娘は美術品を鑑賞したい
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──娘は美術品を鑑賞したい
修学旅行2日目。
この日は自由時間である。
美術館に行くもよし。昨日知り合った王立ベルゼビュート学園の生徒と仲良くするもよし。博物館を見学するもよし。買い物を楽しむもよし。
「では、早速ルーヴル美術館へー!」
「わー!」
クラリッサたちの宿泊したホテルはルーヴル美術館にとても近い場所にあった。
「美術館って何するの?」
「芸術品を見る以外にすることがあったら教えてほしい」
真顔で尋ねるクラリッサに真顔で返すサンドラ。
「今年はルネサンス特別展をやってて、イェルーン・ファン・アーケンの『天国と地獄』も特別に展示されているんだよ。これは見るっきゃないよね」
「グロい?」
「ちょっと暗めな部分もあるけど、全体的に賑やかだって聞いてる」
「グロくないのか……」
「なんでがっかりするの、クラリッサちゃん?」
クラリッサはどうせ見るならえぐい絵画がいいと思っているぞ。
「クラリッサちゃん。えっちぃ絵や彫刻はいっぱいあるぞ」
「えっちぃ奴か。まあ、それでいいかな」
ウィレミナが告げるのにクラリッサは渋々と頷いた。
「邪な心を持たない。純粋な気持ちで芸術を鑑賞するんだよ」
「人の本質を抉り出す芸術家の作品が置いてあるそうだから楽しみにしてる!」
サンドラが告げるのにウィレミナがそう応じた。
「それから美術館では静かにね。漫才はなしだよ」
「フランク語で漫才は難しいからね」
「何語でもダメだよ!」
フランク語が難しいとかそういう問題じゃないんだ、クラリッサ。
「そういえばクラリッサちゃん。王立ベルゼビュート学園の生徒会長に何言ってたの? クラリッサちゃんと踊った後に物凄く顔を青ざめさせてたけど」
「んー。別に。浮気をするような悪い奴をとっちめただけだよ」
「クラリッサちゃんは正直、人の浮気にどうこう言える立場じゃないよ?」
いつもフィオナを口説いているクラリッサがそんなことを言っても。
「それはともかく、美術館に行くなら行こう。お土産も買わないといけないし」
「よーし! 出発!」
というわけで、クラリッサたちは歴史と名誉あるルーヴル美術館に出発した。
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クラリッサたちのホテルからルーヴル美術館は本当に近く徒歩20分で到着した。
「おー。ここがルーヴル美術館かー」
「クラリッサちゃんは何度か海外旅行しているから来たことあるんじゃないの?」
「芸術とか全く興味ないし」
「そっかー」
クラリッサは美しいものを見て、感銘を得るという行為に興味はないのだ。
「芸術で興味がある点と言ったら、値段ですかね」
「現金だね、クラリッサちゃんは!」
クラリッサは美術品のお値段は大好きだ。
「それはそうと見て回ろう。楽しいルーヴル美術館見学だよ」
「おー」
壁に美術館内では静かにと書いてあるので控えめに声を上げるクラリッサ。
「ルネサンス特別展。どんなものが見れるかなー。よその美術館からも借りてきてるんだよ。やっぱりルーヴル美術館のネームバリューは半端じゃないね」
「つまり輸送中の絵画を襲えば」
「クラリッサちゃん?」
頭脳が犯罪者思考になるクラリッサをサンドラが神妙な表情で見つめた。
「冗談だよ、冗談。私もそんなに無計画な強盗計画は立てないよ」
「計画的な強盗計画は立てるのか」
戦慄するウィレミナであった。
「それにしても──」
クラリッサが周囲を見渡す。
「絵ばっかりだね」
「美術館だからね。クラリッサちゃんは何があると思ったの?」
「画家の幽霊」
「画家の幽霊」
そんなものは陳列できないだろう。
「この絵、いい感じだね。裸の女の人がえっちぃ」
「そういう邪な目で芸術品を見ない。けど、この時代の女性ってふっくらしているよね。ふっくら女子が流行りの時代だったのかな?」
「サンドラちゃんはふっくら女子……でもないな」
「私だってちゃんと運動してるんだよ」
