ゴリラと謎の光、そして異世界転移、そして伝説へ……
稲荷竜先生が「誰か続き書いて」って言ってたので書きました。
ゴリラと謎の光、そして異世界転移
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光のトンネルを抜けると、そこはジャングルだった。
吾輩は動物園なる施設で生まれ育った養殖ゴリラであるから、ジャングルは知らない。体毛が少ないが数だけは多い下等な猿どもの噂でしか聞いた事が無い。だが、数少ない情報から判断すると、この鬱蒼と茂る植物の海はジャングルというものに該当するのだろう。
吾輩の部屋に突如として光が現れ、あろうことかバナナを吸いこんだ傲慢な光に対し、吾輩は抗議するために腕を伸ばした、その直後、気付いたら吾輩はこの場所に立っていた。
吾輩のゴリラ生において、最も重視されるのは食事と睡眠。そして、その食事の中でもバナナは最も神聖な食べ物だ。つまり、吾輩にとってバナナを食う事は肌色の猿どもで言うところの祈祷のようなものだった。
『バナナ! バナナはどこにいった!?』
吾輩は力の限り叫ぶ。気が付くと光の奴は完全に逃走し、バナナの姿は掻き消えていた。なんと忌々しい。最初、吾輩は光が特に何もしないので共存していこうと考えていた。
闘争や戦争で領土を拡大するのは、あの野蛮で下等な猿どものお家芸だ。高度かつ清廉な魂を持つゴリラは、決してそんな愚行を犯さない。ただし、バナナに関しては別だ。
バナナを奪うというのは、ゴリラとして最も行ってはいけない行為である。それをされれば、いかに温厚な我らだろうと、己の魂を賭して戦わねばならない。
吾輩は当てもないまま、ジャングルと思われる密林をさまよった。あの邪悪な光が奪い去ったバナナを、何としても取り返さねばならない。
しばらく森の中をナックルウォークで歩いていると、不意にかすかな悲鳴が吾輩の耳に届いた。
『雌の悲鳴だな……やれやれ』
吾輩の耳が確かなら、それは同族の救援の声だった。肌色の猿どもは数が増えすぎたのか、子殺しをする事も多いと聞く。だが、我ら優等種族ゴリラは弱き者、助けを求める者を放ってはおけない。
バナナと悲鳴を天秤に掛けた結果、吾輩は僅差で救援の方を重視する事にした。バナナは後で見つかるかもしれないが、同族の命は一つしか無い。
『グルォォォォーーーーーーーーーーッ!!』
『誰か! 誰か助けてーっ!』
吾輩が慎重に茂みの奥を進んでいくと、やはりその先に居たのは同族だった。少なくとも、吾輩に極めて似た種族に見えた。目の前には、15メートル程はある巨大なトカゲが、牙を剥いて二匹の雌ゴリラを威嚇していた。細身のゴリラを守るように、もう片方の背の高いゴリラが立ちはだかっていた。
『ウ、ウホオオーッ!』
高身長ゴリラは真っ黒な顔を真っ青にしながら、巨大トカゲを追い払おうと後ろ足で立ちあがった。なるほど、ドラミングをしようという訳だ。
そして、高身長ゴリラは片手だけを使い、ポン、ポン、と、まるで赤子をあやすような弱弱しい威嚇行為をした。トカゲは当然怯みすらしない。
『なんだあのドラミングは……片手では威力が半減してしまうぞ!』
吾輩は目を見開いた。もしかして、このジャングルのゴリラはドラミングの仕方を知らないのではないのか? いや、そんなはずはない。動物園生まれの吾輩ですら生まれながらにして知っているのに。
『う、ウホっ……ゆ、指が……すまないシャルロット……私の力ではこれが限界だ……』
ポンポン音を立てていた高身長ゴリラ。彼女はすぐにドラミングをやめた。理由は明白だ。ドラミングのしすぎで指を痛めていたのだ。グーでドラミングをすると、衝撃で親指を痛めてしまう。それはゴリラ界の常識なのだが……。
『いいのよフローレン……せめて食べられるときは一緒に逝きましょう』
『すまない』
二人の間に悲痛な空気が流れていた。巨大トカゲはまるで獲物をいたぶるように、あえて距離を置いているようだった。
吾輩は激怒した。死を簡単に受け入れる雌ゴリラ達。そいつらを弄ぶ巨大トカゲ。そして、バナナが見つからない圧倒的激怒が、吾輩を突き動かした。
『ウホオオオオオオオーーーーーッ!!』
ポンポンポンポンポン! 吾輩の胸から雄々しきドラミングの威嚇音が発せられた。人間とかいう猿どもが吾輩をガラス越しに見る際、よく拳を握ってドンドン叩いているが、全く呆れかえる無知である。
ドラミングをするときは手の平で叩くのが基本だ。それに、ドンドン音がするのではなく、我らゴリラ族には胸の部分に空気を入れる場所があり、それを反動させることでポコポコと大きな音を立てる。つまり、ドラミングとはゴリラ族だけに許されたユニークスキルなのである。
『グガアッ!?』
吾輩のドラミングを聞いたトカゲは、恐れをなして逃げ出していった。当然だ。百獣の王ゴリラのドラミングを聞いて怯えない動物は存在しない。
『大丈夫か?』
吾輩は未だ震えている雌ゴリラ達に、出来る限り穏やかに話しかけた。
『あ、ありがとうございます! あなた様は一体?』
『吾輩にも良く分からぬが、気が付けばここに居たのだ』
吾輩に真っ先に礼を述べたのは、低身長ゴリラ――確かシャルロットとか言っていたな。まあ、吾輩は礼を言われるために助けた訳ではないのだが。
『しかし、驚いたな。まさかあれほどのドラミングを出来るゴリラがこの世界に存在したとは……部族で一番のドラミストと言われる私でも、まさか両手でドラミングをするという神技は見た事が無い』
『何!? ドラミングを両手でしない!? 何故だ!?』
『片腕が空いている方が、いざという時にパンチを放ちやすいだろう?』
吾輩は絶句した。ドラミングはそもそも争いを避けるための威嚇行為。片腕でドラミングをし、もう片方で戦闘準備をするというのは、どちらつかずの愚策である。だが、このフローレンという雌ゴリラ、本気でそれを信じているようだった。
『しかし、あれほどの大音量を出せるとは……あなたはもしかして伝説の英雄なのでは?』
『そんな大したものではない。吾輩はゴンタ。それ以上でもそれ以下でも無い』
『そんなはずはありません! 電撃竜をドラミングだけで追い払うなんて……今まで生きてきて見た事がありません!』
吾輩としては普通にドラミングをしただけなのだが、どうもフローレンとシャルロットは本気で吾輩を崇拝しているようだった。
もしかしたら、あの光がバナナを奪い、吾輩をこのジャングルに導いたのは、この世界のゴリラを救えという事だったのではないだろうか。バナナは惜しいが、吾輩はシルバーバック。つまり、ゴリラのボスになる年齢になりつつある。
『やれやれ……仕方がないか。では娘ども、吾輩についてくるがいい。ゴリラの立ち周りの基礎を伝授しよう』
『『はい!』』
フローレンとシャルロットは、吾輩の提案に歓喜しているようだった。仕方が無い。吾輩にどこまで出来るかわからないが、誇り高きゴリラ族として、若き娘達を守らねばならない。こうして我ら三名は、ナックルウォークで彼女らの住まう縄張りへと向かう事になった。
やれやれ、しばらくは時間が掛かりそうだ。それまで待っていてくれよ、愛しきバナナよ。




