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娘は男子を着飾らせたい

……………………


 ──娘は男子を着飾らせたい



 喫茶店というからにはそれなりの服装が必要だということになる。


 執事・メイド喫茶と違って、今回は普通の喫茶店だ。普通のウェイターとウェイトレスの服装で大丈夫だ。


 もっとも、男女逆だが。


「では、男子から何人か集まってー」


 にやにやした表情の女子たち──クラリッサ、サンドラ、フィオナが、女装・男装カジノ喫茶の準備に向けて動いている男子たちに向けて手招きする。


 だが、誰も行きたがらない。


 それも当然。クラリッサたちの手の中にはウェイトレスの制服が。


 最終的には誰もが着ることになるが、一番最初に着て見世物になるのはごめんということである。男子たちは声が聞こえないふりをして、こそこそと作業を続けている。


「ジョン王太子、フェリクス。こっちに来て」


 誰も来ないので名指しになった。


「わ、私が着るのかね? これを?」


「勘弁してくれよ……。俺がこういうの嫌いなのは知っているだろう?」


 ジョン王太子とフェリクスは本当に嫌そうな表情をしている。


「大丈夫。君たちだけでなく、全員で着るんだから。君たちは勇気をもって先陣を切ることになるんだよ。それはとても名誉なことだ」


「その言葉じゃ騙されないぞ」


 クラリッサの説得にはフェリクスは応じなかった。


「覚悟を決めて、フェリクス君。どうせ本番には着るんだから」


「殿下ならきっとお似合いになられますわ」


 サンドラとフィオナもそう告げる。


「仕方ない……」


「クソッタレ」


 ジョン王太子とフェリクスは仕方なく運命を受け入れた。


「はいはい。じゃあ、着替えてきてね。サイズとか男の子と女の子じゃいろいろと違うから、仕立て直さないといけないかもしれないし」


「肩幅とか男の子だと大きいからね」


 サンドラとクラリッサがそう告げ、ジョン王太子とフェリクスは渋々とカーテンで仕切られた更衣室に向かう。


 そして、ごそごそという音が聞こえ、着替えが始まった。


「ど、どうだろうか?」


「あー。畜生。何も言うな。聞きたくない」


 やがて、ジョン王太子とフェリクスが出てきた。


「で、殿下。お似合いですわ」


 まずはジョン王太子。これは酷いと言わざるを得ない。


 まさに男子の体型に無理やり女の子の服を収めたという感じであり、女装した変態という趣である。ジョン王太子自身、男子らしい顔立ちをしていることもあって、どう言い繕っても、女装をしているという印象が強い。


「肩幅は直さないといけないね」


「それから髪もウィッグがいるかな」


 笑いを必死にこらえながらクラリッサとサンドラがそう告げる。


「フェリクス君の方は……」


「こうしていると本当にトゥルーデだ」


 フェリクスの方は肩幅が少し合わない以外はぴったりだった。


 顔も中性的なのであまりにも違和感がない。違和感がなさ過ぎて、トゥルーデのようであった。これでフェリクスのとげとげしい雰囲気がなくなれば、トゥルーデと見分けるのは不可能になってしまうだろう。


「うるせえ。俺は姉貴じゃない。大体、似合ってないだろ」


「驚くほど似合っていますわ。肩幅はやっぱり直さなければならないかもしれないですけれど。ウィッグとかもつけられたら素敵ですわ!」


「もう好きにしてくれ」


 ウェイトレスの制服が似合いすぎているフェリクスは頭を押さえて屈みこんだ。


「フェリクス。その屈み方はパンツ見えるよ」


「うげっ。スカート丈、短すぎだろ」


「それぐらいは普通だよ」


 迂闊に屈むこともできないフェリクスである。


「ニーソも履いてみて。すね毛は生えてないからいいだろうけど、やっぱりそのスカート丈にはニーソが必要だよ」


「そうだね。その方が可愛いよね」


 ジョン王太子もフェリクスもすね毛は生えていないので、わざわざタイツやニーソを装備する必要はないのだが、この女子どもはどこまでも男子を弄りたいようだ。


「普通の靴下でいいだろ?」


「ダメ。ニーソにして。その方が可愛い」


「可愛いとかどうでもいいだろ」


「重要。フェリクスは冷めたコーヒーと温かいコーヒーどっちがいい? 温かいコーヒーでしょう。お客さんも可愛くないウェイトレスさんより、可愛いウェイトレスさんの方がいいでしょう。だから、可愛くして」


