祭が開かれることになっている。
「クラリッサちゃん。いよいよ今日から体育祭の準備だぜ」
「うん。頑張ろう」
将来、学園のボス──生徒会長になるために、クラリッサは体育委員の仕事を頑張るぞ。実際のところ何をするのかはさっぱり分かっていないけれど。
「とりあえず、今日は打ち合わせがあるから、放課後にオリエンテーションルームに集合ね。うっかり帰っちゃわないようにしてくれよ」
「大丈夫。ちゃんと覚えているから」
ウィレミナが告げるのにクラリッサがそう告げて返した。
「クラリッサ嬢。委員会の仕事かね?」
「……いきなり何?」
そこでやってきたのがジョン王太子である。
「体育祭でこそ君との雌雄を決するに相応しい場面だと思ったが、残念なことに私たちは同じクラスだ。つまり同じ陣営に所属するということだ。そこで君に停戦を申し出たい。ここはともにこのクラスのために勝利を得ようではないか」
「え。今まで戦ってたの、私たち……?」
「勝負してただろう!? 忘れないでくれないか!?」
クラリッサが信じられないという顔をするのにジョン王太子が全力で突っ込んだ。
「分かった。よく分からないけど仲良くするってことでいいんだね。これから体育委員である私の命令に忠実に従うんだよ」
「うんうん。……って、おい! 本当に仲良くする気があるのか、君は!」
「……? 私の傘下に加わりたいってことじゃなかったの?」
「ちーがーうー! 一時的な共闘だ! 対等な立場だぞ!」
わざとやっているのかと言いたくなるクラリッサと突っ込みに忙しいジョン王太子であった。ウィレミナは苦笑いを浮かべてふたりのやり取りを見ている。
「クラリッサちゃん。体育祭ではやっぱり勝ちたいでしょ? ここは殿下ともチームワークが発揮できるようにしておかないと。やっぱり体育祭で勝てたら、体育委員としてのクラリッサちゃんの名声も響くんじゃないかな」
ウィレミナがふたりの仲裁をするようにそう告げる。
「……仕方ない。友人として使えるだけ使ってあげよう」
「……私は君と仲良くするのが無理な気がしてきたよ」
頑張れ、学生たち。体育祭はまだ準備すら始まってない段階だぞ。
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放課後。
クラリッサは体育委員の仕事を忘れずに覚えており、ウィレミナと一緒に体育祭の打ち合わせが行われるオリエンテーションルームを訪れた。
オリエンテーションルームには1年から6年までの各クラスの体育委員が集まっており、オリエンテーションルームの机を囲んでいる。
「はいはい。席についてー」
やがて、年長の6年生だと思われる男子生徒が、立ち上がってそう告げるのに、クラリッサたちも空いている席に座った。
「今年も体育祭がやってきました。1年生は初めての体育祭になるだろうから、まずは簡単な説明から始めていこうか」
男子生徒はそう告げると、黒板に何やら書き込んでいく。
「まず、各学年で紅白の2チームに分かれてもらう。組み分けは完全なランダムだ。後で各クラスの体育委員にくじを引いてもらい、それで決定する。そして、この紅白の2チームで、体育祭の勝者を競うわけだ」
「なるほど」
男子生徒の説明にクラリッサが頷く。
「2チームなら胴元も利益を管理しやすいね。それで還元率はどれくらいで調整するのかな。80%ぐらいにしておく?」
「体育祭で賭けをしようとしない」
さりげなくギャンブル性を持たせようとするクラリッサにウィレミナが突っ込んだ。
「競技内容はリレー、障害物競走、借り物競争、玉入れ、綱引き、騎馬戦。組体操は前回の事故で怪我人が出たため、今年からは中止だ」
「ふうむ。地味だね」
貴族たちの学園なので、騎乗試合とか、ライオンと戦うとかいう競技があると思っていたクラリッサであった。どこのコロシアムだ。
「さて、それから各クラスごとに応援団を編成してもらう。体育委員が中心となり、3、4名の応援団を用意してくれ。応援団に選ばれた生徒は放課後に特別に練習があるからそのつもりで。部活動で忙しい生徒たちには頼まないようにね」
「応援団かー……」
クラリッサは自分がジョン王太子を応援している姿を想像してげんなりした。
「では、説明は以上でいいかな? 何か質問は?」
「はい」
男子生徒が尋ねるのにクラリッサが手を上げた。
「何かな?」
「参加料と見学料はどれほど徴収しますか?」
「……お金は取らないよ。参加も見学も無料だ」
「そんな。こんなエンターテイメントをただで提供するなんて。そんなことをしたら競合する他のお店が迷惑するとか考えないんですか」
