娘は反省会に臨みたくない
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──娘は反省会に臨みたくない
ウィレミナと別れてから、クラリッサたちはダレルのクラスが催している演劇を見に、ダレルのクラスに向かった。
「……カオスだったね」
「……うん」
演劇はカオスそのものだった。
死んだはずの登場人物が次のシーンでは平然と登場していたり、突如として登場人物が外宇宙から電波を受信したようなセリフを吐き始めたり、最終的なオチが明後日の方向に飛んでいっていたりとカオスであった。
「……あれ、部長が脚本書いたんだって……」
「……納得した」
ダレルの評価は狂人ということで固定されてしまった。
「それにしても今年の文化祭は凄かったね。高等部の先輩たちのクラスも覗けたし、他の部活動の活動内容も見れたりして。やっぱり1日じゃ物足りない感じがしていたもん。3日間にして正解だったね」
「うんうん。うちのクラスの売り上げも凄いことになっているはずだ」
「クラリッサちゃんは本当にお金が好きだね……」
クラリッサは収益金がしっかりと還元されることを期待しているぞ。
「お金が嫌いな人なんていないよ。世の中はお金とお金とお金と暴力で回っているんだからね。誰だってお金は欲しいものさ」
「お金に夢中になりすぎてない? それからさりげなく暴力を混ぜてない?」
マフィアの世界はとにかく金と暴力で回っているのだ。
「最後に何を見ておこう?」
「そうだね。ちょっとおなかが減ったから軽く食べたいな」
「それじゃ、屋台の方に行ってみよう」
そうしてクラリッサたちは中等部の正面玄関から正門まで伸びる屋台の列に。
「いろいろとあるねー」
「がっつりと行きたいから肉がいいな」
「私も肉が食べたい気分です。でも、太りそう……」
「運動すればいいんだよ」
クラリッサは夕方のジョギングを欠かさず行っているぞ。
「それにしても、ウィレミナちゃんとフィリップ先輩っていい感じだったよね」
「うんうん。友人としてはあの恋を応援したい」
あれからクラリッサたちはウィレミナとフィリップを見かけたのだが、ウィレミナはいい感じに距離を縮めており、フィリップの方もその気がないわけではなさそうだった。上手くいけばカップル誕生かもしれない。
「ちなみに、サンドラはいい人いないの?」
「いないよ。誰かさんのせいで彼氏に対するハードルがぐんっと上がっちゃったからね。責任取ってほしいよ」
「なんだその悪い奴は。私が懲らしめてやろう」
「もー。クラリッサちゃんったらー」
「……?」
サンドラの彼氏に対するハードルが上がったのは、クラリッサのせいだぞ。クラリッサは颯爽とサンドラをポリニャックから救い、そしてサンドラにいろいろなことを教えてくれたため、サンドラの彼氏に対するハードルは上がってしまった。
「それはそうと何を食べようか?」
「あそこのお肉が非常に気になります」
サンドラが指さしたのはハンバーガーの屋台だった。
「おお。ハンバーガー。ゲルマニア地方に旅行に行ったときに食べたよ」
「美味しかった?」
「なかなかの絶品」
クラリッサはゲルマニア地方を旅行したときにフェリクスの案内で、チーズバーガーを堪能しているぞ。チーズはトロトロで肉は柔らかく、パンズに甘辛いソースと肉汁が染み込み、思わずふたつも食べてしまうほどだった。
「なら、あれにしようか」
「そうしよう、そうしよう」
サンドラがそう告げ、クラリッサが屋台に向かう。
「いらっしゃい! 何にしますか?」
「私はチーズバーガー。サンドラは?」
屋台をやっている生徒が尋ねるのに、クラリッサがサンドラにそう尋ねた。
「私は普通のハンバーガーにしよう。チーズはカロリーオーバーな気がする」
「お祭りの時はそういうのを気にするべきじやないよ」
「クラリッサちゃんと違って燃費が低いので」
サンドラは油断するとおなかが出るような気がするのだ。
「はい。チーズバーガーとハンバーガーね。ちょっと待ってて」
注文を受けた生徒は鉄板でパテを焼き、それを器用にパンズで挟む。クラリッサのチーズバーガーにはチーズを挟み込む。野菜の類は鮮度が危うくなるので挟んでいない。
「はいよ。チーズバーガーとハンバーガーです」
