妖刀の正体
「え、マジ?」
それが私の、率直な感想だった。
すごく驚いたね。山の中の小さな祠で拾った刀が、そんな物騒なものだったなんて!…いや、刀の時点で十分物騒だったわ。
でも私、昨日これめっちゃさわっちゃったよ!?峰のところとか頬ずりまでしちゃったよ!?
なんかすごく手に馴染むというか、持ち心地がいいというか。
そんな刀が、死の呪いを宿した呪物?
嘘だと疑うよそりゃ。
「マジだ」
けど、先生は無情だった。
もうちょっと希望持たせてくれてもいいじゃん。
「しかもだ。その刀の呪いは、とてつもなく強力なものだ。霊体などの、本来命を持たない者に対しても、滅びという名の死をもたらす程にな。」
「え!?それって私もやばいってこと!?」
「そうだな。」
そうだなって、軽!大事な生徒がそんなヤバイ物持ってたらもっと心配してよ!
「だからこそ不思議なんだ。なぜお前は無事なんだ?」
「なぜって言われても…私の方が強いからじゃないの?」
「少なくとも俺の目には、お前より刀の方が強い力を持っているように見える。」
「ゑ゛」
驚きすぎて変な声でちゃったよ。
なんせなんだかんだで、私より強い相手に会わなかったからね。
それなのに、おもちゃで遊ぶみたいに気軽に持ってた刀が、私より強いって言われたら、そりゃおどろくよ。
というか、私よく生きてるな。
「ようやく事の重大さがわかったか…。はっきり言って、その刀は謎が多すぎる。そんな危険なシロモノが山にあったこともそうだが、何より不可解なのは、その刀より格下のはずのお前が持てているということだ。それはつまり、そんな危険な刀が、格下に持たれることを、受け入れているということに他ならない。その理由はいったいなんだ?お前、本当に心当たりないのか?」
「あるわけないじゃん。」
当たり前じゃん。昨日見つけたばかりなんだから。
まあ、この刀が私を受け入れてくれているというなら、特に心配しなくていいのかな?うん。きっと大丈夫だね!
「はぁ、そうだよなぁ。とりあえず、その刀も今度上司と会うときに見せよう。連絡は私がしておく。」
「ありがとうございます!」
「それで、お前、本当にそれ持っててなんともないんだよな?」
「はい。むしろ持ってるとすごく落ち着くんですよねぇ」
「そうか。それなら、お前持ってても問題ないか?というか俺達の手には余るから、どうしようもないんだが。とにかく、何かおかしいと思ったら、すぐに手放せよ?」
「わかりました!」
とりあえず、持ってていいみたい。
まあ、きっと大丈夫でしょう。
さて、今日は帰ろうかな。
~???~
“それ”は昔、人間だった。
人間だった頃の名は忘れ、今でも思いだせない。
小規模な村落で、父と母とともに、苦労しながらも健やかに生きていた。その村落は、とある神を信仰しており、毎日神に感謝して過ごしていた。
ある日、その村を一体物の怪が襲った。何本もの蔦が体から生えた、人のような姿をしていた。
村の男達は立ち向かい、女子供は避難しようとした。しかし、男達はほとんど何もできずに殺され、女子供は伸びてきた蔦に絡めとられ、逃げることすら許されなかった。
年老いたものや赤子は殺され、若い女は慰みものにされた。その中には当時、十になるかどうかという童女だった“それ”も含まれていた。
乱暴に、物のように扱われ、三日もせずに女達は死んでいった。神に助けを求めるものは大勢いたが、ついぞ救われることはなかった。
最後に残ったのは、“それ”だった。一番、使われることが少なかったからだ。
そして、物の怪に使われ、意識が朦朧とするなか、“それ”は殺意を募らせていた。それは物の怪に対して、いくら願っても助けてくれない神に対して、そして、不条理なこの世に対して。
あらゆるものの死を願った。
その“念”を利用された。
突如、自分を使っていた物の怪が、息絶えた。首がとんでいた。
首を落としたのは、刀を持った老人だった。
老人は、鍛冶師だった。
鍛冶師は、幼い童女の、この世の全てに死を望む、その強い念に目をつけた。
この念を呪術をもって利用すれば、あらゆるものに死をもたらす刀を作れるのではないかと。
そして“それ”は、生きたまま釜にほおりこまれた。融けた鋼と混ぜられた。
その血肉の混ざった鋼で、刀は造られた。
そして“それ”の魂は、呪術により、刀に封じ込められた。
それにより、あらゆるものに死をもたらし、魂を貪り喰らい、そのたびに力を増す、恐るべき妖刀が誕生した。
最初にその妖刀が喰らった魂は、その妖刀を最初に持った鍛冶師だった。
その妖刀は、持ち主すら喰らう、誰にも持てない刀だった。
次に喰らったのは、無念のうちに死んでいった、村人達の怨念だった。そして同時に、あの物の怪の霊も喰らった。
それから、“それ”は地獄の日々をすごした。絶えず、喰らった魂の怨嗟の声が聞こえる。何度懇願しても、止むことはない。
その間も、妖刀は死を撒き散らし、魂を貪っていた。
元々村があった場所、その周辺は、草一つ生えない不毛の大地となった。
