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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第10章 バリスタコーチ編
232/500

232杯目「モチーフ探し」

 1月中旬、JLAC(ジェイラック)決勝へと駒を進めた璃子は練習に明け暮れていた。


 美月はめでたく優太と結婚し、妊娠中であるため、しばらくは産休休暇により長期離脱することに。彼女は璃子にとって最難関と言っていいライバルだった。


 世界に行けるとしたら、多分この年しかないことを考えると、ますます応援したくなってくる。


 ショコラティエの仕事はほどほどにし、璃子が世界大会を終えるか敗退するまでは、ピンチヒッターとして優子に通信販売用のスイーツ製作を任せた。予選は制限時間8分、課題となるラテアートの種類も少なかったが、決勝は10分間で2種類のフリーポアラテアートを2杯ずつ、デザインカプチーノ2杯を提供する他、5分でアートバー1杯を作成して提供するが、アートバーは表面のデコレーションに使える食材の許容範囲が広く、チョコレートパウダーやシロップも使うことができる。


 璃子は通常のエッチングに加え、カフェモカに使われているチョコレートシロップをデコレーションに使用することに。食用色素は1色のみだが、チョコレートシロップを茶色として使えば、実質2色のデコレーションを行うことができる。問題はドリンクとしても問題なく飲めるものであるかどうかだ。


 一応アイデアの1つとして提案してみたが――。


「チョコレートシロップを使うのはいいけど、味が滅茶苦茶にならないかな?」

「飲み物として適切であれば合格だし、飲んで審査されることはないから大丈夫だ」

「これで2色使えるけど、日本のイメージで2色使うものって結構あるよね」

「葉月商店街に土産物屋が復活したんだけどさ、一緒に見に行くか?」

「その中にモチーフがあるかもしれないってことだね」

「あの、味見してくれませんか?」


 後ろから伊織が声をかけてくる。伊織はWBrC(ワブルク)日本代表として課題となるドリップコーヒーを淹れながら英語のプレゼンの練習をしていた。伊織にとっては初の世界大会だ。だが不思議と緊張感は全く感じない。僕がWBrC(ワブルク)で優勝した5年前から、伊織はずっとあの舞台に憧れを持っている。だが今、その憧れは目標へと姿を変えた。


 目指すは世界一美味いドリップコーヒーを淹れるトップバリスタへと昇華することだ。


「うん、いいよ。どんな豆にしたの?」

「コロンビアシドラとエクアドルシドラを6:4の割合で混ぜて焙煎したシドラブレンドです。それぞれの良さを引き上げながら、濃厚な甘味と酸味を感じられるんです」

「――ラベンダーのアロマ、ブラックベリーのフレーバー、アフターは生キャラメルってとこか」

「あず君のお父さんも全く同じことを言っていました。やっぱり親子ですね」

「親子じゃなくても分かる。コーヒーを究めた者であればな」

「私、必ず仲間入りしてみせます」


 伊織が野望を語る武将のような自信満々の笑みで言った。もう仲間入りしてるけどな。そう考えると自分がどういうポジションにいるのかっていう自覚って本当に大事だな。


 うちの親父に焙煎してもらったシドラブレンドの豆で世界に挑むようだ。伊織は今月で19歳になったが、以前とあまり変わらぬ姿には愛着さえ覚えた。去年は3つの国内大会で入賞し、その内1つの大会では見事に優勝を決めた。間違いなく去年の新人王だ。


 柚子は1日に何回もコーヒーを淹れては1つの仲間外れを当てる練習に没頭し、WCTC(ワックトック)の準備を進めている。僕はWCRC(ワックトック)の準備のため、毎日焙煎を行っている。


 どの豆が課題になっても、最高のアロマ、フレーバー、アフターテイストを実現できるように。


 日本代表を同じ年に3人も輩出したのはうちが初めてだ。


「伊織、WBrC(ワブルク)の時は僕が焙煎してもいいかな?」

「はい。あず君は焙煎の達人でもあるんですから、大歓迎ですよ」

「コーチだけじゃなくて、焙煎も担当するの?」

「一応焙煎の練習にもなるし、うまくなればなるほど僕と伊織の優勝確率が上がるし、責任重大ってわけだ。伊織が練習で淹れたドリップコーヒーは柚子のカッピング練習に使えるし、他のスタッフのコーヒーブレイクにもなるから無駄にならない」

