異世界マンモグラフィー
「熱中症って、ねっ、チューしよ? に似てるよなぁ……」
もうもうと熱気の立ち込める部屋の中で、俺は死にかけながらそんな事を思っていた。
パソコンの電気代を抑えるために冷房無しで過ごしていたせいで、完全に熱中症になっていた。最初はまだいけると耐えていたのだが、そのうち意識が朦朧としてきて、それでも我慢していたら死んだ。
俺の辞世の句は「ねっ、チューしよ」となり、生涯を終えた。
「ここは一体どこなんだ?」
次に俺が意識を取り戻した時、俺は全く見知らぬ場所に居た。
あたりは昼とも夜ともつかないぼんやりとした乳白色の光と霧に包まれていて、どのくらいの広さか見当もつかなかった。
「気が付いたようですね。哀れなる迷える魂よ……」
「あんたは誰だ!」
「私は乳の神ボインプルン」
「ボインプルンだと!?」
霧の向こうから姿を現したのは、長い銀の髪を持つ神秘的な女性だった。ゆったりとしたローブに身を包んでいるが、最大の特徴は顔よりもでかい乳だ。ボインプルンとかいう変な名前の自称乳の神は、俺の事を悲しげな表情で見つめていた。
「さて、もう薄々分かっているかもしれませんが、あなたは死んでしまいました。私は、あなたのように女性を求めつつ、触れあう機会すらないまま死んでしまった者達の魂を癒す女神なのです」
「そ、そうなのか」
俺は何とも曖昧な返事しか返せなかった。確かに、俺は女性とそういう経験はした事は無かったし、交際経験も無いし、もっと言うと携帯電話に女性は一名も登録されていない。
そもそも俺がパソコンに貼りついて死んだ理由も、エロゲーをやっていたせいである。えっちな画像を開いたパソコンを付けっぱなしで死んだ事が悔やまれるが、もう済んだ話だ。
「俺の魂を癒すって事は、ひょっとしてチート的な何かを持たせて転生させてくれるって事なのか?」
「そのようなものです。といっても、あなたの前世の転生ポイントを換算すると……ミジンコの王というのはどうでしょう?」
「ミジンコ!? ミジンコはちょっと……」
「お気持ちは分かりますが、あなたが人間として異性と触れあうのは交換ポイントが足りないのです。ミジンコになれば、雌と交尾し放題ですし、ミジンコ界の王者として君臨できます」
「うーん、でもミジンコにおっぱいは無いしなぁ……」
ボインプルン氏の話を聞きつつも、俺は彼女の顔より胸の方ばかり見ていた。俺は巨乳が好きなのだ。
「分かりました。ちょうど今、熱中症死亡者キャンペーン期間中なので、なんとか取り計らってみましょう」
「熱中症死亡者キャンペーン」
「はい。季節ごとに死因が変わってきますので、転生能力を持った神々は期間限定キャンペーンを実施している事も多いのです」
「ソシャゲのピックアップガチャみたいな事しやがって……」
なんだか釈然としないが、とりあえずミジンコルートを回避出来るならそれでいい。というか、他に選択肢が無い。
「つまり、俺は転生しておっぱいに触れられるって事で間違いないんですね?」
「はい。ちゃんと人型の雌の乳に触れられるよう、私がサポートいたしますので」
「それならまあ、いいか」
俺は即決した。どんな形であれ、異性のおっぱいに触れられるなら死んだ甲斐があったというものだ。
「では、目を閉じて下さい。目を覚ました時には、あなたは別の自分に代わっている事でしょう」
ボインプルンがそう言うと、彼女の乳の谷間から白い煙のような物が噴き出し、俺はそれに包まれた。ほんのりと甘い香りがする匂いに包まれ、俺の意識は再び暗転した。
気が付くと、俺はどこか分からない森の奥に立っていた。暑さも寒さも感じない所からすると、温帯の森なのかもしれないが、それ以外は分からない。
『目を覚ますのです……無事、転生に成功しましたよ』
俺がぼんやりとあたりを眺めていると、突然、頭の中に女性の声が響いた。
ああ、そうだ。俺は乳の神ボインプルンにおっぱいが揉める身体に転生させてもらったんだ。
「それで俺は一体何になったんだ?」
『少し進んだ所に池があります。そこで姿を確認するとよいでしょう』