「競合する他のお店などないよ。これは純粋に学園の生徒の日ごろの成果を皆で共有し、保護者の方々に見てもらうためのものなのだ。エンターテイメントではない」
「うら若い男女が入り乱れて、ギャンブル性もあるのに?」
「体育祭でギャンブル性の可能性を指摘したのは、恐らく君が初めてだろうね……」
クラリッサはてっきり入場料から徴収するタイプのギャンブルだと思っていたぞ。
「さて、真面目な質問もないなら準備に入ろう」
「至って真面目だったのに」
男子生徒が告げるのにクラリッサがそう呟いた。
「まず今年の体育祭のテーマは何にするかな? 意見を述べてくれ」
男子生徒が黒板に『今年の体育祭のテーマ』と記す。
「はい」
「また君か。では、意見を聞こう」
「『見敵必殺』、で」
「体育祭はそんな物騒な行事ではないよ」
クラリッサが自信満々に告げるのに男子生徒が首を横に振った。
「はいはーい! 『超絶ハラハラ・夢のドリームマッチ』というのは!」
「王立ティアマト学園に相応しくないし、夢とドリームマッチで夢が被っている」
他のクラスの体育委員が告げるのに、男子生徒は力なく首を横に振って突っ込んだ。
「『渾身の一撃! 王立ティアマト学園大決戦!』」
「『フルパワー! ファイト一発! 王立ティアマト学園が熱い!』」
「『10月だよ。王立ティアマト学園で体育祭!』」
それからそれぞれのクラスの体育委員が好き勝手に意見を述べていく。
「……他に意見は?」
「はい」
「また君か。一応、意見を聞こう」
クラリッサが再び手を上げる。
「『王立ティアマト学園・仁義なき戦い』」
「仁義は必要だね」
あっさり却下された。体育祭に仁義がなくては困る。
「はーい。いいですか?」
そして、そんな場面でウィレミナが手を上げた。
「『全身全霊。日々の成果を今ここに』ってのはどうですか?」
「悪くないね」
黒板にまたひとつ案が記される。
「では、それぞれがいいと思う案に手を上げてくれ」
そろそろ意見も集まり切ったところだろうと判断して、男子生徒が黒板に記された提案を読み上げていく。
いろいろと票は分散したものの、最終的にウィレミナの無難な提案が承認された。他の案はあまりにパリピ過ぎるのだ。どうして貴族たちの集まる学園でここまでパリピな意見が出まくるのか疑問に感じる。
「それでは次にそれぞれの役割分担を決めるよ。競技調整係、大道具作成係、応援団係に分かれてくれ。競技調整係はそれぞれの競技の人数と時間調整。大道具係は競技に使う道具と看板の作成。応援団係は応援団の編成と応援内容を確認しよう」
男子生徒はそう告げて一旦全員に席を立たせ、机の上にそれぞれの係の名前札を置いていく。競技調整係が一番人数が少なく、次に応援団係、そして大道具係が一番多いという具合だ。やはり何かを準備する方が手間がかかるようである。
「クラリッサちゃん。何にする?」
「競技調整係になったら、有利に賭けを進められそうな気がする」
「よーし。あたしとクラリッサちゃんは大道具係なー」
「横暴だ」
ウィレミナがクラリッサを大道具係の名札のところまで引きずっていく。
「大道具係は集まったようだね。では、そこで6年生から代表者を決めて、それぞれのクラスの役割分担を始めて、早速動いてくれ。大道具係は昔作った道具なども使用するが、基本的に一から作ることになる。忙しいから、頑張ってくれよ」
男子生徒は大道具係が人数を満たしたのを確認するとそう告げた。
「じゃあ、私が代表やるね。大道具で必要なのは競技用の道具と看板。特に看板はデザイン性が必要とされるから、美術部からも助っ人がくるわよ。競技用の大道具は過去のものを修理して使えるなら使って、使えそうにないなら一から作る。そんなところね」
「これって時給いくら?」
「……委員会の仕事でお金は出ないわよ」
「そんな」
信じられないという顔をするクラリッサであった。
「学生のころから無賃金で放課後まで働かされ、奴隷精神を植え付ける。王立ティアマト学園、恐ろしいところだ……」
「いやな、クラリッサちゃん。どこの学校でもこの手の活動に賃金は出ないぞ?」
戦慄するクラリッサに、ウィレミナがそう告げた。
「それじゃあ、1年生と2年生と3年生は玉入れの大道具を確認して──」
それからその6年生の生徒は手慣れた様子で指示を出していった。前の学年でも体育委員を務めていたのだろう。
「ウィレミナ」
「何、クラリッサちゃん?」
道具置き場に向かいながらクラリッサが尋ねる。
「これって本当に学園のボスになる道に繋がっているの?」