「でもこんなんで、店の方は大丈夫なわけ?」

「一応今のところはどうにかなってるし、子育ては唯と瑞浪に任せてるから心配すんな」

「それは別にいいけど、もっとお客さんのことも考えてよ」

「分かってるって」


 璃子はこんな時でも客への配慮を忘れなかった。


 スタッフの半数が大会に集中するべく、本業を控えめにし、しばらくは客席制限をした上で育児をしている唯や瑞浪にまで心配をかける結果になっている。


 しかも3人目が生まれたことで、唯の仕事復帰が絶望的になってしまった。


 唯は上の子供が自活できるようになるまでの間、母親として日々を過ごすことを決意し、育児に影響が出ないよう、コーヒーを飲むことも控えるようになってしまった。


 来年には璃子と真理愛がここを卒業する。それまでに次に雇うスタッフを決めておかないと……ここにきて経営者の忙しすぎるポイントが出てきてしまった。それにいつまでも唯にバリスタの仕事を押しつけるわけにもいかない。育児に加えて仕事までしたら体が持たない。


 つまり、僕は千尋に加え、もう1人雇う必要が生じたわけだ。


「あず君、何をそんなに考え込んでるんですか?」

「いやー、そこまで大したことじゃないんだけどさ、今後うちで雇うスタッフをどうするか考えてた。真理愛の後任は千尋に決まってるけど、璃子の後任がまだ決まってない」

「璃子さんの後任ってことは、パティシエが必要なんですか?」

「いや、パティシエもショコラティエも雇わなくていい。簡単なスイーツだったらみんな作れるから問題ないし、数を限定して販売すれば1日中働きづめになるのを防げる。うちの店はコーヒーメインで、コーヒー以外はサブでやっていく」

「ねえあず君、璃子のことでちょっといいかな?」

「どうかしたの?」

「いいから来て」


 何かを思い詰めた表情の優子に呼ばれ、クローズキッチンで2人きりになる。


 璃子のことであれば、恐らく卒業した後の話だろう。


「あたし、別のお店に異動してもいいかな?」

「えっ……それはいいけど、何で?」

「あたしはここで、璃子にお父さんから受け継いだ伝統の味を伝えてきた。でもその役割も終わっちゃったし、段々ここでできることもなくなってきたからさー、確か今年は福井にコーヒースイーツの専門店を出すんでしょ。だったらあたしが必要になるんじゃない?」

「それは助かるけど、本当にいいのか?」

「うん。あたしは葉月珈琲に一生を捧げるって決めたから」

「……必ず良い店にしてくれよ」

「了解しましたっ!」


 優子がビシッと敬礼を決めながら、退路を断つように言った。


 僕にはこの時の彼女が、これから特攻しに行く兵士のように見えた。優子は璃子の師匠としてずっとこの店を支え続けてくれた。璃子が卒業するまで本当に長かったけど、やっと自由にしていいんだ。


「優子さん、異動するって本当なの?」

「もう、璃子ちゃん、盗み聞きは良くないぞー」

「ごめんなさい。2人きりになってたから、どうしても気になっちゃって」

「あたしはコーヒーも好きだけど、やっぱりスイーツを作る方が好きだから、スイーツ色の強い新店舗でやっていくことにしたの。世間一般で言うところのセカンドライフってとこかな」

「まっ、そういうことだ。優子にはこれからたくさん後継者を育ててもらわないとな」

「あー、それなんだけどー、あたしも自分のチャンネルを始めたから」

「「えっ……」」


 僕も璃子も思わず目が点になった。誰でも自分のチャンネルを持つ時代か。璃子と一緒に同じ店に異動してもらう予定だったけど、もう教えることがないなら、別の教え子を持つべきかもな。


