娘はビッグゲームを開きたい
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──娘はビッグゲームを開きたい
王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の生徒会と体育委員会の打ち合わせは終わり、いよいよ王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の合同体育祭の準備が始まった。
費用の負担は公平に。開催される競技はそれぞれ王立ティアマト学園と聖ルシファー学園が公平に資金を出し合って、催される。
準備についても両学園の生徒が、協力して行う。
「玉入れ用の籠の準備、できたー?」
「できてるよ」
「あれ? 高さ違うじゃん。棒を変えないと」
時々トラブルなどが起きながらも、合同体育祭の準備は進んでいた。
「賭けはいつ頃締め切られるのですか?」
「大会開催ギリギリで締め切るよ。当日来場した保護者にも賭けてほしいからね」
クラリッサのブックメーカーも大会開催を目前に控えて忙しい。
オッズは王立ティアマト学園と聖ルシファー学園でほぼ半々の評判。
やはりよその学園にはやられてなるものかという思いがあるのか、王立ティアマト学園の生徒は王立ティアマト学園に。聖ルシファー学園の生徒は聖ルシファー学園に。という具合に賭けが進んでいるようだ。
これはなかなか白熱した勝負になりそうだとクラリッサは内心にんまり。
王立ティアマト学園も聖ルシファー学園も保護者それなりに金を持ってる。保護者も同じように賭けに参加するならば、控除率としてクラリッサたちが儲ける金は莫大なものになる。表のブックメーカーとして還元しなければいけないとしても、このビッグゲームで儲けられるだろうクラリッサたちの利益は1000万ドゥカート近い。
大儲けである。
「クラリッサ。どっちに賭けた?」
クラリッサたちブックメーカーの準備にはフェリクスもちゃんと参加している。
「当然、王立ティアマト学園」
クラリッサ自身はもはや莫大な儲けを前に賭ける必要性を感じていなかったが、一応自分もこの楽しいイベントで賭けを楽しむべく、賭けていた。
賭けはいろいろ。
総合優勝を競い合うものから、各競技の勝敗を競い合うものまで。賭けるものが多ければ多いほど、クラリッサたちに入ってくる金は豊富になるのだ。
やはり、世の中金だな。
「お前の出場する競技って何だったっけ?」
「騎馬戦と模擬魔術戦。模擬魔術戦は向こうからのご指名でね」
フェリクスが尋ねるのにクラリッサがそう答えた。
「ご指名?」
「そ。向こうの生徒会長とこの間の魔術大会で争ってね。1点差だけど私が勝った。でも、向こうはリベンジしたいみたい。だから、今回の合同体育祭の開催条件に私が模擬魔術戦でリベンジマッチに応じることになったの」
「1点差か。お前相手に凄いな」
「まあ、彼女は凄いよ。ギャグは凄く寒いけど」
フェリクスが唸るのにクラリッサがそう告げて返した。
「準備の方は順調ですか、クラリッサさん!」
そんな話をしていたら、当の生徒会長アガサがやってきた。
「順調だよ。今回のビッグゲームは大盛り上がりだよ」
「それは大変結構ですね。ランドルフ、しっかりとブックメーカーの運営について学んでいますか? 私たちも導入できそうですか?」
「はい、会長。クラリッサさんから学び取っています」
アガサがクラリッサのブックメーカーを手伝っているランドルフに声をかけるのに、ランドルフがそう告げて返した。
「おや。そちらの方は初めましてですね。あっと驚く誰でもウェルカムなアガサ・アットウェルと申します。そちらの方は?」
「フェリクス・フォン・パーペンだ。クラリッサと共同でブックメーカーをやってる」
フェリクスはアガサの寒いギャグを受け流した。
「クラリッサさんとは長いのですか?」
「まだ1年と半年程度だ。そこまで長い関係ではない。まあ、親しくはしているがな」
「それはそれは。お付き合いしていたりとか?」
アガサの目が輝く。
「してない。あくまでビジネス上の関係だ」
