娘はウサギになりたい
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──娘はウサギになりたい
使い魔の問題はとりあえずそっとしておこう。
次に考えるべきは使い魔の次に目玉になっているバニーガールである。
「まあ、水着みたいなものか」
「けど、恥ずかしいよ」
クラリッサのシマの店が取り扱っているバニーガールのカタログを見ながらウィレミナが告げるのに、サンドラが渋い表情をした。
「お前たちが去年、俺たちにしたことより100倍はマシだ」
「フェリクス君、似合ってたよ?」
「あ?」
フェリクスの女装姿は似合いすぎていて逆に反応に困るレベルだったぞ。
「あたし、こういうの結構いけると思うんだよね!」
「う、うん、これ、ちゃんと肩紐ついているし、大丈夫だよ」
「何故あたしの胸を見ながら言う」
ウィレミナの胸では……胸では……。
「よう。待たせた、諸君」
「クラリッサちゃん。準備完了?」
そこに颯爽とクラリッサが現れた。
「女子全員の身体測定は終わったよ。それによると我がクラスでもっと豊かなものを有している女子は──」
「はいはい。そういうのは男子が聞いてるところで言っちゃダメだよ」
サンドラに口をふさがれたクラリッサだった。
「男子の寸法は?」
「取った。衣装も決まった。これでいいって」
クラリッサがカタログを見せると、そこには蝶ネクタイのウェイターの衣装が掲載されていた。男子だけ華がないが、男子にまでバニーガールの衣装を着せては大惨事である。ここは無難な衣装にしておくべきである。
「んじゃ、注文しに行きますか」
「ん。女子の希望は取ったの?」
「どんな色がいいのかは聞いておいたよ。細かいのは任せるって」
バニーガールの衣装もいろいろと種類があるので、女子は選べるのだ。
文化祭はちょっと肌寒い季節に行われるのでベスト付きのにする生徒もいる。
「オーケー。それじゃあ、注文しに行こうか。試着もしてこよう」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちはバニーガールの衣装を注文しに、クラリッサのシマにある店へと向かったのであった。
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イースト・ビギンの繁華街にその店はあった。
“バニーガールになりたいなら!”
と、でかでかと看板を掲げた店だ。
「思うんだけどさ」
「うん」
「バニーガールってどんな人たちがやるんだろ?」
「……謎」
そもそもバニーガール発祥はアメリカの雑誌プレイボーイ誌が関わってくる話だったはずだ。新大陸にもそういう雑誌が未だなく、アルビオン王国にも該当するような雑誌がない中、どこからバニーガールは生まれたのだろうか。
まあ、アルビオン王国でもバニーガールは成功と富の象徴となっており、リベラトーレ・ファミリーにおいても、違法カジノなどでバニーガールが接待することがある。リベラトーレ・ファミリー以外でも、リバティ・シティのヴィッツィーニ・ファミリーも派手なセレモニーをやるときにはバニーガールを使っている。
バニーガールは成功と富の象徴。女性の人権活動家はこのことに文句を言いたくなるだろうが、今はそういう時代なのである。子供の労働も規制されず、貧しいものと女性の参政権は制限され、貴族という特権階級が存在する。そういう時代だ。
それはともあれ、今回はバニーガール使い魔喫茶というコンセプトなので、成功と富は他所に置いておいて、バニーガールの衣装を買いに行こう。
「こんちは」
「おお。いらっしゃいませ、リベラトーレのお嬢様。それにご友人の方々も。この度は当店をご利用いただきありがとうございます。どうぞ、リーチオ様に今後ともよろしくお願いしますとお伝えください」
「うん」
相変わらずリベラトーレ・ファミリーのシマの店はクラリッサを丁重に扱う。
「それで今回はバニーガールの衣装ということでしたね?」
「そ。実用的なのを頼むよ」
「畏まりました」
