娘は父にも参加してもらいたい
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──娘は父にも参加してもらいたい
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。最近はまた帰りが遅いが、生徒会の仕事か? 体育祭が近いもんな」
「ただの体育祭じゃないよ。ビッグゲームだよ」
「……またいらんこと企んでるんじゃないだろうな」
「必要なことしか考えてないよ」
リーチオが胡乱な目をしてクラリッサを見るのに、クラリッサはそう告げて返した。
「今度の体育祭は王立ティアマト学園VS聖ルシファー学園なんだよ。賭け金2倍でまさにビッグゲーム。パパも賭けよう?」
「はあ。お前が考えたのか?」
「まあね。計画書とか向こうの生徒会との交渉とかいろいろ頑張ったよ」
「それは頑張ったな。こういうところでは頑張りを発揮するのか」
一応は娘が頑張ったので頭を撫でてやるリーチオだった。
「パパ。最近、なんだか忙しそう。体育祭で息抜きしてよ」
「そうだなあ……。いろいろとやらなきゃならんことがあってな」
リーチオはゲルマニア地方を旅行して、マックス・ミュラーとドン・アルバーノとの関係についてある程度の察しを付けた。
魔王軍を巡る政府情報機関とマフィアの連携。
魔王軍によって進行中だと噂される薬物の密輸。それを阻止するための麻薬戦争。
七大ファミリーは知ってか知らずか、魔王軍との戦争に巻き込まれた。ドン・アルバーノは政府とどのような取引をしたのだろうか。七大ファミリーが暗黒街という陣地を守備するうえで、政府に何を要求したのだろうか。
「休憩も必要だよ? 体育祭で賭けて、手に汗握る勝負を見て、楽しむといいよ。体育祭はエンターテイメント性に溢れるイベントなんだから。保護者も参加者も楽しめるようにいろいろと配慮しているからね」
「楽しみにさせてもらおう」
久しぶりの休暇と言うのも悪くない。
娘の成長も見られるし、それに加えて楽しめるのであれば文句はない。
「それからね。今回は保護者参加競技もあるから参加してね」
「おい。ちょっと待て。それは聞いてないぞ。何をするんだ?」
「リレーか親子二人三脚。私的には親子二人三脚がいいかな?」
この度の体育祭から保護者参加競技ができた。大会をより盛り上げようということで、聖ルシファー学園からの提案だった。
王立ティアマト学園では保護者は貴族だ。誇り高いアルビオン王国貴族が、子供のように体育祭で競技に参加するなどあり得ないことであった。
だが、今回は聖ルシファー学園も合同参加。そして、聖ルシファー学園では昔から保護者参加競技が行われているのである。
王立ティアマト学園の体育委員会と聖ルシファー学園の体育委員会の話し合いの結果、今回の体育祭では保護者参加競技を実施することになった。合同開催を持ちかけたのは王立ティアマト学園だ。妥協は必要である。
「じゃあ、親子二人三脚だな。練習するか?」
「もち。勝ちに行くよ」
クラリッサはこの競技でも勝って、王立ティアマト学園の勝利につなげたいのだ。
だって、クラリッサは王立ティアマト学園に賭けてるからね!
