娘は文化祭でカジノを頑張りたい
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──娘は文化祭でカジノを頑張りたい
そして、ついに学園祭当日。
初等部から高等部まで合同で開かれる文化祭は圧巻である。
学園全体が色を変え、色とりどりの看板が顔を出し、生徒たちも制服から着替えている。まさにお祭り騒ぎとはこのことだ。
「いつもながら感心させられる賑やかさだな」
リーチオはそんなことを呟きながら学園に到着した馬車から降りた。
「ボス。ご到着ですか」
「ああ。ベニート。今年こそ文化祭では大人しくしてろよ?」
「任せてください。クラリッサちゃんの店に文句を言う奴は捻ってやります」
「だから、そういうのを止めろって言っているんだよ」
ベニートおじさんは平常運転だ。
「ああ。ボス、そこにおられましたか。パール嬢ももう来てますよ」
「それじゃあ、行くとするか」
リーチオたちは中等部の受付に向かい、紹介状を文化委員に見せ、名簿に名前を記入すると、いよいよ王立ティアマト学園の文化祭に参加することになった。
「クラリッサたちのクラスは1年A組だ。まずはそこに向かおう」
「クラリッサちゃんたち、張り切ってましたわよ」
「その張り切りのベクトルが正しい方向を向いていることを祈ろう」
リーチオとしてはクラリッサが不正行為を張り切ったりしてはいないだろうかと心配でならないのである。不正の前科はないものの、学園でこっそり闇カジノをやっているのは、もうリーチオも把握するところである。
何せ、クラリッサときたらシャロンだけでは警備が不十分と、傭兵の派遣を要請してきたのだから。それは流石にリーチオが却下したが。
「あそこが1年A組だな。『ゴールデン・ティアマト』っと」
「……女装・男装カジノ喫茶なんですよね」
「……まあ、そうだな」
ピエルトがおずおずと告げるのに、リーチオがため息混じりにそう返した。
「何がっくりしているんですか、ボス。クラリッサちゃんが頑張ったんだから、きっといいものに決まっていますよ。さあ、行きましょうぜ」
「そうだな。まずは覗いてみないとな」
ベニートおじさんが告げるのに、リーチオたちが1年A組の催し物に近づく。
「いらっしゃいませー! あれ? クラリッサちゃんのお父さん?」
「ああ。ウィレミナちゃんだよな。4名、いいか?」
「ええ! もちろんです! クラリッサちゃんは今ポーカーのテーブルにいますよ! それではごゆっくり!」
ウィレミナはウェイターの服装をしている。
女装・男装カジノ喫茶なので女子は男装しているのだ。ウェイターの制服は白いシャツと黒いベストとパンツ、そして赤いエプロンだ。ウィレミナにはよく似合っている。
「ポーカーのテーブルか」
「お。あそこバカラやってますよ。ルール分かっているのかな?」
流石はクラリッサにカジノを教えたピエルト。目ざとくゲームを観察する。
「い、いらっしゃいませ。軽食などはいかがでしょうか?」
そう尋ねてくるのは明るいアッシュブロンドの生徒だった。ウェイトレスの制服に身を包んでいる。ウェイトレスの制服は白いブラウスと青のチェックのミニスカートで、胸元が大きく強調されているエプロンを身に着けている。
どう見てもその生徒は女子生徒にしか見えなかったが、ここは女装・男装カジノ喫茶である。つまり、この生徒は男子生徒なのだ。
「あー。間違いだったらすまないんだが、フェリクス君か?」
「……そうですよ。御用があったら呼んでください」
フェリクスはそう告げると渋い顔をして去っていった。
「レベル高いですね、いろいろと」
「いろいろとな」
ピエルトが感心するのに、リーチオは相槌を打った。
「ボス。クラリッサちゃんがいますぜ」
「こっちですわ」
ベニートおじさんとパールが告げるのにリーチオたちはそちらに向かった。
「さあ、ここで勝負だよ。やっぱりここまで来たら大きく賭けないと。同じクラスの子とこの後デートでしょう? それなら彼女に自慢できるくらいに勝って行かなくちゃ。今日はカードの巡りもいいし、いいことがあるかもだよ?」
「よし! レイズ!」
5名のプレイヤーが参加しているポーカーのテーブルの周りには人だかりができ、それぞれのプレイヤーの動きに目を見張っていた。
「お見事。スペードのストレートフラッシュ。賭け金はあなたのものです。でも、ここでゲームから上がっちゃう? もっと狙えると思うな」
「むむむ」
クラリッサの助言で大勝ちした男子生徒は悩んでいる。
「ピエルト」
「は、はい」
「お前、本当にクラリッサをカジノに連れて行っていないよな?」
「い、いないですよ。はい。本当に」
「なら、あの煽り方はどこで学んだんだろうな」
「ク、クラリッサちゃんは賢い子ですから」
もうピエルトがクラリッサをカジノに連れていったのはばれかけているぞ。
「あ。パパ、パールさん、ベニートおじさんにピエルトさん。いらっしゃい」