ウィレミナがサンドラの体型を見て告げるのにサンドラが胸を張った。
その胸が大変発育がいいことを実感し、ウィレミナは自分のストンとした胸を見下ろした。悲しくなる光景であった。
「お。この絵いいね」
「クラリッサちゃんもお気に入りの絵を見つけた?」
「この死にかかっている人の絵。今にも死にそう。ウケる」
「ウケないよ……」
クラリッサが今にも笑いだしそうな顔で見ているのは、聖人の死を描いた絵画であった。別に笑えるほど面白い絵じゃないぞ。真剣な聖人の死を描いた絵である。
クラリッサはそれの何がツボに入ったのか喉をひくひくさせている。
クラリッサの感性は少しおかしい。
「さあ、他にもいっぱいあるから見て回ろう。これからお土産を買って、博物館に行って、市場にもいかなきゃいけないんだから」
「そうだった。急ごう、急ごう」
今日1日の予定はびっしりだ。
「そして、これが本日の大目玉。『天国と地獄』」
その絵画は巨大であった。
壁一面を覆いつくすようなサイズの絵画で、天国と地獄の様子が色鮮やかに描かれている。天国の清らかな雰囲気も、地獄の恐ろしい雰囲気も、どこまでも賑やかに、楽し気に描かれており、今にも動き出しそうな絵であった。
「これは凄い」
「私はこの人の絵、好きだな。地獄さえも賑やかに描けるんだから。絵に書いてある人がみんな生きているみたい」
クラリッサが感嘆の声を漏らすのに、サンドラが横からそう告げた。
「いくらぐらいかな? パパのお土産に買っていきたい」
「……国宝はいくらお金を出しても買えないよ」
そして、とんでもないお土産を思いつくクラリッサであった。
「うーん。パパにちょうどいいお土産だと思ったんだけどな」
「そもそもこんな大きい絵、どこに飾るの?」
「……天井とか?」
クラリッサ。美術館の人たちは細心の注意を払って美術品を扱っているんだぞ。
「お土産ならお土産コーナーで買おう。こっちこっち」
「サンドラはもう美術品はいいの?」
「うん。たっぷり楽しめたよ」
サンドラは美しい革命期の美術品を鑑賞できてご満悦だ。
まあ、クラリッサとウィレミナはよく分かっていないが。
「それじゃあ、お土産だ」
「おおー。展示作品のパンフレットがある」
クラリッサたちはお土産屋さんコーナーに突入した。
「芸術家の肖像コレクション。こんなの誰が買うの?」
「クラリッサちゃん。そういう素直すぎる感想は控えようね」
クラリッサはおじさんの顔が並んでいる本を捲ってそう告げた。
「おお。ルーヴル美術館記念ティーカップだってさ」
「ほうほう。ルネサンス特別展の印も入っているね。これにしようかな」
ウィレミナが棚を見て告げるのにクラリッサがティーカップを眺める。
「こっちのルーブル美術館記念グラスもいいよ。中が絵の形に削ってあって綺麗」
「よし。両方買うか」
クラリッサの財布はずっしりしているのだ。
「サンドラもここでお土産買うんじゃないの?」
「私はこれ。『ルーヴル美術館ガイドブック』。これでみんなと土産話するんだ」
「なるほど。サンドラはよく考えてる。私は既にみた作品を忘れつつあるから」
「クラリッサちゃんはもうちょっと美術品に敬意を持って」
クラリッサの興味のないことへの記憶力はよわよわだ。
「ところで、シャロンさんとファビオさんは?」
「ん-。“害獣駆除”かな」
クラリッサがそんな話をしていたとき──。
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ルーヴル美術館のトイレの一つに清掃中との看板が置かれていた。
その清掃中と書かれた看板の向こうでは鈍い音がする。
「マルセイユ・ギャングがどうしてお嬢様の行動スケジュールを知っている?」
便器に縛り付けられている男にファビオがそう尋ねる。
「クソ食らえ」
「そうか。シャロン、押さえておけ」
ファビオはシャロンに男の猿轡を押さえさせると、手に握ったコンバットナイフで男の爪を剥がした。男が声にならない悲鳴を上げ、じたばたを暴れるのをシャロンが押さえつけ、1枚、1枚とファビオが爪を剥がす。
