表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第16章 愛弟子の大舞台編
393/500

393杯目「アマチュアチーム」

 皐月の優勝により、優勝回数勝負は葉月グループが一歩リードだ。


 しかし、油断は微塵もできない。主力は最も規模の大きい競技会に集中している。


 優勝回数勝負は、ただ優勝すればいいものではない。主力を7種類のメジャー競技会全てに分散させる必要があるのだ。いや、正確に言えば、4種類以上の競技会で勝てれば、他は捨ててもいい。そのことを悟られずにうちのバリスタたちを分散させる必要があるわけだが、範囲を広くすれば勝率が落ちる。


 あの瞬間から、僕にとってバリスタ競技会はただの大会ではなくなった。


 言ってしまえば、これはどこにどれだけ賭けるかのルーレットゲームだ。勝てるかどうかは僕の志を受け継いだみんなに懸かっている。コーヒーは僕に強烈な試練を与えた。この業界が生き延びるに値するかどうかが、コーヒー自身によって問われているのだ。


 どうやら最愛の恋人は――僕を戦わせずにはいられないらしい。


「ジャパンラテアートチャンピオンシップ優勝は……株式会社葉月珈琲、葉月珈琲岐阜市本店、栗谷那月バリスタです。おめでとうございます!」


 司会者の発表喜びを露わにする那月。これでうちは早くも2勝目を挙げた。


 だが杉山社長も勝負師だ。負けると分かっている勝負はしない奴だと、僕の直感が言っている。


 インタビューを受けている時の那月は目から涙がこぼれ、観客たちから励ましの声を貰っている。ただ見ているだけの人でさえ応援したくなるのが那月だ。そんな幼気な彼女を覇者を争う戦いに巻き込んでしまった。これも世の常か。誰もが競争社会の奴隷だ。


 ならば僕は……この社会に君臨してやる。


「那月ちゃんが優勝かー。造形はお手の物だね」

「まずは第一歩だ。バリスタとパティシエ、両方の世界大会でファイナリスト入りするって聞いた時は無茶だと思ったけど、那月にとってはできる範囲なのかもな。あいつは時に僕の想像を超えることがある」

「那月ちゃんは今日からジャパンパティスリーカップのために課題をやらないといけないから、もう帰っちゃうけど、あず君はどうするの?」

「僕も帰ろうかな。用事は全部終わったし」

「あず君にしては珍しいね」

「今に始まったことじゃねえぞ。1週間もつき合うのは、バリスタオリンピックだけで十分だ」


 本当はここに残って、もっと多くのコーヒーやアイデアを堪能したい。


 しかし、戦いを引き受けてしまった今、平和を取り戻すには勝つしかないのだ。


 それまでコーヒーへの探求はお預けだ。葉月グループは僕だけのものではなくなっている。今や中部地方発祥の最大手コーヒー会社として、その名を知られるまでになった。覇権争いはある種の有名税かもしれない。まあでも、知る楽しみが増えたと思えばいい。


 早くこのことを伝えないと――。


 葉月珈琲に戻ると、いつものように唯と伊織が子供たちと一緒に迎えてくれた。


 僕、唯、伊織の3人で風呂に入ると、僕は杉山グループとの覇権争いの件を2人に話した。


「じゃあ、この3年で葉月グループの命運が決まるってことなんですね?」

「そゆこと。断ろうにも断れなかった。もしみんなが杉山グループの影響を受けて、プロ契約を結ばなくてもバリスタ競技会で勝てるなんて思うようになったら、バリスタ競技会の競争力が落ちる。バリスタオリンピックは1つの経済指標だ。上位に残った国のコーヒー業界は栄える傾向にある。アジア代表が5人中3人も残ったのは、アジアのコーヒー市場の価値が上がってるということだ。これはプロ契約制度によるところが大きい。もし杉山グループ率いるアマチュアチームが、葉月グループに対して勝ち越すようなことがあったら、うちは世界中のコーヒー農園を失うばかりか、プロがいなくなって競争力が落ちる」