クラリッサが告げるのに店主が店の奥に引っ込む。
「大体、このようなものがございます」
「おおー」
カタログ通りの商品が並ぶのにクラリッサたちが感嘆の声を漏らす。
「これ、よくない?」
しかし、クラリッサが興味を示したのはレオタード型のバニーガールの衣装ではなく、なんとビキニ型のバニーガールの衣装であった。こういうのもあるのだ。
「い、いや、流石にそれはダメだよ……」
「色気があると思うけどな」
「破廉恥だよ」
ビキニ喫茶は却下されていたではないか、クラリッサ。
「しかし、他のはごく普通だな」
「丈夫な作りで、透明な肩紐なども付いていますので実用的ですよ」
クラリッサが並べられたバニーガールの衣装を眺めるのに店主がそう告げた。
「途中で脱げたりしないならそれでいいよ」
「もっと攻めていきたくない?」
「いきたくない」
クラリッサは何を考えているのだろうか……。
「じゃあ、この無難なのにしよう。試着はできる?」
「はい。肩紐を調整すれば一番小さなサイズのものが着られるかと」
クラリッサが尋ねるのに、店主がそう答えた。
「んじゃ、着てみようか。サンドラとウィレミナもだよ」
「ええー……。後でいいと思うな」
「そう言わないの」
クラリッサが無理やり押し切って、3人は試着室へ。
「着られた?」
「着られたよ」
クラリッサが尋ねるのにウィレミナが返事を返した。
「どうかな?」
「いいんじゃない?」
「ウィレミナもいい感じだよ」
クラリッサはもはやトレードカラーの赤色のバニーガールの衣装。ウィレミナは黒いバニーガールの衣装。足には網タイツを装備である。
だが、いくらセクシーな衣装を着ても、中等部2年生──14歳では色気も何もない。クラリッサの方は年相応の発育が見られるが、ウィレミナに至ってはドーバーの白い崖のように真っ平らであるからにして。
「いやあ。これで男子の注目を集めてしまいますな」
「だね。もうこれは貢がずにはいられないと思うよ。私たちに大金が流れ込んでくるね。これだけセクシーな生徒は他にいないと思う」
ウィレミナもクラリッサも根拠のない自信に浸っていた。
「ク、クラリッサちゃんたち、着替えた?」
「もう着替えたよ。サンドラは?」
「着替えた……」
そして、サンドラが登場。
「……おう」
「……おう」
クラリッサとウィレミナの反応が思わず被る。
数字の上ではサンドラが一番豊かなものを有しているのは分かっていたが、現実に目にすると自分たちとの違いに愕然とさせられる。サンドラは背は低いのだが、その他の発育は平均以上で、いわゆるトランジスタグラマーというものだった。
もっとも、この世界にはトランジスタラジオがまだ存在しないので、サンドラのような女性を指す言葉はない。ただ、小柄なのに女性的な人というぐらいである。
「……私たちは浮かれていたようだね」
「……世の中は不条理だ」
クラリッサとウィレミナがサンドラの胸を凝視しながらそう告げる。
「も、もう! バニーガールにしようって言ったのはクラリッサちゃんじゃん! 私が悪いみたいな感じを出さないでよ! 私のは普通です、普通!」
「私たちが平均以下だと言いたいのか」
「そうじゃなーい!」
クラリッサがため息をつくのに、サンドラが叫んだ。
「お決まりになられましたでしょうか?」
「うん。これにする。色はこのリストにある通りに。よろしくね」
「畏まりました」
クラリッサは女子たちから取った希望の色のリストとサイズを店主に渡した。
これにてバニーガールの衣装の注文は完了だ。
後は2週間後に受け取りに来るだけである。
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2週間後。
アルフィの特訓が続く中、クラリッサたちにバニーガールの衣装が届いた。
「おー。ついに来たかー」
「来たね。これで本格的にバニーガール使い魔喫茶になるよ」
クラリッサが箱を開けて中身を確認するのにサンドラがそう告げた。
「サイズが合っているかどうか確認するのに一度全員で着てみて」
「みんなー! 衣装を試着して―!」
