娘は友達と博物館を体験したい
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──娘は友達と博物館を体験したい
フィリップ2世記念博物館は古い要塞を改築したものであった。
フランク王国の歴史が一通り詰まった博物館であり、説明のためのガイドもいる。
「お。クラリッサ?」
「お。フェリクス?」
そして、博物館の入り口でばったりとフェリクスたちと出会った。
「そっちも博物館か?」
「そ。お昼一緒しない?」
「悪くないな」
フェリクスの班はフェリクス、トゥルーデ、そしてエイダであった。
なのだが、それに加えて他3名。
「クラリッサ・リベラトーレさん! ちゃんと修学旅行として学んでいますか!」
「ちびっこ風紀委員も一緒か」
「うがーっ! 私はちびっこではない!」
クリスティンたちだ。クリスティンと友人の2名。
「ひょっとしてフェリクス、デート中だった?」
「はあ? お前まで姉貴のようなことを言うのか?」
クラリッサがにんまりして尋ねるのにフェリクスがため息をついた。
「そうよ! フェリちゃんがこんな小さな子が趣味だったなんてがっかりよ! いつもは大人の女性がいいとか言いながら、こんなちびっこを侍らせているんだから!」
「ちびっこではないと言っています! 失礼ですよ!」
トゥルーデがきゃんきゃん叫ぶのに、クリスティンまで唸り始めた。君らは犬か。
「はあ……。姉貴もクリスティンも博物館の中じゃ静かにしてろよな。騒ぐようなら警備員につまみ出されるからな。分かったな?」
「もちろん、博物館でのマナーぐらいはわきまえています。静かに歴史を堪能しましょう。あなたのお姉さんが騒がなければですが」
そう告げてクリスティンがじろりとトゥルーデを睨む。
「フェリちゃん、フェリちゃん。お姉ちゃんがガイドしてあげるわ。前にも来たことあるの。だから、ここはお姉ちゃんに任せて」
「よし。ガイドを雇おう」
「フェリちゃーん!」
トゥルーデの提案はあっさりと蹴られたぞ。
「じゃあ、この3班で見て回る?」
「そうした方がいいな。面倒だが」
クラリッサが尋ねるのに、フェリクスが頷いて返した。
「すまん。ガイドを雇えるか?」
「ええ。スタッフを呼びます。少しお待ちください」
博物館の受付職員はベルを鳴らすと、ひとりの男性がやってきた。
「エドモンと申します。このフィリップ2世記念博物館のガイドです。ガイドを希望されるということでしたので、私がご案内させていただきます。そちらは修学旅行の方でしょうか? であれば、よい場所を選ばれましたね。このフィリップ2世記念博物館にはフランク王国の歴史が詰まっていますから」
「ええ。楽しみにしています」
エドモンと名乗る男性が自己紹介するのに、サンドラが笑みで返した。
「詰め込みすぎはよくないよ。半分くらいに薄めよう?」
「クラリッサちゃんは真面目に勉強しようね」
クラリッサは歴史が大の苦手なのだ。
「それでは展示物は歴史に沿って並んでいるので見て回りましょう」
エドモンはそう告げると古代ガリア時代からの展示物を紹介して回る。
「それにしても、クラリッサ。シャロンさんの隣の人は誰だ?」
「シャロンの彼氏」
「マジか」
「嘘」
フェリクスが戦慄するのに、クラリッサがぺろっと舌を出した。
「なんだよ、脅かしやがって」
「何? フェリクスはシャロンに気があるの?」
「む。べ、別にそういうわけじゃ……」
クラリッサがにやにやしながら尋ねるのにフェリクスは口ごもった。
「フェリクス君! 古代ガリア時代の武器ですよ。男の子はこういうのに興味がありますよね? しっかりとみるといいですよ」
「フェリちゃんはそれよりこの古代ガリア時代の調理器具に興味があるわよね?」
そして両サイドから攻撃を仕掛けてくるクリスティンとトゥルーデだ。
「分かった、分かった。両方見るから」
