娘は友達と土産を選びたい
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──娘は友達と土産を選びたい
「やっほ。終わったよ」
「やっほ、じゃないよ! 凄い銃声してたけど大丈夫なの?」
クラリッサが博物館の出口まで来て軽く告げるのにサンドラが叫んだ。
「大丈夫。暗殺者は天に召されたか、官憲に捕まった。そして、私もファビオたちも無事にしてる。全く以て大丈夫」
「暗殺者に狙われているの?」
「そうみたい」
クラリッサは朝の天気でも聞かれたかのように返した。
「なら、ホテルに戻った方がよくない? 危ないよ?」
「ここまで来て帰るなんてとんでもない。せめて、食事くらいはしていかないと」
サンドラが心配するのにクラリッサがそう告げて返した。
「本当に大丈夫なのかい、クラリッサちゃん?」
「大丈夫だよ。ここで私がのこのことホテルに戻って修学旅行を寂しく過ごすことこそ、敗北を意味するんだ。リベラトーレ・ファミリーは脅しには屈さない」
ウィレミナも心配するのに、クラリッサは断固とした姿勢を見せた。
「というわけで、食事に行こう。ここら辺にいいレストランはあるかな?」
「どうだろう。なるべく安全なお店がいいね」
サンドラたちにしてみればそれこそ要塞のようなレストランで食事したいところだ。
「んじゃあ、適当にぶらぶらするか?」
「いいね」
フェリクスが告げるのに命を狙われている人間とは思えないようなことをいうクラリッサであった。本当に大丈夫なのだろうか。
それはともかく、クラリッサたちは博物館を出て、街に繰り出した。
「流石は華の街とも言われるだけはある。建物が綺麗だ」
「屋根とか色とりどりでお洒落だよね」
「うんうん。お洒落だ。それに狙撃手が隠れていたらすぐにわかる」
「クラリッサちゃん?」
サンドラ。今のクラリッサは命を狙われているのだから大目に見てあげよう。
「それにしてもいい感じのレストランってどんな感じのだろう?」
「あんな感じの?」
ウィレミナが首を傾げるのにクラリッサが指さした。
クラリッサの視線の先には涼し気な雰囲気をしたお洒落なレストランがあった。正面はガラス張りで、店内の様子がうかがえる。客層はいかにもな上流階級ばかりだ。
「あ。ジョン王太子がいる」
「別の店にしよう」
「あれがいいって言ったのはクラリッサちゃんだろー」
ジョン王太子を発見してすぐに回れ右しようとするクラリッサであった。
「面倒ごとは避けるべきだと思う」
「じゃあ、クラリッサちゃんは命を狙われているからホテルに帰る?」
「むぐ」
そう言われると言い返せないクラリッサだ。
「あのお店にしよう。ジョン王太子が選んだなら確実だよ」
「王室ご用達ー」
サンドラがそう告げて、ウィレミナたちが続く。
「ジョン王太子、フィオナさん、ヘザーさん。お食事終わりました?」
「おお。サンドラ嬢。これからのところだよ」
サンドラが声をかけるのに、ジョン王太子がサンドラに気づいた。
「ここって有名なレストランなんですか?」
「む。有名かどうかは分からないが、従兄にパリースィならばここで昼食をと助言された。それなりに品格のあるところなのだろう」
どうやらジョン王太子もよく理解していないようだ。
「クラリッサ・リベラトーレさん? 何しに来ましたの?」
と、ここで顔つきのちょっときつい同年代の女子が声をかけてきた。
久しぶりの登場なので皆さんお忘れかもしれないので紹介すると、彼女は『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』の委員長フローレンスだ。本当に久しぶりの登場である。
「君こそここで何しているの?」
「食事に決まっていますわ。ここは名誉あるアルビオン王国ご用達のお店ですのよ。あなたのような平民はよそで食事してくださるかしら?」
クラリッサが尋ねるのに、フローレンスがフンと鼻を鳴らしてそう告げた。
「さて、このテーブルでいいかな?」
「話を聞いたのかしら!」
クラリッサはフローレンスの言葉など途中から聞いていなかったぞ。