「わかった……って、足が動かないんですけど」
『ああ、それは失礼しました。確かに今の姿では動くのに不自由ですね。初回特典としてキャタピラを付けましょう』
「キャタピラ?」
なんだか嫌な予感がしたが、俺が歩こうとすると今度は前に進んだ。ガガガガという良く分からない騒音に対しては、あまり考えないようにした。
そして俺は、ボインプルンの言っていた池のほとりに辿り着き、驚愕した。
「これは……マンモグラフィーじゃねーか!」
池の水面には、巨大なマンモグラフィーの機械があった。マンモグラフィーとは、おっぱいを挟む機械の事だ。いや、これだとさすがに誤解を招くから説明しておくが、おっぱいを挟んで乳がんをスキャンする精密機械である。
『どうです? 驚いたでしょう?』
「そりゃ驚くわ!」
あの口ぶりだと人間にはなれないだろうなとは思っていたが、まさかマンモグラフィーにされるとは思わなかった。しかも、今の俺はキャタピラが付いている謎の機械と化していた。
『仕方が無かったのです。生物として女性の乳に触れる可能性があるのは猫くらいしかなかったのです。無機物で女性の胸に頻繁に触れられるのは、マンモグラフィくらいだったのです……』
「いや、普通に猫にしてくれよ!」
『あなたはより多くのおっぱいに触れたいと強く願っていたので、その姿の方がより多くの乳に触れられると思ったので……』
「な、なるほど……」
確かに、飼い猫とかだったら飼い主の女性しか触れられないが、マンモグラフィーなら世界中の女性の乳を挟む事が可能だ。
「って、んなわけあるかーっ! 自動で乳を挟むキャタピラ付きマンモグラフィーとか引くわ!」
『何て事を言うのですか! あなたの要望を可能な限り汲んだというのに!』
ボインプルンは声を張り上げたが、俺も負けじと叫んでいた。
いや、普通に考えたら猫にするだろそこは。
「きゃああああああ! だ、誰か、誰か助けてーっ!」
俺がボインプルンに抗議していると、不意につんざくような悲鳴が聞こえてきた。声からすると、若い女性らしかった。
「女の悲鳴? なんでこんな森の奥に?」
『この世界にはエルフが存在するのですよ。どうやら、何者かに襲われているようですね。早速、あなたの出番が来たという訳です』
「いや、俺、ただのキャタピラ付きマンモグラフィーよ?」
『大丈夫です。あなたはただのマンモグラフィーではありません。乳の力によって無限の力を得る事が出来る、戦闘用マンモグラフィーなのです!』
「戦闘用マンモグラフィー」
マンモグラフィーは乳がん検診の機械なんじゃないかと思ったが、そんな事を悠長に言っている場合ではない。とりあえず、俺は悲鳴の方へキャタピラをぶん回して急行した。
「だ、誰か! 誰か助けて!」
「へへ、無駄だ無駄だ。お前らの仲間がいねぇのは、前もって調べてあるんだぜぇ」
茂みの向こうには、エルフ(割と胸がでかい)の少女が、豚の頭をしたデブ三体に囲まれていた。
『あれはオークと呼ばれる種族ですね。彼らは他種族のメスをさらって子づくりをするのです』
「なんだと!? 生かしちゃおけねぇ!」
俺なんか子作りはおろか女と手を握った事も無いのに! あの豚野郎ども以下だと言うのか。
絶対に許せん。俺は物凄い嫉妬の炎に駆られ、キャタピラをフル回転させオークの一匹に体当たりをぶちかました。
「ぐわああああああっ!」
悲鳴を上げたのは俺の方だった。マンモグラフィーは精密機械だから衝撃に弱い事を忘れていた。
ただ、突然現れた謎の機械に、オークもエルフの少女(割と胸がでかい)も驚いているようだった。
「な、何だテメェは!?」
「通りすがりの……マンモグラフィーだ!」
俺はとりあえず啖呵を切った。だが、ここから先どうしていいか分からなかった。
『さあ、早くエルフの乳を挟むのです! そうすればあなたは力を得る事が出来ます!』
ボインプルンの声が頭の中に響く。どうやら彼女の声は他の連中には聞こえないらしい。オーク達が狼狽している間に、俺は半分ポンコツになった状態で、エルフの前で口……かどうか分からないが、とにかく台座の部分を開いた。