「んんん。ちょっとあたしには分からないかな……」
頑張れ、クラリッサ。学園のボスになる道に繋がっていなくても、体育祭の準備はいい思い出になること間違いなしだ。
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「というわけで、応援団のメンバーを募集しています」
次の日のホームルームでウィレミナがそう告げて下がった。
体育委員として応援団を編成しなければならない。というわけで、まずは自由意志で参加してくれる人間がいないか声をかけてみたわけである。
「誰も来ないね」
「無賃金のせいだよ」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサが当然だというようにそう告げる。
「まあ、こんなことだろうなとは思っていましたよ。こっちから声かけていこう」
「おー」
ウィレミナが告げるのにクラリッサがダウナーに応じる。
「サンドラ。応援団、入らない?」
「え? 私?」
クラリッサたちがまず声をかけたのはサンドラだった。
「でも、私、運動音痴だよ?」
「両手足があって声が出れば大丈夫」
「ハードル低すぎないかな、それ……」
クラリッサは事前に応援団の方の活動を見てきたが、そこまで専門的なものでもない。ボンボンを振って、ちょっと踊って、掛け声を上げるだけだ。初等部1年生も参加するので、そこまで難易度の高い技術は要求されていないぞ。
「サンドラちゃんもさ。初めての体育祭でいい思い出を作ると思って」
「思い出かあ……。なら、参加しようかな。足引っ張ったらごめんね」
「大丈夫! きっと楽しいよ!」
こうしてサンドラが応援団に加わった!
「後、ひとりくらいは欲しいところだね」
「なら、あの子に声をかけてみよう」
サンドラが加わったのに、クラリッサが視線を巡らせる。
「天使の君。応援団に興味はないかな?」
「ひゃ、ひゃい!? 応援団?」
クラリッサが声をかけたのはちゃらんぽらん──もとい、フィオナであった。
「そう。君の応援があれば人々は精魂の限りを尽くして競技に熱中できると思う。それはこのクラスを勝利させることに繋がり、ひいては私も君に素晴らしい勝利を献上できる機会を得られるんだ。どうかな?」
「それでしたら、是非!」
クラリッサがいつもの調子で話すのに、フィオナが力強く頷いた。
(あーあ。これでまたジョン王太子が拗ねなきゃいいけど……)
ウィレミナはそう思いながら、視線をジョン王太子に向ける。
そこでジョン王太子は無言でサムズアップしていた。彼としても婚約者に応援してもらえる機会があるのは嬉しいようだ。
「応援団のメンバーを探してんですかあ?」
クラリッサがフィオナの勧誘に成功していたとき、間延びした声がかけられた。
「ん。ヘザーさん、だったっけ?」
「はあい。それでしたら自分も是非とも応援団に加わりたいんですけれどお」
クラリッサとウィレミナに話しかけてきたのはヘザーだった。
「げっ……」
「私も運動音痴ですから、いろいろとご迷惑をおかけするかと思いますが、その時は鞭でビシビシ叩いてくださって結構ですのでえ! むしろ、クラリッサさんの執事のあの人の鞭でバシバシ叩かれたいですう! お願いしますう!」
「そういうのは有料サービスだよ」
「いくらですか?」
いろいろと需要を理解したクラリッサだぞ。またひとつ大人になったな。
「こらこら。クラリッサさんや。級友を鞭打つ相談をしちゃいけませんよ。そういうことはないから、安心して応援団に入ってね、ヘザーさん」
「むしろ、そういうことを期待してるんですよう!」
「え、ええー……」
流石のウィレミナもかける言葉がない。
「まあ、これで応援団、集まったね」
「4名のところが5名になっちゃったけど、いいかな」
「なら、私は抜けよう」
「逃げるな」
クラリッサはジョン王太子を応援しなければならないという事実から逃げようとしたが、がっちりと腕をウィレミナに掴まれてしまった。
「応援団のひとたちは今日の放課後から練習だからグラウンドに集まってね!」
「はい」
「分かりましたわ」
「はあい」
ウィレミナの言葉にそれぞれが頷き、こうして1年A組の応援団は結成された。
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本日2回目の更新です。そして、本日の更新はこれにて終了です。
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