娘は生徒会を再結集したい
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──娘は生徒会を再結集したい
6月。生徒会選挙。
──の結果をお伝えしよう。
生徒会長ジョン王太子。
副会長クラリッサ。
書記フィオナ。
会計ウィレミナ。
以上である。
……あれだけ立派な解散パーティーをやったというのに、顔触れが全く変わっていないのでは? と思われる方もいるだろう。それもそうである。前回の選挙で吹き荒れた暴力の嵐によって中等部1年生も中等部2年生も立候補することなく、選挙はほぼ無投票で確定したのであるからにして。
だが、異なる点がひとつ。
庶務クリスティン。
これまでは空白のポストだった庶務にクリスティンが入っているのである。
「……どうしてこの子を入れたの?」
「……私も火種を作るつもりはなかったのだが、売り込みがものすごくて」
クラリッサがジト目でジョン王太子を睨むのにジョン王太子がそう告げる。
「クラリッサさん! 聞けばあなたは生徒会役員としての仕事を全く行っていなかったそうではないですか! そういう不正は許せません! 今日からはこの私が逐次監視させていただきます! よろしいですね!」
「さあ、帰ろうか、ウィレミナ」
「うがーっ! 人の話を聞きなさい!」
気づくんだ、クリスティン。君のやっていることは暖簾に腕押しだ。
「私が来たからにはちゃんと仕事をしてもらいますよ! ばっちり見張らせていただきます! 生徒会役員としての心構えを持ってください!」
「君、風紀委員はどうしたの?」
「兼任です! 庶務といいましても、やることは生徒会役員の方々が不便をすることないように手配し、行動するのが仕事ですので、兼任できるのです。雑用は私に言うといいですよ。ばしっと解決して見せます!」
「肩揉んで」
「うがーっ! 何もしてないのに肩が凝るはずがないだろー!」
「雑用をやってくれるって言ったのに……」
クラリッサはこれまで生きてきて肩が凝ったことなど一度もないぞ。そんなに集中して長時間机に向かっていたことがないのだ。
「じゃあ、ジュース買ってきてー」
「そのお金は生徒会予算から出されますか? 出されるのであれば適切な予算の消費かどうかを確かめたうえで買ってきます」
「うわ。面倒くさい……」
クリスティンはどこまでも規則重視なのだ。
「でも、クリスティンさんはどうしてわざわざ生徒会に? クラリッサちゃんを見張るためだけに? それはそれで愛が重いんだけどさ」
「せ、生徒会はとても忙しくしていると聞きましたので、立候補を」
「クラリッサちゃんを見張るためだけなんだね」
嘘が下手なクリスティンだ。
「どうして私をそこまで目の敵にするの。理解できない」
「学園一の問題児が何を言いますか! 闇カジノの疑惑や生徒会選挙での暴力沙汰と贈収賄。様々な疑惑があなたにはかかっているのです。いつかそれを暴き出し、白日の下にさらしだすのが私の使命なのですよ!」
「ひょっとして私のことフェリクスの彼女だと思ってる?」
「そ、そ、そんなことはないですよ!」
「思ってるんだ」
相変わらず嘘の下手なクリスティンだ。
「安心してよ。私はフェリクスの彼女じゃないから。今のところ、フェリクスに女の影はないよ。フェリクスを近くでよく知っている私が言うんだから間違いない」
「ほ、本当ですか? それはよか……」
そこまで言いかけて、クリスティンは言葉を飲み込んだ。
「べ、別に私だってフェリクス君に何かを思っているわけでもないですし。ただの友達ですし。彼に彼女がいようといまいと関係ないですし」
「なら、私、フェリクスと付き合おうかな。気が合うんだよね、いろいろと」
「か、構いませんよ。ええ。構いませんとも。好きにするといいですよ」
「涙目じゃん」
クリスティンはいじめられて涙目になっていた。
「それはともかく! 生徒会の仕事です。雑用は私がしますので、あなた方は本来の仕事に打ち込んでください」
「私の本来の仕事……。ジョン王太子が死んだときの予備?」
「ちがーう! 勝手に生徒会長を殺さないでください! あなたの仕事は生徒会長の補佐です! 生徒会長ひとりに仕事を押し付けてないで、あなたも手伝うですよ!」
クラリッサが神妙な表情で告げるのに、クリスティンが突っ込んだ。
「それならフィオナがしてる」
「フィオナさんは書記です! 本来は議事録の作成などがお仕事です! 他の人の負担を増やして、自分は仕事をしないということがないように!」
クリスティンがそう告げるのにフィオナがちょっと困った表情を浮かべる。
フィオナがジョン王太子の仕事を手伝っているのは、クラリッサが仕事をしないためでもあるであるのだが、実はフィオナはジョン王太子とふたりきりになって、一緒に仕事する時間を楽しんでいるのだ。フィオナはなんだかんだでジョン王太子のことが好きなのだから。
「あの、クリスティンさん? 私は別にこのままでも構いませんの」
「そうはいきません。書記のお仕事には生徒会便りを発行することも含まれているのです。それがジョン王太子政権になってからというもの発行されていません。明らかに書記に不要な労力がかかっている証拠です」
そうなのだ。
面倒くさいと思うかもしれないが、生徒会は各部活動の活動や、各委員会の活動、そして生徒会自身の活動を記した生徒会便りを発行することが仕事に含まれている。まあ、真面目にそれを読むのはクリスティンのような生徒だけだろうが、それでも仕事は仕事である。いい加減に生徒会便りを発行しなければならない。
