娘はビッグゲームを制したい
……………………
──娘はビッグゲームを制したい
今回の目玉競技のひとつ、400メートルリレー。
なぜこれが目玉競技かというと、王立ティアマト学園陸上部と聖ルシファー学園陸上部がこれまで激しく陸上大会優勝の座を巡って争ってきたことによる。
部活動の活動低下の傾向がある王立ティアマト学園でも陸上部は比較的安定して大会に出場しており、聖ルシファー学園とも大会優勝の座を巡って争っている。聖ルシファー学園は強豪校だが、王立ティアマト学園も負けてはいないのだ。
そんな因縁ある両校の勝負。
これこそが陸上大会の前哨戦だといわんばかりに、両校とも選手を陸上部員で固めている。ウィレミナも有力選手としてリレーに加わっていた。
賭けは混戦でどちらが勝つのかは誰にも分かっていない。王立ティアマト学園の陸上部が勝つのか、それとも聖ルシファー学園の陸上部が勝つのか。生徒たちはもはや勝敗を予想せず、自分たちの学園に賭けていた。
「大会、盛り上がっていますね」
「うん。悪くない傾向だよ」
いつの間にかアガサが王立ティアマト学園側の観客席に来て告げるのに、クラリッサが頷いて返した。
「ところで、クラリッサさんのブックメーカーは部活動の大会でも賭けを?」
「するときもあるし、しないときもあるよ」
クラリッサはまだ本格的には部活動で賭けをしていない。
ここ最近、魔術部の大会で賭けたのが新しい試みで、それも部活動での賭けに本格参入するというより、ウィレミナのための海外旅行費を稼ぐためだった。つまり、まだクラリッサのブックメーカーは部活動の大会で本格的に賭けることはしていない。
「では、参入の余地あり、ですね。『よちよち』歩きながら、私たちも大会に噛ませてもらいますわ。聖ルシファー学園は大会出場が多いですから、きっといい賭けになりますね。今から楽しみです」
「部活動の大会で賭けるというのも美味しいよね」
もうクラリッサもいちいちアガサのギャグに突っ込まなくなったぞ。
相手にしてると疲れるからね。
「では、いい勝負になることを祈っていますわ。うちの陸上部、強いですよ?」
「うちも負けてないよ」
アガサが手を振って立ち去るのにクラリッサがそう告げた。
「それではいよいよ400メートルリレーの開始です。全選手位置につきました」
アナウンスがそう告げ、クラリッサたちの視線がグラウンドに向けられる。
「王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の因縁の戦いです。戦いを制するのはどちらか。注目が集まっています。今、開始の合図が鳴らされようとしています」
審判──外部から雇われた専門家──が、ピストル型の爆竹を構えるのに、選手たちがスタートに備える。陸上部員の筋肉質な脚部が脈打ち、いつでも全力疾走を可能にしていた。彼らはただ合図が響くのを待っている。
「よーい、スタート!」
爆竹が鳴り響き、生徒たちが走り出す。
流石は陸上部だ。速度が他の生徒たちとは段違いである。
両校の陸上部はコースを疾走していき、走者を交代していく。
両校とも負けられない覚悟がある。相手はこれまで大会優勝を競ってきた相手。これは大会の前哨戦にも等しいのだ。ここで勝って、大会でも優勝の座を手に入れる。王立ティアマト学園には、聖ルシファー学園には負けられない。
「いいぞー! いけー!」
「やっちまえー!」
両校ともギリギリの勝負が続き、観客席もヒートアップする。
歓声と応援の声が響き渡り、その声を受けて陸上部がさらに加速する。
「王立ティアマト学園、聖ルシファー学園ともに並走が続きます! 勝利するのがどちらなのか全くわかりません! 観客席は熱狂の嵐に包まれ、どちら側の選手にも声援が浴びせられています! さあ、最終走者です!」
アナウンスも白熱して告げるのに、アンカーにバトンタッチする時間が来た。
王立ティアマト学園側のアンカーはウィレミナ。
ウィレミナはバトンを受け取ると、一気に駆けだした。
聖ルシファー学園のアンカーもバトンを受け取り、ウィレミナに並ぶ。
だが、少しずつ両者の間に差が生じつつあった。
差を広げているのはウィレミナだ。彼女が聖ルシファー学園のアンカーに少しずつ差を開きつつあった。ウィレミナは全力で走り、走り、走り、聖ルシファー学園のアンカーはなかなかウィレミナを追い越すことも、並ぶことも難しくなりつつあった。
そして──。
「ゴール! 王立ティアマト学園がゴールしました! 400メートルリレーの勝者は王立ティアマト学園です!」
わーっと歓声が響き渡る。
ウィレミナは遅れてゴールした聖ルシファー学園のアンカーと握手を交わしている。勝負は白熱したが、スポーツマンシップは失われていないという証だ。