 葉月珈琲は今年も店舗拡大の真っ最中だった。


 岐阜県岐阜市には葉月珈琲に葉月ロースト、滋賀県米原市には喫茶葉月と雑貨葉月がある。


 去年は愛知県江南市に『ラテアート葉月』という客がラテアートに挑戦できる全く新しいカフェを、三重県桑名市には『レストラン葉月』というコーヒーがメインのレストランをオープンしている。


 今年は福井県大野市に『珈琲菓子葉月』というコーヒースイーツ専門店をオープンすると共にパティシエを募集しているところだった。京都府宇治市にも『和菓子処葉月』というコーヒーで作った和菓子を提供する喫茶店を構える予定である。事業拡大は始まったばかりだ。


「そういうわけだから、あと2人、ここのスタッフを考えなきゃだねー」


 いじわるそうな顔で優子が言った。完全に手玉に取られている。だが悪意からそんな台詞を言う女でないことは分かっている。早めに伝えてくれたのは本当にありがたい。


「このメンバーで一緒に活動するのも、今年で最後か」

「色々あったけど、凄く楽しかったよ。お兄ちゃんも変わったし」

「まあ、変わったっていうよりは、中学卒業前のあず君に戻ったって感じだけどね」

「……言っとくけど、これは左遷じゃなくて、栄転だからな」

「そんなの分かってるよ。それより土産物屋に行こうよ。優子さんの家の近くだからさ。優子さんも良ければ一緒に行きませんか?」

「うん、いいよ」


 僕、璃子、優子の3人で葉月商店街へと赴いた。


 そこで意外な知らせを受けることに……。


「えっ、僕が葉月商店街の会長!?」


 何と今年から、僕が葉月商店街の会長に就任させらていたのだ。


 しかも僕の許可なく勝手に、元日から就任扱いだ。一体どうなってんだ?


 商店街の会長とは言っても、役割そのものはそこまで大きくない。単にここで誰かが店を開く時に賃貸契約を交わす大家みたいなものである。時々会議を開いては商店街のイベントなどを立案から主催までを行い、イベントを行った日は参加した店舗が稼いだ分の3割が商店街に収められる。イベント参加自体は任意だが、参加した店舗は商店街に宣伝してもらえるため、事実上の宣伝費用だ。


 葉月商店街は賃貸不動産と地域イベントを主な事業とする、立派な営利企業である。


 企業ではあるが、表面上は商店街であるため、社長という肩書きはなく、あくまでもトップの肩書きは会長である。銀行も企業だが、トップのことは頭取って呼ぶし、分からんでもないが。


「ああ、元々葉月商店街は、みんなを食わせていくためにできた場所だから、それに最も貢献してくれたあず君を会長にしようってことになった」

「あのなー、言っとくけど、いちいち会議に集合とか無理だからな」

「分かってる。俺が副会長になった。お前がいない時は、俺が会長代理で会議をするから心配すんな。それと葉月商店街の所有権も譲るってさ」

「葉月家に商店街が戻ってきたんだな」

「まっ、そんなとこだ。俺も昔は会長やったことあるんだけどさ、結局最後までここの所有権は譲ってもらえなかった。でも、お前が後を継ぐなら話は別だってよ」

「そりゃまた何で?」

「去年まで会長だった人が病気で倒れた。もう年だからな。こいつなら商店街を復興できるっていう奴が見つかるまでは絶対誰にも譲らないの一点張りでさ、でもあず君が商店街を無事に復興してくれたお陰でようやく決心がついたらしい」

「良かったじゃん。会長やっちゃえば?」


 優子が背中を押すように言った。ここまで言われたらしょうがないか。


 会議はインターネットを介した画面越しの通話にすれば、いつでもどこでもできるし、ここはまだ事業のオンライン化ができていないし、積極的に取り入れていこう。スタッフを呼んで注文する形式の店が多いし、オンライン化を希望する店舗にはキャッシュレス決済やタブレット注文を手助けしよう。


