到着
達也の交際関係を除けば、特に変わったことはなかった。
山口 ゆかりはそう断言できる。
普通に荷物を預け、セキュリティチェックを受けた。
まぁ、ゆかりはチェックに引っかからないような護身用の武器を携帯しているのだが、そこは今は関係ない。
出国審査も無事に終了し、搭乗ゲートに向かう。
アマレス行きの搭乗ゲートは、ゆかりたちを除いて数人。全部で20人にも満たないだろう。
下手をすれば、スタッフの方が多いかもしれない。
アマレス行きの直行便があることにも驚いたが、客の少なさにも驚いた。
採算がとれるルートなのかと、心配すらした。
ゆかりは、ここに至ってもその程度の違和感しか抱かなかった。
彼女の名誉の為に言えば、別にゆかりが間抜けなワケではない。
忍者として、常識の外に身を置く生活をしている彼女は、一般人のフリをしている間、思考を常識的な方向に誘導するようにしている。
そのため、たかが20人しか客のいない、ヨーロッパ行きの飛行機。という不自然なモノに対しても、「採算取れなさそう」という感想しか持たなかった。
アマレスという名前の、別の世界の国に行く。などとは考慮の外だった。
そんな彼女も、搭乗ゲートからバスに乗り込み、移動した先が何かの倉庫だった時は、何事が起こっているのかと違和感を覚えた。
バスから降り、倉庫の中の小部屋に案内されると、ますますわけが分からなくなった。
飛行機の前にこんな小部屋に案内されることがあるのか?
そんな風に疑問を抱く。
いや、ゆかりもラウンジというものがあるのは知っている。
航空会社やカード会社が用意している、待合室のようなものだ。
だが、案内された部屋は、そのようなものとは明らかに違っていた。
椅子もない。窓もない。何もない部屋。
いや、部屋の中央に何かのオブジェが鎮座している。
見た目は、巨大なチェスピース……ポーンの駒に見える。
その側に居た職員の女性が口を開くと、ゆかりの混乱メーターは振り切れた。
「皆様、これより異世界転移についての注意事項をご説明いたします」
異世界転移。
仕事の時でも聞かないような言葉だ。
混乱する頭で、ゆかりは懸命に情報を整理した。
ゆかりたちが住む世界の他に、別の世界が複数存在している。故に自分たちの世界は「セカイ」と呼称する。
別の世界からの「外来種」とも何度も遭遇している。
なので、知識としては異世界の存在は知っていた。
だが、実際に行ったことはない。
ましてや、友人と遊びに行くなどというのは完全に想定外だった。
まだ宇宙旅行の方が現実味があったかも知れない。
それくらい、ゆかりにとっては異世界とは文字通り遠い世界の話だった。
そんな異世界に転移する?
誰が?
──ゆかりが。
何のために?
──観光?
行き先はポルトガルでは?
──どうやら同名の異世界らしい……?
そんな自問をしている間に、ゆかりを軽い酩酊感が襲った。
「それでは、良い旅を」
職員の声を遠くに聞きながら、ゆかりは異世界へと旅立った。
◇
転移室を出るとそこは異世界だった。
達也は脳内でそんな事を呟いたが、それほどの事はなかった。
実際は転移室内で転移した時から異世界に降り立っているのだし、部屋の外も当然異世界なのだが、全く実感のないものだった。
実際に部屋の外に出ても、先ほどまでとは違う場所に移動した事はわかるが、それでも窓がないくらいで学校の廊下と代わり映えしない場所に出たくらいだ。
それでも、転移自体が初体験の面子は驚きだったようで、感嘆の声を上げた。
特にゆかりの驚きようは格別で、軽く混乱しているように見えた。
達也と沙織は何度か経験していたので、転移室に入った辺りから「ああ、こんな所だった」と、皆とは少し違った感慨にふけっていた。
一緒に転移した別グループの人たちは頻繁に転移しているのだろう。特に辺りを見回すでもなく、さっさと移動したので、部屋から出るのは達也たちが最後になった。
異世界だろうとどこだろうと、入国時にやることというのはそう変わらない。
入国審査を受ける。手荷物を受け取る。
そんな当たり前の手続きを済ませる。
手荷物に関しては、アリシャの例のポケットに全員分のスーツケースを収納した。
こいった魔法的な便利道具に関しては、セカイよりもロームンドの方がはるかに進んでいるといえる。
7人分ののスーツケースを収納し、持ち運びできるポケットなど、22世紀にでもならなければ開発されないだろう。
便利アイテムの恩恵を実感しつつ、空港……現地では転移施設と呼ばれる建物を出ると、達也の目に見知った人物の姿が映った。
「みなさん、ようこそアマレスへ。歓迎します」
「メアリねえちゃん、暫くお世話になります」
伯母のメアリが迎えに来ていたので、連れて来たメンバーもそれぞれ自己紹介をしていく。
ちなみに、エルフの特徴である耳を隠していないメアリを見て、ゆかりが驚いた様子を見せたので、達也もようやく沙織がちゃんと説明していなかったらしいことを悟り、沙織に注意した。
「では、家に招待するけど、徒歩で良いかしら? 色々見ながら歩いても1時間はかからないから」
そんなメアリの問いかけに誰も否はなかった。
皆、せっかくの異世界なので、ゆっくり町の景色を見てみたいと思ったのだ。
大通りを歩くと、建物からして、日本とは全く違う。
ビルなどは無く、ファンタジーアニメの雰囲気によく似て居る。
達也などには懐かしさが先にくる景色だが、遠藤家以外のメンバーにとっては正にファンタジー世界に紛れ込んだ感覚を与えて居る。
「なんか、漫画かアニメの中に入ったみたい」
陽子がそんな感想を漏らすと、メアリが微笑みながら言った。
「漫画家の人とかでも、こっちに取材にくる人も居るから、あながち間違った感想でもないかもね」
名前を聞けば、ほぼ全員が代表作を知っているような大物漫画家も、取材に来たことがあるらしい。
漫画家だけでなく、大物ミュージシャンも静養に訪れたり、セカイでは死んだことになっている、数人の有名人がこちらに移り住んで余生を過ごしたりしている。と、メアリが説明した。
どうやら、達也たちが思っている以上に、アマレスの存在は認知されているようだった。
次回10日です。