こうして、王立ティアマト学園VS聖ルシファー学園の合同体育祭の午前中のプログラムは終了した。点数は僅かに聖ルシファー学園が優勢。だが、まだ追い抜くことのできない点数ではない。午後の競技でひっくり返せる可能性はあった。
まあ、一先ずはお昼を済ませるとしよう。
……………………
……………………
お昼が終われば午後の競技の始まりだ。
午後にはクラリッサの参加する騎馬戦、親子二人三脚、模擬魔術戦などが待っている。いよいよクラリッサの出番だ。
まずクラリッサが制さなければいけないのは──騎馬戦。
「準備はいい?」
「ばっちり」
クラリッサが確認するのにウィレミナたち騎馬戦の出場者が頷く。
騎馬戦はクラリッサが騎手を、ウィレミナたちが騎馬を務める。
騎馬戦はクラリッサがたびたび出場している競技でもあり、勝機は濃かった。ここで逆転すれば、後半戦を優位に進めることができる。
ただ、王立ティアマト学園側の問題は生徒数が少ないことだ。
聖ルシファー学園が一クラス20名程度なのに対して、王立ティアマト学園側は一クラス15名程度。競技の数的に、複数の競技を兼任する必要があった。
ひとつの競技で全力を出し切ったのちに、また別の競技で全力を出さなければならないのでは疲弊するというものだ。スタミナという面において、王立ティアマト学園は聖ルシファー学園に対して不利であった。
ウィレミナも午前中に400メートルリレーで全力疾走し、お昼休憩をはさんで騎馬戦に再度出場だ。彼女も全力を再び出すのは難しいだろう。
「みんな、勝ちに行くよ。聖ルシファー学園なんかに負けるな。王立ティアマト学園に栄光あれだ。我々に勝利を」
「勝利をー!」
クラリッサがノリノリで宣言するのに、ウィレミナたちが声を上げた。
「負けられない戦いがある。私の5000ドゥカートがかかった戦いだ」
「……クラリッサちゃん。10口も買ったんだね」
クラリッサは騎馬戦で自分たちの勝利に10口賭けたぞ。
「では、いざ出陣!」
「おー!」
クラリッサの合図でウィレミナたちがクラリッサを持ち上げる。
「続いてのプログラムは騎馬戦です。両校ともに気合が入っています。ここで王立ティアマト学園が勝利すれば逆転の可能性もあるでしょう。勝利の女神はどちらに微笑むのか。いよいよ騎馬戦開始です」
アナウンスがそう告げて、爆竹が鳴らされる。
王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の双方が出場口からグラウンドに流れ込む。
先陣を切ったのはクラリッサたちだ。彼女たちは聖ルシファー学園で突撃してきた生徒たちにぶつかると、一瞬の隙をついて鉢巻きを奪った。
「次だ」
「おー!」
相手の出鼻を挫いたクラリッサたちは他の生徒たちと連携して、相手を囲み込むような陣形を保とうとする。そして、聖ルシファー学園の生徒たちは包囲網を打ち破って、事態の打開を目指す。
「このまま包囲して殲滅。右翼前進、左翼前進、中央後退」
クラリッサは生徒たちに指示を出し、巧みに相手を囲い込み、3方向から攻撃を浴びせる。聖ルシファー学園の生徒たちはあらゆる方向からの攻撃にさらされ、次々に鉢巻きを奪われていく。クラリッサも既に5個の鉢巻きを奪っていた。
「この調子で私の5000ドゥカートを大金に変えるんだ」
「おー……」
しかし、クラリッサは下心満点だぞ。
「王立ティアマト学園、試合を順調に進めています。チームワークの勝利でしょうか。聖ルシファー学園側は押されています。既に8チームが脱落。残り4チームです。対する王立ティアマト学園は7チームで挑んでいます」
下心があろうとなかろうとクラリッサの作戦は成功だった。
相手の出鼻を挫き、陣形を崩し、そこから包囲殲滅戦に移行する。
作戦は順調に進み、聖ルシファー学園の生徒たちは手も足もでなくなった。
「いけーっ! クラリッサちゃん! そのままひねりつぶせー!」
「頑張れー! クラリッサちゃんー! 俺の2500ドゥカートを無駄にしないでー!」
観客席からベニートおじさんとピエルトの声援が飛ぶ。
「クラリッサちゃん。頑張っていますよ」
「そうだな。あいつもだいぶ、成長したものだ」
そして、リーチオの隣ではパールが試合の様子を見ていた。
「じゃあ、応援してあげてください。クラリッサちゃんは頑張っているんですから」
「ああ。頑張れ、クラリッサ!」
観客席からリーチオの声援が響いたとき、クラリッサが前に出た。
残り4チームになった聖ルシファー学園の生徒を一瞬で次々に屠る。
「試合終了! 騎馬戦は王立ティアマト学園の勝利です!」
アナウンスが響き、スタジアムが歓声に包まれる。
「これで聖ルシファー学園の得点に王立ティアマト学園が追い付きました。ここから追い抜くことはできるでしょうか。続いては保護者参加型プログラムとなります」
そうアナウンスが流れ、観客席で動きがあった。
まず行われるのは保護者リレー。保護者だけが参加するリレーだ。