「なんだよ、あの女。感じ悪いな」
「ああいうのはどこにでもいるものだよ」
フェリクスが吐き捨てるように告げるのに、クラリッサは肩をすくめて腰かけた。
「フィオナ。一緒に食事してもいいかな?」
「もちろんですわ、クラリッサさん。食事は大勢でした方がにぎやかですから」
クラリッサがフィオナに声をかけるのに、フィオナは満面の笑顔でそう返した。
「むむむむ……」
「フローレンス様、おちついて!」
フローレンスが額に血管を浮かび上がらせるのにエイダが必死に鎮める。
「ヘザー! あなたはやるべきことがあったんじゃないですか!」
「フローレンス。ここのソーダ水、冷たくて美味しいですよう」
「そんなことは聞いてません!」
ここにきてフローレンスとクリスティンの視線が交わる。
フローレンスはせっかくのジョン王太子との食事をクラリッサたちに邪魔されたくない。クリスティンはここはお邪魔虫なしでフェリクスと食事がしたい。
「フェリクス君。私たちは別のレストランにしましょう。そうするべきです」
「んだよ。あんたクソ女に騒がれたから出ていくのか?」
「うがーっ! あなたという人は本当に口が悪いですね!」
だが、フェリクスに引き下がるつもりはこれっぽっちもなかった。
「とにかく、別の店にするです。そうした方が食事が楽しめます」
「ここが嫌ならお前たちは別の店に行けよ」
「そ、それは嫌です……」
せっかくの修学旅行なのでクリスティンもフェリクスとの距離を縮めたいのだ。
「クリスティンも座れよ。別にレストランに追い出されるわけじゃないんだからいいだろ。ほら、ここに座れ」
「うう。はいです」
クリスティンはフローレンスを裏切ってフェリクスの隣に座った。
「んじゃ、あたしたちはお邪魔するといけないから向こうに座るねー」
「クリスちゃん。頑張って!」
顔を真っ赤にするクリスティンを置いて、クリスティンの友人2名は別のテーブルに。
「私たちもここで食事しよう」
「なんかものすごく睨まれているけど」
「気にしない、気にしない」
フローレンスがいくら睨もうとクラリッサは痛くもかゆくもないぞ。
「私はガレットにしようかな」
「それじゃあ、私は──」
クラリッサはパリースィならではの料理を注文していく。
流石のフローレンスも諦めたのか、にらみつけるのをやめて、料理を食べ始めた。
「美味いね。パリースィもなかなかのものだ」
「いいところに来たね」
クラリッサたちは食事でホクホクだ。
「フェリクスたちも食事は楽しかった?」
「ああ。フランク王国は久しぶりだが、やっぱりここの食事はアルビオン王国や北ゲルマニア連邦なんかよりも美味しいな。南部とフランク王国は美食の国だ」
アルビオン王国はあまり料理文化の盛んな国でもなく、北ゲルマニア連邦はその気候ゆえに食事が限られていた。美味しい料理として各国で食される食事はフランク王国のものや南部の物である。特にフランク王国の料理は宮廷の晩餐会で食され、南部料理は庶民の味として楽しまれている。
クラリッサも南部料理は大好きだ。
「フィオナも楽しめた?」
「はい。フランク王国の料理はいいものですわ。特にこのレストランは卵の扱い方がよくできていますね。ほどよい火加減で、とろとろしていますわ」
フィオナが店を褒めるのに、この店を紹介したジョン王太子がどやっとした顔をしていた。彼もこの修学旅行でフィオナとの距離をより縮めたいのだ。男の子だもの。
「じゃあついでに、ジョン王太子にいい市場について聞かない?」
「いいね。ジョン王太子、お土産にチーズとか買って帰ろうと思うんだど、いい市場知ってる? こう、王室ご用達的なお店とか?」
ウィレミナが告げるのにクラリッサがジョン王太子に尋ねた。
「いや。王室は市場で買い物とかしないのだが……。まあ、一応定評のある市場については聞いている。なんでもモントルグイユ通りというのがいいそうだが。とは言え、王室は市場で買い物はしない。業者が自ら品を売りに来る」
「酷い階級差別だ」
「君だって大概だぞ」
クラリッサもブルジョワジーとして豊かな生活を謳歌しているぞ。人のことは言えないな。プロレタリアートよ、団結せよ!