「ありがと。いくら?」
「全部で500ドゥカート」
「ほい」
ハンバーガー屋台の価格は良心的だった。
どこかのぼったくり喫茶とは大違いだ。
「さあ、食べようか」
「おー!」
クラリッサたちは紙袋に包まれたハンバーガーに豪快に食らいつく。
「おお。美味い」
「美味しいね!」
クラリッサたちはハンバーガーの味に大満足。
「これ、魚を揚げた奴を挟むのもあるんだよ。トゥルーデが食べてた」
「へー。ウナギのゼリー寄せでもいいかな?」
「カキフライとかでもいいかも」
そんなものを作って本当に売れるのだろうか。
「まもなく後夜祭でーす! グラウンドに集まってくださーい!」
「お。もうそんな時間か」
クラリッサたちがハンバーガーを食べ終えたころ、後夜祭が始まった。
「後夜祭は今年もフォークダンス?」
「そうだよ。実をいうとね、文化祭のフォークダンスで一緒に踊った相手と結ばれたって話がいっぱいあってね。今年も張り切ってる子、多いんだよ」
「へー」
「あんまり関心なさそうだね、クラリッサちゃん」
「実際のところ、あまりない」
クラリッサは恋愛は二の次、ただ金儲けあるのみなのだ。
「クラリッサちゃんって本当に女の子?」
「失礼だな。女の子だよ。理想の男性もいるんだよ?」
「……本当に?」
「本当、本当。ワイルドで知的で、金儲けの達人」
「結局、お金じゃない!」
クラリッサはどうあってもお金が大事なのだ。
「じゃあ、サンドラは後夜祭のお相手はなし?」
「去年みたいにクラリッサちゃんが引き受けてよ」
「……そのまま反省会に連れていくつもりだな?」
「……気づいたか」
クラリッサも前年の失敗は忘れてないぞ。
「まあ、どうぜクリスティンちゃんかウィレミナちゃんに連行されるわけだから、大人しく私と踊っておこう?」
「はあ、そうだね。他に踊りたい相手がいるわけでもないし、後夜祭でお互いにボッチというのも悲しいからね」
サンドラが告げるのに、クラリッサが渋々と頷いた。
「じゃあ、行こうか、後夜祭」
「そうしよう」
というわけで、クラリッサたちは後夜祭に向かったのだった。
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後夜祭は問題なく行われた。
盛大なキャンプファイアーと壮麗なフォークダンス。
吹奏楽部が演奏する中、ペアになって陽気に踊り、楽しい時間を過ごす。このフォークダンスで一緒に踊った相手は生涯の伴侶になるとのうわさも流れており、それを目当てにパートナーを選ぶ男子と女子がいる。
「フェリちゃん! お姉ちゃんと踊りましょう! いえ、踊るべきよ!」
「フェリクス君! 私と踊らなければなりませんよ」
そんな噂のせいでフェリクスはトゥルーデとクリスティンのふたりに引っ張られていた。モテモテである。だが、片方は実の姉だし、片方は好みじゃないちんまいのだし、フェリクスの心情は複雑である。
クラリッサはと言えば、サンドラと踊っていた。
クラリッサもサンドラも誘いはいろいろとあったのだが、断っている。特にクラリッサは女子男子問わず人気で、一緒に踊りたいという生徒が列をなしそうな様相だったのだが、クラリッサはあまり興味が持てなかったし、サンドラと約束していたので断った。
よって、クラリッサと踊るサンドラには少なからぬ嫉妬の視線が向けられていた。
当のクラリッサは自分がモテているなどとは欠片も思っていないぞ。普段からフィオナを口説いてはジョン王太子をからかってるくせに、女子にまで人気とは思っていないのだ。だが、黙っていれば銀髪の美少女、決めるときは決めるイケメンと評判のクラリッサに想いを寄せる生徒は少なくないのである。
そんな生徒たちの思いなど露知らず、クラリッサとサンドラは吹奏楽部の演奏に合わせて、フォークダンスを楽しんだ。これで3日間の楽しい日々も終わり、また明日から日常が戻ってくるかと思うとちょっとばかり感傷的な気分にもなる。
「明日からは平常授業かー」
「片づけをしないとね」
クラリッサが憂鬱そうに告げるのにサンドラがそう返した。
「儲かったと思う?」
「んー。それなりには稼げたんじゃないかな?」
クラリッサはまだクラスの売り上げを把握していないぞ。
果たしてバニーガール使い魔喫茶はいくらぐらい稼げたのだろうか?