王立ティアマト学園からはヘザーの父親などが出場している。仮にも伯爵なのにこの手の行事に参加するというのはちょっとした驚きだ。
「お父様、頑張ってくださあい!」
「任せておくんだ、ヘザー!」
だが、貴族と言えど、だらけて怠けた生活を送っているわけではない。狩りに出かけたり、乗馬をしたりと運動は日頃からしているのだ。そして、アルビオン王国貴族は清貧を良しとするために、肥満は嫌われる。誰もが規則正しい食生活と運動を心掛けている。
というわけで、王立ティアマト学園の保護者が酷く弱いということはない。
だが、聖ルシファー学園の方も負けてはいない。
聖ルシファー学園の保護者たちは平民だ。平民であるが上流階級でもある彼らは狩りや乗馬を嗜むし、日ごろから仕事で体を動かす。運動を趣味とする保護者もおり、保護者リレーにはそういう保護者が我こそはと出場していた。
つまり、どちらが勝つのかは始まってみなければ分からない。
「後半プログラム、保護者リレーが始まります。体育祭は生徒たちが保護者に自分たちの成長を見せる場面でもありますが、今回は保護者の方々が生徒たちに親の誇りを示すプログラムとなりました。例年とは変わったプログラム。勝敗はいかに?」
アナウンスが流れ、保護者たちが位置につく。
「よーい、スタート!」
そして、爆竹の音ともに、一斉に保護者たちが走り出した。
……のだが、最初の走者の時点で王立ティアマト学園が聖ルシファー学園に大差をつけられた。聖ルシファー学園の保護者はプロの陸上選手かと言うほどに速く、瞬く間に王立ティアマト学園に差をつける。
というのも実際のところ聖ルシファー学園の第一走者はプロの陸上選手なのだ。プロの選手となって上流階級の仲間入りした選手が、保護者リレーに出場しており、いくら運動していてもプロには及ばない王立ティアマト学園の保護者に差を見せつけた。
その後もプロ並みの選手が後に続き、王立ティアマト学園は手も足も出ずに、気づいたときには全く追いつけない状況になってしまった。
「ゴール! 聖ルシファー学園の保護者のゴールです!」
結局のところ、保護者リレーでは王立ティアマト学園が敗北を喫してしまった。
「とほほ」
「お父様あ!」
ヘザーの父も大敗を喫してとぼとぼとグラウンドから出ていった。
「これで再び聖ルシファー学園が得点で優位に立ちました。さて、続いての保護者参加型プログラムは親子二人三脚です」
親子二人三脚は文字通り、親子で二人三脚をする競技だ。
出場者は4チーム。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園で2対2の勝負となる。
出場者は──。
「いけー! クラリッサちゃん! ぶちかませー!」
「フィオナさん、頑張って!」
クラリッサとリーチオ。そして、フィオナとフィッツロイ公である。
フィッツロイ公がこの手の競技に出るとは誰も予想していなかった。彼は公爵である。このアルビオン王国において王家に次ぐ家系の当主なのだ。それが体育祭の保護者参加型プログラムにわざわざ出場するなど誰が考えただろうか。
だが、フィッツロイ公は出場した。
こうなると聖ルシファー学園の方も怖気づいてしまう。彼らは平民の中でも上流階級に属し、貴族たちを相手に商いをしている。下手にフィッツロイ公の怒りを買おうものならば、商売は成り立たなくなるだろう。
というわけで接待試合、始まるよー。
「よーい、スタート!」
合図で一斉に選手がスタートする。
聖ルシファー学園の選手はフィッツロイ公を追い越さないようにギリギリの位置をキープ。そして、王立ティアマト学園の方はクラリッサとリーチオが大きく前に出て、息を合わせてゴールを目指していく。
「お父様! いちに、いちにですわ!」
「いちに、いちにだな!」
フィッツロイ公とフィオナのタッグはそこまで速いものではない。えっちらおっちらとしている。それを後ろから追いかける聖ルシファー学園の選手たちもえっちらおっちらだ。まさに泥仕合である。
「いちに、いちに」
「いちに、いちに」
クラリッサとリーチオは息もあっており、負ける様子は見せない。
今日、この日のために特訓してきたのだ。マフィアのボスとマフィアの娘が庭で二人三脚の特訓をするというのは奇妙な光景であったが、その成果は示されている。
「ゴール! 王立ティアマト学園、クラリッサ・リベラトーレさんとリーチオ・リベラトーレさんの組がゴールしました!」
接待試合だからね。そりゃ勝つよね。感動も何もないね。
「これで同点となりました。最後の模擬魔術戦で勝敗が決すると思われます」
いよいよ最終プログラム。模擬魔術戦だ。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!
そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