生き物など、蟻のこ一匹いやしない。近づいたものは、妖刀が撒き散らす死により息絶え、魂を喰われる。
魂を喰らうごとに妖刀の力は増していったが、“それ”が聞く怨嗟も増すばかり。
妖刀をどうにかしようとしたものもいた。妖刀の力を利用しようとしたものもいた。妖刀を手にいれようとしたものもいた。
その中には、名だたる神や妖怪、英雄もいた。
しかし、誰一人生き残ったものはいなかった。
その妖刀が生まれてから数百年。“それ”の精神は壊れていた。意思など、とうにない。ただただ、死を撒き散らして魂を喰らうだけの物に成り果てていた。
そんなある日、妖刀に触れるものがいた。実に百年ぶりのことである。神や妖怪、英雄の中には、妖刀に触れるものもいた。しかし、それだけだった。すぐに息絶えてしまう。
ゆえに、それだけでは、“それ”はなんの反応も示すことはなかった。
しかし、それで終わらなかった。
持ち上げられ、その手の持ち主の顔の前に持ってこられたかと思うと…
「こんにちは。」
声が、かけれた。
「おーい。聞こえてるかい?返事をしておくれよ。」
そしてまた。しかし“それ”には届かない。
無数の、怨嗟の声が邪魔をするからだ。
「んー。君ら煩いな。ちょっと黙っててよ。」
そんなことを言う声の主。しかしそんなことで声が止むことはない。
「頑固者め。そんな奴らには、こうだ!」
声の主が、そんなことを言った次の瞬間。怨嗟が消えた。
これには“それ”もようやく反応を示した。長年自分を苦しめてきたものが消えたのだ。さすがに気づく。
「よし、静かになったね。それじゃああらためて。こんにちは。君のご主人様になるものだよ。」
それが、妖刀である“それ”と、■■の■■である────の出会いだった。
その後、“それ”は、主たる──に、名を与えられ、長年主を支え続けた。それは武器としてだけでなく、気楽な話し相手としても。
数々の戦いを二人で制し、人に、妖に、神に、その名を轟かせた。まさに、常勝無敗。二人より強きものなど、存在しなかった。
しかし、ある日二人は敗北を知ることとなる。
最強である二人より、強きものなどいないはずなのに、なぜ?
なんのことはない。確かに人にも、妖にも、神にすら二人に敵うものなどいなかった。ならば、数で押し潰せばいい。
始めて、人と妖と神が、一つにまとまった瞬間だった。
それにより、主は封印された。
しかし妖刀はぶじだった。
負けを悟った主が、その身を隠してくれたのだ。力の十分の一程を宿した、ダミーの刀を身代わりに。
この日のことを、“それ”は忘れない。主を守はずの刀が、逆に守られてしまったのだから。
その後、“それ”はまた、一人になった。
主との特訓のおかげで、死を抑えることもできるようになったため、ただただひっそりと。隠れていた。
しかし、あるとき見つかってしまった。とある村の、神主だった。神主はしかし、“それ”を神社の御神体として奉った。
どうやら、この神社、刀の神を奉っているが、数日前に御神体の刀を盗まれていたらしい。途方にくれていたところ、神が創ったかのごとく素晴らしい刀が見つかったため、神からの贈り物だと、奉ることにしたらしい。
そして何百年。そうやって奉られていたが、あるとき神社が火事にあった。そして真っ先に御神体として“それ”持ち出され、山奥の祠に安置されていた。
神社は全焼したらしい。
そして結局、神社は神主が高齢だったことや、跡継ぎもいないため、なくなったらしい。
それから何年か、その祠に奉られていて、そこそこ参拝に来るものがいたが、徐々に減ってゆき。いつしか忘れられた。
妖刀は、また一人。
そうして何十年。
あるとき少女がやって来た。
こんな山奥になぜ?
しかし、その少女の顔を見たとき、“それ”に衝撃が走った。
そっくりだったのだ。あの主の顔に。
驚いているまに、“それ”は少女に持ち去られてしまった。
しかし、本当の驚きは、それからだった。
その少女は、顔がそっくりなだけでなく、主と同じ能力まで使って見せた。かなり弱体化しているものの、黒い靄も、生命や魂をすいとる力も、それは間違いなく主のものだった。
“それ”は思った。この少女は、主ではないか?と。
どうやらかつての記憶は失っているようだが、この少女は間違いなく主だ。
一晩触れあって、それは確信となった。
そのどこか軽い性格も、“それ”の峰に頬ずりする癖も。主と寸分違わない。
“それ”は歓喜した。叶わないと知りながら、何度望んだかしらない願いが、ようやく叶ったのだから。
『え、君名前忘れたの?そうか。んー。じゃあ、私がつけてあげるよ。そうだねぇ、君の名前は…』
“それ”は思い出していた。初めて出会い、名をつけられたあの日を。
『決めた。君の名は、【死久】だ。宜しくね!』
死久は、決意する。今度こそ、主を守り通そうと。
そのためには、主に振るわれるだけではだめだ。自ら動かなければ、主を守ことなどできない。
そしてそれには、体が必要だ。
心当たりは、ある。
最強の妖刀が、今動き出す。決意を胸に。




