娘は宿題をしたくない
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──娘は宿題をしたくない
夏の修学旅行も終わり、夏休みが訪れた。
ちなみに王立ティアマト学園では中等部からどっさりと宿題が出るぞ。
「パパ」
「どうした?」
「国外に亡命しよう」
「……宿題はちゃんとしなさい」
その宿題から逃げるために亡命を試みるクラリッサであった。
「いくらなんでも宿題の量が多すぎる。どうかしてる」
「どうかしてるじゃない。そこまで多くはないだろ。ちゃんとスケジュールを立てれば、終わらせられる量だぞ。ほら、ちゃんとスケジュールを立てるんだ。そうしたら、楽しい旅行が待っているぞ」
「おー」
リーチオが告げるのに、クラリッサが歓声を上げた。
「今年の旅行はどこに行くの?」
「どこがいい? まだ決まってないぞ」
「んー。フランク王国以外ならどこでもいいかな」
フランク王国は散々命を狙われたのでしばらくはノーサンキュー。
「じゃあ、ゲルマニアの方に行ってみるか。北ゲルマニア連邦、バヴェアリア王国、エステライヒ帝国。そういうところを見て回るか?」
「いいね」
リーチオが告げるのにクラリッサがグッとサムズアップした。
「じゃあ、今年はそっちの方を見て回ろう。ただし、魔王軍との戦況次第だ。今はクラクス王国が前線だが、どう動くか分からん。1日2日で変わるものでもないと思うが、用心するに越したことはないだろう」
「魔王軍かー」
リーチオが告げるのに、クラリッサが考え込む。
「さあ、分かったら夏休みの宿題の消化準備に入りなさい。そうじゃないと夏休みの旅行も何もなしだぞ」
「酷い」
「酷くありません。勉強をしないとご褒美はなしだ」
クラリッサが口をとがらせるのに、リーチオはそう告げた。
「仕方ない……。ウィレミナにお金を払って代筆を頼もう……」
「おい、こら」
宿題は自分でやろうな、クラリッサ。
「とにかく、宿題のスケジュールを立てなさい。旅行はそれを見て判断する」
「分かった」
クラリッサはそう告げるとささっと自室に向かっていった。
「スケジュール、スケジュール」
クラリッサはどさりと宿題の山を机に積み上げる。
「多すぎる……」
クラリッサは改めて宿題の山を見て戦慄した。
「数学ドリル300ページ。これは1日100ページで3日で終わるな」
そして、無茶苦茶な計画を立て始めるクラリッサである。
「作文も1日で。国語の感想文も1日で。歴史と地理の問題集も1日で。自由研究もなんとか1日で。これで全部で3日で全てが終わるね」
クラリッサ。それはもはや計画でも何でもないぞ。
「スケジュール完成。これで進められるね」
クラリッサはトトトとリーチオの書斎を目指した。
「パパ。スケジュールできたよ」
「そうか。見せてみろ」
「ほい」
リーチオが告げるのに、クラリッサがスケジュール表を手渡した。
「……クラリッサ。これはスケジュールにも何にもなっていない」
「どうして」
「無理がありすぎる」
クラリッサは夏休み最終日付近に全ての宿題を放り投げたぞ。
「もっと計画的にやりなさい。3日で全部とか絶対無理だろ」
「可能性を信じろ」
「信じない」
クラリッサがいい感じに言うのにリーチオが首を横に振った。
「ぶー……。娘の可能性を信じないとか酷い親だよ」
「いや。酷いのはお前のスケジュールの方だ。自由研究1日って何するんだよ」
「……フリーダムなリサーチ」
「説明になってない」
言葉を変えただけである。
「パパは自由研究のアイディアとかないの?」
「去年は牛乳からチーズ作ったりしたろ。今年も何か作ればよくないか?」
「うーん。石鹸とか?」
「悪くないんじゃないか」
化学的な自由研究だ。
「じゃあ、せっかくだし、パールさんたちに石鹸の作り方習ってくるよ」
「高級娼婦に自由研究を任せるのか……。まあ、いいが……」
リベラトーレ家では高級娼婦の影がちらほら見える。
「それから他の宿題のスケジュールも考え直しなさい。どう考えても3日じゃ終わらん」
「終わるかもしれないよ?」
