娘は生徒会で文化祭の準備をしたい
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──娘は生徒会で文化祭の準備をしたい
リーチオに約束したので、クラリッサは生徒会における文化祭の準備を手伝うことにした。クラリッサはいつも生徒会長のジョン王太子に挨拶したら、速攻で帰っていたので、生徒会が今どのような状況なのか分からない。
「ちーす。頑張ってる?」
「ちーすではないよ、クラリッサ嬢。いつもいつも逃げて。今日は働く気なのかね」
「まあ、そのつもり。何か仕事してるようなふりができる仕事ある?」
「働く気ないよね、それ!?」
仕事をする振りでは仕事にならないのである。
「なら、クラリッサさん。受付名簿の作成をお願いできますか?」
「名簿?」
「そうですわ。生徒の氏名と招待客の氏名欄を印刷するんですの。来場当日には招待客の氏名を記入し、記録を残しておくんですのよ。そして来年以降の参考にするんですわ。どれくらいの招待客が来て、どのような客人だったかを」
クラリッサが首を傾げるのにフィオナがそう説明した。
王立ティアマト学園は文化祭の際に常に記録を残していた。招待客のリストだ。何分、貴族の学校なので、身分の高い招待客などが訪れる。王立ティアマト学園ではそのような貴族の賓客がどれほど訪れるかを事前に把握し、対応の準備をするのである。
「何人分作るの?」
「中等部の全校生徒分ですので、180名分ですわ。もう半分は完成しましたの」
「仕方ない。それを手伝おう」
クラリッサは渋々というように名簿の作成に取り掛かった。
「でも、何かクリエイティブな仕事はないの? 文化祭だから文化的なことがしたいよ。例えば収益金の徴収計画とか、用心棒の派遣とか、みかじめ料の徴収とか、そういうの。そういうクリエイティブな仕事はないの?」
「それのどこがクリエイティブな仕事なのか私にはさっぱりだよ……」
お金をクリエイト。
「もっと早く仕事に来てくれたなら、予算の分配だとか、催し物の下調べなどあったのだがね。そういう仕事がしたかったのだろう」
「金になる仕事がしたかった」
「君という奴は!」
面倒くさいクラリッサである。
「でも、今でもいろいろとトラブルがありますわよね。カジノの設定額だったり、食品の管理だったり、監査委員会の方から解決してくれって情報が来てますわ」
「よし。私がそっちを担当しよう」
クラリッサにとって名簿作成は退屈過ぎた。
「しかし、君にトラブルの解決などできるのかね。トラブルを増やすだけの結果にならないだろうね。暴力も、賄賂も、脅迫もなしだよ。分かっているだろうね?」
「……そこはかとなく」
「完全に理解してくれないかな?」
そっと視線を逸らすクラリッサであった。
「まあ、とりあえずトラブルをサクッと解決してくるから。最初のトラブルは?」
「2年C組のカジノの賭け金が高すぎるというトラブルですわ。下げるように勧告したのですが、どうなっているのか分かりませんの。向こうも事情があるとかで」
「よし。いうことを聞かせてこよう」
クラリッサは意気揚々と立ち上がった。
「いいかね。暴力も、賄賂も、脅迫もなしだよ。生徒会の一員らしく行動してくれ」
「はいはい」
本当に信用していいのかなあと思うジョン王太子であった。
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クラリッサは意気揚々と2年C組に向かった。
この時期になるとどこも文化祭一色で、準備に勤しむ生徒たちによって学園は遊園地のように騒がしくなっている。仮装した生徒たちや、着ぐるみを着た生徒たち、用意された催し物の看板などがあちこちにある。
「たのもー」
クラリッサは2年C組のクラスの扉を開いた。