「さあ、早く乳をここに挟むのだ!」
「えっ? えっ?」
エルフの少女は完全に困惑しているようだ。そりゃそうだ。いきなり謎のロボットが出てきて、乳を挟めなんて言われても訳が分からないだろう。俺だって訳が分からない。
「いいからさっさと乳を置け! 死にたいのか!?」
「は、はい!」
俺が必死で叫ぶと、エルフの少女は素直に乳を俺の台座の上に置いてきた。勢いって大事だな。
そのまま俺は、出来る限り優しく、エルフの乳を挟んでいく。
「んっ……ちょ、ちょっときついです」
「我慢するのだ。よし、健康だ!」
もにゅにゅ~とエルフの乳が形を変えていき、俺はこの少女が乳がんになっていない事を理解した。言葉ではなく心で理解出来た。
『やりましたね! 夢が叶いましたね!』
「ああ、これでいつ死んでも構わない」
さっき死んだばっかだが、わが生涯に一片の悔いはない。エルフの乳を挟んだマンモグラフィーなど俺くらいのものだろう。
「このゴーレム野郎! 何わけのわからねぇことをしてやがる! ぶっ壊してやる!」
オーク連中が至極まっとうな突っ込みを入れてくる。奴らはでかい棍棒のような物を持っていて、あれで殴られたらマンモグラフィなんかスクラップになってしまうだろう。
その時、俺の中に、何か熱いものが込み上げてきた。血の通わないはずの鋼の体のはずなのに、人間でいうと血が沸騰するような感覚だった。
『あなたの乳力が満たされたのです! さあ、必殺技を解き放つのです!』
ボインプルンがそう言うと、俺は反射的にオークに向き直っていた。そして、頭に浮かんだ言葉を放つ。
「マンモグラフィードラゴンブレス!」
俺がそう叫ぶと、突如空中に巨大な円陣が現れた。そして、そこから深紅の鱗で覆われた、巨大なドラゴンが顔を出した。
「Gyaoooooooooooooo!!」
ドラゴンは空気が振動するほどの咆哮と共に、燃え盛る業火をオークに放射した。オーク共は叫ぶ暇もなく、こんがり焼けた美味しそうなBBQになっていた。
「これは……一体」
『あなたが乳を挟めば挟むほど、体内に魔力が溜まっていくのです。今のはマンモグラフィとドラゴンを掛けあわせた、全く新しい必殺技です』
「あんまりマンモグラフィ要素なくない?」
『ここでチュートリアルは終了です。さあ、この世の中の乳がんを駆逐しつつ、ついでに魔物も退治していってくださいね』
俺が突っ込むも、ボインプルンはそれだけ言い、それ以降話しかけても二度と返事をしなかった。
いや、何がなんだか訳わかんねぇよ。
「あ、あの……ゴーレム、さん?」
「ゴーレム? なんだそれは?」
「意志のある人形の事なんですが、あなたは違うんですか?」
先ほど助けたエルフの少女が、俺に話しかけてきた。彼女は残念ながら既に服を着こんでいて、生乳はもう見られなかった。
「俺はただのマンモグラフィだ。どうも、俺は旅立たねばならないらしい。世の中には乳がんで苦しんでいる女性が多いらしいが、この世界で、多分俺は唯一のマンモグラフィだろうからな」
「ニューガン? それは何ですか?」
「世の中の女性を苦しめる悪魔だ。奴によって、数多くの乳房が犠牲になったのだ……」
そうして俺は、キャタピラを動かしエルフの少女に背を向けた。先ほどクラッシュした部分も既に直っていた。多分、自己修復機能があって、おっぱいを挟むとさらに強化されるのだろう。
「あ、あの! また……お会いできますか?」
エルフの少女は、去ろうとする俺の背中に声を掛けてきた。
「フッ、俺の力など無い方が世界は幸せだろうが、縁があれば半年後にまた会おう」
若い子の癌は進行が早いから、今は無事でも半年に一回は検診を受けた方がいいからな。
そう言い残し、俺はエルフの少女を残し、今度こそ旅立った。
「やれやれ、こいつは大変な旅になりそうだぜ」
俺はキャタピラを動かしながら溜め息を吐いた。いや、機械だからそういう気になっただけだが。
世界中の女性の乳を挟む。ついでにモンスターも狩る。両方やらなくっちゃあならないのがマンモグラフィーのつらいところだな。
覚悟はいいかって? 俺は出来てる。