「終わらない」
諦めの悪いクラリッサであった。
「はあ。夏休みはエンジョイしたいのにな」
「宿題が終わればエンジョイできるんだから、さっさと終わらせなさい」
「はーい」
というわけで、クラリッサの宿題はスケジュールの練り直しとなった。
頑張れ、クラリッサ。計画的に夏休みの宿題を終わらせられる子になるんだ。
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とりあえず、夏休みの宿題のスケジュールはできたクラリッサ。
後は実行あるのみである。
……なのだが、クラリッサにはどうしてもやる気が湧いてこなかった。
「はあ。何故、宿題があるんだろう」
それは学生だからだろう、クラリッサ。
「数学のドリルはあっという間だけど、他が重い。読書感想文とか面倒くさすぎる。本を読む上に感想まで書かなきゃいけないなんて。感想なんて『退屈でしたです』とかぐらいしか書きようがないよ」
とことん本を読むのが嫌いなクラリッサである。
「読書感想文もパールさんたちに考えてもらおう。早速、宝石館へ」
クラリッサはそう告げると本とノートを抱えて、シャロンを呼んだ。
「シャロン。宝石館にいくよ」
「了解であります」
クラリッサが告げ、シャロンが馬車を出す。
夏休みの間のロンディニウムは人が多い。観光客が各地から押し寄せてくるのだ。ロンディニウムも観光地のひとつであり、有名なイーストミンスター寺院やエリザベスタワーを見に多くの観光客がやってくるのである。
「にぎやかだね」
「そうでありますね。ロンディニウムは特にお祭りもないのににぎやかであります」
今年の夏休みもロンディニウムは観光客でにぎやかだ。
イーストミンスター橋でエリザベスタワーを眺める人たち。イースト・ビギンで演劇を楽しむ人たち。オクサンフォード・ストリートで買い物を楽しむ人たち。
それぞれがそれぞれの楽しみ方をしている。
もちろん、リベラトーレ・ファミリーに関係あるのは、観光客の中でもちょっとした思い出にギャンブルをするような人種だ。競馬なんてものではなく、ホテルで行われる違法カジノを楽しむような人々がリベラトーレ・ファミリーの夏のお客だ。
「さて、宝石館だ」
馬車は宝石館の前で止まった。
「こんちは、サファイア」
「あら。いらっしゃい、クラリッサちゃん」
そして、いつものように挨拶するクラリッサ。
「もう修学旅行のお土産食べた?」
「ええ。とっても美味しかったわよ。ありがとうね、クラリッサちゃん。フランク王国はとても楽しかったでしょ?」
「うん。いろいろあったけど楽しかったよ」
殺し屋に狙われたり、姉妹校の生徒会長を脅したり、美術館を楽しんだり、いろいろとあったものである。
「それよりサファイア。宿題手伝って」
「宿題は自分でやらなきゃいけないのよ?」
「そんな固いこといわないで」
クラリッサは面倒なことを手伝ってもらうつもりなのだ。
「宿題ってどんなもの?」
「読書感想文。本を読むだけでもつらいのに、感想文を書けとか鬼畜すぎる。いくらなんでもあり得ない。書くことなんてなにもない」
「クラリッサちゃんは本当に読書が苦手なのね」
まるで逆立ちしながらタピオカを飲みつつ、ブレイクダンスを踊れと言われたかのようにクラリッサは読書感想文について語る。そこまでか。
「読書感想文って具体的に何書けばいいの?」
「そうね。本のおすすめポイントとか本を読んで発見したこととかを書くのよ」
「おすすめすることなんてないし、発見したことなんて読書は苦痛だってことだよ」
クラリッサは相変わらずだ。
「うーん。とりあえず、クラリッサちゃんは何を読んだの?」
「これ」
サファイアが困った顔をして尋ねるのに、クラリッサがトンと本を出した。
「……『ニンジンの騎士の冒険』。クラリッサちゃん。これは初等部の子が読む本よ」
「そんな」
クラリッサが読んだ『ニンジンの騎士の冒険』は、ニンジンが大好物の騎士が海賊や山賊と戦って、金銀財宝と美味しいニンジンを手にするという話だ。
何の捻りもない勧善懲悪ものだ。
中等部の子が読む本じゃないな!