そこで吹奏楽部の演奏が終わった。
「これにて後夜祭は終了です。各クラス、各部活動、後片付けを始めてください」
アナウンスが流れ、クラリッサたちがグラウンドから解散する。
「儲かったかな、儲かったかな?」
「儲かっても、儲かってなくても楽しかったからそれでいいよ」
クラリッサはうきうきした気分で2年A組のクラスに向かい、サンドラはそう告げる。
「これだけ頑張ったんだから儲かってないなんて話はなしだよ。私もアルフィも頑張ったんだから。がっぽり儲けてがっぽり還元してもらわないと」
「もー。クラリッサちゃんはー」
サンドラはいい思い出ができただけでよかったと思っているのだ。
「よう、諸君。大儲けできたかね」
「全然」
クラリッサが意気揚々と教室の扉を開けて尋ねるのにウィレミナが渋い顔で告げた。
「どして?」
「……アルフィ」
クラリッサが分からないという顔をするのに、ウィレミナは毛玉の怪物を指さした。
アルフィの着ぐるみは子供にもみくちゃにされたのかほどけており、そこからいくつもの眼球やサイケデリックな色合いの体表があらわになっていた。そして、アルフィはクラリッサを見つけると『テケリリ』と鳴いた。
「アルフィは可愛いよ?」
「それ見て、逃げたお客さんが多いんだよ! 囲いに押し込んでもいつの間にか脱走してるし、見た人は正気を削られるし!」
「そんな」
ウィレミナの言葉にクラリッサは戦慄した。
「というわけで、今回の収益金は1万ドゥカートです。初日は客の入りもよかったんだけど、クラリッサちゃんがアルフィから目を離した後から収益が激減。残念なことに還元されるのは2000ドゥカート程度だと。みんなで駄菓子でもかって食べたらお終いだね」
「残念なり」
クラリッサの大儲け計画は失敗に終わった。
「さてさて。後片付けだよ。余ったサンドイッチ食べたい人いる?」
「頂戴ー」
ウィレミナが告げるのにクラスメイトの何名かが声を上げた。
「これが敗北の味か……」
「だから、アルフィはやめておこうって言ったんだよ」
クラリッサも残り物のサンドイッチを摘まみながらそう告げる。
「さあ、さあ。後片付け、後片付け。テーブルクロスは綺麗に畳んで1か所に集めて。それから机を元の位置に。冷蔵庫は来年も使うかもしれないから、ちゃんと箱に入れてしまっておいてね。食器はきれいに洗って水を拭いたら、これも箱の中に」
「了解」
クラリッサたちはテキパキと後片付けを進めていく。
「クラリッサちゃん。片づけが終わったら反省会だからね」
「反省はもうした。次はアルフィはお留守番にする」
「そういう反省じゃないからね?」
クラリッサががっくりした様子で告げるのにサンドラが突っ込んだ。
「クラリッサちゃん。今年は収益金の還元とかでトラブルが起きてるはずだから、その解決もしなくちゃいけないぜ。あたしは会計だから関係ないけど」
「さりげなくウィレミナが逃げた」
ウィレミナが逃走の準備を始めた。
「ウィレミナちゃんも各クラスの売上表を作って、今後の資料として提出する仕事が残っているからね? 逃げても無駄だよ?」
「うへえ」
サンドラが告げるのに、ウィレミナが心底面倒くさそうな顔をした。
「ふふふ。これでウィレミナも逃げられないね」
「クラリッサちゃんもだぞ?」
我々は運命共同体。
そんなこんなで後片付けは終わり、反省会の時間がやってきた。