「ということで、ちゃんと働いてもらいますよ、クラリッサさん?」
「来年から本気出す」
「今から出すです!」
ニートのようなことをぬかすクラリッサである。
「はあ。うるさいのが来たなあ」
「今日からは私がしっかりと見張っていますからね!」
この先の行方が怪しくなってくる生徒会であった。
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クリスティンが生徒会入りしてから3日後。
今年の1学期には大きな行事がある。
修学旅行だ。
夏休み前の7月15日から7月18日まで2泊3日の旅行だ。
その修学旅行の行く先はフランク王国。隣国の歴史に触れて、隣国を理解し、また学んだ第一外国語がどこまで活かせるかを確かめるのが目的だ。
当然のことながら、この修学旅行に生徒会は大きくかかわってくる。
「クラリッサちゃん。ジョン王太子が呼んでたぜ」
「ウィレミナもでしょ?」
「ばれたかー」
友を生贄にして逃げようとしていたウィレミナである。
「なんだろうね?」
「修学旅行じゃない? 去年もそんな話をジョン王太子がしてたよ」
そうである。
ジョン王太子は去年も修学旅行絡みの仕事をしていたのだが、クラリッサたちは手伝わなかったぞ。彼はフィオナとふたりで仕事していたのだ。クラリッサたちが夏のキャンプの準備に夢中になっている間に。
「でも、実際のところ、私たちが修学旅行に何か関われるの?」
「さあ? 行先は決まっているし、やることないと思うけれど」
ウィレミナが尋ねるのにクラリッサがそう告げて返す。
「まあ、とりあえず行ってみよう。うるさいのもいることだし」
「クリスティンさん。本当に風紀委員と庶務って両立できるのかな?」
「できなかったら容赦なく首にしよう」
クリスティンには容赦ないクラリッサである。
そして、クラリッサたちはトテトテと生徒会室に向かった。
「ちーす」
「ちーす、ではないよ、クラリッサ嬢。もっと急いできてくれたまえ」
クラリッサが生徒会室の扉を開けるのにジョン王太子が力なく告げた。
「そうです、クラリッサさん! 生徒会副会長とあろう人が、遅刻してやってくるとはどういうわけですかっ! ジョン王太子なんて放課後すぐにいらしていたのですよ!」
「それを知っている君はもっと早く来ていたのか」
「当然です!」
「真面目過ぎて引く……」
断言するクリスティンにクラリッサがドン引きした。
「それはそうと仕事を始めましょう、生徒会長」
「うむ。仕事をしよう」
クリスティンが告げるのに、ジョン王太子がそう告げた。
「議題は修学旅行についてだ。フィオナ嬢は何をするかは知っているね。クラリッサ嬢とウィレミナ嬢は逃げたから、知らないだろうが」
そう告げてジョン王太子がジト目でクラリッサとウィレミナを見た。
「いやあ。あたしらもいろいろと忙しくて」
「夏休みのキャンプの準備などでかね?」
「どーでしょうねー?」
ウィレミナはしらばっくれることにした。
「君ひとりでもどうにかなるでしょ。頑張って」
「ならないから呼んだんだよ! 用もないのに呼んだりしないよ!?」
クラリッサは今年も押し付けようとした。
「そもそも、何するんです? こういうのってそれぞれの学級委員長の仕事じゃないですか? 正直、生徒会があれこれ口を出すことではないのでは?」
「うむ。修学旅行そのものはそれぞれのクラスの学級委員長に任せることになる。だが、我々が修学旅行で訪問する姉妹校の王立ベルゼビュート学園に宛てた書状を作ったり、修学旅行のパンフレットづくりの手伝いをしたり、フランク王国に持ち込んでいいものとそうでないものを指導したりといろいろあるのだよ」
「ほへー」
去年はそれをフィオナとふたりでやったジョン王太子だ。
とは言え、その時はその時でフィオナとふたりきりという特別な時間が味わえたので、ジョン王太子はそこまで苦労したと思っていないぞ。あの時、フィオナが入れてくれたコーヒーの味は一生忘れまいと思っているぐらいだ。
「去年もひとりでやれたなら今年もひとりでやれないの?」
「去年はフィオナ嬢と一緒だったんだよ! そして、今年はフィオナ嬢は生徒会便りの発行の準備をしている。動けるのは私と君たちだけだ」
「そうか。では、ウィレミナを置いていくね」
「君って簡単に友人を売るよね!」
そっと立ち上がるクラリッサにジョン王太子が突っ込んだ。
「失礼な。リベラトーレ家は友人を売ったりしないよ。活用するだけだ」
「言葉遊びはどうでもいいので、君も仕事をするんだ」
逃げようにも入り口はクリスティンに見張られている。
「仕方ない。私は王立ベルゼビュート学園への書状を担当しよう」
「よりによって一番君に任せられないのを選んだね!」
第一外国語ボケボケのクラリッサにまともな手紙など書けるはずがない。
「拝啓。ヘーイ、フランク王国のお坊ちゃん、お嬢ちゃんたち。最高にイカした王立ティアマト学園からメッセージだぜ。耳の穴よくかっぽじって拝聴しな。王立ティアマト学園は貴様らの兄貴分、いわばボスだ。そのボスが貴様らのひでえ学園を訪れてやるんだから、膝をついて出迎えな。酒と女をしっかり準備しておけよ。最高のパーティーを楽しみにしているぜ。バーイ。敬具」
「却下」
「何故に」
「聞かなきゃわからないかな!?」
どこぞのギャングの手紙じゃないんだから。
ヘーイ! 私はクラリッサ、スーパークールなギャングスタナンバーワン!