「繁盛しているようだな、クラリッサ」
テーブルから顔を上げてクラリッサが告げるのに、リーチオがそう返した。
「うん。繁盛してるよ。忙しくて手が足りないくらい」
「参加できるか?」
「どうかな。ゲームから降りる人がいないと」
クラリッサはそう告げて負けが込んでいるチップの残り少ない生徒を見た。
「どうする? ゲームを続ける? 正直、今日はあまりついてないんじゃないかな」
「そうだな……。降りよう」
その生徒はチップの残りをかき集めると去っていった。
「パパ。どうぞ」
「失礼する」
リーチオは人込みを進むと、テーブルに着いた。
「それではゲームを始めよう」
クラリッサはそう告げて参加者に手札を配る。
それからは白熱した勝負が行われた。
皆がクラリッサにそそのかされてチップを大量にベットし、フルハウスやストレートフラッシュがはじき出される。リーチオは流石はこの手のカジノをボスとしてまとめているだけあって、自分の手札は一切明かさず、ポーカーフェイスで心理戦を狙う。
そのおかげもあって、リーチオは大人げない勝ち方をして、生徒たちからチップを巻き上げていた。それでもなんとか負けを取り戻そうと皆が賭ける、賭ける。
そして、賭けが続けば続くほど、胴元であるクラリッサに入ってくる金は増える。生徒会と監査委員会によって賭け金は制限されているものの、ちりも積もれば山となるだ。
「これで最後だ。オールイン」
リーチオは最後に全額を投入して賭けに向かった。
「レイズ!」
「ドロップ」
他のプレイヤ―の反応はそれぞれだった。
勝ち目がないとゲームを降りるもの、ゲームを続けるもの。
そして、勝負が決まる。
「フルハウス。おめでとうございます、あなたの勝ちです」
「いえいっ!」
勝ったのはゲームを続けた生徒だった。
「パパ。負けちゃったね」
「いいんだよ。学生をカモにしてもいい気分はしない」
どうやらリーチオは敢えて負けたようだ。
「いやあ。いい店だ。賭け金が少ないのがあれだが、ルーレットのスピナーもいい腕をしているし、楽しませてもらったよ、クラリッサちゃん」
「最近の子、この手のゲーム強すぎじゃないですか。ブラックジャック、全部持っていかれましたよ。プロ顔負けじゃないですか……」
そして、それぞれルーレットとブラックジャックを楽しんできたベニートおじさんとピエルトがポーカーのテーブルに戻ってくる。
「そうね。よくできたお店だと思うわ。男の子たちも女の子たちも可愛いし、異装というのも悪くないものね。きっといい思い出になったと思うわ」
パールはカジノよりも女装した男子や男装した女子たちに関心を覚えたようだ。
「私の服装も似合ってるでしょ?」
「ええ。とっても。クラリッサちゃんは可愛いわ」
「照れる」
パールが褒めるのに後頭部を掻くクラリッサであった。
「次の勝負は?」
「ピエルトさん、参加する? 大金持ちにしてあげるよ」
ゲーム再開を待ち望む生徒が尋ねるのに、クラリッサがそう尋ねた。
「いや。俺はやめとこうかな……。なんというかブラックジャックでの大敗で心を折られてしまったよ……」
ちなみにブラックジャックを担当しているのはクラリッサの闇カジノの構成員だ。
「なら、そろそろ私も交代しようかな」
「クラリッサ。代わるか?」
「おお。フェリクス。任せていい?」
「この格好で茶を運んだりしているよりそっちの方がよっぽどいい」
クラリッサが交代を考えるのにフェリクスが名乗り出てくれた。
「あら。似合っているのに」
「うぐ。と、とにかく俺はこういう格好は嫌なんです」
パールが告げるのに、フェリクスがそう返した。
ちなみにパールはフェリクス好みの大人の女性で、胸もリッチだぞ。フェリクスがそんな女性に褒められて、複雑な気分になるのはしょうがないね。
「そうね。その格好も可愛いけれど、男の子の格好でも凛々しいと思うわ」
「あ、ありがとうございます……」
もうフェリクスは手遅れなほどにテレテレだ。
「フェリクスはパールさんみたいな人がタイプなの?」
「そ、そ、そんなことは誰も言ってないだろ!」
「うーん。困った。私もタイプというわけか」
「その自信はどこから来た」
クラリッサは自分は将来パールさんそっくりになると思っているぞ。
「まあ、それはともかくポーカーの方は任せたよ。よろしく」
「ああ。任せとけ」
クラリッサは頼れる仲間に自分の持ち場を任せてリーチオたちとともに文化祭に繰り出した! と、その前に。
「ウィレミナ、サンドラ。手、空いてる?」
「あたしは空いてるよー」
クラリッサがウィレミナたちに声をかけるのにウィレミナがそう告げた。
「私はちょっと忙しいかな。今年は文化委員だからすることが多くて」
「そっか。でも、サンドラも文化祭、楽しんで」
「もちろんだよ!」
さて、では出発。
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まずは敵情視察を兼ねてカジノ巡り。