「そんなことになったら――」

「日本国内のコーヒー業界が衰退しますね」

「それだけじゃない。昨今のコーヒーブームで増えたバリスタ人口の多くが失業する。失業者が増えれば少子化は更に加速するし、生活保護受給者も増えてくる。申請が通らなかったら無敵の人が出る。何も良いことなしだ。杉山グループは自分の利益しか考えてない。自分たちが儲かるためなら、業界が衰退しようと、失業者が増えようと構わない。グループ企業ってのは、常に利益を上げやすい業界に目を向けて、衰退したら巻き込まれる前に撤退する。杉山グループみたいに何でもやってるグループ企業は顕著だ」

「……あの、関係者以外の人には言ったら駄目なんですよね?」

「ああ。だから言える人は限られてる。競技者に言ったらプレッシャーがかかるし、他は口が軽い人も少なくないし、これは3人だけの秘密だ」

「分かりました。そういうことなら――」

「協力しますよ。コーヒー業界の危機ですから」

「助かるよ。2人が恋人で良かった」


 唯と伊織の裸体を両手で抱きかかえると、唯も伊織も優しく僕に抱きついてくる。


 顔は赤くなり、頭を擦り寄せてくる。全面的に味方をしてくれるこの2人がいるんだ。何も怖いものはない。仲間を信じて応援する。僕にできることはそれだけだ。


 今後2人には秘密裏に動いてもらう。まずはバリスタたちの強化だ。


 ――大会3日目――


 JBrC(ジェイブルク)準決勝、JCTC(ジェイクトック)準決勝と決勝が行われた。


 皐月はJBrC(ジェイブルク)で決勝進出を果たした。


 JLAC(ジェイラック)8位で準決勝敗退となった弥生は、JCTC(ジェイクトック)では決勝進出を果たし、最終5位に終わった。1位はアマチュアチームの一員だった。


 これで2勝1敗。アマチュアチームは過去のデータをしっかりと研究しているようで、それが垣間見えたのが使用するコーヒーだ。ゲイシャやシドラだけでなく、バリスタオリンピックで使われた工夫が用いられ、それが彼らの順位を底上げしていた。


 ――大会4日目――


 JBrC(ジェイブルク)決勝、JCC(ジェイーシーシー)が行われた。


 驚くべきことに、皐月は見事に優勝してしまったのだ。10代でのメジャー競技会二冠制覇は史上初の快挙であった。これで皐月はWBC(ダブリュービーシー)WBrC(ワラック)への参加資格を得たわけだが、その分準備も大変だ。千尋はJCC(ジェイーシーシー)で全ての競技で脱落することなく最後競技まで残ったが最終2位、桜子は得意のロースター勝負の前に敗れて最終10位。優勝はアマチュアチームの一員だ。プロ契約制度なしでここまでの成績を残すとは思わなかった。


 これで3勝2敗。全ては残る競技に託された。


 ――大会5日目――


 JCIGSC(ジェイシグス)準決勝とJCRC(ジェイクロック)が行われた。


 葉月コーヒーカクテルから参加していた莉奈が最終13位で準決勝敗退となった。


 アマチュアチームの一員も参加していて、無事に決勝進出を果たしたため、この競技は葉月グループの負けだ。JCRC(ジェイクロック)は葉月グループと杉山グループのどちらからも優勝者が出なかったが、アマチュアチームの一員が決勝に残っていたため、この競技も僕らの敗北となった。


 これで3勝4敗。今回は葉月グループの負け越しとなった。非常にまずい。得意な競技と不得意な競技がばらけている分、僕らが不利と言わざるを得ない。アマチュアチームはどの競技会でもファイナリストに輝いているが、トリックは実に簡単なものであった。世界中からバリスタオリンピック選考会に出場した経験を持つバリスタを集め、アマチュアチームの一員として引き入れていたのだ。そいつらもプロ契約制度に不満を持ち、昔ながらのバリスタ競技会を取り戻そうと、躍起になっているような連中だ。


 僕らが相手にしているのは国内の猛者ではない。世界の猛者なのだ。


 彼らは日本国籍を持たないため、当然ながら優勝しても日本代表として出る資格はない。その場合は準優勝したバリスタが代わりに出場するが、優勝なしのまま参加するのは、プロとして屈辱だろう。