フェリクスは渋々と展示物のところに連行されていった。
「ファビオ、シャロン。“害獣”の様子は?」
「今のところは安全です。相手も少しは慎重になったようですね。ですが、安心なされず。相手は捨て身で来る可能性があります。引き続き、我々の警護を」
「うん。任せた」
尋問で分かったが、相手はクラリッサ殺害後に逮捕を逃れる気がない。そのまま拘束され、その男の命令者が官憲に賄賂を渡すなどして数年の服役で外に出る。そして、報酬として大金を受け取るというわけなのだ。
それならば公衆の面前で襲い掛かるという可能性もあり得る。暗殺者を警戒するに当たってこれほど面倒なこともない。これ以上に性質の悪いのは、己の命すら捨てて決死の一撃を叩き込んでくる暗殺者ぐらいである。
マルセイユ・ギャングがクラリッサの命をどうしても狙いたいというならば、その性質の悪い暗殺者が出てきてもおかしくない。
ファビオとシャロンは周囲に視線を張り巡らせ、警戒に当たる。
「クラリッサちゃん。ちゃんとガイドの人の話聞いてる?」
「古代ガリアとかどうでもいいよ」
「よくないよ。テストにも出ることだよ」
まあ、クラリッサは暗殺者の前に勉強をしなければいけないのだが。
「では、次はフランク人の移住について──」
博物館には様々な展示物がある。
当時の様子を描いた絵画。当時使われていた道具。歴史的書物。
だが、クラリッサにはどれも興味がない。
ガイドの説明を受けても、『ふーん』って感じである。多分、博物館を出るときには教わったことは全て脳みそから滑り出てしまうことだろう。
だが、そんなクラリッサでも目を光らせるものが現れた。
「これは百年戦争中のフランク王国兵士の甲冑と武器です。フランク王国はクロスボウを兵器として取り入れ大々的に運用したことで有名ですが、あまり効果を発揮しなかったのが、後世の判断になっています。アルビオン王国の長弓兵の方が上手だったのですね」
武器と甲冑である。
「触っていい?」
「ええ。武器はレプリカですからご自由に。甲冑は歴史的なものなので触ることはできませんが。しかし、十字軍時代の甲冑なら触ることもできますよ」
「ナイス」
クラリッサはクロスボウを受け取ると、エドモンに操作方法を教わりながら、弦を引いた。キリキリと弦が締め上げられ、いつでも発射できるようになった。
「何か狙えるものは?」
「あいにく、博物館の中には……」
「そんな」
エドモンの言葉に戦慄するクラリッサであった。
「いや。クラリッサちゃん。ここは博物館だからな? 的なんてないぜ?」
「残念なり」
クラリッサは引き金を引いて、弦をビュンと言わせるとエドモンに返した。
「けど、この剣はカッコいいね。イカしてる」
クラリッサはレプリカの剣をぶんぶんと振り回しながらそう告げる。
「メイスや斧なども百年戦争の間には使用されました」
「銃はなかったの?」
「銃が生まれるのは30年戦争の少し前からですね。魔道式小銃は30年戦争中です」
「ほうほう」
武器や殺しの歴史になると学習意欲の上がるクラリッサである。誰に似たのやら。
「それでは次は30年戦争中の──」
クラリッサたちは展示物を見て回り、甲冑を装備してみたり、斧を振り回したりしながら、博物館を満喫していった。
そして、そろそろ博物館も終わりという時に差し掛かったとき──。
「シャロン」
「ええ、ファビオ様。団体様がいらっしゃったようですね」
ここでファビオとシャロンにスイッチが入った。
「止まれ」
ファビオがクラリッサたちの後方からやってきた男たち8名の前に立った。
「その懐に持っているものを出してもらおうか」
「ちっ。てめえ、リベラトーレ・ファミリーの人間だな。覚悟しやがれ」
男たちはそう罵ると懐からナイフやピストルモデルのマスケットを抜き、一斉にファビオに向けた。ファビオの方もナイフを構える。
「畳め! ぶち殺せ!」
「リベラトーレの娘も殺せ!」
