後日談2 土下座の男について
「よう、『鷹の狩人』」
ある日、ジェレマイアが騎士団詰め所の休憩所で水を飲みながら休んでいると、肩にぽんっと大きな手が乗った。
「え? ……ああ、どうも、アトリー小隊長」
「俺とおまえの仲じゃないか。気軽にフェイビアンと呼んでくれたら嬉しい。なんならあの二つ名でもいいぞ!」
「……」
黙るジェレマイアに構わず相手の男はニヒルに笑うと、ジェレマイアの隣に腰を下ろした。
フェイビアン・アトリー。ジェレマイアが所属するガードナー隊とは別のサージェント隊第二小隊長で、戦術の才能に長けている。
ジェレマイアより二つ年上のフェイビアンだが、若い頃の彼は女好きの性格ゆえ「渡り鳥のフェイビアン」とか「薔薇の騎士」などと呼ばれていたそうだ。
なお、今彼が「鷹の狩人」とジェレマイアのことを呼んだのは、「鷹の目のエリントン」と呼ばれるミリアムと交際を始めたからだ。自分はミリアムを狩ったのではなくて彼女の巣に入れてもらっただけなのだが、いちいち訂正するのが面倒なので放っておいていた。
グラスをテーブルに置いたジェレマイアは、隣に座る男を見た。
かつては女泣かせの色男として名を馳せた、フェイビアン・アトリー。
だが今の彼の二つ名は、「土下座のフェイビアン」である。
なお、フェイビアン本人はその二つ名のことを嫌がるどころか「俺の誇りだ!」と胸を張っているので、彼の前で「土下座のフェイビアン」と呼んでも問題ないようだ。
「あの、アトリー小隊長。先ほどおっしゃった、俺とおまえの仲というのは――」
「おお、そうだとも。俺もおまえも、経理部の才媛を見初めた者同士。これまでも小隊長同士として会話はしていたが、今後はよりいっそう仲良くせねばと思ってな」
「はぁ」
「お近づきの記念に、俺と妻とのなれそめを教えてやろうではないか」
「はぁ……ああ、いえ、ありがとうございます」
断ると後が面倒くさくなるのは予想できるので、ジェレマイアはアトリー小隊長が「土下座のフェイビアン」と呼ばれるに至った経緯を聞くことにしたのだった。
フェイビアン・アトリーは十代後半という若さにしてサージェント隊第二小隊員に任命された、将来有望の騎士だった。
その色香のある容姿は女性を惹き付けてやまなくて、彼自身も自分の顔のよさをよく理解して有効活用させていた。そうして付いたあだ名が、「渡り鳥のフェイビアン」や「薔薇の騎士」である。
そんなふしだらな私生活を送っていた彼は今から約七年前のある日、経理部の棟の近くで若い女性二人を見かけた。どちらも経理部の女性職員の制服である濃い緑の衣装を着ていたため、その所属はすぐに分かった。
片方はフェイビアンよりも少し年上に見えて、もう片方は自分と同じ年頃だろうと思われた。
たまには頭のお堅そうな才媛の恥じらう顔を見てみたいものだ……と思った彼はまず、その二人組のうちの若い方に目を付けた。
うつむきがちに歩く彼女にどのような声かけをすれば、気を引けるだろうか……と様子を見ていた彼は数日後、もう片方の女性に捕まった。
「……うちの若手に何かご用でしょうか」
どうやら彼女は、フェイビアンが自分の連れにやましい視線を送っていることに気づいていたようだ。
強気な印象のある女性経理職員に詰め寄られたフェイビアンは自分の商売道具である顔を有効活用させて微笑み、相手の女性の頬にそっと触れた。
「これは、話が早そうで助かる。実は、君がいつも一緒にいるレディに興味があったから遊びに誘いたかったのだけれど……君もなかなか色っぽい女性――」
――ゴッ、という音が耳のすぐ横で聞こえたため、フェイビアンは硬直した。
彼の左こめかみのすぐ横に、女性の腕があり――その拳がフェイビアンの背後にあった木の幹にめり込んでいた。
「……私もあの子も、そういうことは求めていません。そのおきれいな顔が無事でいたいのなら、二度と私たちの近くに来ないことです」
フェイビアンの鼻先まで顔を近づけて凄んだ女性は憎しみを込めた目でフェイビアンをにらむと、さっときびすを返した。
そして「スカーレット、どこ?」と少女の声が聞こえると彼女は、「こっちよ」と優しい声で応じて去って行ってしまった。
フェイビアンは生まれて初めて、女性に脅された。
そうして……彼女に恋をした。
フェイビアンのターゲットは年齢の近い少女――ミリアムからスカーレットに変わり、ウザいくらいのアプローチを掛けるようになった。
スカーレットが経理部長の娘だと知るとフランクにまでごまをするようになり、「なんだか最近、若い騎士が私を茶に誘うんだけど?」とフランクが困惑の表情で娘に相談したこともあった。
一瞬スカーレットは、「あいつはミリアムに続き、私の父までも狙っているのか」と勘違いしたくらいである。
フェイビアンによる鬱陶しいアピールは二年にもわたって続き、それらをスカーレットは袖にし続けた。軽薄な男は、大嫌いだったからだ。
そしてスカーレットが二十三歳になった年に、父フランクから「お見合いでもしたらどうだ?」と提案された。
確かに、そろそろ身を固めてもいいかな……と思っていたスカーレットのもとにフェイビアンが突撃してきて、土下座した。
「一生大切にします! 浮気もしません! 扱いが雑でも構いません! だから結婚してください!」となりふり構わず訴えて最後には涙を流しながらプロポーズするフェイビアンの姿に、スカーレットは心底引いてしまった。
だが、ここまで自分に一生懸命になってくれるのなら……あといい加減アプローチが鬱陶しくなってきたことだし……ということで、結婚することにした。
かくして女好きで有名だったフェイビアンは「土下座のフェイビアン」と呼ばれ、年上の妻の尻に敷かれることを何よりの喜びとする男になったのだった。
「……何度聞いても、スカーレットと旦那さんのなれそめは衝撃的ですね」
「私も、自分でもそう思う」
いつものお茶休憩時間。紅茶を飲みながらスカーレットの話を聞いていたミリアムは、ほう、と息をついた。
「でもなんだかんだ言って、旦那さんとうまくいっていますよね? お子さんも二人もいますし」
「そうだね。嫌いな相手との間に子どもを作ろうとは思わないし……なんだかんだ言ってあいつ、いい父親だしね」
スカーレットは穏やかな顔で言ってから、ミリアムを見て微笑んだ。
「……ということで、次はミリアムの番になりそうね」
「え、ええと……いつかは、とは思っています」
「ええ。……いい報告が聞ける日を、待っているよ」
スカーレットに言われて、ミリアムは微笑んで紅茶を口に含んだ。
なんだか今日はいつもよりもっと、ジェレマイアに早く会いたい気分だった。
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