「本当にカジノ許可されているんだな」
「許可されてないと思ってたの?」
「お前の言うことはいまいち信用できないからな」
「酷い」
酷いのは普段から不正と嘘を駆使しているクラリッサの方だぞ。
「しかし、どこも本格的なカジノとは言えないな。カジノ初心者向けって感じだ」
「監査委員会がうるさいからね。私のクラスも裏帳簿を作ることを提案したんだけど、サンドラに却下されてしまった」
「お前の友達はしっかりしているな」
賭け金は制限付きだ。むやみにチップを大量に賭けることはできない。
「ま、でも、他のクラスも似たようなものならうちのクラスの利があるよ」
「そだね。だって、女装・男装カジノ喫茶なんてうちぐらいだもん」
確かにそんな頓珍漢なことをしているクラスはクラリッサのクラスぐらいだろう。
「でさでさ。気になっている催し物をやってるクラスがあるんだけど行かない?」
「行ってみよう」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサが即答した。
クラリッサたちの向かった先は──。
「使い魔競争?」
「そ。自分たちの使い魔をレースに参加させて勝敗を争うの。賭けることもできるよ」
「いいね」
競馬の使い魔版という感じである。
「パパ。賭けてみよう」
「うむ。だが、俺は使い魔のことなんて分からんぞ?」
「普通の動物と同じだよ」
クラリッサはそう告げて馬券ならぬ使い魔券を買いに行く。
ギャンブル解禁のおかげでこういう催し物もできるようになったのだ。クラリッサとジョン王太子の改革はいろいろと自由を生んだぞ。
「あたしはあの黒のボーダーコリーに賭けるよ」
「じゃあ、私はあのブラックマンバ」
「俺はあのオスのトラ猫だ」
犬、蛇、猫、その他もろもろの参加するカオスなレースである。
「なあ、聞いておきたいんだが、使い魔が他の使い魔を襲うことはないんだよな?」
「ないですよ。使い魔は飼い主に従順ですから」
リーチオが尋ねるのにウィレミナがそう告げて返す。
「……私もアルフィを連れてくれば参加させれたのに」
「勘弁してくれ。発狂されるぞ」
クラリッサが悔しそうに告げるのに、リーチオはそう告げて返した。
そのころ屋敷の小屋ではアルフィは飼い主の気持ちを受け取り、サイケデリックな色合いに変色していた。アルフィなりのアピールだ。
「それではレーススタート!」
このクラスの担当者の合図で一斉に使い魔たちが走り出す。
速いのはやはり犬だ。それを猛追する猫。そしてさりげなく速い蛇。
ネズミなども参加しているが、本能的に猫を恐れているのか距離を取っている。
「ここでトラ猫のラリーが猛追! 一気に先頭に躍り出ました!」
リーチオの賭けていたトラ猫が一気にボーダーコリーを追い抜き、先頭に立った。ボーダーコリーも必死に追いかけるが、トラ猫はそのままゴールインした。
「1位ラリー。2位──」
見事にリーチオの賭けていた猫が勝利した。
「やったね、パパ。流石は賭け事になれている」
「いや。俺も猫が勝つとは思ってなかったんだけどな」
クラリッサが褒めるのに、リーチオは困った表情をした。
「ラリーに賭けていた方とラリーの飼い主の方は受付においでください」
「パパ。行こう?」
アナウンスが告げるのにクラリッサがそう促した。
そして、受付に向かうと──。
「クラリッサ・リベラトーレさん!?」
「あ。クリスティン」
クリスティンと鉢合わせした。
「君もこういうの賭けるんだ。風紀委員だからそういうことはしないと思っていた」
「私だって文化祭のときくらいは楽しみます! それに私はレースで賭けていたのではなく、この子の主なのです!」
そう告げてクリスティンが見せたのはラリーだった。
「君の猫だったの?」
「そうですよ。私は猫派なのです。ラリーはミックスですが、いい子なのですよ」
「へー」
クリスティンが誇らしげに告げるのに、クラリッサがまじまじとラリーを見た。
「うちのアルフィの方が可愛いね」
「む。なんですか。そっちも猫ですか」
「……アルフィは謎」
「謎」
思わず繰り返したクリスティンである。
「クラリッサ・リベラトーレさん。文化祭を楽しむのはいいですが、羽目は外さない方にしてくださいね。風紀委員も活動中ですよ」
「はいはい」
「うがーっ! ラリーに引っかかせますよ!」
クラリッサはクリスティンの小言を受け流して、使い魔競争のクラスを出た。
「クラリッサ。さっきの子は知り合いか?」
「ん。まあね。なんていうのかな。小姑?」
「風紀委員って名乗ってなかったか?」
「気のせい、気のせい」
クラリッサは父の追及を躱した。
「本当にお前は……。ほどほどにしておけよ。それじゃ次に行くか」
「おー!」
楽しい文化祭をクラリッサたちは満喫した。
だが、今年は楽しむだけでは終わらないのだ。
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