娘はバニーガールを張り切りたい
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──娘はバニーガールを張り切りたい
生徒会の仕事も終わって、クラリッサたちは2年A組に戻ってきた。
「クラリッサちゃん! もう始まってるよ!」
「おう。急いで着替えてくる」
サンドラがバニーガールの格好で告げる中、教室では既に数名の招待客を迎えていた。だが、まだリーチオたちが到着した様子はないのでクラリッサも一安心。
クラリッサ、ウィレミナ、フィオナはバニーガールの衣装を手に取ると、女子更衣室に急いだ。最初は女子更衣室からバニーガールの格好で教室に戻るのは恥ずかしいと思っていたウィレミナたちであったが、文化祭当日はもっとド派手な衣装だったり、女装だったり、着ぐるみだったりと賑やかすぎて気にならなくなっていた。
「よし。準備完了」
クラリッサはバニーガールの格好でそう告げる。
「ウィレミナ、フィオナ。準備できた?」
「できたー!」
ウィレミナたちもバニーガールの格好でサムズアップしている。
「それじゃあ、教室に戻ろう」
「アルフィに着ぐるみ着せるの忘れないでね」
「おっと。そうだった」
アルフィに着ぐるみを着せておかないと大惨事だ。
「じっとしててね、アルフィ」
「テケリリ」
クラリッサはアルフィに着ぐるみを着せ、アルフィは毛玉の怪物になった。
「それではレッツゴー」
「おー!」
クラリッサたちは意気揚々とクラスに戻る。
「クラリッサちゃん、お帰り。早速だけど注文取るの手伝ってね」
「任された」
クラリッサはサンドラからメニュー表と伝票を渡されるのに頷いた。
「いらっしゃいませー! バニー・オン・ティアマトにようこそ!」
おっと。早速お客がやってきたぞ。
「やあ。サンドラ君! 君のところの出し物はまた奇抜だね!」
「ダレル先輩。先輩のクラスは何やってるんです?」
「私のクラスは演劇だよ。上映時間が限られているから午前中は暇なんだ」
やってきたのは魔術部のダレルであった。
「それではお席にご案内します」
「うむ」
クラリッサがそう告げて、空いている席に案内する。
「メニューはこちらになります」
「では、サンドイッチとブレンドコーヒーとスマイルをもらおうか!」
クラリッサがメニュー表を手渡すのにダレルがいい笑顔でそう告げた。
「スマイルは5万ドゥカートになりますがよろしいですか?」
「え。そんなに?」
嘘だぞ。スマイルはただだぞ。
「じゃ、じゃあ、使い魔とのふれあいタイムを」
「はい。餌はご必要ですか?」
「私は犬が好きだから犬用の餌を頼もうかな!」
「はい。畏まりました。サンドイッチとブレンドコーヒー、そして使い魔とのふれあいと犬用の餌ですね。すぐに準備いたします」
クラリッサは注文を繰り返すとカウンターに向かった。
「注文。サンドイッチとブレンドコーヒーと使い魔とのふれあいタイム、それから犬用の餌。このクラスで犬は何匹かいるけど、誰の犬が行く?」
「あたしのブルーを派遣しよう!」
クラリッサが告げるのにウィレミナがそう告げた。
「オーケー。じゃあ、ブルーに。……あれ? アルフィは?」
クラリッサが不意に思い出したように周囲を見渡す。
「おいおい。アルフィが行方不明とか滅茶苦茶怖いんだけど!」
「うーん。私もアルフィが誘拐されないか心配」
「あたしはアルフィがそこら辺の人を食べないか心配」
クラリッサが唸るのにウィレミナが真顔でそう告げた。
「テケリリ」
そんなときにアルフィの鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。
「おお。変わった犬だね」
アルフィは──ダレルのテーブルにいた。
ダレルはもこもこの毛玉の怪物になったアルフィを小型犬か何かだと思っており、アルフィが蠢くのを可愛らしい子犬を見るような眼で見ていた。アルフィの方は毛玉から脱走しようと体をくねらせている。
「犬にしては体が柔らかいようだな。どれ、撫でさせてみてくれないか」
「テケリリ」
「変わった鳴き声だな……」
ダレルが手を伸ばすのにアルフィは体を蠢かせた。
「ううん。毛玉モンスターだね、君は。毛玉の下はどうなっているのかな?」
そう告げて、ダレルは毛玉を捲り──。
「テケリリ」
アルフィの4つ形成された眼球と出くわした。
「…………」
「テケリリ」
沈黙するダレルにアルフィが一鳴きした。
「こ、これは……」
「あー! 部長が発狂するー!」
