娘は観光スポットを紹介したい
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──娘は観光スポットを紹介したい
マジェリト中央駅から再び鉄道に乗り込むと、向かう先はバルチーノだ。
バルチーノは地中海に面した冬でも暖かな気候の場所で、多くの観光スポットを有している。クラリッサたちはここで宿泊して、ゆっくりと街を見て回ることになっていた。
「到着!」
「ホテルに向かおう。今日はもう遅い」
鉄道がバルチーノに到着したときには、すでに周囲は暗くなっていた。
クラリッサたちは乗合馬車に乗り込むと、ホテルまで向かった。
「おおー。豪勢なホテルだ」
「普通だよ?」
クラリッサたちの宿泊するホテルは3つ星レベルのホテルだ。
大貴族の屋敷のように広大で、この時間でも明々としている。その上品な佇まいにウィレミナが感嘆の声を漏らし、クラリッサが首を傾げた。
クラリッサはそこらの貴族を上回るブルジョワ層の娘として、毎年毎年贅沢をしているので、これぐらいではどうとも思わないぞ。彼女は観光シーズンにもっと豪勢なホテルに宿泊しているのだ。何という格差。プロレタリアートよ、団結せよ。
「ここってドレスコードとか必要な場所?」
「ううん。カジュアルでいいって。レストランが開いているから夕食にしよう」
そう告げてクラリッサはちょっと欠伸をした。
鉄道に揺られること数時間。
友達との鉄道の旅も楽しいものだが、やはり疲れはするものだ。
「お昼、がっつり食べたから夜は軽くていいかな」
「運動したんだからしっかり食べないと」
「私、おなか弱いんだよ」
サンドラはお昼に美味しい海産物を食べたので、おなかいっぱいのようだ。
「しかし、シーズンオフはいいね。こんな豪勢なホテルに安く泊まれるなんて」
「うんうん。シーズン中だとここもそれなりの値段がするからね」
クラリッサたちの予算は魔術大会で大儲けしたとは言え限られているので、このシーズンオフである冬を選んだのだ。これが春や夏だともっとホテル料金も高くなり、その上人でいっぱいになってしまうのだ。
ゆっくりバルチーノの街を見て回りたいならシーズンオフに。
牛追い祭りやトマト祭りは見られないけれど、それ以外にも観光名所はある。
「それで、それで、明日はどういうところ見て回るの?」
「まあ、ウィレミナたちが好きそうな観光名所を見て回るよ。まずは──」
クラリッサたちはお喋りをしながらホテルにチェックインし、レストランで遅い夕食を味わうと部屋で休むことにした。
「うわっ。部屋、広いっ!」
このホテルは外観だけでなく、内装も貴族の屋敷を模したものだった。クラリッサとウィレミナ、サンドラの部屋はダブルベッドがふたつあり、キッチンまで備わった豪勢な部屋であった。
「本当だ。修学旅行で泊まったホテルよりもずっと広いね。フェリクス君たちと泊まった別荘みたい。何から何まで揃ってるよ。それにとっても静か」
「都市の中心部からは離れているからね。いろいろと広いけど、バルチーノの街へのアクセスが悪いから、ちょっと面倒だけれど。けど、せっかくだし、こういうホテルに泊まるのもいいものでしょ?」
クラリッサは都市の中心部にある最高級ホテルに泊まるのが常だが、時折リーチオが気分転換にこういうホテルに泊まることがあった。シーズンオフで値段も下がっているし、友達をなるべく快適なホテルに案内してやりたいというクラリッサの気遣いだ。
まあ、シーズンオフでも市街地中心部の高級ホテルはビジネス客などがいるので、値段があまり下がらないというのも理由のひとつではあるのだが。
「ベッドもふかふか! クラリッサちゃん、一緒に寝ようぜ!」
「嫌だよ。ウィレミナ、寝相滅茶苦茶悪いじゃん。枕は床に落ちてるし、シーツは半分ひっくり返ってるし、頭と足が寝たときと逆の位置にあるし、どういう寝相してるの?」
そうなのだ。
ウィレミナは寝相が滅茶苦茶悪いのだ。
フェリクスの別荘に泊まった時も、修学旅行のホテルに泊まった時も、その寝相の悪さがいかんなく発揮されていた。シーツも枕も滅茶苦茶。頭と足は逆方向。一緒に寝たらその寝相に巻き込まれるかと思うと、一緒には寝たくないものだ。