「えっ、じゃあ千尋君、WCC(ダブリューシーシー)には出ないの?」

「当たり前だよ。あんな屈辱を受けておいて世界に出るなんて、僕のプライドが許さない」


 昨日帰ってきたばかりの千尋が不満そうな顔で言った。


 結果発表以降の千尋に笑顔はなかった。最後まで悔しさを隠せず、拍手さえできなかった。


 千尋に勝ったのは外国籍のバリスタだ。他の追随も許さず、どの部門でも圧倒的な出来栄えだ。聞けば優勝したのはチェコのバリスタで、千尋は日本国籍を持つ準優勝者として日本代表となったが、千尋は協会からの打診を断り、3位のバリスタが日本代表になるという異例の事態となった。


「どうしてその外国の方は、わざわざ日本の国内予選に参加したんでしょうか」

「それが分かれば苦労しないよ。でもその人、杉山グループのバリスタだったよ」

「杉山グループ?」

「吸収合併直後の杉山珈琲銀座本店所属になったばかりのバリスタだよ。穂岐山珈琲の本店だった所で、参加登録も期限ギリギリ。バリスタオリンピック予選落ちのチェコ代表になったことくらいしか実績がないバリスタに負けるなんて、屈辱以外の何ものでもないよ」

「なあ、それってもしかして……あいつのことか?」

「えっ?」


 僕が指差した先には、既に扉から入ってきた白人らしきブロンドロングヘアーの女性がスーツケースを持ったまま立っている。後ろにもう1人、可愛らしい風貌の短い赤毛女性が佇んでいる。2人共コーヒーイベントで見た顔だ。日本の国内予選であるにもかかわらず、しれっと参加した外国人の1人である。


 伊織が早すぎる客に恐る恐る近づく。


「あのぉ……まだ開店前なんですけど」

「あー、ごめんなさい。私たちは時間とかあまり気にしない方だからついね。始めまして。エヴァ・ミハリーコヴァーです。そこのアホ毛くんに屈辱を与えた人でーす」

「誰がアホ毛だよ。これは可愛毛(かわいげ)っていうの」


 千尋が反発するように、アホ毛を指差しながら言った。


「私はチェコから杉山グループに派遣で来たの。せっかくチヒロに挨拶しに来たのに、ご挨拶だなー」

「カートリン・ヨンスドッティルです。バリスタオリンピックのアイスランド代表やってました。岐阜にサツキタチバナがいると聞いたんですけど、ここではないのですか?」

「皐月は葉月創製っていう別の店舗だけど」

「おー、そうでしたか。開店前なのにすみませんねー」

「気にするな。大した問題じゃない。ところであんたら、何で杉山グループに入ったわけ?」

「理由は簡単です。杉山社長が日本で実績を残せば、一生分の報酬をくれるって言ってくれたの」

「一生分の報酬?」

「はい。私たちアマチュアチームはプロ契約は結んでいませんけど、3年間優勝を目指して参加し続けてくれた場合、贅沢をしなければ一生分は暮らせる報酬を貰えることになってるんです。今はチェコもアイスランドも不況の嵐ですから、一刻も早く労働から脱出して、豊かな暮らしがしたいんです」


 嬉しそうにエヴァが言うと、その後に続いてカートリンが全てを説明してくれた。


 アマチュアチームは杉山珈琲成立後に結成された8人組のチームだ。その内4人が日本人で、4人は外国人であるとのこと。国内外で実績を残した精鋭揃いで、杉山珈琲からは全員が3年間、日本の国内予選で結果を残し続ければ、一生分の報酬と出来高ボーナスを出すという契約だ。


 なるほど、杉山社長の企みはよく分かった。


 秘密裏に僕と破滅を懸けた戦いを約束し、そのタイミングに備えるように、世界各国からバリスタオリンピック出場レベルのバリスタを呼んできた。僕が勝負に乗ってくることは予め読んでいたようで、仮に乗らないと言ったとしても、プロ契約制度が伸るか反るかというこの時期に、アマチュアチームがプロのバリスタたちよりも結果を残せば、プロ契約制度に誰も興味を持たなくなってしまうばかりか、プロとして大会で結果を出すことへの危機意識がなくなってしまいかねない。そうなればコーヒー業界の破滅だ。


