ならば⑫
国王陛下が、深い溜め息をついて先に口を開いた。
「レナルド殿下は、本日、バール国王の名代としていらっしゃっているのだ」
それって、本当に不味いことになるわ!
バール王国が介入してきたら、計画は上手くいかなくなるかもしれないもの!
「わ、私は、この女の悪事を明らかにしただけではないか……なぜ、処分されなければならないのだ」
「そ、そうよ……」
呆然と呟くファビアン殿下に、私は乗った。
他の言葉を、見つけきれなかった。
「ファビアン殿下は、皇太子としての自覚に欠けているから、そんなことがおっしゃれるのですわ。今、殿下はバール国王の名代を侮辱して、我が国の立場を危うくしているのですわ」
そんなこと言われなくても、私だってわかってるわ!
ファビアン殿下に期待するだけ無駄って、みんなわかっているんでしょ!
「クリスティアーヌ! 一体何を言い出すんだ! わ、私がそんなことをするわけがないだろう!」
「そうよ! 将来国王になろうとするファビアン殿下が、そんなことするわけないわ」
もうどうしたら良いの?!
これじゃ何も打破できないわ! 誰か、誰か助けて!!
「本当に考えなしですのね。ノエリア様共々」
クリスティアーヌ様の溜め息に、ファビアン殿下が顔を真っ赤にして口をわななかせる。私は悔しくて顔が歪んだ。
私は考えているわ!
ファビアン殿下が台無しにしただけよ!
「ファビアン殿下が侮辱したと言うのなら、レナルド殿下の求婚を断ったクリスティアーヌ様もバール国王を侮辱したことになるわ!」
そう言った私は、ふふん、とクリスティアーヌ様に挑戦的な視線を向けた。
とにかく、時間を稼がなければ!
ガンス男爵が来たら、何か手を打てるかもしれないし!
「クリスティアーヌ嬢への求婚は、私個人がしたもので、命令したわけではなく、請うただけだ。それに、私が侮辱されたわけではなくて、クリスティアーヌ嬢は、自分の立場を告げただけだからね。でも、ファビアン殿下の言葉は、明らかに私を侮辱した言葉だ。それに、名代としてここに立っているわけだから、我が国への無礼と考えられるね」
レナルド殿下の言葉に、ショックを受ける。
……レナルド殿下を侮辱したいわけではないの!
私は、あなたのことを慕っているんだから!
「でも、そうか。名代としてバール国王の名前を出せば、クリスティアーヌ嬢は断れなくなるんだろうね」
レナルド殿下がクリスティアーヌ様を見て、楽しそうに微笑む。
嫌よ! レナルド殿下、私を見て!
どうしてクリスティアーヌ様なの!
頭がよくて美しくて、公爵令嬢ってだけじゃない!
私は身分はないけれど、頭がよくて可憐さも備えているわ! 甘えることだってできるわ!
私は悔しくて唇を噛む。
「レナルド殿下、数々のご無礼、申し訳ありません。ファビアンたちの処分は、私に任せていただいてもよろしいでしょうか?」
頭を下げる国王陛下に、レナルド殿下が少し考え込んだ後、クリスティアーヌ様を見た。
「それ相応の処分があれば、私もことを荒立てたくはないのだけれど、クリスティアーヌ嬢は、それでいいのかな?」
レナルド殿下、どうして、クリスティアーヌ様に委ねるの?
「な、なぜ、そんな女に伺いを立てるのです! レナルド殿!」
「ファビアン! 辞めないか!」
憤慨するファビアン殿下を、国王陛下が慌ててたしなめる。レナルド殿下は、ファビアン殿下を冷たく見据える。
ファビアン殿下って、本当に頭が悪いのね!
それに比べて、私のレナルド殿下は素晴らしいのに!
「私は、クリスティアーヌ嬢に尋ねているのです。黙ることが難しければ、私が今処分を決めてもいい。ただ、私を愚弄し、私の愛するクリスティアーヌ嬢を侮辱する発言の数々に対する処分は、とても軽くはないと思いますがね」
レナルド殿下の威圧に、ファビアン殿下が青ざめてうつむいた。
……もう、ファビアン殿下なんてどうでもいいわ!
クリスティアーヌ様がレナルド殿下から国王陛下に顔を向けた。
そうよ。レナルド殿下を見て良いのは、私だけよ!
「国王陛下に、お伝えしたいことがありますの。よろしいかしら?」
「クリスティアーヌ嬢、何だ?」
「長年、ファビアン殿下の妃となるために、ファビアン殿下を拝見してきましたけれど、ファビアン殿下は、次期国王の器としてふさわしくないですわ。ですから、私は、ファビアン殿下の廃嫡を希望いたしますわ」
ファビアン殿下を廃嫡ですって!
会場がどよめく。
めまいがして、私は目を閉じた。
これは、夢よ。
そうよ、夢よ!
私が目を開くと、レナルド殿下が驚いた表情で立っている。
レナルド殿下は……私のために、夢に出てきてくれたのね!
そうよね、バール王国にいるはずのレナルド殿下がここにいるはずないわ!
これは夢よ!
「はい……ちゃく?」
ファビアン殿下の声がかすれている。
ファビアン殿下が廃嫡?
でも、夢だから関係ないわ!
「ええ。ファビアン殿下。廃嫡ですわ」
「はいちゃく……とは、どういうことだ?」
……ほら、やっぱり夢よ!
変な会話だもの!