「繰り返す。マルセイユ・ギャングがどうしてお嬢様の行動スケジュールを知っている? 正直に答えろ。指をなくしたくはないだろう?」
ファビオがそう告げてシャロンが猿轡を外す。
「尾行していた! 尾行だ! クラリッサ・リベラトーレ自身の行動は分からなくても、王立ティアマト学園の生徒たちの動きは分かる! だから、ホテルの入り口で待ち伏せして、ここで殺すつもりだった!」
男は涙を流しながらそう泣き叫んだ。
「マルセイユ・ギャングが王立ティアマト学園内にスパイを有しているわけではないと? それをどうやって証明する?」
「知らねえよ……。俺はただのチンピラだ。殺せと言われた相手を殺して、ムショで何年か過ごす。そうしたら莫大な金が手に入る。それだけの話なんだ……」
ファビオの問いに男はぶつぶつとそう告げて返した。
「信じるか、シャロン?」
「お嬢様の行動スケジュールを知っているのはご友人と教師たちだけです。ご友人が裏切る可能性はないでしょうし、教師が買収されているとも考え難いです。生徒が危険にさらされれば、職を失うことに繋がるのですから」
ファビオが尋ねるのに、シャロンがそう告げて返した。
クラリッサたちの行動スケジュールを記したパンフレットの中身を知っているのは、サンドラとウィレミナ、そしてクラスの担当教師だけである。
どれも裏切る可能性は低い。
「なあ、俺の知っていることは全部話した。全部だ。助けてくれ。死にたくない」
「死にたくなければ最初からこういう仕事を引き受けるべきではなかったな」
ファビオはそう告げると男の縄をほどき、その頭を便器の中に突っ込んだ。
男は便器の中で息ができずに暴れたが。5分もするとその抵抗も終わった。
そして、ファビオは男の首の頸動脈を切って、便器に血しぶきを舞い散らせると、水を流した。ゴゴゴッと音を立てて、男の流した血が下水に流れていく。
「シャロン。敵は多い。これからはどちらかが必ずお嬢様についておくようにするぞ」
「了解であります」
楽しい修学旅行の背後ではリベラトーレ・ファミリーとフランク王国の犯罪組織の密かな戦争が続いていたのだった。
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「美術館、楽しかったね。流石は芸術の都だよ」
「今度のパパの誕生日プレゼントには絵を贈ろう」
「……どんな絵を?」
「酒・女・暴力をテーマにした絵」
そんなアウトローな絵はこの世代にはないぞ、クラリッサ。
「お気に入りはなんだった?」
「あたしは『夏の裸婦』がよかったかな。どことなく親近感を覚えた」
「……ウィレミナちゃん。気にしてるの?」
「このことを気にしない女子はいないと思う」
ウィレミナが気に入った『夏の裸婦』で描かれていた女性は胸が控えめだったぞ。
「クラリッサちゃんは?」
「死にかけの人と『天国と地獄』」
「せめてタイトルは覚えておこうよ」
死にかけの聖人はよほどクラリッサのツボにはまったらしい。
「サンドラは?」
「私も『天国と地獄』。本当に天国や地獄があるのかな?」
「あるわけないよ。死んだらお終い。そこで終了。死後の世界なんてヤク中の妄想でしかないよ。だから、今を全力で生きないとね」
「クラリッサちゃんがそういうと全力で犯罪を犯していいという風にしか聞こえない」
「酷い。友人をもっと信じるべきだよ」
クラリッサは天国があろうと地獄があろうと、そこでビジネスを始めるだろう。
「次はなんだっけ?」
「フィリップ2世記念博物館。歴史の勉強の時間だよー」
「はあ。旅先で迄勉強をしなければならないとは」
サンドラが告げるのにクラリッサが深々とため息をついた。
「けど、甲冑とか剣とかの展示もあるらしいぜ」
「よし。急いで向かおう」
趣味が完全に男の子なクラリッサである。
「甲冑と剣もいいけれど、歴史の勉強を忘れないでね」
「多分、忘れないよ」
「多分じゃ困るかな!」
頑張れ、クラリッサ。修学旅行は学ぶための旅行だぞ。
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