「本当に? クラリッサさんは魅力的ですし、実は付き合いたいと思っているのでは? クラリッサさんってば銀髪の美少女ですし、性格も素敵ですし、魔術やビジネスの才能もお持ちなのですよ。もう付き合いっちゃいなよ!」
「うぜえ……」
アガサはこういう恋愛話が大好きなのだ。誰と誰が付き合っているとか、誰が誰に近づいているとかそういうゴシップ染みた話が大好きなのだ。
有名人のゴシップ記事が載る雑誌は愛読しているし、生徒会長権限で噂集めをしている。だから、クラリッサとフェリクスの間の関係にも興味ありなのだ。
「アガサ。フェリクスにはもうお相手がいるんだよ。風紀委員のクリスティン。彼女を一度不良たちから助けてから、彼女に惚れられているの。フェリクスもデートしたけれど、まんざらでもないって感じだったよ」
「ほうほう。興味ありますね。ロマンチックじゃないですか」
「いいよ、いいよ。いくらでも話してあげよう」
アガサが目をキラキラとさせるのに、クラリッサがにやりと笑った。
「フェリクスはもともとクリスティンとは犬猿の仲だったんだよ。フェリクスは不良って言われる感じの生徒だったから。風紀委員のクリスティンとはいつも争ってたんだ。けどね、もっと性質の悪い不良に襲われて、そこをフェリクスがドラマチックに救出したの。それからはふたりはいちゃいちゃラブラブだったんだよ」
「不良と風紀委員の組み合わせ。ロマンチックですね! いいですね! とてもいいですね! そういうのって燃えますよ!」
クラリッサが告げるのに、アガサが興奮した。
「おいこら。捏造するな。別にいちゃいちゃもラブラブもしてない。あいつとは友達のままだ。勝手に話を盛るな」
「その方が面白いじゃん?」
「面白いじゃん、じゃあない」
クラリッサはまるで悪びれていない。
「もっと、もっと! 馴れ初めを詳しく!」
「馴れ初めいうな。本当にうざいな、この生徒会長……」
アガサの興奮も止まらない。
「で、生徒会長さんがブックメーカーに何の用だ?」
「うちでもブックメーカーするんですよ。儲かるって聞きましたからね。儲かることはやるべきです。そのためのノウハウを学び取っているのです。それで、今回のブックメーカーの収益はどれほどですか?」
「600万ドゥカートは固いね。まあ、そこから収益を還元するわけだけど」
「おお。やはり儲かりますね。流石はグレイシティ・スタジアムを貸切れるだけの財源になっているだけはあります。私たちもいち早くブックメーカーを立ち上げて、大儲けしなければいけませんね、これは」
流石は商人の娘なだけあって、儲け話は逃さないという意思が固い。
「しかし、監査体制などは作らないといけないよ?」
「もちろんですとも。ですが、ちょっとの不正は許されるべきですよ。他人を出し抜くにはルールにだけ従っていてもダメです」
「いいことを言うね」
クラリッサはちょっとどころじゃない不正を犯しているぞ。
「問題は競争力ですよ、競争力。やはりこういうものは独占されていては、利益が上がりません。切磋琢磨して、互いに競い合い、より高品質なギャンブルを提供することで、賭ける側もより楽しめ、生徒会に還元されるお金も増えるというものです」
「そうだね」
「クラリッサさんのところはもう他にブックメーカーが?」
「今は計画段階かな。私たちの成功を見て、後に続こうとするものたちが現れるのを待つのみだよ。きっと後に続く者たちが現れるね」
アガサが尋ねるのに、クラリッサがグッとサムズアップして返した。
クラリッサたちは自分たちが収益を独占するために、後発のブックメーカーを意図的に潰しているぞ。競争する気なんてさらさらないのだ。だって、今のままの方がクラリッサたちは儲かるのだもの。
「それは素晴らしいことになるでしょう。より多くの富を持てるものから搾り取りましょう。それこそが社会の発展へと繋がるのです」
「全くだ」
目をキラキラと輝かせるアガサにクラリッサが頷いて返した。
「お茶を持って来たですよ、クラリッサさん。それから会長が呼んでるです」
と、クラリッサとアガサがお金への妄執を披露していたときにクリスティンが。
「あら。初等部の子まで手伝いに来てくれているのですか?」
「うがーっ! 誰が初等部の子ですか! 私は立派な中等部2年です!」