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「諸君。今回の文化祭は大いに盛り上がった。3日間開催というのは大きな盛り上がりを演出するのに相応しかったようだ。今回の文化祭開催に尽力してくれた文化委員会にまずお礼の言葉を述べたい。君たちのおかげで文化祭は成功した」
ジョン王太子は最初の言葉でそう告げた。
「だが、3日間開催というのは当学園初めての試みであり、いろいろとトラブルがあったかと思う。実際に受付業務では招待状の取り違いなどが発生した。今後の課題として、改善をしていきたいと思う」
3日間の開催ということで従来の招待状制度では上手くいかず、入場に当たって様々なトラブルが発生していた。これから円滑な文化祭の開催を目指すならば、この点は改善しなければならないだろう。
そして、この問題は同じく3日間の日程で開催された初等部と高等部の生徒会と文化委員会でも話し合われている。いい解決策が見つかるといいのだが。
「それから収益金をクラスに還元するという試みも初めてだったが、無茶な競争が起きたり、過激なパフォーマンスに走る生徒たちはいなかっただろうか?」
ジョン王太子はそう告げて参加した生徒会と文化委員会の面子を見渡す。
「バニーガールという破廉恥な格好をしている女子を見かけました」
「……それは大丈夫だよ。水着みたいなものだからね」
真っ先に自分のクラスの催し物が指摘されるのにジョン王太子はそっと視線を逸らした。彼はフィオナのバニーガール姿が見られて、ちょっと嬉しかったからね。
「価格が高すぎるという指摘はちょっとだけアンケートに書かれています」
「ふむ。無理に価格制限をするのも問題だが、野放しにするのも困ったものだね。ここはある程度制限を設けるべきかもしれない」
文化委員のひとりが告げるのに、ジョン王太子が唸った。
文化祭の来場者に対するアンケートは行われており、既に文化委員会はそれらを取りまとめつつある。それによれば価格が高すぎるとか、よく分からない催し物があって楽しめなかったなどという指摘がなされている。
「価格は自由にするべきだよ。価格を制限するのは社会主義者のやり方だ。健全な経済圏に暮らす私たちは自由に価格を設定できるようにするべき」
「まあ、そうなのだろうが……」
ここ最近、富の平等などを求める社会主義者が大陸のあちこちで密かに勢力を拡大しており、アルビオン王国も王室と貴族制度が危ぶまれるのではないかと危惧されている。
「ですが、あまり来場者に出費を求めるのは健全とは言えません」
「高すぎる店にはお客は来ない。それが分かれば価格は自然と常識的な値に落ち着くよ。ここは資本主義経済の世界なんだからね」
文化委員のひとりが告げるのにクラリッサが肩をすくめた。
「問題はこれぐらいかな? では、そろそろ失礼して……」
「待ちたまえよ、クラリッサ嬢。反省会はこれからだよ?」
クラリッサがそそくさと逃げようとするのにジョン王太子がいい笑顔でそう告げた。
「私は明日を見て生きているから」
「それは結構。だが、明日とは昨日までの積み重ねだ。昨日を無下にすると明日はこないよ。さあ、席に座りたまえ。反省会といこうじゃないか」
それから反省会は2時間続き、クラリッサはへとへとになって家に帰ったのだった。
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