 こいつらは何も分かっちゃいない。プロのお陰で潤っているこの業界から利益だけを吸い上げ、枯渇させるための駒にされている。だが優勝回数勝負のことは明かせない。奴をぶっ潰すチャンスではあるが、そのチャンスを餌に、奴はまんまと僕を釣り上げた。


 僕が勝負に乗らざるを得ない状況を作り出した上で、自らに有利な条件で準備を進めていたのだ。


 杉山社長は僕が思っているよりも手強い。


 僕に戦いの準備をさせないまま、自らは着々と準備を進め、勝ち越すことに成功した。


 皐月がいなかったら、今僕らは1勝6敗で大きく負け越しているところだったのだ。今の葉月グループが皐月に頼りきりであることを分からされた。精鋭揃いの葉月グループではあるが、一部のバリスタに戦力が偏りすぎていることが、改めて浮き彫りとなってしまった。


 エヴァとカートリンは用件を済ませ、葉月珈琲を後にする。皐月に会いに行ったようだ。


 でも待てよ。確かカートリンは8人と言ったよな。


 7種類のバリスタ競技会に参加させるバリスタは7人で十分なはずだが、まさかまだいるというのか?


 参加登録者と所属を確認するが、杉山グループに所属しているバリスタはかなり多い。残る1人はどこに参加しているのかすら不明だ。チーム杉山珈琲はホームページすらなく、杉山グループに属する秘密組織として成り立っているということだ。しかもアマチュアチームは他にもいるため、うまい具合にカモフラージュとなっていることが、メンバーの把握をより一層困難にしている。いずれ判明はするだろうが、葉月グループが最大の危機を迎えていることを思い知らされる1週間となった。


 ――大会6日目――


 JCIGSC(ジェイシグス)決勝が行われ、アマチュアチームの一員は最終5位となったが、明らかに様子がおかしい。葉月グループに勝利したのを見届けたことで勝つ理由を失い、わざと雑な競技を行って敗北したように見えたのだ。こんな連中に負けたのかと思うと。やるせない気持ちになってくる。


 皐月には大いに助けてもらった。サポーターとして大舞台に出た経験が幸いし、コーヒーイベントの舞台でも臆することなく競技を終えることができた。自分が決めたテーマの一貫性が評価され、皐月は二冠を達成したわけだが、最新式グラインダーを両方の競技で使っていたことは興味深い。


 気になった僕は、皐月がいる葉月創製へと向かう。


「いらっしゃいませー」


 弥生が元気良く声をかける。


「いらっしゃい。あず君のお陰で無事に優勝できた。礼を言うぞ」

「僕は誰もテーマにしていない話題にこそ、可能性が眠っていると言っただけだ」

「それでも十分だ。人が審査する大会は、顕著な活躍をした人選手権と言っていたのを思い出して、誰も競技のテーマにしていなかったグラインダーに目をつけた。実際、無駄を省いたことで、コーヒーのフレーバーに与えた影響は大きかったからな」

「これが使っていた最新式グラインダーか」

「親父がコーヒー事業に手を出すようになった。立花グループは建設業が主力ではあるが、元々は製造業から始めたこともあって、物作りが大の得意だ。コーヒー業界の拡大に伴い、コーヒーマシンを開発することとなった。それで完成したのがこのグラインダーだ」


 皐月が手を掲げた先には、競技で使われたグラインダーが置かれている。


 コンパクトな作りではあるが、実に効率を重視した構造で、専用の技能がなくても、プロの職人がコーヒーミルを使ったかのようなグラインドが可能となった。


 これはバリスタが不要になるということではない。バリスタになるハードルが下がったということだ。トップバリスタになるハードルは上がっているが、それは実力が反映されるようになった証拠と言える。


「ダブルグラインドという発想自体は以前からあったけど、それをグラインダーに反映させるか」

「最初にこれをやったのは東京のコーヒーマシン会社だったが、うちは更に改良したものを使っている。これを使っているのは私だけだ。来年には発売されるから、もう同じやり方は通用しないだろう」

「――流石は皐月だな」


 僕がそう言った途端、弥生の表情がやや曇った。


 このコーヒーイベントは皐月と弥生の差がもろに表れ、2人の明暗を分ける結果となった。弥生は結果を急ぎすぎている。そもそも18歳そこそこで優勝できる方がおかしいのだ。今までに受けた教育の質が違いすぎたばかりか、皐月は伸びしろを残しながら結果を出した。


