娘はカジノがやりたい
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──娘はカジノがやりたい
12月と冬休みも過ぎて文化祭の季節がやってきた。
今年の文化祭から生徒会長であるジョン王太子からの発案である『開かれた学園生活』を基にして、文化祭でカジノが解禁されることになる。
もっとも、講座を受講しなければカジノの営業許可はでない。不正防止と王立ティアマト学園の生徒としての倫理的な観点からの講座を受講し、それに従って文化祭におけるカジノは運営しなければならないのだ。
飲食物の取り扱いも同様に衛生の講座受講が必要となる。
さて、そんな状況でクラリッサたちは何をするのだろうか?
「それではみんながやりたいことを上げていってください」
文化祭の催し物を取り仕切るのはサンドラ。このクラスの文化委員はサンドラなのだ。彼女は学園祭をあれこれと取り仕切る文化委員なので学級委員長の代わりに、この役割を引き受けることになった。
「はい」
「では、クラリッサちゃん」
「カジノ」
まあ、クラリッサの答えは決まり切っているというものだ。そもそも学園でカジノを解禁しようとした張本人がクラリッサであり、クラリッサは今も運営中の闇カジノをさらに盛り上げるために文化祭でもカジノをやることを思いついていたのだから。
「カジノっと。他にはありますか?」
「はいはーい。喫茶店!」
次に手を上げたのはウィレミナだった。
ウィレミナは初等部最後の文化祭で行った執事・メイド喫茶の楽しさが忘れられず、今回も同じようなことをしようと考えていた。
「じゃあ、合体させてカジノ喫茶は? カジノしながら軽食を摘まむ感じの」
「ふむふむ。カジノ喫茶っと」
クラリッサがカジノ推しなのに喫茶店に奇妙なものが付け加わった。
「せっかくだから女装・男装喫茶にしてみるのはどうですかあ?」
そして、ここでとんでもない燃料がヘザーによって投下された。
男子生徒たちは戦慄し、女子生徒たちはにやりとしている。
「い、いや、それは流石に王立ティアマト学園の生徒としての風紀が乱れるのでは?」
「去年別のクラスがやってましたよう。あれはなかなかいいものでしたねえ」
ジョン王太子が食い止めようとするのに、ヘザーがそう返す。
「じゃあ、女装・男装カジノ喫茶ということで」
サンドラは黒板にカリカリとこれまでの提案を全部乗せした案を記す。
凄いカオスだ。
「他に提案は?」
「ないよー」
サンドラが尋ねるのにウィレミナが周囲を見渡してそう告げた。
「では、女装・男装カジノ喫茶ということで。票を取ります」
この王立ティアマト学園中等部1年A組は僅かにだが女子の方が多いのだ。
そして、女子たちは男子生徒が女装するのを見たがっている……!
結果──。
「はい。決まりです。今年の催し物は女装・男装カジノ喫茶です」
滅茶苦茶な提案が可決されてしまった。
「マジかよ……」
「女子たち悪乗りしすぎだろ……」
男子生徒たちはうろたえた声を上げる。
「楽しみだね、ウィレミナ」
「男子たちを徹底的に飾り付けてやろうぜ」
女子生徒たちは楽しそうな声を漏らす。
「あー……。俺、当日腹がいたくなる予定になった」
「そんなこと言わないの。きっと楽しい思い出になるよ」
フェリクスが遠い目をして告げるのに、クラリッサがそう告げた。
「じゃあ、衛生とカジノの講座を一緒に受けてくれる人は?」
「よし。私が受けよう」
前にも言ったようにカジノと食品を扱うにはそのための講座を受講しなければならない。初等部6年の時のように学級委員長と他2名だ。
「それでは私が、といいたいところなのだが、生徒会も文化祭を前に忙しくてね。フェリクス君に頼めないだろうか?」
「ちっ。仕方ねーな」
ジョン王太子が頼むのにフェリクスは舌打ちしながらも同意してくれた。
「それでは学園祭の成功を目指してがんばろー!」
「おー!」
そして、いよいよクラリッサたちのカジノ作戦が始まった。
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衛生の講座は以前とさして変わらず。
加熱した食品を取り扱うこと。しかし、今年から温度管理ができているならばという条件で店売りの加工品の販売は許可された。これで果実ジュースなども取り扱うことができるようになる。その他にはハムなどを挟んだサンドイッチなども。
「サンドイッチが扱えるのはいいね。カードゲームには持ってこいだ」
「そうだね。サンドイッチってカードゲームをしてた人たちが作ったみたいだし」
実をいうとこの世界におけるサンドイッチの起源ははっきりしていない。サンドイッチ伯爵が存在するかどうかも謎である。
「フェリクス。ちゃんと聞いてた?」
「あ? まあ、それなりには。酒とかは出せないんだろ?」
「私は酒も売りたいと思っているところだけどね。カクテル作れるんだ」
「……冗談で言ったつもりなんだが」
流石のフェリクスも本気で酒を出そうなどとは考えていないぞ。
「衛生の講座はこれで終わり。次はカジノの講座だ」
「どんな内容かは知ってるんだろ? 生徒会で決めたことだろうし」
「先生たちがいろいろと付け加えているからそのままではないよ」
カジノの講座の基礎を作ったのは生徒会──ジョン王太子やフィオナ、そしてクラリッサであるが、それらは教師陣によって正確なものに修正されている。生徒会の権限が強いのだとしても、金銭のトラブルが起きるようなことは困るのだ。ここは名誉と伝統ある王立ティアマト学園であるからにして。
「じゃあ、クラリッサちゃん、フェリクス君。カジノの講座は明日の放課後だから」
「了解」
というわけで、カジノの講座は明日の放課後となった。
……そして、その日の放課後はクラリッサたちは闇カジノに顔を出した。
「次の文化祭、カジノができるんだって?」