「なら、後で庭で練習だ」
「アルフィも応援してくれるよ」
「あれは倉庫から出さなくていい」
いえいというポーズを取るクラリッサにリーチオが突っ込んだ。
「ボス。マックス相談役がお話があるそうです」
「分かった。通せ。クラリッサ、後でな」
使用人が来て告げるのに、リーチオがクラリッサの頭を撫でてそう告げた。
「パパ。約束だからね?」
「ああ。約束だ」
クラリッサが念を押すのに、リーチオは頷いて返した。
「じゃあね、パパ。また後で」
クラリッサは頷くと、リーチオの書斎から出ていった。
「失礼します、ボス」
クラリッサと入れ違いにマックスが入ってきた。
「相談役。何か話があると聞いたが」
「単刀直入に申し上げますが、バヴェアリア王国で私について調べられましたね?」
リーチオはマックスを椅子に座らせるのに、マックスがそう尋ねた。
「……調べた。傍に置くんだ。ある程度の信頼は必要だろう?」
「結構です。探られて困ることはありません。信頼が得られれば何よりです」
マックスはそう告げてリーチオを見る。
「カレー支部を中心にリベラトーレ・ファミリーは麻薬戦争を戦っている。マルセイユ・ギャングとの抗争の拠点でもある。そして、マルセイユ・ギャングは間違いなく、魔王軍と取引している。正確な実態こそつかめていませんが、アナトリア帝国における投資というのは、魔王軍の芥子畑に対する投資です」
「……何が言いたい?」
マックスが語るのに、リーチオが目を細くして尋ねた。
「仕事には報いなければなりません。あなた方、いえ、私たちの仕事は価値のあるものです。たとえ、神や国王に忠誠を誓っていなくとも、その働きは評価されるべきだ。我々が共通の敵に立ち向かっている以上は」
マックスはそう告げると抱えてきたカバンをリーチオの前に置いた。
「6000万ドゥカート。一時的な活動費としてご利用ください。麻薬戦争を今後も続けるための費用として。我々の戦争を続けましょう」
「この金はどこから出てきた?」
「それは知らない方がいいというものです。ですが、この金を資金洗浄する必要はありません。この金を使っても、捜査機関が介入することはない。お約束します」
リーチオが尋ねるのにマックスはそう告げて返した。
「なるほど。相談役と言うよりも橋渡し役だな、マックス」
「そちらの相談も伺いますよ。そのためにここにいる」
政府機関とマフィアの橋渡し役。それがマックスの本来の任務に思われた。
「じゃあ、相談なんだが、どうすればドン・アルバーノは満足する? 七大ファミリーは今や麻薬戦争に突入している。リバティ・シティなんかは酷い抗争が起きているという話だ。だが、俺たちはカレー支部を拠点にしているだけで、そこまで積極的じゃない」
リバティ・シティでは七大ファミリーと新興の犯罪組織とが入り乱れ、激しい抗争が繰り広げられているという話だった。全てはアナトリア帝国を出発し、マルセイユ経由で輸送されるアヘンを始めとする薬物取引のためだ。
対するリベラトーレ・ファミリーはカレー支部で小競り合いを繰り広げこそすれど、戦線の拡大や大規模な戦闘は避けてきた。アルビオン王国こそリベラトーレ・ファミリーのシマであり、そこさえ守り切れればよかったがために。
だが、リーチオは知った。
ドン・アルバーノは、あるいはドン・アルバーノに協力を要請した政府機関は利用価値を求めている。リベラトーレ・ファミリーに政府がその存続を保証するに足る利用価値を求めている。それがなされなければ、政府機関はリーチオを魔族だと発表し、始末する方向にすら動くだろう。
ならば、自分たちはどこまで戦わなければならない?
海峡を越えて、フランク王国最大の薬物密売組織マルセイユ・ギャングと徹底抗戦するのか。それともアルビオン王国だけを守っていればいいのか。
「ドン・アルバーノは現在の状況に満足されておられます。リベラトーレ・ファミリーは忠実に麻薬戦争を遂行している。アルビオン王国は大陸諸国の魔王軍との戦いを支える経済と軍事の中枢。それが汚染されていないだけで十分なのです」
リーチオの問いにマックスはそう告げて返した。
「俺たちの守備範囲はあくまでアルビオン王国、か」
「そういうことになります」
アルビオン王国は今のところ、薬物取引絡みで激しい抗争を繰り広げるような事態には至っていない。カレー支部の反乱とドーバーへの浸透の際に小競り合いが起きただけで、リベラトーレ・ファミリーの所有するバーや娼館に火炎瓶が投げ込まれたり、市街地で銃撃戦が起きるような事態は避けられている。
この平和を続かせることこそがリーチオの役割というわけだ。
「しかし、私はまだ信用していただけませんか。別にドン・アルバーノは私を監視役としてあなたの下に送り込んだわけではないのです。これから起きるかもしれない戦争に備えて、少しでも助力になればと思われて、私を派遣されたのですよ」