用意されている看板には『カジノランド・パラダイス』と記されている。
「うわっ! クラリッサ・リベラトーレだ!」
クラリッサが姿を見せるのに男子生徒数名が悲鳴を上げた。
というのも、ここの男子生徒には生徒会選挙の時にクラリッサとフェリクスに暴行を受けた生徒たちなのだ。そのことがトラウマになっており、クラリッサの顔を見るだけで悲鳴を上げる羽目になってしまっていた。
「おお。バニーガールか。こういうのも許可されるのか」
教室の中には網タイツにレオタード、そしてうさ耳のバニーガールたちがいた。ビキニ喫茶は以前却下されていたものの、こういうのは許可されるらしい。それともクラリッサたちが生徒会を支配してから、事情が変わったのだろうか。
「な、なんの用事でしょうか?」
「ん。賭け金が高すぎるって監査委員会から苦情が来てる。対処した?」
クラスの文化委員が尋ねるのに、クラリッサがそう告げながら周囲を見渡した。
「えーっと。ちょっと予算がかかりすぎて、それを回収するには少しばかり賭け金を上げなくちゃいけないんです。監査委員の方にもそう話したんですけれど」
「ふむふむ。確かに上等なバニースーツを用意したみたいだし、お金がかかったようだね。けど、別に予算は返さなくてもいいんだよ? 収益金が山分けされるわけでもないし、赤字になっても別に問題はないんだよ?」
「それが……収益金がトップだと表彰されるんで」
「表彰されたって何のお金にもならないよ?」
「思い出にはなります!」
基本的にクラリッサはお金にならないものはいらないのだ。
「それで、思い出になるとして収益金を増やさないといけないんだよね?」
「はい。それで賭け金をと。どうにかお願いできないでしょうか?」
文化委員は困った様子でそう告げた。
「では、私から提案がある」
クラリッサは声を潜めてそう告げた。
「収益金を増やすために賭け金を増やすのを見逃そう。その代わり収益金のうちの一部を私に渡す。そういう取引をしない?」
「え?」
え? である。
このクラリッサ、なんと不正行為を見逃す代わりに賄賂を要求しているのである。
「賭け金はもっと釣り上げていいよ。もう監査委員会には問題は解決したって伝えておくから。その代わり、収益金の一部を私に。帳簿はふたつ用意して。事後に監査委員会に提出するものと、実際の売り上げの帳簿。私は実際の売り上げの帳簿の方を見て、自分の取り分を考えるから。まあ、5%か10%ってところだろうね」
「え、えっと。そういうのは不味いのでは?」
「不味くないよ。不正はばれなければ不正じゃないんだ」
文化委員がおずおずと告げるのにクラリッサは慈悲深い目でそう告げた。
「すみませんが、賭け金を修正する方向でお願いします……」
「そんな。もったいない。こんな儲け話をふいにするなんて」
文化委員が反省して修正を申し出るのにクラリッサがそれを止める。完全に立場が逆転している。本来はクラリッサが修正を要求する立場なのに。
「分かった、分かった。裏の儲けは君と山分けしよう。5%、5%でどうだい? 私たちは儲けて、収益金トップとしても表彰される。いいこと尽くめだ。こんな儲けを台無しにはしたくないだろう? さあ、一緒に儲けよう」
「え、遠慮します……。監査委員会には修正を報告しますので」
「君は見る目がないね。きっとこのカジノも儲けられないよ。稼ぎは逃さないようにしないと。儲けのチャンスは二度も三度もやってくるわけじゃないんだよ」
「い、いえ、思い出になればそれでいいですから」
「もったいない」
クラリッサは心底がっかりした。
「気が変わったら、こっそりと伝えて。私はいつでも応じるよ。本当に監査委員会はもう監査には来ないからね。私は修正したと伝えておくよ」
「気は変わらないです……」
こうして2年C組のトラブルを解決したクラリッサだった。
……解決した?