「そうですね。ここのように自由にはいきませんけれど、初心者の方々にはちょうどいいのではないでしょうか。ここは賭け金などが上級者向けですから、初心者の方にはあまり向かないんですよ。でも、これでカジノの楽しさを知ってもらえれば、プレイヤーも増えて、ゲームも楽しくなるというものです」
「全くだ。顔なじみと遊ぶのもいいが、たまには新しいプレイヤーとも勝負したい」
闇カジノの客はそう告げてチップを乗せた。
「新規に紹介状も発行しますので、よろしければカジノの楽しみを知った方をご招待してください。もちろん秘密が守れる方ですよ?」
「ああ。ゲームをともに楽しめそうな連中を招待するよ」
作戦は順調に推移中。
カジノの楽しみを知った生徒が出れば成功だ。その人物に招待状を渡して闇カジノに案内する。そして、ここで金を賭ける人間が増えれば、クラリッサたちの取り分もたんまりというわけだ。既に何かを賭けることの楽しみはスポーツくじなどでも普及したため、カジノの楽しみが広がるのもそう難しいことでもなくなるだろう。
「俺たちがあんまりがっつきすぎて、初心者を食い物にしないようにしないとな。あくまで初心者には初心者の楽しみを知ってもらわなければ」
「チップに希望を乗せる。それほど楽しいことはないと皆さんに教えましょう」
実際にはチップにはクラリッサたちへの儲けが乗せられているのだ。
「ところで、クラリッサ嬢のところもカジノを?」
「ええ。女装・男装カジノ喫茶を」
「女装・男装カジノ喫茶」
思わず繰り返した客であった。
流石に要素の乗せすぎで過積載状態だ。
「ま、まあ、頑張ってくれよ」
「ええ。是非いらしてください」
果たしてそんなちゃらんぽらんな感じのする店にお客は来てくれるのだろうか。
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次の日の放課後はカジノの講座である。
カジノの講座は基本的にはジョン王太子たち生徒会が作成したもので行われた。それから生徒会が定めたものに、教師たちがある程度の制限を加えたもの。具体的には賭ける金額をより制限したり、あまり過激な賭けは禁止するといった旨。
まあ、節度を持って、風紀を乱さないように行いなさいということである。
「──以上がカジノに関する講座になります。質問は?」
教師がそう告げるのにクラリッサが手を上げた。
「はい。では、クラリッサさん」
「収益金はどうするんですか?」
微々たる額の賭け事でも収益金は発生する。
初等部6年のときは全てをショバ代に取られてしまったが、今回の文化祭では微々たる額の資金でも懐に納めたいところである。
「収益金は他の催し物と同じく、学園に納められ、次回の文化祭の時などに使用されますよ。カジノだけ特別ということはありません」
「そんな。そんなことをしたら不正が続発する。自分の懐にだけは金を納めようと八百長やいかさまが乱発して、賭けにならなくなる。ここは収益金を生徒たちに直接還元すべき。そうしないと健全な賭けは行えない」
「その不正対策のために監査委員会が設置されるのです」
「そんなもの袖の下次第でどうにでもなる」
「ええー……」
とんでもないことを言い出したクラリッサである。
「クラリッサちゃん。あたかも自分が不正しますって言っているみたいになってるよ」
「するよ? 収益金がもらえなかったらありとあらゆる手段で不正するよ?」
「ク、クラリッサちゃん……」
クラリッサは今回こそは利益を得たいのである。
何もかも学園にとられるなんてうんざり! 自分たちの稼いだ金は自分たちのもの! ショバ代は少しは払うけれど、いずれ学園の真のボスになったら、そのショバ代も懐に納めるのだ。クラリッサの野望は始まったばかりである。
「不正対策には生徒それぞれに賃金が必要だという話ですね?」
「そう。その通り。稼ぎがなければ不正は起きる」
教師が尋ねるのにクラリッサがそう告げて返す。
「ですが、それだとカジノをやっているクラスだけが得をすることになります」
「他のクラスにも賃金を出したらいい。もちろん、賃金は収益に応じてだよ」
カジノをやっているクラスだけに、カジノだけに収益金を与えるのはよくない。クラリッサのクラスでは喫茶店も兼ねているんだから、そちらの儲けも受け取りたい。
というのが、クラリッサの本心である。
「それでは来年の文化祭の予算がなくなってしまいます。来年も楽しく文化祭を催すには、ある程度の予算を残しておかなければ」
「来年のことは来年考えよう。それに学園がもっと文化祭に予算を割けば、そういう心配はしなくてもいいと思うな」
文化祭は去年の文化祭の収益金で行われている。教師が言うように来年の文化祭のための予算を残しておかなければならない。収益金を配り始めると、その予算が減ってしまい、来年の文化祭は貧相なものとなってしまうだろう。
まあ、クラリッサの言うように来年のことは来年考えて、学園が文化祭に特別に予算を割けばいいだけの話でもあるのだが。実際のところ、学園はリーチオの手厚い寄付金を受けて、財政状況には余裕がある。
のだが、これまでの生徒がもらえなかったものを、クラリッサの在学中にだけもらえるというのも不公平である。プライドの高い貴族たちはいい顔をしないだろう。
「不正対策は強化します。そして不正が行われたクラスは営業停止処分に」
「横暴だ」
「横暴ではありません。普通のことです」
ぶーぶーとひとりでブーイングするクラリッサに教師はそう告げた。
「他に質問はありませんね。それでは節度を守り、不正なく、王立ティアマト学園の生徒の名を汚さぬようにしてください。以上です」
クラリッサに不満は残ったものの、カジノの講座はこれにて終了した。
果たしてクラリッサたちはちゃんとやれるだろうか?
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