「じゃあ、このダブルベッド、私が独り占めして良いの?」
「いいよ。私はサンドラと寝るから」
ちなみにリーチオは別室。彼はゆっくりとワインを楽しみながら、バルチーノの街の夜景に目を向けている。このホテルからはバルチーノの街の夜景が良く見えるのだ。
今回はリーチオは家族旅行ではなく、娘とその友達の旅行の付き添いである。自分で予定を立てなくてもいいし、クラリッサの面倒も見なくていい。今回ばかりは気楽な旅行である。そのうちクラリッサは自分たちだけで旅行するようになるだろう。
そうなるとちょっとばかり寂しいのが父親というものだ。
「それじゃあ、お休み、クラリッサちゃん、サンドラちゃん」
「お休み、ウィレミナ」
灯っていた魔道灯が消え、部屋が暗くなると静けさが訪れた。
明日は朝からバルチーノの観光だ。
今のうちに長旅の疲れを癒しておこう。
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朝。
「これは酷い」
「これは酷い」
朝起きたクラリッサとサンドラがウィレミナのベッドを見てそう告げる。
ウィレミナの姿はベッドにはなく、床に転げ落ちていた。
枕は明後日の方向に、シーツはウィレミナとともに床にずり落ちている。
そして、当のウィレミナは幸せな寝息を立てていた。
「ウィレミナ。朝だよ」
「んん。あー。よく寝た」
「うん。凄いところで寝てるね」
ウィレミナがうんと伸びをするのにクラリッサが神妙な表情でそう告げた。
「よし! 今日も観光だ!」
「その前に着替えて朝食を済ませようね」
ウィレミナが気合を入れるのにクラリッサがそう告げて洗面所に向かった。
3人は仲良く並んで歯を磨き、顔を洗う。そして、髪の毛を整えたらできあがり。
アルビオン王国では歯の手入れは重要視されている。健康な歯を持っていることが医療費の軽減につながり、国民の長寿に繋がると認識されているのだ。そのため歯ブラシの販売から歯磨き粉の普及、国民への歯磨きの重要性の教育まで様々なことが行われているわけである。
それにアルビオン王国は紳士の国だ。口臭がするのは嫌われる。
そんなわけでしっかり歯磨きして、朝食に向かう。
朝食はバイキング式。自分の好きなものを選んで食べる。
クラリッサはトーストとベーコンエッグと紅茶の簡単な朝食。ウィレミナとサンドラもそこまで朝から食べなかった。
それもそうである。お昼になったら美味しいバルチーノの料理が待っているのだ。ここでおなかいっぱいになるわけにはいかない。
「おう。クラリッサ。出発の準備はできたか? どうする? 俺もついていった方がいいか? それとも友達だけの方がいいか?」
リーチオは早めに朝食を終えてロビーで新聞を読んでいた。
「うーん。せっかくだからパパも来て。何かあった時に大人がいると都合がいいから。それともパパは何か用事ある?」
「いいや。ないぞ。今回はお前たちの旅行の付き添いだけだ。仕事も何もなし」
クラリッサが告げるのにリーチオがそう返した。
「それならパパも一緒に。ウィレミナたちもその方がいいよね」
「うん。子供だけで海外旅行っていうのは危ないしね」
ヒスパニア共和国は比較的治安のいい国であるが、やはり子供だけであるといろいろとトラブルに巻き込まれる可能性がある。そういうときにはリーチオがいてくれた方が助かるだろう。リーチオは大柄な男だし、何と言っても腕力がある。
「それじゃあ、出かける準備ができたら教えてくれ」
「了解。準備してくる」
クラリッサたちはいったん自室へ。
「お財布持った?」
「持った」
「地図は?」
「ばっちり」
3人は手分けして持っていくものを確認する。
「よし。準備完了。いざ、バルチーノへ!」
「おー!」
準備万端になったクラリッサたちはロビーでリーチオと合流すると乗合馬車で、バルチーノ市街地に向けて出発した。
楽しい観光が待っている。
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クラリッサたちはバルチーノ市街地に乗り込んだ!