「まあ、おすすめされた市場に行ってみるよ。地図からするとここからそう遠くはないみたいだし。ありがとです、ジョン王太子!」
「うむ。助けになれたようでなによりだ」
ウィレミナが礼を言うのに、ジョン王太子が頷いて返した。
「フィオナたちはこれからどこに?」
「私たちはフィリップ2世記念博物館に行こうと思っていますの。あそこにはフランク王国の歴史が詰まっていますから。百年戦争中の甲冑などもありますのよ」
フィオナがそう告げるのにクラリッサはそっと視線を逸らした。
「……クラリッサ嬢。何かあったのかな?」
「何もないと思うよ。グッドトリップ」
「視線を逸らしたまま言っても説得力がないよ」
視線を逸らしたままサムズアップするクラリッサにジョン王太子が突っ込んだ。
「さて、私たちはそろそろ行かないとね」
「本当に何があったのかね、クラリッサ嬢!?」
事情を知っているサンドラたちも視線を逸らした。
……のちにジョン王太子たちがフィリップ2世記念博物館を訪れると、そこは官憲で囲まれ、男たちが連行されて行っていた。
当然ながら、博物館は見学できなかった。
……………………
……………………
クラリッサたちはジョン王太子たちを置いてモントルグイユ通りに向かった。
緑色のアーチがクラリッサたちを出迎え、賑やかな市場の雰囲気が漂ってきた。
「おー。いろいろとあるな」
「チーズはどこかな?」
クラリッサが感嘆の息をつくのに、ウィレミナが周囲を見渡した。
「チーズは向こうっぽいよ。いろいろと売ってるね」
「行ってみようぜ!」
サンドラが告げるのにウィレミナがその方向に向かう。
「カマンベールがこれだけの大きさでこの値段? 安くない?」
「本当だ。こんなに大きいのに安いね」
市場での価格の値段は非常に安かった。
だが、困ったことに大きいのだ。
「お土産にするとかさばるねー」
「これだけ大きなチーズを持って帰るのは大変だ」
チーズは丸々と大きく、それでいてバラ売りしていない。業務用スーパーのような感じだと言えば分かるだろう。ビッグサイズにして、格安価格。
「それじゃあ、私と一緒に買って半分こしようか?」
「おお。ナイス、クラリッサちゃん」
そこで助け舟を出したのがクラリッサだった。
「半分にすると……割合でかいな」
でかいチーズは半分にしてもデカかった。
「まあ、大丈夫。密輸業者を使えば、関税もなしでアルビオン王国に輸入できるよ」
「いや。関税はちゃんと払うよ」
チーズにも関税がかかります。
「後はワインを頼まれているんだけど」
「お酒は不味いよ、クラリッサちゃん。とんでもない関税がかかるよ」
「密輸業者を使えば……」
「違法行為はダメ」
クラリッサは密輸する気満々だったぞ。
「うーん。じゃあ、何をお土産にしよう。お酒がいいんだけどな」
「お酒以外のものにしよう。お菓子とか?」
「お菓子か。お菓子をカモフラージュにお酒を密輸するわけだね」
「違うよ」
何が何でも密輸する気のクラリッサである。
「お菓子を買うなら、予定を変えないと」
「お菓子のお店ってどこら辺?」
「前にパパといった時には、ジャムのお店にお菓子も置いてあったな」
クラリッサはフランク王国の犯罪組織と抗争状態に陥る前は、フランク王国を旅行した経験がある。だが、相当昔の話である。
「お菓子よりジャムの方が喜ばれるかもよ?」
「うーん。そうだね。お菓子より日持ちするし、関税もあまりかからないし」
「どうしてそんなに税金払うのが嫌なんだ?」
「私のお金は私のお金だからだよ」
クラリッサは愛国心が欠片もないのである。
「それじゃあ、ジャムのお店へ!」
その後、クラリッサたちはサファイアへのお土産のためにジャムをオレンジアメールとさくらんぼの2瓶買い、その日の夕刻まで平和な日々を過ごしたのであった。
どうやら、マルセイユ・ギャングも博物館で騒動を起こしたのが官憲の目に引っかかったようで、それ以降の襲撃はなく、シャロンとファビオは神経をとがらせながらも、クラリッサたちをホテルまで送り届けた。
もうすぐ楽しい修学旅行もお終いだ。
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