「書状は私が作るよ。君たちはパンフレットづくりの準備や、フランク王国に持ち込めるもの、持ち込めないもののリストアップをしてくれたまえ。フランク王国では以前に降霊術師が詐欺をして王室を欺いたとかで、降霊術に関する道具も持ち込めないからね」
「それは至って当然」
その件はポリニャックの件である。フランク王国も懲りたようだ。
「んじゃ、一緒にやっていく、クラリッサちゃん?」
「そうしよう」
クラリッサとウィレミナはコンビ結成。
「では、明日から始めるね」
「今からだよ?」
そして、早速帰ろうとするコンビにジョン王太子が突っ込んだ。
「あまり仕事を急ぐと過労死するらしいよ。最近の研究で聞いた」
「よほど働けばね! 君が過労死するなら全人類が過労死していると思うよ!」
クラリッサが過労死するころには全人類が滅亡しているだろう。
「仕方ない……。今日は準備をしよう」
「……何もしないつもりではないだろうね?」
「違うよ? 明日から本気が出せるように今日はお茶をして、ゆったりと過ごすだけだよ。英気を養うのも大事だよね」
「今日から仕事を始めたまえ」
クラリッサは何をどうしても仕事がしたくないらしい。
「お茶なら庶務である私が入れるから仕事するといいですよ」
「んじゃ、ブラックアイボリーを中心にしたブレンドコーヒーで」
「そんなものはないです」
生徒会の予算も限られているのだ。超高級コーヒー豆はおいてないぞ。
「庶務-。お茶よりも資料持ってきて。去年の奴。それを参考にするから」
「了解です!」
ウィレミナが告げるのにクリスティンが踏み台を持って本棚に向かった。
「やる気になったの、ウィレミナ?」
「どうせ逃げられないし、さっさと終わらせようと思って。だらだらやるより、さくっと終わらせてしまう方が楽でしょ? 放課後も他のことに当てられるし」
「もっともだ。私も仕事しよう」
ウィレミナは陸上部。クラリッサは闇カジノ。彼女たちが放課後にすることはいろいろあるのだ。後者はそろそろやめるべきであるが。
「えーっと。フランク王国の歴史を知るにはフィリップ2世記念博物館で……」
「フランク王国の歴史ある美術品鑑賞にはルーヴル美術館は外せません、と」
ウィレミナとクラリッサは手分けして去年のパンフレットを調べ、今年もその施設が使用できるかどうかを調べながら、パンフレット用の資料作成を行う。フランク王国は芸術の国とも呼ばれるほどで、優れた美術品が数多く存在している。それを見て回るのも修学旅行における重要な点だ。
「お茶をどうぞです」
「うむ。くるしゅうない」
「何を言っているのですか」
庶務のクリスティンはお茶を入れたり、資料を集めたりしていた。彼女も小柄な体でてきぱきと仕事を頑張っている。
「よし。できたー!」
「完成ー!」
そして、ようやく今年の修学旅行のパンフレットに使えそうな資料が編集できた。
「後は?」
「禁止物リスト。降霊術関係のアイテムの他に、地図を作るための道具とか、後は痛み止めとして処方されていてもアヘンの持ち込みは禁止だって」
「なるほど」
フランク王国の官憲の一部が犯罪組織に買収されていようとも、フランク王国政府にとっては薬物取引は早急に取り締まらなければならないことなのだ。
「んじゃ、これで完成だね。ジョン王太子、終わったよ」
「ありがとう。助かったよ」
「謝礼は1万ドゥカートでいいよ」
「……生徒会の仕事で給料は出ないって言ったよね?」
どうあっても儲けたいクラリッサだ。
「クラリッサちゃん。修学旅行楽しみだね。あたし海外旅行したことないから、どんなものか興味津々ですよ」
「ふむふむ。それなら私が観光客向けにやってるぼったくり店の見分け方を教えてあげよう。知っておいて損はないよ」
そんな会話を交わしながら、クラリッサたちは生徒会室から出ていった。
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