ようやく事態に気づいたサンドラがアルフィとダレルに駆け寄る。
「大丈夫ですか、先輩!?」
「……天啓を得たよ! ペンタゴン君に足りなかったものが分かった!」
まるでアルキメデスがエウレカと叫んだがごとく、ダレルが立ち上がって叫んだ。
「うわあ……。本当に発狂しちゃった……」
「ついにアルフィの犠牲者が……」
サンドラとウィレミナがドン引きする。
「ペンタゴンに足りなかったのは、目玉だ! 体に瞳を宿すのだよ! 大地を見つめるのは数多くの目玉である!」
「誰か! 誰か、部長を正気に戻して!」
ダレルが叫び続け、サンドラが悲鳴を上げた。
「ていっ」
そこでクラリッサがダレルの頭に手刀を叩き込んだ。
「あふう」
ダレルは奇妙な声を上げるとテーブルに突っ伏した。
「ク、クラリッサちゃん? 何したの?」
「正気に戻したの」
サンドラが尋ねるのに、クラリッサが平然とそう答えた。
「はっ!」
そこでダレルが目を覚ました。
「何か、何か特別なものを見た気がするんだが……」
「気のせいだよ。ほら、サンドイッチとブレンドコーヒー、そして使い魔のゴールデンレトリバーのブルーと犬の餌」
「おお。ありがとう」
ダレルはクラリッサから注文の品を受け取り、早速ブルーに餌を上げ始めた。
「……正気に戻ったの?」
「戻ったよ」
ウィレミナが怪訝そうな顔をするのに、クラリッサがそう告げた。
「おお。可愛い子だ。よしよし、いい子だね」
ダレルはすっかり良くなったように見える。
しかし、壊れたラジオじゃあるまいし、叩いて治るものだろうか。
「先輩はそっとしておこう」
「これでよかったんだろう」
サンドラとウィレミナはそう納得したのだった。
「次のお客様が来ましたわー!」
そんなときにフィオナが声を上げた。
「クラリッサ……。本当にバニーガールの格好をしてるんだな……」
現れたのはリーチオたちだ。
「いらっしゃい、パパ。ゆっくりしていってね」
「ああ。よろしく頼むぞ」
そして、リーチオはフィオナの方に視線を向けた。フィオナは白いバニーガール姿だ。一応、その格好は似合ってはいるだろうが、フィッツロイ家の当主であるグラフトン公爵が見たら卒倒しかねないなと思ったのだった。
実際のところ、リーチオもクラリッサがバニーガール姿なのにはめまいがしてくる。バニーガールは確かに成功と富の象徴で、非合法カジノなどでも彼女たちを活用しているが、やはり性的なシンボルでもあるのだ。
そんな恰好を娘がしているわけだから、めまいがするのも当然だ。
「はい、メニュー表」
「ふむ」
クラリッサからメニュー表を受け取るのにリーチオが考え込む。
「俺はチョコレートとブレンドコーヒーにしよう。それから使い魔とのふれあいタイム。鳥の餌をお願いしようか」
「俺はサンドイッチとブレンドコーヒーに。それから使い魔とのふれあいタイムと犬の餌をお願いするよ、クラリッサちゃん」
リーチオとベニートおじさんがそれぞれそう告げる。
「では、私はクッキーとブレンドコーヒー。私も使い魔とのふれあいタイムと鳥の餌をお願いしようかしら」
「それじゃあ、俺はサンドイッチと紅茶で」
パールがそう告げ、ピエルトがそう注文をしようとしたとき全員から睨まれた。
ここがクラリッサの入れてくれるブレンドコーヒーと使い魔とのふれあいタイムだろうがという無言の圧力である。
「え、えっと。やっぱり紅茶じゃなくてブレンドコーヒー。それから使い魔とのふれあいタイムと亀の餌で……」
「はい。しばらくお待ちください」
ピエルトは圧力に負け、注文を取ったクラリッサがカウンターに戻っていった。
「ブレンドコーヒー4つとサンドイッチ2つ、チョコレートとクッキー。使い魔は鳥と犬、亀がお呼びだよ。餌もそれぞれね」
「犬か。私のブルーはまだダレルさんに捕まってるから、ここはフェリクス君のアンバーにお願いできる?」
そう告げてウィレミナがフェリクスの方を見た。
「いいぞ。ほら、アンバー、行ってこい」
「ワン!」
アンバーは尻尾を振るとリーチオたちのテーブルに向かった。
「フェリクスのアンバーも敵対組織の構成員の指をかみちぎったりする?」
「しねーよ。犬をなんだと思ってるんだ」
「そうなのか」
クラリッサはベニートおじさんの犬は密告者や敵対組織の構成員を食べてしまうので、それが普通なのだと思っていたが、犬は思ったより大人しい生き物らしい。ひょっとするとフェリクスのアンバーが大人しいだけなのかもと思う。