「もうちょっと難しい本を読まない?」
「これで精いっぱい……。これ以上難しいとか内容すら分からなくなる」
「そこまで」
地球の文学で言うと『桃太郎』でギブアップという感じである。
幼稚園児かな?
「読むの辛い……。簡単なのがいい……」
「頑張ろう、クラリッサちゃん」
そう告げてサファイアは部屋の奥から何冊かの本を持ってきて机に積み上げた。
「『薔薇の戦争』。これなんて歴史ものだから、読書感想文も書きやすいと思うわ。読みやすい文体だし、クラリッサちゃん、挑戦してみたら?」
「そんなに分厚い本はノーサンキュー」
「……そんなに分厚くないわ」
サファイアがおすすめした『薔薇の戦争』の厚さは普通の文庫本程度だ。
「これぐらいの薄っぺらさで、それでいて中身はボリューミーで、読書感想文がすいすい書ける本はないかな?」
「そんな都合のいい本はないわ、クラリッサちゃん」
「そんな」
クラリッサ。その薄さは観光ガイドブック程度の代物だぞ。求人誌より薄いぞ。
「うーん。代わりに書いてくれない、サファイア? サファイアはいっぱい本を読んでいるからいろいろ書けるよね?」
「宿題は自分でしなければダメよ」
他人に読書感想文を書かせてはいけないぞ、クラリッサ。
「じゃあ、読んで聞かせて。感想文ポイントがあると教えてくれると助かる」
「それぐらいならいいけれど。時間かかるわよ?」
「自分で読むよりマシ」
音読するのと黙って読むのとでは黙って視線を走らせるほうが早い。
「じゃあ、これから宝石館通いね。1週間もあれば読み終わると思うわ」
「分かった」
クラリッサは頷き、周囲を見渡す。
「ところでパールさんは?」
「パールさんはお客さんと夏のバカンス。ゲルマニアの方に行くって聞いてるわ」
「おー。旅先で会うかもしれないな」
クラリッサたちもゲルマニアの方に旅行に行くのだ。
「クラリッサちゃんもゲルマニアの方に旅行?」
「うん。来週から」
リーチオはクラリッサの宿題のスケジュールができたので、旅行にゴーサインを出したぞ。来週からいよいよゲルマニア旅行だ。
新興国家北ゲルマニア連邦からエステライヒ帝国までの楽しい旅行が待っている。
「それじゃあ、早く宿題をすませないとね。早速、読書にする?」
「おう」
というわけで、クラリッサの読書タイムの始まり。
「『ことの始まりは百年戦争中のことでした。百年戦争においてフランク王国に勝利を続けるヘンリー2世が……』」
「ちょっと待って。もうわからなくなった」
「……クラリッサちゃん。まだ1ページ目よ」
クラリッサは百年戦争って何だったっけと必死に思い出そうとしている。
フランク王国のフィリップ2世記念博物館でも甲冑を見た気がするが、甲冑のカッコよさとクロスボウのカッコよさの記憶しか残っていない。いわゆる体験型学習がまるでできないクラリッサであった。
「続きを読むわよ?」
「オーケー。その都度解説していって」
「クラリッサちゃんは歴史も覚えないといけないわね」
頑張れ、クラリッサ。歴史の宿題と読書感想文の両方を済ませる機会だぞ。
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