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娘は友人に便宜を図りたい

……………………


 ──娘は友人に便宜を図りたい



 まもなく生徒会も解散となるが、その前に1学期の各部活動の予算申請を精査するという仕事が残っている。これが終わったら次の生徒会に仕事を引き継ぐのだ。


「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん」


「ん。何、サンドラ?」


 クラリッサが放課後、渋々ながら生徒会室に向かおうとしていた時、サンドラが足早にやってきて、クラリッサに声をかけた。


「クラリッサちゃん。もう部活動の予算申請の手続き終わらせちゃった?」


「まだ。これからやる。ジョン王太子が多分してくれる」


「人任せかー……」


 クラリッサは自分でやる気はほとんどないぞ。


「クラリッサちゃんにお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」


「いいよ。サンドラは親友だし」


 サンドラの頼みにクラリッサが快く応じた。


「魔術部の予算をなにとぞ、増額してもらいたいです」


「部員、あれから増えたの?」


 サンドラの魔術部は去年の体育祭で活躍し、大量の部員を得た……はずだった。


「その、ひとりふたりは増えたけど、思ったよりは増えなかったです。はい」


「そうなのか。あれだけ活躍して儲けさせてくれたのに」


 魔術部は体育祭では活躍したものの、新入部員の確保には繋がっていなかった。


 というのも、魔術部が陸上部に勝てることの凄さが理解されていないのだ。学園の半数の人間は魔術の授業において非戦闘科目を選択しており、フィジカルブーストの威力について表面的にしか習っていない。だから、魔術部が陸上部に勝利したというのが、フィジカルブーストによるものだと気づいていないのだ。


 魔術の授業で戦闘科目を選択している生徒はフィジカルブーストを認識したが、フィジカルブーストを本当の意味で最大限に活用しているという事には思い至らなかったし、思い至ったような生徒は魔術部は授業並みにしごかれていると判断して避けることにした。


 というわけで、サンドラの新入部員獲得計画は失敗したのだった。


 それにクラリッサが目立ちすぎていたことも大きい。クラリッサが魔術部ではないことが分かると、途端に人々は魔術部から関心を失ってしまったのだ。


「新入部員は増えなかったけれど、予算は増やしたいの?」


「そう! どうしても必要なの。お願い!」


 サンドラは必死だ。


「まあ、友達に便宜を図るのもやぶさかではない。けど、大幅に上げるのは難しいと思うよ。ジョン王太子がうるさいから」


「分かってる。少しでいいの。練習用の標的とか新しい魔導書とかが買えれば」


「ふむ。何か理由があるの?」


 クラリッサは怪訝に感じてそう尋ねる。サンドラはこういう不正に近い行為には手を染めない人間だと思っていたからだ。


「理由、教えなくちゃダメかな?」


「できれば聞いておきたい」


「今年度、先輩たちの最後の大会があるの。だから、今年こそは優勝をって」


「なるほど」


 魔術部のあの『ペンタゴン君』が代表する奇妙なセンスの持ち主の部長であるダレル・デヴァルーは今年で中等部3年生。今年度が最後の中等部における大会だ。


「先輩のためにか。それなら私も張り切らないとね。サンドラは親友だし」


「ありがとう、クラリッサちゃん!」


 クラリッサも魔術部の助っ人として体育祭では部活動対抗リレーに参加し、魔術部の面々が必死になっているのを実感していた。サンドラも同じく頑張っていた。ならば、ちょっとは手助けしてあげたい。


 クラリッサは儲けにしか興味がないように見えるが、こういう人情もあるのだ。


「ところで、大会では賭けはしているのかな?」


「……してないよ」


 クラリッサはやっぱりクラリッサであった。


……………………


……………………


「さあ、生徒会解散前の一仕事だ。頑張ろうではないか」


 生徒会室でジョン王太子がそう告げる。


「各部活動の予算の精査だが、ウィレミナ嬢も手伝ってもらえるかな? 過去の活動と実際に消費した予算、そういうものと照らし合わせて来学期の予算申請に使いたい」


「了解。資料、持ってきますね」


 ジョン王太子が告げるのに、ウィレミナが本棚から資料を運んでくる。


「ふむふむ。陸上部は今年も大会出場で準優勝。予算もきちんと消費している。来学期も同じように配分していいだろう」


 ジョン王太子は資料を見ながら、メモを取っていく。


「格闘部は今年度は大会出場ならずか。だが、今後のことを考えると見込みはある。予算も適切に消費されているようであるし、来学期の予算も適切に配分しよう」


 それからいくつかの部活への予算の精査が行われる。


「魔術部、はお世辞にも活動しているとは言い難いな……。大会に出場したのは8年前。配分された予算も用途不明が多い。魔導書の購入と記されているが、魔導書がそう何冊も必要だろうか。魔術部の来学期の予算は少しばかり制限する必要が──」