マックスは淡々とそう告げる。
「信頼というものは自然発生するものではない。勝ち取るものだ」
「では、何か仕事を任せてくださいませんか?」
「いいだろう。ロンディニウムの新規開発地域におけるギャンブルの合法化。新規開発地域におけるホテル事業の展開。このふたつを任せる。ピエルトと協力して当たってくれ。なかなか首を縦に振らん貴族もいる。そういう人間の説得を任せたい」
ロンディニウムの新規開発地域を巡る争いはリベラトーレ・ファミリーの懸案事項だった。リベラトーレ・ファミリーはロンディニウムの新規開発地域と特区とし、特区内のギャンブル合法化とそれに伴うリゾート施設を併設したホテル事業の展開を考えていた。
だが、この王都ロンディニウムでギャンブルなどけしからんという保守派の市議会議員や貴族などの反発。新規開発地域を高級住宅街にするという別にプランを提案する企業。そういったものの問題があって、計画の進みは遅かった。
「そういうことでしたら、私でもお手伝いができるかと。早速仕事にかからせていただいてよろしいですか?」
「ああ。頼む。これが上手くいけばリベラトーレ・ファミリーの中でもお前のことを疑問視する人間は少なくなるだろう」
ベニートおじさんはゲルマニア人ということであまりマックスを信頼していない。ピエルトにしたところで突如として降ってわいた相談役という地位に困惑している。
「それにしても合法的なカジノとホテル経営とは、やはりお嬢様のためですか?」
「マフィアがいつまでも高潔な組織でありえない以上は、娘をマフィアの仕事に関わらせたくはない。マフィアも今や変化のときだ。七大ファミリーは麻薬戦争を続けるだろうが、ドン・アルバーノが死んだ後はまた意見が分かれるはずだ」
マックスが尋ねるのに、リーチオがそう告げて返す。
「いずれはマフィアもそこらのチンピラと大差なくなる。伝統も誇りも失われ、利益だけを追求する集団になるだろう。だから、そうなる前に手を打っておきたい。マフィアという犯罪組織を続けるのではなく、政界に強いコネを持った起業家への転身を」
ドン・アルバーノは麻薬戦争を宣言した。
今は彼の命令に従って七大ファミリーは薬物取引と戦っている。だが、ドン・アルバーノが死んだ後は? 誰が次の七大ファミリーのまとめ役になるのかは分からないが、出血を強い続ける麻薬戦争からは手を引こうという意見が出てもおかしくはない。
そうなれば後はなし崩しに七大ファミリーも薬物を扱い始め、政界とのコネは腐り、マフィアと街のチンピラたちの境界線はあいまいになる。
マフィアというブランドが地に落ちる。その前にブランドを活かして転身する。
リーチオの政界へのコネはなかなかのものだ。リーチオはロンディニウムの民衆に恐れられていると同時に敬われており、ロンディニウムの票をまとめようというならば、リーチオに頼むのが一番早い。リーチオは政界の友人を助け、政界の友人はその恩にいずれ報いる。どのような形であれ。
その政界へのコネを最大限に活かし、起業家として成功する。
それからは起業家として政界とのコネを繋げばいい。
暗黒街からは暫くは撤退できないだろうが、暗黒街とていつまでも暗黒街であることを維持できるわけではない。娼館の高級娼婦たちはホテルのリゾート施設でホステスとなって働き、これまで見過ごされてきた犯罪は都市警察が取り締まる。
そしてリベラトーレ・ファミリーは合法化される。
クラリッサはもう何も心配しなくていい。合法化されたリベラトーレ・ファミリーはクラリッサの手に渡ってもクラリッサを害することはない。
「マックス。子供はいるのか?」
「死にました。東部戦線で。5年前のことです」
「そうか」
マックスが政府機関とマフィアを繋ぎ、魔王軍と戦うことを企図しているのは、彼が子供を東部戦線で失ったからかもしれない。
「マックス。お前に任せる仕事には俺たちのこれからがかかっている。頼むぞ」
「はい、ボス。ご期待に沿えるように努力します。それでは失礼を」
最後にリーチオがそう告げ、マックスは書斎から立ち去っていった。
「パパ。お話終わった?」
そして、クラリッサがひょっこりと顔を出す。
「ああ。終わったぞ。早速練習するか?」
「おー」
そういうことでリーチオとクラリッサは庭へ。
クラリッサとリーチオでは歩幅に違いがあるが、そこはリーチオが合わせて、おいっちにおいっちにと親子ふたりで歩く。
今は物騒な時代なのかもしれないが、少なくともこの庭だけは平和だ。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