サンドラの呼びかけにクラスの女子たちが集まってくる。
「どこで着替えよう?」
「女子更衣室、使おうぜ」
「えー。まあ、他に道はないか」
女子更衣室は体育館傍に併設されている。つまり、バニーガールの格好をして、体育館から教室まで戻らなければならないのだ。
しかし、教室には男子もいるため教室で着替えるわけにもいかない。
他に道はないのである。
「フェリクス。期待してる?」
「してない。言っただろう。俺は大人の女性が好みなんだ」
クラリッサがフェリクスを挑発するように尋ねるのにフェリクスはそう返した。
「ふふふ。じゃあ、きっと驚くことになるよ」
「なんだその自信」
クラリッサの自信は謎であった。
「こ、これを着るのですか?」
「そうそう。網タイツも履いてね」
そして、女子更衣室。
フィオナが困惑するのにクラリッサがバニーガールの衣装の着かたを教えていく。
「うはあ。来ましたわあー! この格好で文化祭に参加するなんて、それはもう蔑まれた目で見られること間違いなしですよう!」
「私たちも同じ格好するんだからそういうこというのやめよう?」
ヘザーの頭が温かくなるのにサンドラが冷静にそう告げた。
「よし。みんな、サイズはオーケー?」
「ばっちり!」
全員がきちんとサイズがあっていた。
色はクラリッサが赤、ウィレミナが黒、サンドラが紫、フィオナが白、ヘザーがピンク、トゥルーデが水色だ。
「じゃあ、男子たちに見せに行こう。きっと驚くよ」
「ええー……。見せるのは当日でいいんじゃない?」
「せっかく着替えたんだし、もったいないよ」
サンドラが嫌そうな顔をするのにクラリッサが促す。
「……フィオナさんもなかなか立派なものをお持ちで」
「……? 何も持っていませんですけれど」
ウィレミナがジト目でフィオナを見る。
フィオナの発育もサンドラ並みだ。それに加えて、背丈も平均値まで育っている。クラスでスタイルのいい女子を集めたら真っ先に名前が挙がるだろう。
サンドラとフィオナに次ぐのはヘザーぐらいで、他はクラリッサ同様に平均的な発育だ。平均だから別に悪いことではないのだが、サンドラとフィオナと比較すると、なんだか育っていないような気分になってしまうのである。
ウィレミナ? 彼女の発育は陸上部の要である脚部に集中しているのだ。
「フィオナ。よく似合っているよ。他の人には見せたくないぐらいだ。君はまさに雪原を駆ける子ウサギだね。その白の衣装はよく似合っている。君のイメージにぴったりだ」
「クラリッサさんったら。照れてしまいましゅ……」
そして、久しぶりにフィオナを口説いているクラリッサだった。
「というわけで、教室に戻るよ。男子たちに見せつけてやろう」
「さっきと言ってることが違う……」
クラリッサがこれでいったん仕切り直したという顔をするのにサンドラがジト目でクラリッサを見た。見せたいのか、見せたくないのか、どっちだ。
「男子たち。着替えてきたよ」
そして、クラリッサたちが教室に戻ってきた。
女子たちが教室に入るのに、おおーっという男子たちの声が響いた。
「どうよ、フェリクス」
「普通」
「魅力的過ぎて語彙が死んだか」
「おい」
勝手に納得したクラリッサであった。
フェリクスは普通としか思ってないぞ。
「フィ、フィオナ嬢? 無理はしていないかね? そのような格好は……」
「似合っていないでしょうか……?」
「いや! 似合っている! 似合っているとも! だが、ちょっと刺激が強すぎる気がするのだよね……」
ジョン王太子の顔は真っ赤だ。
フィオナはジョン王太子の婚約者であるし、スタイルもいいのでジョン王太子がこんなリアクションになってしまうのも仕方がないね。
「男子たちは私たちの魅力に釘付けだ。これは収益が見込めそうだ」
「はあ。男子たちから獣のような視線で見られるのですねえ」
「ヘザー」
ヘザーは依然として頭が温かかった。
さて、これでバニーガールの衣装も揃い、後は文化祭の開催に備えるだけだ。
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