アガサが何の悪意もなく告げるのに、クリスティンが吠えた。
「この子がクリスティンだよ、アガサ」
「あらあらあら。この子が噂のクリスティンさんなのですね。おふたりで並んでいると、本当に素敵ですわ。身長差っていいものですよね」
クラリッサが紹介するのに、アガサはフェリクスとクリスティンが並んで見える位置にスススッと移動して、感嘆の息をついた。
「もうABCのどこまで終わられました?」
「ABC? なんですか、それ?」
「まあ。今時、なんて初心な子なんでしょう。それが不良とお付き合いされるわけですからこれは来てますわね。とても来てます!」
クリスティンが首を傾げるのにアガサはひとりで興奮していた。頭が温かい。
「この人はいったい何を言っているんですか?」
「病気だ。そっとしておいてやろう」
クリスティンが怪訝そうな表情を浮かべるのにフェリクスがそう告げた。
「それはそうと会長が呼んでるですよ、クラリッサさん」
「分かった。今行く」
「それから聖ルシファー学園の生徒会長を探しているんですが、どこにいらっしゃるか知っていますか?」
「君の目の前」
クリスティンが尋ねるのにクラリッサはアガサを指さした。
「こ、この残念そうな方が美術展でも大賞を獲得した聖ルシファー学園の生徒会長?」
「あ、傘がないと思ったらこのアガサ・アットウェルのことを思い出してください」
クリスティンが目を見開くのに、アガサがどやっとした表情でそう告げた。
「……なんて言っていいか分からないです」
「スルーするといいよ」
クリスティンは困惑している。
「それならおふたりともうちの生徒会長のところに来てほしいです。相談したいことがあると生徒会長が言っているです」
「オーケーですよ。では、ジョン王太子を『応対し』ましょう。ちなみに今のは王太子と応対をかけたギャグですよ」
「……そうですか」
もはやクラリッサたちはかける言葉がないぞ。
「さあ、ジョン王太子の下へレッツゴー!」
アガサは威勢よく歩き出した。
「この人、いつもこんなテンションなんですか?」
「みたいだね。うちの会長じゃなくてよかった」
クリスティンが告げるのにクラリッサは肩をすくめた。
「おっと。ここで第一ジョン王太子発見!」
「第一も何も私はひとりしかいないよ、アガサ会長」
早速ジョン王太子を発見したアガサにジョン王太子がそう告げた。
「それはそうと何の御用です?」
「何か用事?」
アガサとクラリッサが同時に尋ねる。
「うむ。体育祭の準備を行っているのだが、聖ルシファー学園の生徒が途中で帰ってしまうという苦情が来たので相談させてもらおうかと思っていた。聖ルシファー学園は今、何か行事があるのだろうか?」
ジョン王太子がアガサにそう尋ねる。
「ああ。部活動の練習ですよ。うちの学園は部活動が盛んですからね。盛んだけどサッカー部はないんですよ。ふふふ」
「……そうですか」
アガサがにこりと笑うのにジョン王太子たちが真顔になった。
「しかし、帰られてしまっては困る。体育祭まであと4日しかないのに」
「大丈夫です。助っ人を呼びますから」
「助っ人?」
アガサが告げるのにジョン王太子が首を傾げた。
「紹介します! うちの用務員さんたちです!」
「どうも」
アガサの紹介で登場したのは筋肉ムキムキの作業服を着た男たちだった。
「……体育祭の準備は生徒がするべきでは?」
「お給料はちゃんと残業代を払ってあるので安心してくださいな」
「いや。そういう問題じゃなくて」
聖ルシファー学園の生徒たちは体育祭や文化祭などの行事の準備をよく用務員に手伝ってもらってるのである。それで自主性は本当に身につくのだろうか。
「ささっ。テキパキと終わらせてしまいましょう。早めに終わればもっと別のことに時間が使えますよ。するべきことはいろいろとあるでしょう?」
「まあ、それもそうなのだが」
というわけで、途中で帰ってしまった聖ルシファー学園の生徒たちの代わりに、聖ルシファー学園の用務員さんたちが参戦した。
当日までにはちゃんと間に合いそうだが、なんだか負けた気がする王立ティアマト学園の生徒たちでであった。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