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次のトラブルは1年B組が食料品の保管において温度管理ができていないのではないかと監査委員会に指摘された点であった。
この世界の温度管理は魔力を使った冷蔵庫などを利用する。
その冷蔵庫が適切に配置されてないのではないかと監査委員会は指摘していた。
そして、その1年B組は──。
「何の用かしら、クラリッサ・リベラトーレ?」
フローレンスのクラスなのである。
「監査委員会が食料の保管に問題があると言ってきた。改善を指示するのが生徒会の仕事。さあ、食料の保管場所を見せて。問題が残っているようなら、食品取扱の資格剥奪もあることを覚悟しておいてね」
クラリッサはそう告げて、フローレンスを指さした。
「食料保管に問題はありません。確認すればいいでしょう」
「確認させてもらおう」
クラリッサはどかどかと1年B組に上がり込んだ。
「ふむ? 冷蔵庫はちゃんと設置されているね。だけど、設定温度がちょっと高いな。これだと食品が腐敗する可能性があるね。ここはちゃんと修正してもらわないと」
「何をおっしゃいますの! それは冷蔵庫の初期設定ですわ!」
「そう? なら、ちゃんと設定温度を下げて。じゃないと資格剥奪だよ?」
クラリッサは意地悪姑のように冷蔵庫に文句を付ける。
「ちょっと! この冷蔵庫を取り付けた方は!?」
「お、俺です!」
渋々というようにフローレンスが叫ぶのに、男子生徒が名乗り出た。
「設定温度を下げてくださいまし。そうじゃないと食品の取り扱い資格が剥奪されるといいますのよ! しっかりしてくださいまし!」
「で、でも、これ以上下げるとかできませんよ。もともとこういう冷蔵庫なんです」
「そんなはずはないでしょう!」
実はクラリッサ、冷蔵庫の温度のことで適当なことを言っているのである。
冷蔵庫の温度はちゃんと適切であり、魔力もちゃんと流れている。監査委員会が見たときは置かれていただけで稼働していなかったが、今はちゃんと稼働しているので問題はないのである。温度も適切なのである。
何故、クラリッサがこんなことをしているかというと、生徒会選挙の時に散々フローレンスに妨害されたため、その仕返しをしてやろうと思っているのである。
「さて、問題が解決できないなら、資格剥奪だよ。それが嫌なら新しい冷蔵庫でも買うことだね。予算は特別に出るわけじゃないけれど」
クラリッサはにやりと笑ってそう告げた。
「くーっ! 買いなおしですわ! 新しい冷蔵庫を揃えますわよ! 今回の喫茶店は何としても成功させなくてはいけないんですの!」
「は、はい! とりあえず、今の冷蔵庫を買い取ってもらいます」
「よろしいですわ。ところで、温度は何度くらいが適切なんですの?」
フローレンスがクラリッサにそう尋ねる。
「マイナス13度」
「……適当言ってますわね?」
「言ってないよ」
「もう一度監査委員会に来てもらいます」
「ちっ」
フローレンスはクラリッサが適当言っていることを見抜いてしまった。
「問題がないならさっさと出ていってくださいまし! 二度と来ないで!」
「はいはい。もう来ませんよ。その代わりもう一度監査委員会に見てもらうけど」
「来るなら来やがれですわ!」
その後、フローレンスの1年B組に監査委員会が来たが特に問題はなかった。
クラリッサの作戦は失敗である。
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「というわけでトラブルを解決してきたよ」
「1年B組から権力の乱用を指摘する苦情が来ているんだが」
「知らない」
クラリッサが報告するのにジョン王太子が指摘したが、クラリッサは視線を逸らしたまま知らぬ存ぜぬを貫いた。
「クラリッサさん。ご苦労様でした」
「ありがとう、フィオナ」
それでもフィオナはクラリッサのことを褒めてくれるぞ。
「生徒会に他に仕事ある?」
「トラブルはまだまだこれから出てくるだろう。文化祭当日には文化委員会に任せるが、それまでは生徒会の仕事だ。トラブルはいろいろと解決しなければならないだろう。予算の再審査についても要求が上がっていることがある」
「まあ、頑張って」
「そういうと思ったよ!」
クラリッサはもう自分の仕事は終わったモードに入ってしまった。
「生徒会の仕事は私とフィオナ嬢でやるよ。その代わり文化祭の終わりには、予算が適切に使われたか。催し物は適切に行われたか。賓客の取り扱いに問題はなかったかなどを審議する。監査委員会と合同でだ。ちゃんと出席してくれたまえよ?」
「終わった祭りは終わったことで終わらせよう」
「ダメ」
「ぶー」
ジョン王太子が告げるのに、クラリッサは頬を膨らませた。
「まあ、私の力がどうしても必要だというならそれ相応の態度を取って」
「君は副会長だよ?」
「そうだね。君が死んだときの予備だね」
「違うよ?」
クラリッサが肩をすくめるのに、ジョン王太子が真顔でそう告げた。
「とにかく、副会長として仕事してくれたまえよ」
「仕方がない……。仕事をしているふりを頑張るね……」
「そうではなく!」
果たしてクラリッサは最後まで生徒会の仕事をこなせるのだろうか?
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