ならば⑩
「ファビアン殿下だったら、きちんとこの国を栄えさせることができるわ!」
そんなこと、絶対無理だと、わかっているけれど。
今は、こう言うしかないから!
「そうだ! 私は、クリスティアーヌ嬢がいなくとも、国を亡ぼすようなことはしない!」
ファビアン殿下も意気揚々と言っているけれど……根拠はどこにあるのかしら?
「皇太子教育も逃げ回り、まじめに学院の授業も受けないファビアン殿下が、この国を立派にまとめ上げていけるのか想像もできませんわ。むしろ、先行きが不安で仕方ありませんわ」
クリスティアーヌ様、それには同意しかありませんが、私には、私の正義がありますので!
「皇太子教育も、学院の授業も、ファビアン殿下には必要などありませんわ! そんなものがなくとも、ファビアン殿下は立派に国王としてやっていけますわ! 国王としての資質をもともと備えているのですから!」
「そうだ!」
ファビアン殿下が同意しているけど、会場の中はシーンと静まり返っていた。
……そうよね。これだけこき下ろされれば、皆も冷静になってくるわよね。
見える限りの学院生の表情は、不安そうだわ。
そうよね。こんな意味もなく自信満々の人に、自分の国の未来を託さないといけないなんて、本当に嫌よね?
……でも、大丈夫よ。
私が婚約者になれば、そんなこともなくなるわ。
「必要だから、教育はされるのだと思いますわ」
「いえ! ファビアン殿下には必要などないのです!」
私の目的のためには、そうでなければ上手くいかなかったのだから!
「ああ。私には必要などない!」
きっと、ファビアン殿下が同意したのは、私と違う意味なんでしょうね。
「ノエリア様、ファビアン殿下の素晴らしいところ、と言うのを、説明していただいても? お姿に関しても、私は同意しかねますわ」
話を戻したクリスティアーヌ様に、私は目を見開いた。
まだ言え、ですって?!
「今! 今、私が説明したではありませんか! ファビアン殿下は国王としての資質を持つ、素晴らしい方なのです!」
もう私の引き出しは空っぽになってきてしまったわ。
……お願いだから、ファビアン様のことを尊敬などしていないのなら、早く婚約破棄すると言ってくれないかしら?
「ごめんなさい。どこに、国王としての資質があるのか、教えていただけるかしら? 私には、ファビアン殿下によって導かれるこの王国の不安な未来しか思い浮かばないのだけれど」
私の願いもむなしく、クリスティアーヌ様は、私を冷たく突き放す。
「クリスティアーヌ様! 私をいじめるだけでは飽き足らず、ファビアン殿下にも不名誉な傷をつけようとされるなんて! ひどいですわ!」
即座に反応してみたけれど、もう破れかぶれだわ。
「クリスティアーヌ嬢! 本当に、性格がねじ曲がっている! そんな人間との婚約など破棄だ! 私に不敬を働いたことも合わせ、その罪は重い! 我が国から追放してくれる!」
わななくファビアン殿下の言葉に、会場が騒然となる。
ああ、ようやく、婚約破棄に加えて、国外追放のことに話が向かったわ。
……恐ろしく、時間がかかったわ。
もっと早く終わるはずの話でしたのに。
流石に、クリスティアーヌ様の悪口を言い合っていた人たちも、ここまでの厳罰を与えられることに、戸惑いの表情を浮かべている。
「クリスティアーヌ嬢を、ゼビナ王国から追放するのかな?」
会場に、聞き覚えのない素敵な声が響く。
その声の主がいる、会場の入り口に、視線を向ける。
私は目を見開いた。
だって、絵姿でしか見たことのない、レナルド殿下が、そこにいたのだもの!
「レナルド殿下だわ」
女性たちのひそひそとした声は、弾んでいる。
わかるわ! とっても、わかるわ!
「レナルド殿、クリスティアーヌ嬢は、弱きものをいじめ、それを明らかにされそうになると、私に対しても不敬を働いたのだ。国外追放が妥当なのです」
ファビアン殿下が、レナルド殿下に向かって首を横に振る。
「それは、おかしいな。私が聞いた話とは、全然違う」
冷たいレナルド殿下の声に、ファビアン殿下がたじろぐ。
迫力も負けるわね。情けない。
「そんなことはありませんわ! クリスティアーヌ様は、私の学が足りないと蔑み、私がファビアン殿下と親しくしているのに嫉妬をして、いじめてきたのです!」
頭では、きちんと演じなければ、とわかっている。だけど、体が勝手に、レナルド殿下に向かっていく。
……だって、幼いころからの憧れの人、なんですもの!
「この1年、バール王国で勉強に励んでいたクリスティアーヌ嬢が、どうやってこの国にいる人間をいじめると言うのだ。私はこの1年間、クリスティアーヌと勉学を共にしていた。クリスティアーヌ嬢には、勉学以外に時間を割くことなどなかったと断言できるのだが」
そんなこと、言われなくたって知っているわ!
だけど、今は仕方がないんですの、レナルド殿下。
どうか、そこを読み取って下さい。
「そ、それは……て、手紙を使って、人を動かして、私をいじめたのです!」
私は涙をぬぐいながら、それでもレナルド殿下に向かっていく。だって、足が止まらないのだもの!
「聞いた話がコロコロと変わる人間の話など、信用に値しない」
ツカツカと会場の中を歩きながら、レナルド殿下は私を冷たく睨む。
あいにく、冷たく睨まれても、全然堪えないわ。
……あら、レナルド殿下の後ろの殿方、レナルド殿下には負けるけれど、なかなかいい男じゃない?