「待った」


 そして、魔術部の番となり、ジョン王太子がその予算を厳しい視線で見るのに、クラリッサが声を上げた。


「魔術部は伸びしろがある。ここで予算を削減して彼らの可能性を潰すようなことをしてはいけない。彼らを援助して再び王立ティアマト学園魔術部はやる連中なのだということをしっかりと示すべき。というわけで予算の増額を求める」


「む。伸びしろというが彼らは8年間も大会などに出場していないのだよ?」


「それでもこの間の体育祭では素晴らしい結果を残した」


「それは、そうだな……」


 クラリッサの言葉にジョン王太子が考え込む。


「あー。サンドラちゃんが魔術部だもんなー」


「ウィレミナ」


 ウィレミナが告げるのに、クラリッサが余計なことを言うなという風に睨む。


「いいじゃん。あたしも陸上部の予算が増えるように資料弄ったし」


「ウィレミナ嬢。今物凄いことが聞こえてきた気がするんだが」


「気のせいです、気のせい」


 ウィレミナもやる女なのだ。


「とにかく、魔術部の予算を増やしたいのはサンドラ嬢のためかね?」


「まあ、ちょっとはそういうところもあるような気がしなくもない」


「サンドラ嬢のためなんだね」


 既に目論見が見破られてるクラリッサだ。


「友達のために働くことは高潔なことだと思う」


「今回は賭けや入場料はなし?」


「なし」


 そして、日ごろの行いが悪いがゆえに疑われるクラリッサだ。


「いいではないですか。クラリッサさんが友達のことを思われてそうおっしゃられているのですから。悪いことではないと思いますわ」


「いや。予算は友情などで決めるものじゃないんだよ? そういうことをするのは立派な不正行為なのだからね?」


 友人に予算で便宜を図るのは立派な不正です。


「実際問題、魔術部が大会に出れないのって予算不足のせいじゃないですか? 資料見ると9年前から予算がどんどん減っていますよ。魔術部がどういうことしているのかは知らないですけど、予算がなかったらそりゃ大きな大会にはでれないですよ」


 ここでウィレミナがサンドラのためにサポート。


 自分も資料を弄って陸上部の予算を増やしているので、仲間が増えると罪が薄まる。なんてことは絶対に考えていないぞ。多分。


「ふうむ。では、彼らに一度機会を与えるように、と?」


「そうそう。誰しもチャレンジする機会を与えられるべきだよ。今年の魔術部は体育祭でも活躍したし、部員も増えたんだから。彼らには挑戦する権利があると思う」


「具体的には何名くらい増えたのかね?」


「……把握できないほど」


 ジョン王太子が尋ねるのにクラリッサはそっと視線を逸らした。


「フィオナ嬢。今年の魔術部の部員数は?」


「5名です」


「増えたのは1名だけだね」


 ジョン王太子はジト目でクラリッサを見た。


「それでも挑戦する権利はある」


「分かった。それは認めよう。私も『開かれた学園』を目指している。部活動においても自由を認めるべきだ。挑戦のチャンスを与える」


「では、予算は50倍に」


「ちょっと増やしすぎじゃないかな!?」


「その中で手数料を5%私がもらうよ」


「君という奴は!」


 そして、ちゃっかり儲けようとしているクラリッサであった。


「手数料はなし。予算は増やすが50倍も増やさない。せいぜい1.5倍というところだ。それで挑戦させてみて、結果を判断しようではないか」


「そもそも王立ティアマト学園の魔術部って、8年前までは強かったんですか?」


 ジョン王太子が告げるのに、フィオナがそう尋ねた。


「んー。記録によると、10年前は優勝もしてたそうですよ。それからいろいろあって、どんどん成績が落ちていって、今はほとんど活動なし」


 ウィレミナがペラペラと魔術部の活動記録を見ながらそう告げる。


「なんで落ちぶれたんだろ?」


「学園全体で新入部員が減っていますから、そのせいではないでしょうか。それに10年前では戦闘科目と非戦闘科目の区別がなく、皆が非戦闘科目に準じた授業を受けていました。そのため向上心のある生徒は部活動で魔術を習っていたのでしょう」