「反対する人はいなかったの?」

「ああ、1人もいなかった。みんなあず君が会長をやるなら大歓迎だってさ」

「ここにはもうあず君に逆らえる人が1人もいないからねー」

「お兄ちゃん、もうここまでの権力者になってたんだね」

「僕は権威においては、万人を凌駕する自信はある。だが権力においては、元同級生を上回る何かを持ったことはない。偉くなったとは微塵も思ってねえよ」


 しばらく親父とお袋と話した後、優子の家を横切った。商店街は店舗と天井を増設したせいか、以前よりも大きくなっている。その多くがコーヒー関係の店となっており、カフェやレストランで賑わっていた。昔ながらの居酒屋、精肉店、八百屋、魚屋、土産物屋まで復活していたのだ。


 土産物屋が優子の実家の真向かいにある。日本のイメージをラテアートのモチーフとして描くことを希望している璃子にとって、日本を代表する玩具がたくさん揃っているこの店はうってつけだった。


 日本人形、達磨、でんでん太鼓、独楽、招き猫、風車といった玩具が並べられており、まるでここだけ祭りの日がエンドレスに続いているようだった。商店街に活気が戻ってきたこともあり、ここに店を開くという知らせを聞いた時は、とても嬉しかった。


「あっ、もしかしてあず君?」

「ん? ――もしかして凜か?」

「うん、久しぶり。まさかここで会えるなんて思ってなかった」

「ここに住んでるの?」

「うん。葉月珈琲塾に行くのって、不登校なのが条件でしょ。だから葉月珈琲塾に行ってない時はここで店のお手伝いをしてるの」

「ふーん、まだ小さいのに偉いねー」

「子供扱いしないでください。責任能力くらいあります」


 凜が頬を膨らませながら言うと、ついクスッと笑ってしまう。


 今でも拓也と定期的に放送している社会不適合者ラジオの影響だろう。


 責任能力を持たない奴を大人とは言わない。体がでかくなっただけの子供はこの国にいくらでもいると吐き捨てた回を視聴したものとすぐに分かった。たまたま大人と子供の話題になった時、年齢ではなく責任能力の有無で判断したらどうだろうかとみんなに提唱していたのだ。


「こりゃ相当お兄ちゃんの色に染まってるね」

「人を教祖みたいに言うな」

「それだけ影響力が出てきたってことだもん。しょうがないよ」

「ラテアートのモチーフを探してるんだけど、日本をイメージするものって何かないかな?」


 スマホに撮った璃子のラテアートを凜に見せた。


「凄い。これって達磨だよね?」

「ああ。日本をイメージするものを描くことになって、そのアイデアを集めてるってわけ」

「じゃあ、これとかどう?」


 凜がそう言って持ってきたのは、でんでん太鼓だった。


 くるくる回して遊ぶ日本の代表的な玩具だが、白い太鼓の表面には黒い斑点が3点ついており、赤い棒に2つの赤い紐があり、それで遊ぶ凜の姿がとても可愛く思えた。


 衝動に駆られたように、僕と璃子の顔が同時に固まると、僕らは同時にお互いの顔を見た。


「これ、モチーフとしていいんじゃないかな?」

「僕も同じことを考えてた。黒い斑点はチョコで描けるし、赤い部分は着色料を使えばいい。結構複雑なデザインだし、アートバーのモチーフとしては十分だな」

「いらっしゃいませー」


 凜の後ろから1人の男性が出てくると、僕らに声をかけてきた。どうやら凜の父親らしい。優しそうな表情からは同時に不機嫌そうな威厳も滲み出ていた。


 あったかそうな冬着だ。僕らを見守るように、レジの近くにある椅子に座った。


「お父さん、この人があず君」

「あぁ~、テレビで見たことありますよ。娘がいつもお世話になっているようで」

「いつもじゃねえけどな」

「1つ聞きたいんですけど、どうして不登校であることが入塾の条件なんですか?」

「今の学校は現代社会にそぐわない人間を量産してる。創造性や主体性が求められている時代に言われたことを淡々とこなすだけの従順で役に立たない社畜を育成してる。あの教育を真に受けたら詰むぞ。間違いなく。だから1人でも多くの子供を不登校にして、子供たちができるだけ好きなことに没頭しやすい世の中にしようと思ってるわけだ」