 どうりで穂岐山珈琲が欲しがるわけだ。


 結局、皐月は有力な情報を持っていないことが判明しただけで、彼女自身は世界大会に向けた意気込みを語るだけだった。それほど集中しなければならないということだ。しかも世界大会が6月に固定化されたことで、終わればすぐ国内予選に挑むわけだが、今までの統計から言えば、その場合の勝率は大幅に下がる。7月には地方予選が始まるし、遠征の疲れや準備時間が足りない中での連戦は避けられない。


 シード権があれば問題ないが、別の大会に参加する場合は地方予選から参加する必要がある。


 皐月は知見を広めるためだからと、今度は別の大会に出ると言った。皐月に頼っていては奴らとの戦いに勝ち越すことはできない。せめて僕がみんなに教える機会があればどうにかなるが……。


 ――大会7日目――


 5日目あたりからマイナー競技会が行われ、この日が最終日となる。


 あまり関係はないが、2種類までと決められているメジャー競技会とは異なり、マイナー競技会は予定が許す限り無制限に参加することができる。トップバリスタを目指す者たちが肩慣らしに参加しやすく、マイナー店舗のバリスタたちも挙って参加するほどハードルは低く、結果次第でコーヒー会社への正規雇用やプロ契約締結に発展する場合も少なくない。ある意味マイナーリーグとしての役割を果たしている。


 今頃多くの店舗でスタッフの入れ替えが行われ、そこで新たな才能が採掘されているはずだ。


「今日でコーヒーイベント最終日ですけど、先手を打たれてしまいましたね」


 残念そうに唯が三角座りをしながら湯船で囁く。


「だな。でもまだ負けたわけじゃねえよ」

「先に11勝した方の勝ちとは言っても、杉山珈琲から大勢の参加者が出てきたらどうするんですか?」

「その心配はねえよ。簡単には勝ち抜けないようになってるし、数が多ければいいってもんじゃない」

「外国人で実力ある参加者もいるんですよね。国内予選の時点から世界を相手に戦うプレッシャーもあるわけですし、アマチュアチームの誰かが世界大会で結果を残したら――」

「それはない。さっきアマチュアチームの中で優勝したバリスタが参加権を剥奪された」

「杉山社長にですか?」

「ああ。つまり杉山珈琲は国内予選のみに照準を合わせて、集中的に準備ができるってことだ。建前上はアマチュアチームのみんなを店舗で働かせたいから、世界大会には出せないという理由でな」

「アマチュアチームの人たちは、優勝回数勝負の件を知っているんでしょうか?」


 泡だらけの伊織が素朴な疑問をぶつけるが、答えはもう分かりきっている。


「知ってるわけねえだろ。関係者とは言っても、そこから関係のない人に、うっかり漏らしてしまう恐れがある。だから参加者には伝えない。リスクヘッジは経営の基本だぞ」

「ですよね……でも一生分の報酬のために、そこまでやるんですね」

「誰もが勝ち残れる社会じゃない。それは外国も同じで、生活を保障するって言われたら、中には目が眩む奴もいるってことだ。しかもサポーターチームもかなりの曲者だ。日本の国内予選のみで通用するノウハウを知っている元穂岐山珈琲のバリスタがみっちり教え込んでいやがった」

「次は更に本気を出してくるってことですよね」

「だろうな。皐月は世界大会に出るから、次回の国内予選に時間を費やす余裕がない。来年は皐月なしで戦い抜くつもりでいくぞ」


 不穏な水音が風呂の中を支配する中、泡を洗い流したばかりの伊織の体に手を伸ばす。


 伊織は喜ぶように体をブルブルと震わせ、手の平の温もりを感じている。


 バリスタたちを一斉に強化するための術を考えない限り、僕らに勝ち目はない。勝つためには時として飛車を差し出す覚悟が必要だ。残る駒で勝てるかどうかは僕の采配次第である。


 次の一手を考えながらも、僕は2人の柔らかい感触に身を委ね、一夜を過ごすのだった。

読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