「なるほど」


 王立ティアマト学園のカリキュラムが分かれたのは9年前で、それまでは魔術の授業においては非戦闘科目と戦闘科目は分かれていなかったのだ。全ての生徒が非戦闘科目の授業を受けており、より詳しく、より高度な魔術が教わりたい生徒は、魔術部に入るしかなかったわけである。そのため魔術部の部員も多かった。


 だが、魔術の授業で戦闘科目が導入されると、高度な魔術も、より詳しい魔術も、授業で学べるようになった。それでわざわざ魔術部に入る生徒がいなくなったわけである。それが魔術部衰退の始まりであった。


 もはや魔術の技術を磨くのに部活動に入る必要もなく、宮廷魔術師を志望するような生徒たちは魔術の授業で戦闘科目を選び、それで十分になった。わざわざ魔術部に入るような生徒はいなくなったわけである。


 そして、全体的な部員減少の影響が追い打ちをかけ、魔術部はとうとう大会にも出られなくなってしまったのであった。


「部員減少は深刻ですし、学園の外にも名誉ある王立ティアマト学園の名を響かせなければならないでしょうし、部活動はもっと推奨していくべきですわ。もっと大会で優勝をしたり、成績を残したりしなければ、王立ティアマト学園にとってもあまりいい影響はでませんわ。学園に入学を考える人は、部活動が活発かどうかも調べるでしょうし」


「む。名誉ある王立ティアマト学園のために魔術部には大会で成績を残してもらわなければならないね。予算は増やそう。それから、活動をもっと詳細に報告してほしい」


 フィオナがそう告げるのにジョン王太子がそう告げた。


「じゃあ、予算50倍で」


「そんなには増やせないと言っている。王立ティアマト学園を盛り上げるには魔術のみならず、他の部活にも頑張ってもらわなければならないのだから」


 クラリッサが告げるのに、ジョン王太子が首を横に振った。


「風紀委員の予算を削って当てよう」


「君は本当に風紀委員が嫌いなんだね!」


 クラリッサにとって風紀委員は未だ敵なのだ。


「じゃあ、フェンシング部の予算を削ろう」


「フェンシング部も活躍しているよ! この間の大会では準優勝だったんだからね!? というか、君は私がフェンシング部だから削ろうと思っただろう!」


「ちっ」


「やっぱりか!」


 クラリッサはジョン王太子がフェンシング部なのを知っている。


「とにかく、魔術部だけではなく、他の部にも活躍してもらわなければならない以上は他の部の予算を減らすというのはなしだ。今ある予算だけで、増額を行う。幸いにして今年度は予算は潤沢だ。無理に削る必要はない」


「陸上部も予算増やしてー!」


 ジョン王太子が告げるのに、ウィレミナがそう叫んだ。


「陸上部の予算も適切に配分する。だから、安心してくれたまえ」


「適切というより過剰にしてほしいな」


「適切に」


 ウィレミナもなかなかお金に執着しているぞ。


「生徒会としての公平性を持って対処する。魔術部の予算も増やしつつ、他の部活の予算を減らすようなこともないように申し送りしておく。具体的なことを決めるのは次の生徒会だ。もっとも、次の生徒会に私は立候補するつもりだが」


 そうである。具体的な来学期の部活動の予算を編成するのは次の生徒会だ。


「私も立候補するよ」


「今度は暴力も賄賂もなしだよ?」


「もちろん」


 クラリッサは中等部最後の選挙で勝つつもりは別にないのだ。ただ、生徒会であったという功績さえ残しておけばそれでいいのだ。それが高等部の生徒会選挙で役に立つだろうということを知っているのだから。


「なら、そろそろ解散としよう。それと生徒会解散を記念するパーティーは準備中だから、安心しておきたまえ。それなりに盛大なものとなるからね」


「王太子の権力を乱用するのか」


「人聞きが悪いな!」


 さて、無事に魔術部の予算は増額できた。後はサンドラたちの頑張り次第だ。


……………………

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
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[一言] 予算分配という飴による、部活への支援という、未来を見据えての選挙活動ですか? プライスレスの、友情もあるということで。
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