「コーヒーの例えと繋がってないぞ」


「そこは気にしなくていい」


 コーヒーの例えは意味不明だった。


「とにかく、私たちもカッコいいウェイターをやるんだから、フェリクスたちも可愛いウェイトレスをやって。そうしないとお客さん来てくれないよ?」


「この格好を見られるぐらいなら誰にも来てほしくないな」


「私たちの今後のビジネスに関わるんだよ?」


「だったら、なおさらだ。こんな格好してたら舐められてしょうがない。用心棒がこんな格好してたら、連中は俺たちのことを『連中ならいかさまをしたって気づくはずがない。なんたってあんな格好をしているんだ』と思うだろうさ」


 確かに用心棒のフェリクスが女装などしていたら舐められるだろう。


「大丈夫。そういう連中は締め上げてやるといいよ。フェリクスはどんな格好をしていたとしてもフェリクスなんだから」


「いい感じに持ち上げようとしてもダメだからな?」


「ちっ」


 クラリッサはいい感じの演出をしてごまかそうとしたが通じなかった。


「でも、投票で決まった結果なんだから受け入れて。フェリクスは可愛くする」


「はあ。もう好きにしてくれ」


「じゃあ、ウィッグも準備するね」


 ジョン王太子とフェリクスの様子を見ていた男子生徒たちは戦々恐々としているぞ。


「さて、私たちはカッコよく、男子たちには可愛くなってもらおう」


 クラリッサはそう告げてにやりと笑った。


 ここからが地獄の本番だ。


……………………


……………………


「それじゃあ、いろいろと揃えようか」


 クラリッサたちが繰り出したのはオクサンフォード・ストリート。アルビオン王国王都ロンディニウムの商業地区だ。


「何から揃える?」


「下着から」


 買い出し組のウィレミナが尋ねるのに、クラリッサが平然とそう告げた。


「……ちなみに何の下着だ?」


「君たちの」


 買い出し組のひとりであるフェリクスが嫌そうな顔をして尋ねるのに、クラリッサがフェリクスの下半身を見ながらそう告げた。


「冗談じゃないぞ。下着まで女装する必要はない。それより買うものがいろいろとあるんだろう。さっさと買い揃えようぜ」


「ちぇっ。つまんないの」


 下着まで女装したら本格的な変態である。


「でも、胸にパッドは入れるよね?」


「クラリッサちゃん。パッドって何?」


「ウィレミナ、知らないの?」


 なんとウィレミナは未だにパッドのことを知らないのだ。


「パッドは胸が大きくなる──ように見える下着のこと」


「……見える? 実際は大きくならないの?」


「ならないよ。そんな魔法のような下着があるわけないじゃん」


「……そうだったのか……」


 ウィレミナは非情な現実を知った。


 胸の大きくなる下着などなかったのだ。胸を大きく見せる下着しかなかったのである。どうりで百貨店にもそんな下着はどこにもなかったわけである。ウィレミナの胸は酷い絶壁──ではなく、絶望に包まれた。


「パッド付の下着もノーだ。胸を膨らませる必要はない」


「パッドがあった方がいいと思う人は手を上げてー」


 フェリクスがそう告げるのにクラリッサが買い出し組にそう告げる。


「殿方が付けられるパッド付の下着はないと思いますわ」


「予算は限られているんだから慎重に使おう?」


 フィオナとサンドラがそう告げる。


「あたしはどーでもいいや……」


「ってことだな、クラリッサ?」


 そして、ウィレミナとフェリクスがそう告げる。


「ちっ。せっかく面白いものが見れると思ったのに」


「お前という奴は……」


 買い出し組に監視としてついてきて正解だったと思うフェリクスであった。


 当初買い出し組はクラリッサ、ウィレミナ、サンドラ、フィオナ、ヘザーだったが、急遽フェリクスがヘザーに“ご褒美”を与えることで役割交換した。そうでもしなければ、このように女性用下着やパッドを準備されるところであった。