そうなるといつものワイルドな飼い犬に慣れているベニートおじさんには刺激が足りないのではないだろうかとクラリッサは心配になった。
「おお。いい犬だ。よしよし」
だが、ベニートおじさんは満足しているようだった。
クラリッサはただ首を傾げた。
クラリッサ、犬は人類のよき友であり、拷問や処刑の道具じゃないんだ。豚も死体処理のために存在しているわけじゃないんだぞ。
「後は鳥と亀」
「はいはーい! トゥルーデのシロの出番ね!」
ここぞとばかりに登場したのがトゥルーデとシロである。
「……人を襲ったりしない?」
「しないわ! 今日はおなかいっぱいだもの! この子は空腹だとイライラしているの! それから殺しを楽しむときが時々あるくらいね!」
「凄い信頼できない文句で攻めてきた」
殺しを楽しむ猛禽類……。
「私のモントゴメリーにしておかないかね。モントゴメリーは人懐こいよ」
「シロよりはずっといいか」
ジョン王太子がモントゴメリーを肩に乗せて告げるのにクラリッサが頷いた。
「ぶー! シロの出番がないんですけど! こうなったら放し飼いにするわ!」
「使い魔が食われるからやめて、トゥルーデさん」
アルフィに次ぐ危険な奴を解き放とうとするトゥルーデをサンドラが止めた。
「どうしてクラリッサさんの名状しがたい使い魔が放し飼いなのに、シロはダメなの! ちょっと殺しを楽しむだけじゃない!」
「そのちょっとがやばいんですよ!」
シロはトゥルーデの腕の上で獲物を探していた。
「シロはいなかったことにしよう。後は亀」
「うちのクラスで亀って……」
ウィレミナの視線がサンドラに向けられる。
「わ、分かってるよ。ハリエットを連れてくるから待ってて」
サンドラはそう告げて使い魔の控室に向かった。
使い魔たちは放し飼いにしていると何をするか分からないのし、喫茶店という衛生が求められる環境なので、使い魔用の控室にあるケージに仕舞われている。シロも本来はそこに収容されておくべきなのだが、トゥルーデは勝手に連れまわしている。
「ブオ―……」
しばらくして台車でハリエットが運ばれてきた。
「ガラパゴスゾウガメのハリエットです。可愛がってあげてください」
「え。何かでかくない? 気のせい?」
亀とのふれあいを希望したピエルトは動揺している。
「では、ごゆっくり」
「やっぱりでかいよ、これ!」
2年A組の使い魔は問題児だらけだ!
「はい。ご注文の品となります。使い魔はよく訓練されていますが、あまりストレスを与えないようにしてください。慣れてない子は噛みついたりしますから」
「……お前の化け物はまだ誰にも噛みついたりしてないだろうな?」
「アルフィはちょっと正気を損ねさせただけだよ」
リーチオが告げるのにクラリッサはそっと視線を逸らした。
「テケリリ」
アルフィは自分が呼ばれているような気がしてサイケデリックな色合いに変色したが、毛玉の怪物となっている状態ではよく分からなかった。
「次のお客様が来たよー」
「はーい」
ウィレミナが告げるのにクラリッサたちが向かう。
「ああ。フィオナさんのお父さんじゃないですか」
「ウィレミナ君か。話は娘から聞いていたが……本当に……」
フィオナの父親グラフトン公爵は青ざめた表情で教室を見渡す。
「あら。お父様、いらっしゃいませ」
「フィ、フィオナ……」
グラフトン公爵は卒倒しそうになっていた。
よりによって王太子に嫁ぐことになっている娘がバニーガールの格好をしているのだ。グラフトン公爵とてバニーガールの意味することは知っているし、何よりその格好は破廉恥であることは否定できない。
「あー……。やっぱりか」
リーチオはグラフトン公爵の様子を見てそう呟いた。
グラフトン公爵のような高位の人物が卒倒しかかるのも当然だ。平民であるリーチオとて娘の格好には唖然とさせられたのだから。
「よく似合ってますよね、クラリッサちゃんたち。まだ14歳の子とは思えませんよ」
「お前、ぶん殴られたいのか、ピエルト」
「なんでっ!?」
ロリコンには厳しいリーチオであった。
「お父様。テーブルにご案内しますわ」
「あ、ああ。頼むよ……」
そして、文化祭1日目はにぎやかに過ぎていこうとしている。
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面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!
そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