バルチーノの気温は冬でもそれなりに暖かく、マフラーなどは必要なかった。
クラリッサたちはバルチーノの街で何を見て回るのだろうか?
「これが有名な聖家族贖罪教会。凄い見た目でしょ?」
「本当だ。すげー」
聖家族贖罪教会は世界的に有名な建築家によって設計されたことが有名な構造物で、荘厳な雰囲気を放っている。天高くそびえる尖塔は見るものを圧倒し、これがヒスパニア共和国バルチーノのシンボルであることを示している。
「これでまだ未完成らしいよ。これからもっと増築して大きくなるんだって」
「そういえば工事の人たちがいるね」
聖家族贖罪教会は未完の大作であった。
設計者の設計書にはまだまだ大きな教会を構築するという要素が盛り込まれており、その全てが完成するのは50年先とも、100年先とも言われている。
「こんなものにお金をかけていられるんだからヒスパニア共和国も暇だよね」
「クラリッサちゃん?」
仮にも世界的に有名な建築物にそんなことを言ってはいけないぞ。
「中には入れるのかな?」
「大丈夫。シーズンオフだから予約いらずで入れるよ」
「シーズン中は予約がいるんだ……」
それぐらい有名な建築物なのである。
「おー。中も凄い。神秘的な光景だ」
「そう? あんまり興味ないな」
「クラリッサちゃんはどうして私たちをここに案内しようと思ったの?」
「有名だから」
クラリッサは教会なんてさらさら興味がないのである。
だって、人狼ハーフだもの。
「柱の数が凄いね。イーストミンスター寺院も凄いものだと思ってたけど、これには負けるよ。流石は世界有数の巨大教会」
「でも、やっぱり凄いのは外観だよ。尖塔が折れそうで折れないのが凄い」
「……クラリッサちゃんの美的センスはよく分からないや」
クラリッサ、有名な教会の尖塔を折ってはいけないぞ。
クラリッサたちはそれからシーズンオフということで人込みもなく、ゆったり教会を見学できる環境で現地の観光ガイドの案内などを受けながら、聖家族贖罪教会の中を見て回った。外観も内装もダイナミックなこの教会にウィレミナたちは感嘆の息をついた。
ちなみに、この世界では現在ではあまり宗教は重要視されていなかった。かつては教会の力は強かったものの、今は資金力と権力を持った貴族が支配し、その支配の下でさらに貴族を上回る資金力を持ったブルジョワジーが台頭し、権力は俗世のそれに移っている。それでもロマルア教皇国を始めとする宗教国家は存在し、未だに社会に一定の影響力を及ぼしている。
そう、以前、サンドラとポリニャックの婚姻を無効としたように未だに宗教の支配している分野もあるというわけである。
この教会もそんな一定の影響力を持つ教会と、観光地として整備したいヒスパニア共和国の思惑が噛み合わさってできたものである。
魔王軍との長い戦争が続く中、人々は時に神の助けを必要とするのである。
「どう? バルチーノ最大の観光名所は堪能できた?」
「うん! やっぱり人生にはこういう刺激が必要だね」
「刺激で言えば、バルチーノでギャンブルができる店を知っているんだけど」
「ノーサンキュー」
前にリーチオとヒスパニア共和国に来た時には仕事の都合でピエルトが一緒であり、悪い大人ナンバーツーのピエルトがクラリッサにバルチーノのカジノの存在を教えていた。碌でもない大人が多いな。
「では、次は?」
「竜の骨でできた屋敷っていうのがあるよ。そこに行こう」
クラリッサたちはわいわいと騒ぎながら、バルチーノの街を巡って回った。
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