突如として博物館は騒然となった。
「サンドラたちは逃げて。大急ぎで。フェリクスはみんなを守ってあげて。狙いは私だから、他は大丈夫なはず。でも、博物館からは出ないで。博物館には警備員がいるけど、その外にでたら警備員は当てにできないから」
「け、けど……」
「いいから。行って」
クラリッサはサンドラたちにそう告げると、展示物の模造刀を手に取った。
そして、己の体にフィジカルブーストをかける。腕を中心に投擲のための筋肉を魔力によって増幅させていった。
「ファビオ、シャロン。伏せて」
クラリッサの言葉でファビオとシャロンが屈みこみ、その隙にクラリッサが模造刀を思いっきり男たちに向けて投げつけた。
「があっ!」
いくら刀が切れ味を持たない模造のものであったとしても、フィジカルブーストをかけて投げつければただでは済まない。模造刀は武器を握っていた男の手を貫き、男の手からナイフを叩き落とした。
「クソガキが! 殺せ!」
男たちの方もピストルモデルのマスケットで銃撃し、展示物を展示していたガラスケースが破壊される。エドモンはその場にしゃがみこんで神に祈っており、貴重な展示物の破損を気にしているような余裕はない。
「ファビオ様! 交戦自由でありますか!」
「自由だ! 向かってくる連中は全て始末しろ!」
男たちがマスケットを乱射しながら、ナイフでシャロンとファビオに襲い掛かる。
「甘いであります!」
シャロンは放たれた銃弾を回避しながら肉薄し、ナイフで男の腎臓を貫き、抉るようにして引き抜くと、その大量出血のショックで気絶した男を盾にして、マスケットを握った男たちに突撃する。
「畜生! 撃て、撃て!」
「やらせん」
マスケットを乱射しようとした男たちに向けてファビオがナイフを投擲する。3本のナイフが男たちの喉を貫き、一撃で仕留めていく。マスケットの狙いはずれ、天井や地面が銃弾によってはじける。
「護衛は放っておけ! リベラトーレの娘を仕留めろ!」
残った男たち3名がシャロンとファビオの護衛を突破してクラリッサの抹殺を図る。
「行かせるか」
「ここで行き止まりであります」
ファビオは新しくナイフを投擲し、シャロンは盾にしていた男を投げ捨ててナイフで男の脇腹を貫く。男たちはうめき声をあげて地面に倒れる。
「死ねえ!」
だが、男ひとりがシャロンとファビオの警備を突破した。
「甘いね」
クラリッサが指をパチリと鳴らすと金属の槍が生成され、それが床面に突き刺さる。男は檻の中に閉じ込められた形となり、必死に出ようとしていたが、後ろから来たファビオとシャロンに腕の健を切られ、ナイフを手落とした。
「他に敵は?」
「いません。ご友人方は?」
「出口のところまで逃がした。ここの警備員も無能じゃないでしょ。これだけ騒ぎが起きていれば、警戒するはずだよ」
ファビオが尋ねるのにクラリッサが肩をすくめてそう告げた。
「申し訳ないであります。我々がついていながらお嬢様のお手を煩わせるようなこととなってしまい……」
「いいよ、いいよ。私も実戦的な魔術の訓練ができていい経験になったし。やっぱり何事も参加型じゃないとね。この博物館も展示物を体験できるコーナーは面白かった」
シャロンが詫びるのに、クラリッサは笑って返した。
「その、展示物ですが……」
博物館の内部は破壊の嵐が吹き荒れた後になっていた。
主に男たちがマスケットを乱射したときの被害で、甲冑に穴が開いていたりする。ガラスケースは割れて、貴重な書物がガラス片まみれになっている。
「……悪いのは襲ってきた連中だよ。幸い、2名は生きているし、彼らに責任を取ってもらおう。私たちはこれにて退散だ」
クラリッサはそう告げてそそくさと現場から逃げ出したのだった。
頑張れ、エドモン。この破壊の嵐を収めるのも君の仕事だぞ。
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