「うちの子は葉月珈琲塾のお陰で元気になりました。そろそろ学校に復帰させようと思っています」


 凜が同時にゾッとしながら強張った瞳で彼を見つめた。おいおい、話聞いてなかったのかよ。あんな絶望を植えつけながら生命力を奪おうとする地獄みてえな場所によく行かせようと思えるよな。


「あのさ、さっきの話聞いてた?」

「あなたの言いたいことも分からなくはありませんけど、やはり学校くらいはちゃんと行っておいた方がいいと思うんです。私もそうでしたから」

「昔は社会の需要と噛み合ってたから、それでよかったけど、今は現代社会に出た後の生き方を教えてくれる学校なんてほとんどないぞ。それに登校するかどうかは凜が決めることだ。あんたに出る幕はない。これ以上凜を苦しめるな」

「お父さん、私からもお願い。もうあんな場所行きたくない」

「駄目だ。学校くらいちゃんと行かないと、近所の笑い者だ」

「娘の給食費も払えないくせに、学校に行かせる人の方がずっと笑い者だ。あんたは世間のために娘の人生を犠牲にしようとしてる。凜が将来飯を食えない大人になったら、あんたは責任を取れるか?」

「それは娘次第です」


 自分がしたことの責任も取れねえのかよ。これだから保守派ってやつは。まっ、こればかりはどうしようもない。この人自身がみんなと同じじゃないと駄目だと思い込むある種の呪いにかかっている典型的な飯を食えない大人だし、店の状況を見る限りだが、かなり商品が売れ残っている様子だ。


 一度は時代の波に飲まれ、店が潰れた影響で離婚に至り、しばらくしてからまた店を復活させたんだろうが、このままじゃまた潰れるのは必至だ。この人は店を出せば売れる時代が終わっていることに気づいてすらいない。何せ商品の売り方が昔と変わっていないし、他の店のように客が来ていない。ここだけ完全に商店街の背景と化してしまっている。これじゃ売れる物も売れない。


「娘次第って言うなら尚更彼女に道を決める権利があるはずだ。あんたの押しつけに従う理由がない」

「じゃあ凜にはバリスタとしての才能はあるんですか?」

「それを確かめるためにうちの塾はある。少なくとも、社畜としての才能はないに等しい。それだけでも不登校を推奨するには十分な理由だと思うけど、また給食費の件で恥をかかせたいのか?」

「給食費はどうにかします」

「今のこの状態でか?」

「……」


 凜の父親が黙り込む。表情からは空元気を思わせる強気の態度が読み取れたが反論はさせない。


 あの日からずっとラテアートに没頭している。


 ずっとマスト感で何かをやらせていては、受動的な人格が形成されてしまう。自分から進んでこれがしたいとか、ずっとこれをやっていたいっていう感覚を大事にしてあげないから、大人になった後で勉強もしなくなるし、仕事も嫌々やるようになるわけで。


 まっ、そういうのが分からないから出世できなかったんだろうけど。


 教育改革をするなら、まず親の意識から改革していかないと駄目だ。


 従わせるのが当たり前というマインドをどうにかしない限り、徹底した受け身の社畜が永久に再生産され続けてしまう。今は主体的に生きなければ飯を食えないってのに。


「好きな方を選べ」

「好きな方って……何ですか?」


 きょとんとした顔で凜の父親が言った。


 何やら不思議そうな顔で座りながら、僕の顔を見上げている。


「学校に行かせるんだったら、凜が飯を食えない大人になった場合、あんたが一生面倒を見ろ。その覚悟がないなら、今すぐ人生の決定権を凜に移譲することだ。そうしてくれたら、僕が責任をもって彼女を立派な大人に育て上げてみせる。少なくともあんたの10倍は稼げるようにしてやる」

「お兄ちゃん、失礼だよ」

「で? どうする? 時代遅れな教育を受けさせて不才にするか、飯を食える大人になるチャンスを掴ませてやるかはあんたの自由だ」

「できなかったらどうするんですか?」

「その時は僕が責任を取る。一生分の年金を払ってやるよ」

「あず君……」


 凜が顔を赤らめながら呟くように僕の名を呼ぶ。


 彼女の運命はここで決まることを僕は予感した。

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