「じゃあ、カチューシャとかリボンとかウィッグとかはちゃんと選ぼう」


「予算」


「……ウィッグは絶対買うよ」


 サンドラが突っ込むのに、クラリッサが渋い顔でそう告げた。


「でも、ウィッグ買うならフェリクス君より他の男子の方が良かったんじゃない? フェリクス君には正直ウィッグは必要ないよ」


 サンドラが告げるようにフェリクスはショートボブと呼べる程度には髪は伸びているので、別にウィッグは必要ない。必要なのはもっと髪の短い男子生徒たちだ。


「フェリクスにも必要だよ。その方が面白いし」


「おいこら。面白いでことを決めるな。俺にウィッグは必要ない」


「けど、ウィッグ付けた方が正体がばれにくいと思うよ?」


「よし。ウィッグを選ぼう」


 ここは思い切ってイメチェンするのが生き残る道だ。


「ウィッグってどこに売ってんの?」


「百貨店に置いてあったよ。女装用ではないと思うけど」


 ウィレミナが尋ねるのにクラリッサがそう告げて、その百貨店に向かう。


 この世界のウィッグは貧しい家庭の女性などが売った髪で作られている。使うのは髪型をちょっと変えたいと思う女性たちだ。


 その売り場にフェリクスはやってきた。


「なんつーか。どれを付けさせるつもりなんだ?」


「これなんてどう? ロングヘアにできるよ。髪型も弄れる」


「……お前、自分のその髪弄ったことあるのか?」


 クラリッサはフェリクスの指摘にそっと視線を逸らせた。


 お洒落には興味を持ったクラリッサだが、その手先の不器用さゆえに自分の髪は弄れないのだ。フィオナに触発されて自分のも弄ろうとしたら大惨事になって、使用人とシャロンで必死になって元に戻す羽目になった。それ以来弄るのを諦めている。


「髪を整えるのならば私に任せてくださいまし。クラリッサさんにいろいろと教わって、髪の整え方を覚えたんですの。フェリクスさんも可愛らしくして差し上げますわ」


 フィオナがふたりの会話を聞いていないのか聞いていたのかそう告げる。


「……自分の髪は弄れないのに他人にアドバイスか」


「フィオナ。私の髪も男装するときは纏めてくれるかな?」


「逃げたな」


 クラリッサは非情な現実から目を逸らした。


「フェリクス君、フェリクス君。これ付けて見てくれる?」


「あ? これを……。どうつけるんだ?」


「ええっとね。こうして髪をまずはまとめて……」


 サンドラとフェリクスがえっちらおっちらとウィッグを付ける。


「おー。似合う、似合う」


「わー。フェリクスさん、可愛らしいですわ」


 サンドラがぱちぱちと拍手を送り、フィオナが感心する。


「はあ。なんだか悲しくなってきた」


「いいじゃん。似合ってないより、似合っている方がイケてるぜ!」


 フェリクスがため息をつくのにウィレミナがそう励ました。


「それじゃ、クラスの男子6人で6人分のを準備だね」


「髪の色と合わせた方がいいでしょうか?」


「んー。フェリクスみたいに完全に地の毛を隠しちゃうなら合わせなくてもいいよね。むしろ、奇天烈な色にしよう」


「き、奇天烈なのは不味いですわ」


 クラリッサの視線は染料で染められたピンクとかの派手なウィッグに向けられている。それを付けられるのはクラリッサたちではなく、男子生徒だ。あんまりにも可哀そうなのでやめてあげてください。


「ひとついくらくらい?」


「フェリクスがつけているのが3000ドゥカートほど」


「ふむふむ。制服はクラリッサちゃん割が効くとしてトランプとかも買わなきゃいけないし、結構ギリギリだね」


 制服は初等部6年のときの執事・メイド喫茶のように、クラリッサのシマの服屋で仕立てるため、クラリッサ割が有効なのだ。スマホの契約プランみたいな話だが。


「なら、他に買うのは常識的なものだな」


「今までに買うものが常識的でなかったかのような言いよう」


「下着やらパッドやら買おうとしてた奴が何を言っている」


 クラリッサは知らぬふりをした。


「トランプはいろいろと種類があるけど、どれも同じだよね」


「なるべく高い奴がいいよ。安物は印刷が雑でトランプごとに差が出るからね」


「へえ。それならこれとかどうかな?」


「それは手品用の品。いかさまができる」


 流石は闇カジノを仕切っているだけあって、トランプには詳しいクラリッサだ。


「けど、収益金はもらえないわけだし、いかさまして稼ぐのもありだよね」


「なしだよ。さりげなく何言っているの」


 クラリッサは収益金がもらえないことを根に持っている。


「普通のトランプを何セット?」


「ブラックジャックとポーカー、バカラ。それで3セットかな。それからルーレットも欲しいね。ルーレットは1500ドゥカート程度でそれなりの奴が買えるよ」


「ほうほう。じゃあ、予算内だ」


「早いところ買って、練習させなきゃ。ゲームにも盛り上げ方があるからね」


「了解。それでは早速購入だ」


 クラリッサたちはようやくカジノらしい品を購入すると、学園に戻った。


「クラリッサちゃん。忘れてたけど喫茶店用の食品も買わなきゃ」


「ん。それは当日?」


「だね。予算に余裕は持たせておいて」


 料理はクッキーとサンドイッチだ。チョコレートは溶けてカードに付くので却下。


 さて、それでは準備を進めよう。


……………………

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― 新着の感想 ―
[良い点] 諦めることも、時には必要です。 ハンサム=女装が似合う わけではありませんね。 [一言] 全体的には、学園祭の風景としてあり得る。 イカサマ話以外は。
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